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もう信じてるじゃないですか

 翌日の朝九時、レッスン場。心のモヤモヤは、未だに解消していなかった。

「……浮かない顔だな、ヒナ? ま、いつもの事だけど。何かあったのか?」

 ダンス練習の直前、新井くんと二人きりでストレッチを終え、歌丸先生を待っていた時。憂鬱げな表情をまじまじと見て、彼は首を傾げながら声を掛ける。

「ご、ごめん」

「んや? 何かあったのかなってさ」

「えっと、それは……その……」

 昨日の出来事を思い返し、目を瞑りながら、鏡の手すりを背中で握って上を向く。

「……何か、もどかしい……」

 後悔の感情も抱いていたものの、やっぱりもどかしいに尽きる。確かに才能がいくらあっても、それをどう使うのかは本人次第だけど、僕は、どうしても彼を放っておきたくなかった。

 宮條さんだって本当は、アイドルになって、自分で歌ったり踊ったりしたいんじゃないかなと。歌詞も彼が書いているのかは分からないものの、曲中の所々の部分も、彼の内に秘めたアイドル熱のようなものがあった。

「ねえ、隼くん。まだレッスンまで時間あるよね?」

「まあそうだけど。あと十五分ぐらいしたら先生が――」

「じゃあ、ちょっとお願いしたい事があって」

「お? お前にしちゃ珍しいな。何だよ?」

 そして、自分なりにぱっと明るい表情を見せながら、己の胸を叩く。

「『ばーちゃLimit!』に、新メンバーが欲しいって思わない?」

「はっ?」

 何が何だかと困惑している新井くんに、昨日の出来事や事情を説明した後、二人である場所へ向かった。



 向かった先は――社長室の前。

 人質のいる部屋に侵入前の特殊部隊のように、緊迫した雰囲気でその扉に背中を預け、新井くんは頭の位置まで上げていた手を、ブンッと下ろして合図。そして。

 僕が頷いてドアノブを回し、バンッと力強く扉を開いた。

「スギ社長、お話があります!!」

「普通に入ってくれええええ!!」

 社長のイスから飛び上がり、両手を机に置いて指摘する杉並社長。本人は怒っているように見えて、めちゃくちゃビビっている様子だった。

「……ゴホッ。な、なんだ? ノックもせず急な話とは」

 握った手を寄せて咳をした後、動揺を隠して用件を尋ねる。

「あの。宮條さんを、うちのユニットに誘いたいんです! 許可を頂けませんか!」

「ん!? 新井君、今自分が何を言ってるのか分かっているのか?」

「はい! マネージャーをユニットに誘うって前代未聞ですよね! すいません! でも俺たちには、あの人が必要っていうか!」

 杉並社長も焦っていた。

「あ、あぁ……だが、急にそんな事を言われても困るな。宮條君の代わりに、マネージャーをやってくれる人材はグリフォレにいない。何せ、無名事務所だからな」

「あの、グリフォレに所属しているアイドルって、どれくらいいるんですか?」

「グリーンムーン・フォレストの社員はおおよそ12名。所属するグループは1組、それは『ばーちゃLimit!』だけだ」

「えっ!?」「はぁ!?」

 僕が横から口を挟んだ直後、衝撃の事実を知ってしまった。道理で、他のアイドルと顔合わせしないのである。

「一年前に事務所の主力ユニット『ぼんみスターズ☆』が解散してから、社員や所属アイドルが辞めていった」

「いやなんか売れなさそうなアイドルグループ。名前のセンスが凡ミスじゃねーか」

 すかさず早口でツッコミを入れる新井くん。

「まあ、それほど落ちぶれていたって事だ。一ヵ月前までは〇組だったが、そんな時に君たちが来た」

「え? ……社長、海外旅行とか行ってますよね? 事務所の引っ越しとか」

「ああ。生憎、仮想通貨でそれなりに稼いで、金銭的には困っていないからな。まあ経営は大赤字だが、ハハハハ!」

 独り侘しく、高笑いが部屋中に響く。

 僕と新井くんは、同時に苦い顔をしていた。この人、あんまり信用できない。心の声が重なる。どうしてお金に困っていないかも理由が気になったものの、今重要なのはそこではない。

