アイドルが憎かった
事務所に所属し、練習を始めて早三週間が経過した頃。
事務所から渡された曲のタイトルは『七の軌跡』。実質十一曲目となる。曲の雰囲気も、作曲家が過去の動画全てを見て参考にしたらしい。忠実にばーちゃLimit!のイメージを崩さず、かつアレンジも加えられていた。
けれど、マネージャーに作曲家の事を訊いても、「知らんな」の一点張り。社長曰く、匿名の作曲家が送ってくれていると、苦笑いして言っていた。
「ん~ここは足を~、捻ってこうね。あ~ハイそうそう!」
レッスン場。独特の喋り方で、僕らに格好いい振り付けを事細かに教えているのが、振付師・歌丸幸。グリフォレ勤務でそういう役割の人は彼しかいないらしく、完全に人手不足。
ネオンのように輝く紫の髪。そのエキゾチックで独特な形が特徴的である。
「いいね~、いいね~その調子だよ羽瀬クン」
「あ、ありがとう、ございます」
そして、同じ身長の僕を甘やかしまくり。褒められて緊張するタイプなので、その度に足をグラつかせている。
「いや新井クンそうじゃな~い」
「そうですか~」
あとなぜか、新井くんが指摘されまくっている。本人はたまに明るく振付師のモノマネで返しているので、割と平気そう。
レッスン時間が終わり、振付師は手を振って挨拶を交わしてから去っていった。テーブル上に置かれた水を飲む2人の前に、マネージャーが入れ違いでこの場に現る。
「あと1週間でライブだ」
「……っはー。緊張するなー」
「安心しろ、お前たちなら出来――ゴホン! 最後まで油断するなよ」
「ん? 今なんか、デレ要素が垣間見えたような……?」
「……気のせいだろう」
無表情の口元に拳を寄せ、咳をする宮條さん。ニヤケが止まらない新井くん。思えば、互いに過ごす時間も慣れてきた、かもしれない。
ただし、そんなに厳しさは変わらないけど。
「とにかく。ライブ演出も、あの振付師が考えている。歌の練習も怠るなよ」
「歌丸先生がライブ演出!? どんだけ人手不足なんだよ!」
「無名事務所にクレームをつけるか。……まあいい」
言いながら、立ち去ろうとする宮條さん。ペットボトルの水から口を離した僕は、すぐに「待ってください!」と引き止める。
「何だ」
「あの。宮條さんっ、ライブ演出は……」
「解っている。プロジェクターを主として使うつもりだ」
質問を先回りされて驚いた。『ばーちゃLimit!』は、投影機を使って絵を映し出すのが特徴で、それが人を引き付ける個性だと、彼もちゃんと理解してくれていたのだ。
「それと、俺の事はマネージャーと呼べ。裏方の名前など、覚える必要は無い」
「え。裏方さんは、すごい重要ですし。そんなの失礼じゃないですか」
「どうだろうか――何の夢も輝きもない人間が、己が生きるため、生活を安定させるための職種だと、俺は思うが」
彼の呟きは僕にしか聞こえず、水をぐびぐび飲んでいる新井くんには聞こえなかった。
だからこそ、自分にだけ打ち明けられたその本音に、どう接すればいいか分からなかい。けれど幾つか、僕の中で疑問に思っていた事もあった。
「宮條さん。それなのになんで、僕らに尽くしてくれるんですか」
「それが仕事だからだ」
「いいや、必要以上に僕らの想いを汲み取ってくれている気がして……突然なんですけど、僕が中学時代から推している人に、『Kaito』さんっていうアーティストがいて」
「――!」
名前を出した途端、何故か動揺を見せる宮條さん。その様子を見て、少し疑問に思いながら話を続ける。
「その人はテレビで言ってました。『歌は性別も年齢も、国籍すらも超えて、誰でも通じ合える』って。僕は納得しました。宮條さんにも、僕らの意識するこだわりが、通じてくれていたんじゃないかな、というか。あ、元の本来の意味、変わっちゃいました……?」
自分の脳内に浸りながら話して、ハッと我に返ると、ふと気が付いた。
前に立っていた宮條さんが、真剣な表情で瞼を伏せていた事に。
「……俺は、あんな人間なんかじゃない……」
その呟きは、一番近い僕にすら薄らとしか聞こえない、小さな声で発せられていた。
「――羽瀬。歌は、楽しいか?」
「えっ」
「ダンスは……アイドルは、楽しいか?」
宮條さんは突然、究極の二択をするように、声のトーンを下げて訊ねる。困惑気味だった僕も「は、はい」と正直に言って、何度も頷く。
「そうか」
「……それだけですか?」
「それだけだ。もうすぐ日が暮れる、帰れ。羽瀬は十五分後にバイトの時間だ」
そう言われ、ポケットに仕舞っていたスマホの時間を見る。確かに十五分後はバイトの時間だった。
スケジュールの適切な管理も、宮條さんの仕事なのだろう。
「んじゃ、俺も帰ります! お疲れっす、マネージャー」
「……ああ」
タオルを首に巻いた新井くんは、彼と挨拶を交わして、僕より先に去っていった。
僕もその場を後にしようとするが、ふと気になって、扉の前で振り返る。レッスン場に一人取り残された宮條さんは、正面にある鏡越しの自分の姿を見据えていた。
四角い眼鏡の、爽やかな好青年……に見えなくもない。フォーマルな青いスーツと、硬い表情さえなければ。彼は指で頬を、無理やりに上げていた。
