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第8話 異界の化け物


 警察官の天翔(てんしょう)海斗(かいと)のお陰ですんなりとマンションに入った紅城達は、階段を使って例の十三階を目指しながら話をしてていた。


「お前、そんなことがあったのかよ」


 俺のここ数週間の出来事を聞いた三人、涼介は初めて知った怪異に驚きを隠せないでいた。


 突然だが、つい先日メリーさんによって結月の記憶は消えた。だがそれはメリーさん、つまり怪異と遭遇した状況でだ。怪異の話を今この場でしたらその記憶は消えるのだろうか。


 もし俺が何かを抱えているということを覚えていたら、またさっきみたいなことを三人はしてくれるだろう。何度それを繰り返すかは分からない。


 だが、三人が許してくれるなら、俺は怪異について何度でも全て話そうと思う。それが彼らにできる俺なりの誠意だ。


「私の家に紅城が泊まりに来たのはそういうわけだったんだ。でも、全く覚えてないよ」


 結月は俺の話を聞いて昨夜のことを振り返ったがやはり記憶はないらしい。怪異の話をしたところで記憶は戻らないのか。そうなると、親父の言う”妖力”がやはり鍵なのかも知れないな。俺は怪異の記憶がすべて残っているし、三人との違いはそのぐらいしか思いつかない。


「結月の家に紅城が来て、メリーさんを倒した、と。にわかには信じがたいけど、紅城がそう言うなら本当なんだろうね」


 菜華も俺のことを信じてくれたらしい。俺も口裂け女に会うまでは妖怪とか霊とかの話を面白そうとは感じていたが、そこまで信じてはいなかった。怖いもの見たさで色々していたが、今考えると怖くなってくる。


「ん……?結月の家に、お泊り……?」


 菜華は紅城の話の中で結月の家に泊まったことがさらっと話されていたことに気付いた。


「あ、アンタ達、何を、どこまでやったの!?!?」


 結月は何かを勘違いしたらしく、顔を赤らめながら俺と結月を交互に見てくる。


「何もしてないぞ!?」


「何も無いよ!!菜華のバカ!!!」


 俺と結月はすぐに間違いを訂正する。どんな勘違いをしたのか知らないが、菜華の勘違い(それ)は確実に違う。


「な〜んだ」


 勘違いが解けたみたいで良かった。


「さて、四人とも。そろそろ十三階だよ」

 

 先行してくれていた天翔(てんしょう)さんが足を止め、振り返って声をかけてくれた。壁を見てみると「十二階」と書かれている。どうやら目的地についたみたいだ。

 

 現在二十六時。ちょうど丑三つ時に入った。さて、噂通りなら今この時間に階段を登ると、異世界に行くらしい。


「本当にお前らも来るのか?」


 マンションに入ったときについてくると言われたが、俺はもう一度三人に確認する。この階段の上から漂ってくる気配は怪異から感じていたものだ。つまり、今回のもガチだ。なんで涼介はここ最近本物を見つけてくるのかね。


 俺の言葉に三人は深く頷いた。


「俺も君たちについて行くからね。何かあったら詩郎(あの人)に殺されちゃうし」


 天翔さんもついてくるみたいだ。


「じゃあ、数えるぞ」


 俺は前に行き、階段の数を数えながら登り始めた。


 一段目。二段目。三段目…と何事もなく順調に登り進める俺達。踊場を含めて今のところ七段。本当なら十二段のこの階段は噂通りなら十三段になる。残りが五段ならば何も問題はない。だが、この気配からして残りは六段になるだろう。


 一度心を落ち着かせてからまた登り始めた。


 八段目。九段目。十段目。


 ここまでくれば残りの階段の数は目でわかる。


 あれ?あと二つだ。つまり、全部で十二段。そのことに涼介達も気づいたようで、「全部で十二じゃねえか?」と言った声が後ろから聞こえてくる。更に、気がつけばさっきまでの変な気配は嘘のように消えている。


 俺の勘違いだったのか?


