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新手の変人かにゃ?

 地下ライブ大成功の後の翌日。

 レッスン場の床に座り込み、歌丸先生を待つ僕と新井くん。時刻は午前十時が経過していた。既に本来の練習時間が過ぎているにも関わらず、先生はまだ来ていない。

 前に二人が遅刻した時には、軽く怒られたのに。

「遅いなあ……」

「あー! ほんっとおっせえなー?」

 待つのに疲れ果てた僕と、元気が有り余っている新井くん。そんな僕らの元に、マネージャー……ではなく宮條さんが現れる。

「歌丸先生は、今日は欠席だ」

「え!? まじすか! 何で!?」

 瞬時に立ち上がった新井くんは、早口で訊ねる。

「歌丸先生の能力が見込まれて、とある大手事務所に外注を依頼されたらしい。よって、彼は多忙極まりない。代打として、俺がレッスンを行う」

「うそ……宮條さんの教え方は、後々筋肉痛がして、その、同じユニットの一員としていかがなものかと……」

「私をリーダーにしたのは誰だ」

「うぐっ」それを言われてしまうと、何も言い返せない。

「もしかしたら歌丸先生は、この事務所を辞めてしまうかもな」

「……ん? じゃあ待ってくださいよ。それじゃあライブ演出や、振り付けを考える人は?」

「ライブ演出は俺が、杉並社長と共同で行う。――だが、振り付けを考える人材は、事務所には一切いない」

「…………」

「事務所側も募集はかけているが、そう簡単に適任が見つかる訳が無い。ここだけの話、昨日のライブも大赤字だったらしいしな」

 初耳だった。確かに実際、アイドル系で良くあるチェキ会もないし、利益はライブ入場料のみ。衣装代や人件費、地下ステージを借りる費用もあるというのに、それで少し不安だった。案の定の結果だ。

「まあ、ファンも、社長本人も満足している様子だったしな。だが、次はチェキ会なども取り入れようかと話していたところだ」

「ハイ、その方が断然良いと思います。事務所の経営が心配になるんで」

「だな」

 二人の意見が一致しているその横で、僕は閃いた。

「あ! じゃあ隼くんが振り付けを考えれば――」

「却下だ」

「え!? なんで」

 僕の方を見て即答。至極真剣な顔つきで、

「新井の振り付けは踊っていて不快だ」

「何それヒドくない!?」

 彼を涙目で怒らせてしまった。



 未定のライブに備えたレッスン中、突然ジュースが飲みたくなってきて、二人にそう言い出すと、近くの自販機を知っている宮條さんもそれに付いて行く事に。

「……ふーんふふふーん、ふふーん」

 道の途中。急に鼻歌を歌い出したと思えば、宮條さんだった。

「え、宮條さんも鼻歌とか歌うんですね。意外です」

「悪いか?」

「い、いえ全く。なんて曲ですか?」

「そうだな……タイトルは、『イニシエーター』。起爆剤という意味だ」

「カッコいい。でも、初めて聞いた曲名でした」

「当然じゃないか。今俺が思いついたメロディだ」

「……え、宮條さんってどこの天才なんですか」

 都会を歩き、そんな会話を交わしながら、やがて宮條さんがスマホを手に取り、同じメロディを録音。道の途中で立ち止まり、キーボードを打って「仮名・イニシエーター」と名付ける。

 思いのほか、宮條さんがひらめき型でびっくりした。普段からこんな感じなのかな、と感心しながら、宮條さんが再び歩き出すまでその場でじっと待機していた。

 そして、道の隅に置いてあった白い自販機を発見。宮條は小銭を入れた後に「奢ってやる」と優しい対応をしてきて、感服する。バリエーションもそれなりに豊富で、羽瀬は温かいコーンスープ、宮條は缶コーヒー、そして新井の分のバナナオレを選ぶ。

