序幕・欠けている僕ら
――まさか、メンバーが一人欠けた状態で、ライブするなんて思ってもみなかった。
東京・某ライブ会場。ステージ袖で、スタッフ達が忙しなく働いている。観客席では青や黄色、時々オレンジのサイリウムを握るファンが、期待で胸を躍らせ、アイドルの登場を待っている。そこには、登場前のアイドル四人も存在していた。
彼らは今、人気絶頂とも言われる男性アイドルグループ、『ばーちゃLimit!』。
羽瀬陽菜斗。彼はセンターを務めている。弱く泣き虫な性格と裏腹に、圧倒的歌唱力を誇る。
宮條巴矢。爽やかメガネ男子のリーダーで、溢れる才能や優れた知性を持っており、曲作りやライブ演出も担っている。
猫田琉。猫の生まれ変わりと自称する。気紛れな所もあるけど、独学で即興ダンスができるという実はすごい人。
川島るり。他のメンバーと比べて能力は平均的だけど、中性的な容姿や、可愛らしい小動物のような存在が、男女問わずファンの心を虜にしている。
メンバーカラーは順に、ライトブルー、ダークブルー、イエロー、ライトイエロー。輝く衣装を纏っていた四人は、相反して、不安な表情を見せ合っていた。
「……ホントに、『四人だけ』でやるのかにゃ……?」
暗い沈黙を破ったのは、鮮やかな黄色い髪に飾りの猫耳カチューシャを着けた彼。
「にゃーた君……」
「ぼ、僕だって隼くん無しじゃ、本当は嫌だよ」
心配げな表情で、不安げな猫田の顔を斜めから覗き込む川島。少し言い淀んでいる口調のセンター羽瀬も、悩まし気な顔つきだった。
「仕方ないな。スキャンダルが発覚した時点で、この業界なんて一巻の終わりだ」
「で、でも」
「例えそれが単なるデマであろうが、新井が俺たちの評判を傷付けた事に変わりない」
「……っ」
宮條は、爽やか系な表向きの仮面を外し、この場に居ないメンバーを厳しく責める。
「――もう、後戻りなんてできない。今だからこそ、目の前のファンの事を考えて歌おう。皆を笑顔にできる自信なんてないけど、歌を届ける人としてのプライドはここにあるから。だから反対されても、やるしかない」
己の胸に手を添えながらセンターの言葉。皆は目を伏せ、意志を固めて頷いた。
「こんな事をすれば、また僕らは世間に叩かれるかも……けど、やっと一周年に漕ぎ着けられた。ひな君も、それを分かった上でののライブ開催だよね」
「うん……。やっぱり、匿名で何か言われるのは怖いけど」
その時、横から「本番一分前です!」という声が掛かってきた。全員は顔を見合わせ、覚悟を決める。羽瀬は男性スタッフに対し、
「よろしくお願いします」
言いながら、渡されたマイクヘッドフォンを装着し、彼らは自分で心のスイッチを押したかのように、無表情に切り替える。この後、最高の笑顔を見せつけるために。
刻々と迫る「夢の時間」までに、ステージ袖の影で、四人は胸を抑え込む。
――緊張と深呼吸。
これまで何度も遭遇してきた。窮地に晒され、乗り越えてきた自分達ならできる。そう決心を固め、そして……一歩を踏み出す。
仲間とスポットライトに身を照らされながら、羽瀬は、今から約一年前――「『ばーちゃLimit!』結成前」の出来事を思い出していた。