「……話が逸れてしまったな。とにかく、我々は人員不足で忙しい。それにマネージャーをアイドルにするなんて、確かに前代未聞だしな。申し訳ないが、そういう無理を言われてしまうと、こちら側としても困る」

 本当に困り果てた表情を見せられ、勢いを失う新井くん。それでも、

「――お願いします」

 僕は本気で頭を下げる。その様子を見ていた後の二人は、同時に驚きの声を漏らした。

「な、何故そこまでするんだ?」

「確かにこんな事、僕らがとやかく言う事ではないと思います。ユニット専属のマネージャーを、うちのユニットに入れたいなんて我が儘、僕らから言われても変な顔されるのは分かっていました。けど、それでもお願いしに来たんです」

 顔を上げて真正面から、杉並社長に本心をぶつける。

「……君たちの心をそこまで動かした理由は、宮條君か?」

「はい。彼の情熱が、僕ら『ばーちゃLimit!』に込めた想いを汲み取ってくれた気がして、このままマネージャーの立場で放っておくのは勿体ないと言うか」

「だがアイドルとマネージャーでは、仕事内容も、待遇も、こちら側の負担も変わる。宮條君にはこの事を話したか? 承諾は貰ったのか?」

「え、ええっと……あ……ま、まだ、話してないです」

 一瞬、新井くんの方に目を配ると、下唇を嚙んで眉を顰めていた。もう何も説得できるような言葉は見当たらない。僕は黙り込むしかなかった。

「……君たち」

「は、はい」「ハイ」

 僕らは顔を上げ、同時に返事する。

「リーダーはどっちだ?」

 一瞬、社長室に沈黙の空気が流れる。僕はやっと質問を理解し、右隣を指差す。

「い、一応、隼くんです。僕を『ばーちゃLimit!』に誘ってくれた人ですから」

「はぁ!? 俺じゃないヒナです! ヒナのお陰で結成できたんですし!」

「いや違います絶対隼くんです。隼くんがいなければ僕は何も」

「違うって! 俺はヒナがいなければ」

「待て待て、落ち着け」

 新井くんは焦り、僕は淡々と答える。どちらも騒がしかった事に変わりないだろう。

 杉並社長は両手を前に向け、咳払いをした直後、こう言い放った。


「ならいっそ――宮條君を、ユニットリーダーにしてもいいじゃないか」


 卓上で指を組みながら発せられた衝撃の提案に、開いた口が塞がらない。

「え!? どどど、どういう事」

「彼の冴え渡った頭脳なら、どんな物事に直面しても冷静、かつ厳格に判断できるはずだ。マネージャーとして見込んだ能力だったが、リーダーとしてならそれを更に発揮できるだろう。しばらく適任が見つかるまで、マネージャー業は俺が担う」

「そうなんですか……じゃなくて! いきなり俺らの提案を許可してくれた理由は何ですか!?」

 頭の処理が追い付かずエラーを起こしている僕を他所に、顔を近付けて前のめりに訊ねる新井くん。少し杉並社長も引いていた。

「……君たちの真剣な思いを受けたからだが?」

「真剣な思いって!」

「宮條君に、心を動かされたのだろう? それ以上の理由はない。若者の気持ちを尊重したいと思ってな。俺の単なるエゴだ」

 僕らをじっと見据えながら、自らの顎髭を撫でる。

「金銭的にも困るし、マネージャー業で俺の負担が増えるかもしれない。それでも俺は、君たちに賭けてみたいと思う。……アイドル業界は狭き門だが、『ばーちゃLimit!』はそれに留まらず、きっと限界を超えられる。目が眩むほどの才能を感じられるからな」

