第9話 過去と未来の英雄
「千年ぶり、か?まぁいい。今は私が成すべきことをやるとしよう」
俺の口からそう言葉が発せられた。無論、俺の意思ではない。
理由は不明だが、体の制御が効かないのだ。
そして、勝手に動き出した俺の体は黒玉との戦闘を始める。
さっきのまでの”闇”が遊びだったかのように、黒玉は数十を超える”闇”をこちらに放ってくる。だが、そのどれもが一瞬にして刀に両断されていく。
なぜ刀で斬れる?
俺は疑問に思う。俺の体で行われているのだから、それができない道理はない。だがしかし、さっきは斬れなかった。よくよく考えてみれば、初撃はたしかに実体はあったが、距離を詰めたときに何かを斬っている感覚はしなかった。
つまり、あの怪異は闇を操作する天恵を持ち、実体の有無を切り替えられる?だとすると、本体の黒玉はどうやって倒せばいいのだろうか。
そう考えているうちに、俺の体は凄まじい速度で”闇”を撃ち落としながら黒玉へと迫っていた。一体どうやってあいつを倒すのかと思えば、体は両手で刀を強く握りしめて黒玉へ振り下ろした。
すると、一際大きな”闇”が刀の一直線上に現れて軌道をそらす。だがそれでも、刀は黒玉の実体を捉えていた。斬られた箇所が僅かに欠ける。
攻撃が通らないと思っていた黒玉だが、今まさに目の前で攻撃を食らっているのを目の当たりにし、俺は考える。何をどうやったのか。そしてどうやってこの速度で戦っているのか。この状況でも俺は怪異と戦う術を得ようと冷静に思考を巡らせる。そして気付く。妖力の纏い方が自分とは明らかに違うことに。
今まで俺は体に妖力を流し、刀に妖力を纏わせることで戦っていた。だが、今この体の隅々まで妖力で覆われており、言い換えれば、体そのものに妖力を纏わせることで自身を強化している状態。それがこの異常なまでの速度で戦うための手段ということを理解した。そして、刀が纏っている妖力は自分のに比べて格段に多い。それがあの黒玉のすり抜けを無視し、攻撃を当てた秘訣なのではないかと、そう考える。
「私の天恵は……まだ使えないのか。でも、彼のは使えるみたいだな。こういう時に雅がいてくれれば助かるが、贅沢は言えぬ身なのだから仕方がない」
視線が一瞬だけ俺の手に向けられ、そうつぶやいたかと思うと、俺の体や刀が先程までとは比べ物にならないほどの妖力を纏い始めた。
それを察知したのか、黒玉からも今まで以上の異音が聞こえる。音は鳴り止むことなく、どんどんと加速していく。
そして、突然辺りの景色が切り替わった。場所は何も無いただの一直線の廊下に移り、互いの距離は部屋のときよりも大きく広がる。
一直線、それすなわち逃げ場を無くすためなのか、それとも黒玉が全力を出すにふさわしい相手だと認めたからなのか舞台は入れ替わった。
だが、それは意味をなさない。
────互いの全力を出した戦いが今始まる。
「五秒だ。それでカタをつけよう。私の今出せる全力を持って、君を祓う」
そう言うと、俺の体は宙を駆けた。飛んだ、そう錯覚するほどの動きで飛び出し、壁を走る俺の体。互いの距離は五十メートル。動けないのか、それとも動かないのかはわからないが、迎え撃つ体制の黒玉は異音が鳴り止まぬまま”闇”を幾重にも打ち出す。
追尾しているかのように動く俺に合わせて正面から迫ってくる”闇”の僅かな隙間にするりと入り込み回避する。避けたと俺は思ったが、むしろその逆。正面からさらに”闇”は迫ってきている。それすらも難なく断ち斬り、俺の肉体は黒玉へ一直線に向かう。
────残り四秒。
距離は更に縮んだ。そして、黒玉は次なる一手を繰り出してきた。黒玉の姿が一瞬消え、明かりに照らされていたはずの廊下の壁一面が僅かに黒くなったかと思うと、俺の体は壁を蹴って宙を舞った。その瞬間、四方から鋭く尖った針のようなものが迫る。針が体に触れる直前、黒玉目がけて宙を舞っていた体は刀とともに一回転。全ての針を破壊する。すると、元いた場所に黒玉が現れた。
────残り三秒。