「あったか~い……」

 自販機の「あったか~い」表記を見た後、それを触って言ってしまう。

「もう三月なのに、まだ肌寒いですよね」

「ああ、そうだな。こんな冷える時期は、野良猫が寒がっていないか心配になる」

「え、宮條さん優しい……どうして野良猫の心配を?」

「あ、ああ。幼い時に一度だけ、猫を飼っていた時期があったからな」

 意外な一面を知ったところで、ふと宮條はこんな提案を。

「――今から一瞬、寄り道しないか」

「え、でも」

「この近くに、野良猫の多い地域がある。少し様子を見に行くだけだ」

 彼の表情を見て、これは断れないし断りたくないなと感じ、「いいですよ」と頷いた。

 歩いて二分弱、アパートや和風の住居に囲まれたとある区画へ。さっきまでの都会らしい風景はなかったものの、あまり時代を感じさせず、静かで心地よい場所だった。

 そして、石の柵の上を通る、三毛猫を発見。

「大丈夫か? 寒くないか……お、おい待て」

 普通に話しかけて接近を試みるも、向こう側に飛び降りて逃げてしまった。猫は臆病なのでそれは仕方がないけども、僕はふっと笑いを堪えるのに必死だった。

「そんなに面白いか、俺が猫に嫌われて」

「い、いえ! 不快な気持ちにさせてしまったのならごめんなさい」

「……敬語は止めろ、同じユニットのメンバーじゃないか」

「あー、えっと。そ、そっか。つい癖で」

 正直、マネージャーとして接している感覚が、今でもあった。しかし指摘されたからには、敬語は抜こうと決意した。再び、道を歩き始める二人。

「えっと、じゃあ。ここにはどうして来たの、かな?」

「ん、理由か? 新曲を社長に頼まれてな。静かな場所の雰囲気なら、アイデアも湧くと思ったのだが」

「なるほど、分かります――あ」

「……無理に敬語を止めろとは言ってないぞ」

 と、会話を交わしていると、第二野良猫・茶トラを発見。

「お~、よ~ちよち、いい子でちゅね~……お、おい行かないでくれ」

 赤ちゃん言葉で接近を試みるも、やはり逃げられる宮條さん。僕は我慢できず吹いてしまった。

「ああああ! いやそのこれは誤解で、えーと何と言うか……」

「言い訳は止めろ、惨めになる」

 とか言いながら、体育座りをして落胆している宮條。案外、猫の事になると、心が傷つきやすい性格なのかもしれない。

 けれど、さっきの茶トラは、驚いて逃げたというだけではなかった。

「……ん?」

 ふと、道を歩く彼(彼女かもしれない)を目で追いかける。高い柵の陰に隠れ、見えなくなってしまったけど、宮條は気になって立ち上がり、こっそり猫の向かった方へ歩く。

 羽瀬は「どうかしたんですか?」と首を傾げて、不自然な行動をする宮條に付いていった。

 すると突如。どこからともなく、明るく弾けるような音楽が流れ出す。

「――流行りのK-POPか」

 歌の無い音源のみが流れ、宮條さんは一瞬でその曲が何なのかを当てる。そしてその音の出どころは、恐らく茶トラの向かっている先。二つの角を曲がり、ようやく見つけた。

「……にゃ、にゃっ、にゃ……」

 猫の鳴き声を上げ続けながら、踊っている愛らしい青年を。

「…………」

 僕らはそれを見て、固まってしまった。本人は真横を向いているので、全く気付いていない。それ以上に、ダンスする事に必死だったらしい。

 ポップな音楽が流れていたのは、黄色い髪をした彼のものと思われるスマホからだった。近所迷惑にならないようにか、音量は多少抑えられている。何より驚きだったのは、さっきの茶トラ含め、数匹の猫が彼の足元や周りに、まるで観客として群がっていたという事。猫の集い場が、癒しのコンサートと化していた。