 とりあえず俺は階段を登り、十三階を目指した。右足を上に、左足を上に、右足を上に。そして左足が右足と同じ段についた。後ろから四人が来るので俺は階段から少し前に進んで待機する。


 そしてすぐに()()も合流した。涼介達の顔色は何故か悪い。俺は一体どうしたのかと尋ねると、「今、十三段登ったぞ?」と深刻そうな表情で告げてきた。そんな馬鹿な、と思う俺。目視で残り二段だと確認したのが十段目。そして、あの時の俺の両足はどちらとも十段目にあった。そこから右足を上にして十一段目。次に左足が十二段目。そして……右足が十三段目……。おいまじかよ。


「これは、やばいぞ」


 辺りの雰囲気がさっき感じていた気配の何倍も濃く感じる。明らかにこの怪異はやばい。やはり巻き込むべきじゃなかった。


「ねぇ、さっきから海斗さん見えなくない?」


 結月がそう言った。俺は慌てて確認するが周りにいない。俺は階段の方に急いで走り、下に降りた。だが、降りたその先には涼介達三人がいた。


「紅城、あんたどうやって上に?」


 菜華が不思議そうな目で俺を見てくる。何が起こった!?俺は今確かにこの階段を降りたはず。なのに、下に涼介達がいる。


「もしかして、()()()してる?」


 結月は少し不安そうに言った。もしも階段を起点にループしていたら、俺達はここから出られるのだろうか。俺は途轍もない不安に駆られる。いや、落ち着け。これは怪異が起こしている現象なのは間違いない。つまり、本体を倒しさえすれば全て解決するはずだ。


 ***


 この時、神崎紅城は気づいていなかった。今までの怪異には全て父である詩郎が何かしらのサポートや助言をしていたということに。それすなわち、自分自身の力だけで何かを乗り越えていなかったということに。その結果、後に大きな災いを招くのだった。


「さて、彼らの無事を祈るとしよう。もしもだめそうなら、その時は僕が……」


 誰もいない十二階と十三階の間、その踊り場で天翔はつぶやいた。

 

 ***


「で、どうするよ?」


 涼介が言った。ゴミ捨て場でメリーさんを見たときのように慌てているのが分かる。


「とりあえず探索して怪異の本体を見つけないと」


 俺はそう言って薄暗い廊下を歩き始めた。後ろで「まじでお化けいるんだ。やべぇ〜」と涼介は驚いている。他の二人も怪奇現象に怖がりながらも置かれている状況に少し麻痺してきたのかちょっと落ち着いてきた。


「このドアなんか開きそうだぞ?」


 その声に振り返ると、涼介が階段から一番近い部屋のドアノブに手をかけていた。廊下や部屋のドアの外装は何も変わらないように見える。でもここは怪異の空間だ。果たして、本当に何も起きないのだろうか。


「何もなさそ────」


 涼介は言葉を失った。


 涼介が白い扉の先で見たものは、黒い人影だった。入口の目の前で、ただ呆然とこちらを待っていたように立っている黒い何か、いや誰か。顔がある部分も黒のみ。明らかに人ではない何かを涼介は見た。


 襲ってくる。そう瞬時に理解した涼介は扉を勢いよく閉めて、体を扉に押し当てる。


「おい何があった!?」


 紅城は涼介の突然の行動に驚きながらも、今この場で唯一怪異に対処できるということを精確に理解しており、冷静さを失ってはいなかった。状況の把握に紅城は動く。


「やばい!!!変なやつが今もこの扉を開けようとしてきやがる!!」


 涼介が抑えている扉が音を立てて大きく揺れ始める。


「げ!ん!か!い!!!!」 


 そう言って涼介の体は勢いよく開いた扉に押し出されて後ろの壁に激突した。


「あれが、怪異……」


 結月は怪異の存在に言葉を失う。怪異は一体ではなかった。複数の人影が開いた扉から溢れ出してくる。動きは速くないが、少しずつ数を増やしながら紅城達に迫ってきている。


「逃げるぞ!!!」


 俺はそう言って三人と廊下の奥を目指して走り始める。


「おい、逃げるったってどこに!!!」


()()()()を探すぞ」


 噂によればこの十三階のどこかに自殺者が出た部屋があるはずだ。それから都市伝説が発生したんだとしたら、そこにこの怪異の本体がいる可能性は高い。


「他のに比べて異質な部屋はないか?」


 もしもなかったら本体を見つけるのは限りなく不可能になる。俺は心のなかでその部屋が見つかることを強く願う。


 これも違う。これも、これも、これも。


 廊下は長い。外で見たマンションの外観よりも明らかに長い。ここはやはり異世界なのだと改めて実感する。後ろから迫ってきている人影は徐々に速さを増していて、もう少しすれば追いつかれるだろう。