距離は残り半分といったところまで来た。
また黒玉は新しい動きをした。姿を先ほどと同じように消した後、その背後の壁が黒に彩られる。そして、廊下を埋め尽くす”闇”が勢いよく迫ってきた。
「やはり昔とは怪異の質も違うみたいだな。ただ、弱いというよりも異質さが増えているようだが、さほど変わらんな」
一刀両断。そう言い表すしか無い。迫ってきていた”闇を”縦に振った刀で裂き、未だ空を疾走る俺の体。さっきから速度が一度も落ちておらず、むしろ加速してきている。
────残り二秒。
また現れた黒玉。そしてそれが数メートルの位置にまで近づいた俺。新技を繰り出し続けている黒玉はまたも動きを見せた。球体だった表面にいくつもの出っ張り、山のようなものができたかと思うと、そこから無数の”闇”が襲ってきた。
「やはり追い詰められたものの動きは分かりやすいな。これを祓うのは容易いが……」
全く恐れずに闇を避け進む体。そして移動し続けた俺は、黒玉を刀の間合いに捉えた。
────残り一秒。
刀に込められていた妖力がより一層多く、重くなる。そしてそれ妖力”以外”の何かも刀に集まっているのだけは理解していた。
「私の助けはここまでだ。だが、いつの日か……」
紅城の体を動かしていた誰かはそう言い残し、紅城に肉体の主導権を譲る。今回のが突発的な覚醒だったため、これ以上男の魂が起きるのは難しいことだったのだ。
男の魂が制御権を譲ったことで紅城の体は元の通り自分の意思で動くようになった。
何がしたかったのかや、どんな意図があったのかは分からないが、誰かが俺の体を乗っ取り、怪異を倒せる状態であることを俺は悟る。
手応えがなく、諦めかけたあの時の自分とは違い、今ならこいつに勝てるという確かな自信が心に湧いている。
無論、黒玉から出る異音は一瞬たりとも鳴り止んではいなかった。今この瞬間も、黒玉は摩擦音をけたたましく鳴らし続けている。そして、”闇”が紅城に向かって発射された。
真正面に確殺の意思を込めて放たれた一つの”闇”、それを瞬時に感じ取った紅城はあの時と同じく地面を強く蹴って、宙を舞う。今度は自分の意思で”闇”を軽々と避けた後、素早く両手で刀を構え直した。
斬れる。
そう確かな確証を胸に、俺は刀をまっすぐ振り下ろした。刀が黒玉に触れ、そして重なり合い、沈んだ。粘りつくような感触の後、黒玉は真っ二つに両断されて黒い煙を吹き出し始める。
「俺の勝ちだ」
少しずつ消えていく黒玉を視界に収め、俺はそう呟いた。
***
(残り零秒。なんとか彼の助けにはなったか?)
五秒の制限が終わり、戦闘が終えたことを確認した誰か。
そして、その意識はまた底へと沈んだ。
***
これで、終わった。
辺りは元のマンションに戻っている。どうやら無事に怪異を倒せたらしい。
それにしてもさっきのは何だったのだろうか。
体が疲弊しきっている。それに、頭がグラグラする。気を抜いたら倒れそうだ。妖力の使いすぎとかだろうか?たしかにあの一瞬、いつもとは比べ物にならないほどの妖力を使用した気がする。
とりあえず、無事に戦いは終わった。今俺がいる階段近くから真反対、突き当りの壁付近に涼介達が見える。
良かった、無事だったらしい。戦闘の最中も涼介達が俺を呼ぶ声がしないか確認していたので大丈夫だとは思っていたが、姿を見れて安心した。今はあいつらと合流しないと。
決着がつき、一安心だと思った次の瞬間、階段から誰かが降りてくる音がした。
振り返るとそこには赤色の模様がある狐面をつけた誰かがいた。
「”要石”を渡してもらおうかァ?」
目の前の奴が男の声でそう言った。
【黒玉(13階段)について】
13階段の怪異の本体は、見ての通り紅城が戦った黒玉です。持っている天恵は【闇呪】であり、自分の存在を闇に変えて攻撃を躱したり、闇を操作して攻撃したりします。
当たり判定は消えているものの、存在自体はそこにあるため、最後の一撃はその天恵を超える力で無理やり突破した脳筋技。
【一言】
疲れ切ったところにアイツが登場。さてどうなる!?