「あれは、違う」

「え?」

 ふと宮條が意味深な言葉を発すると、一歩だけ正面に近寄る。

「だが――悪くないぞ」

 そして踊っていた彼も、視線の端で僕らの存在に気が付いた。少しぼーっと凝視した後、ハッと我に返り、流れていた音楽を止める。

「なーに、さっきからジロジロみてたのかにゃ。新手の変人かにゃ?」

「「『にゃ』?」」

 その変な語尾に反応しながらも、宮條は咳払いをし、最初に自己紹介をする。

「お、俺は宮條巴矢だ。変人ではない」

「僕は羽瀬陽菜斗です。ええと、あなたは……」

「ん? 猫田琉だにゃ」

 名前を名乗られた後、名乗り返すところは礼儀正しいと言っていいものか。さっきより警戒心は薄れているように見えた。

「猫田、お前、今のは何だ」

「……シャアアア!! いきなり呼び捨てで『お前』呼ばわりかにゃあ!? あっち行けにゃ! しっしっ!」

 どうしてか分からないけど、宮條さんは猫には嫌われやすい体質か何かなのか。いつの間にか、周りの猫に距離を取られているし。

「あ、あの、確かに宮條さんは誤解されやすいんですけど、なんとか質問に答えてもらえませんか……?」

「見てて分からないかにゃ!? ただボクは踊ってただけだにゃ!」

 肩と腕を上げて威嚇しながらも、そう答える猫田くん。宮條さんは考える仕草をした。

「……じゃあ、何故『本来の振り付け』じゃない?」

「にゃ? この巨大なメガネザル、何言ってるか分かんないにゃ」

「巨大なメガネザルではない宮條だ。――つまり、元からある振り付けではなく、独自に創り出した振り付けではないかという話だ」

「……悪いかにゃ?」

 冷静になった猫田は、きょとんとした表情だった。しかしここから大きく息を吸い、吐いた新井は、早口で質問を放つ。

「お前、事務所はどこだ? 何故人の居ない場所で踊っている? どうして即興で踊れた? その能力で何桁稼いだ事がある? 実はフリーなのか? アイドルに興味はあるのか? お前の語尾は一体何だ?」

「にゃあ!? 待って待って、質問は一斉に言うものじゃにゃいにゃ~!?」

 焦る猫田くんの両肩が、いつの間にか宮條さんの手に掴まれ、質問の度に前後に揺らされる。好奇心で輝く瞳は、ぐるぐると回っている目を真剣に見据えていた。

「ふ、ふふふ、フリーだにゃ~!! そもそもアイドルに興味持ったことにゃいし、ボクはただ、猫に囲まれた毎日を、自由に謳歌してただけだにゃ~!!」

 まるで自白させられたかのように、目眩を起こした猫田くんはそう回答する。

 例えると、ジェットコースターのような地味な拷問……を目撃した僕は、恐ろしくて身震いする。宮條さんは、そんな事をした自覚はないのだろう。

「猫田。『グリーンムーン・フォレスト』というアイドル事務所を知っているか?」

「い……今知ったにゃ」

「お前の能力を見込んで、頼みがある。猫に囲まれる日々も悪くはないと思うが、きっと君にしか出来ない頼みだ。一度だけでいい。もし興味があったら、こちらに連絡してくれ」

 すかさずポケットの名刺ケースから、自分の名刺を取り出して渡す宮條さん。用意周到が極まりない。

「興味ないから、連絡しないかもしれないにゃ」

「いいだろう。その時はその時だ、いつでも事務所に連絡してくれ」

「……夜中でもかにゃ?」

「……出来れば受付が働いている時間に頼みたいのだが」

「やだ! ボクは夜行性なのにゃ」

「なら何故こんな昼間に起きているんだ! グッ……仕方ない、そこに俺の電話番号も書いてあるからな」

 不機嫌そうに歯ぎしりしていたものの、この人材を逃したくないという気持ちの方が勝り、妥協する宮條さん。

「よし、もう行くぞ、羽瀬」

「う、うん……」

 こくりと頷くのを確認した宮條は、そのまま立ち去ろうとする。猫達も宮條さんを警戒しているし、これ以上ここにいても迷惑なだけだろうと。しかし。

「――待ってにゃあ! まだ質問が残ってるにゃ。ボクの語尾についてだにゃ」

 背中を向けた途端、急に猫田くんに引き止められる。彼は二人を真っ直ぐ指し、衝撃の真実(?)を打ち明けた。


「ボクは……十歳の猫から転生した、猫の生まれ変わりなんだにゃ!」


 彼の言葉が滑り、しーんと沈黙が走る。

 僕らが口をぽかんと開いたのは、驚いたからではなく。こういう不思議君キャラだったのかと、幻滅しすぎたのである。このまま無視しておくのが、最善の決断だった。

「早く行こうか」

「うんそうだね」

「ニャアアアアア――!!」

 髪の毛が逆立つほど威嚇した猫田くんに、僕らは何気ない顔でそっぽを向いて去っていった。

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