 反応せずに黙々と話を聞く僕と新井くん。

「宮條君は、きっと君たちの戦力になる――君たちの方から、説得してみてくれ」

 こうして彼の一言に、黙々と頷くのだった。


 社長室から立ち去り、急いでレッスン場に戻る。時刻は午前九時二十三分。

「遅かったな」

「うん、八分遅刻だよ~」

 腕を組んで眉間にシワを寄せる宮條さんの隣に、癒し系な口調と独特な髪型が特徴の歌丸

先生が部屋にいた。いつの間にか時間が経過し、待たせていた様子。

「あとライブまで六日だと言うのに、寄り道とは呑気なものだな。今回は厳しくしごいてやれば気が済むか……」

「宮條さん」

「ん?」

 歩いていた羽瀬に名字で呼ばれ、言葉を切られたことに目を見開く。只事ではないと雰囲気から察したのだろう。

「僕ら『ばーちゃLimit!』を率いる、リーダーになってくれませんか」

「……何だと」

「お願いします!」

 目の前で立ち止まり、頭を下げる。後ろにいた新井くんも、目の前でそうされた宮條さんも、だんまりとした状態だった。

「……なるほどな。杉並社長は何と言っていた」

「え。あー、えっと。リーダーになれと提案したのは、元々あの社長で」

「まあ、社長なら言いかねんな。俺がそれに頷くかどうかは、また別の話だが」

 体勢を戻した僕は、何も言い返せず、口を噤んでしまう。確かにこれは、やはり本人の問題。決定権は彼自身にある。

「――じゃあ宮條は、まだアイドルの事を恨んでるのか?」

「それは……」

 新井くんの台詞は、宮條の選択を揺るがした。新井くんは「憎んでいる」と言われたら諦めるつもりで、「本当は憧れている」と言われたら、ちゃんと説得しようと思っているのだろう。

 しかし、返ってきた言葉は――。

「……恨んでいて、憧れてもいる」

「どっちだよ!」

 そういう空気では無いのに、思わずツッコんでしまった新井くん。空気は静寂に変わり、「あ、スイマセン……」と極端に小さな声で謝罪する始末。

「そもそも恨みや憧れなど、不要な感情は持つだけ無駄だ。俺はひたすら毎日、生活費を稼ぐために働いてきた。その際、感情や夢を現実に持ち込み過ぎてはいけない」

「じゃあ、『七の軌跡』を作曲していた時は、どういう心境で作ってたんですか」

「っ……」

「宮條さんの言う事は一理あります。けど、感情や夢、情熱は、生きがいへ直結するとも思います」

 それを聞いた宮條さんは、正面の僕から視線を逸らす。

「昨日踊っていた時、僕には完璧さの中に、ちょっとだけ楽しさが見えたっていうか。えっと、その……笑顔ではなかったですけど、純粋に楽しめなきゃ、あんな動きは出来ない気がして」

 昨日の出来事を前もって聞いていた新井くんは、驚かずに納得したように頷く。

 僕は頭を宮條さんの胸に近付け、高身長かつ引き締まった彼の体を両手で包み込む。一瞬体を震わせた宮條だったものの、冷静に受け入れてくれた。

「宮條さん――今だけでいいので、僕らやアイドルを、信じてみませんか?」

 自分の胸にぼすんと押し付けられている僕の顔を見る。宮條は遠慮気味に、

「……信じても、いいのか?」

「はい。だってもう信じてるじゃないですか。自覚していないだけで」

 そんな僕と宮條さんの抱擁を、ぽかーんと眺めている新井くんと歌丸先生。

 新井くんは何を思ったのか、すたすたと駆け寄って羽瀬の背後から抱き付く。僕を挟む形で三人同時のハグが完成した。

「宮條!? ここまで言われてここまで抱かれて、それで断ったら、もう礼儀なってねーんじゃねーか!?」

「なっ!? あ、新井、お前な……!」

 ニコニコと満面の笑みを僕の右肩から見せつける彼は、そんな言葉も悪意が無いように聞き取れる。しかし僕らにとって「礼儀なってない一回」=「過酷な運動の回数追加」であって、その仕返しでもある。

「……グッ。仕方ない」

 不満げに唸り声を漏らした末、ようやく決断を下した。やがて僕らの顔が明るくなり、宮條さんの表情を伺う。

「お前たちの願いを、マネージャーの俺が断れると思うか……?」

 顔は、ほんのりと赤かった。

「え!? 宮條さん!?」

「うっわーデレだわ! すっごいデレてる! もっと素直になれよぉ!」

「……ッ!! おおお、お前ら、スクワットと腹筋、腕立てを百回ずつだ!!」

「はい!」「おう!」

 失礼な発言をしたと思われ、過酷なメニューを増やされる。けれど、これ以上に声色が弾けた返事は、前の三週間までは無かった。

「……な~んか、青春だね~」

 ずっと部屋の端辺りに存在していた歌丸先生は、羨ましさ半分、寂しさ半分の瞳で、僕らのスクワットを見て呟いていた。

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