僅かに目を見開く。鏡の向こうに、マネージャーとしての宮條は、存在しなかった。
数分後。僕はスマホを忘れ、急いでレッスン場に戻ってきた。
「どうしよう、バイトに遅刻しちゃう……! って、あれ」
そして僕は、部屋の真ん中の、何者かの後ろ姿に気付いてしまった。
滑らかに両手両足を、完璧かつナチュラルに動かす。それはまるで、ダンスホールで何気なく華麗に踊る紳士、そして彼の創りだす別世界のようで。
僕が呆然とその場で見ていて気付いたのは、今僕らが練習している『七の軌跡』の振り付け、まだ僕らがやっていないラストの部分すら、完全に記憶して踊っていた。
鏡越しに目が合った途端、現実に引き戻されたかのように、その正体を確認。
「ま、マネージャー……?」
「……!」
宮條さんは踊りを止めて振り返り、互いに目を向ける。
「いいい、今の、何ですか……!? 僕なんかより、全然上手いし……」
「……お世辞など要らん」
「お世辞じゃないですよ! え!? ご、ごめんなさい、お邪魔でしたか……?」
やはり声を掛けるべきじゃなかったのかもしれない。薄々そう思ったのは、宮條さんが不快そうな様子だったからだ。一人で踊っていた所を盗み見られた事が、そんなに嫌だったのだろう……。
「――俺は、アイドルが憎かった」
しかし、それだけではないらしい。
予想外の発言で空気が一変し、頭が追い付かなかった。両拳をぐっと握り締めている宮條さんは、冷静に言い放つ。
「だがこれは、俺の個人的な恨みでしかなかった」
「え? えっと……過去形? 昔、何かあったんですか?」
その様子に怖気づいているものの、僕は気になって仕方が無かった。質問をされた側は、じっとライオンのような鋭い視線を向けた後、何気に目を逸らす。
僕から背を向けて離れると、濡れた犬のように首を振り、ダークブルーの毛髪から汗を払う。
「……ああそうだ。だが羽瀬。お前が、俺の恨みを断ち切ってくれたな」
「僕が、恨みを断ち切った……」
その言葉の意味はよく分からなかったものの、一つだけ、思う事があった。
「アイドルが憎かったのなら、それは明らかに矛盾じゃないですか?」
「矛盾、だと?」
「アイドル事務所で働いているって事ですよ」
正面の鏡越しに、驚いた宮條さんは僕の方を見ていた。
「……そうか、一理ある。俺はアイドルを憎んでいたのと同時に、憧れていたのかもな」
「憧れ……」
「高校時代、テレビでとあるアイドルグループが映っていた。……嫉妬したな。そこに当時の俺と同い年の若者が存在していた事が、だ。両親が他界した俺は、妹を養っていくのに必死だった」
宮條の両親の件に驚きながらも、「妹がいたんですか」と反応する。そんな僕を一瞥し、話を続ける。
「嫉妬があったからこそ、憧れもあった。ダンスや歌は一時期やっていたが、馬鹿らしくなって止めた。恨んでいたからな。せめてこの俺の記憶力や頭脳を生かして、他のアイドルを支える立場になろうと思った。それ自体甘ったれた考えだが、どんな職に就こうかも困っていたしな」
「それで、グリフォレに出会ったんですね」
「……すまない。俺の曖昧なアイドルの気持ちなど、知った事ではないだろう」
そう言って、僕の横を通り過ぎ、このレッスン場を去ろうとする。僕はそれを引き留めようとした。
「――今回の曲、作ってくれたのって、宮條さんなんですか?」
宮條さんは驚きを隠そうとしなかった。僕は横目で彼の表情を伺う。
「『七の軌跡』。僕らとレッスンも受けてないのに、全部しっかり覚えてるなんて、明らかに変じゃないですか。前に作曲家の事を訊いた時、『知らんな』の一点張りだったも不自然でしたし。で、もしかしたら、と思いまして」
どうやら彼の様子を見るに、図星らしい。
「振り付けとかも、歌丸先生と考えたって事ですよね? ……めちゃくちゃ情熱あるじゃないですか。完全に過去の俺たちの曲の良さを表現できてますし、そこまでアイドルを恨んでるって思わないっつーか」
「それは、たまたま表現できただけだ」
「でも、最近の僕らに対しての厳しさって、優しさもありますよね」
すると、顔を赤くして視線を逸らされてしまう。
「……とにかく。三週間過ごして、ようやく分かった事があります――マネージャー。アイドルになるつもりは、ありませんか?」
「恐ろしい冗談はよせ」
バッと互いに顔を向けた。
「ごめんなさい。変な事を言っているのは解っているんです。でも、そうじゃないと、何だか納得がいかなくて」
「今の仕事を……辞めろと?」
「そ、それは――」
「ふざけるな」
新井の手を振り払う宮條。その様子に、本気で怒らせてしまったと察する。
「そんな妄想、現実では通用しない。通用する訳が無い。俺は一人で必死に働いて、動けない妹を養っていくのに必死なんだ」
「え……動けない?」
「俺にはお前たちのような夢も無ければ希望もない。それに、これまで恨んできたアイドルに俺がなるなんて、きっと天罰が下る……頼む、興味本位で俺の事情に関わらないでくれ」
真剣な眼差しを受けて、何も言えなくなってしまった。
隙を見計らってか、宮條さんは早歩きで、この場を立ち去っていった。