「紅城、ほんとにそんなのあんの?」


「多分あるはずだ、多分」


 菜華の問いに俺は歯切れの悪い回答を返す。俺も不安になってくる。本当にその部屋があるだろうか。


「おい!あったぞ!」


 隣で走っていた涼介は遠くを指さしながらそう言った。目を凝らしてみると、確かに異質な扉がわずかに見える。他のものに比べて黒い扉が確かにそこにあった。


「飛び込むぞ!!!」


 俺は迷わずドアノブに手をかけて中に押し入る。それに続いて涼介達も部屋に入った。


 ***


 扉を叩く音が外から聞こえてくる。だが、入っては来ない。


 やはり巻き込むべきじゃなかった。今更ながら俺は三人を巻き込んだことを後悔している。怪異の話を打ち明けられただけで俺の心は十分楽になった。これ以上を望むのはわがままだ。なのに、俺はそれ以上を望んでしまった。だからこうなった。例の部屋らしき場所に入った俺達はドアの前でしゃがみこんでいた。


「俺等……邪魔になってるよな?」


 涼介が俺に聞いてきた。部屋は薄暗かった廊下と違い、灯りが全くないため顔は見えないが、暗い顔をしているのは声色から分かる。


「別に平気だよ。むしろみんなを巻き込んで悪かった」


 そう言いながら俺は立ち上がり、手探りで部屋の明かりをつけた。


「何だあれ」


 俺は明かりに照らされた部屋を見て、小さくつぶやいた。


 ────部屋の中には、”黒玉(こくぎょく)”というべき”何か”があったのだ。”人影”とは明らかに雰囲気が異なるものが部屋の中央にぽつんと置かれている。


 突如、黒玉の表面に渦巻き模様が現れた。黒い表面に、比較してわずかに白い黒が渦を巻く。音が聞こえる。何かが擦れる音。回る、廻る、周る。黒玉の()れ《・》は速度を増し始める。

 

 この間僅か一秒。


(なに)か、やばい!?」


 俺はそう口にして、すぐに竹刀ケースから刀を取り出す。鞘をその場に捨て置いて刀身を引き出すと、照明に照らされて輝きを得る。


 黒玉の音が最高潮に達したかと思うと、不意にそれが止まる。辺りが静寂に包まれた次の瞬間、一筋の”闇”が宙を駆けた。


 紅城が構えていた刀に今まで感じたことがないほどの力がかかる。一瞬で黒玉から発射されたその”闇”を受け止めきれたのは奇跡というべきに他ならない。部屋の明かりをあのタイミングでつけたのも同じく奇跡だった。あと少しでも遅れていたら、”闇”が結月を貫いていただろう。


「見かけによらず、重たいな!!!」


 俺はそう叫び、”闇”を妖力を纏わせた刀で払いのける。こいつは他の怪異よりも確実に強い。メリーさんは口裂け女と同等だったが、黒玉(こいつ)の気配はそれを超えている。つまり、こいつはこの怪異の本体で、今までのやつよりも強い。今の俺で勝てるだろうか。それに、涼介達だっている。このまま戦えば、三人を守りきれはしないだろう。


「お前ら、その部屋に隠れてろ!!!」


 俺は左手のドアを開いてそこに隠れさせる。


 まだ黒玉からあの擦れる音は聞こえてこない。時間はあるはずだ。


「涼介、そっちは平気か!」


「おう、大丈夫だ!!それよりも、その怪異とかいうバケモンのほうがやべえんじゃないのか?」


 向こうの部屋から涼介の声が聞こえてきた。


「まぁそうだが、そっちも黒い人影が襲ってくるかもしれないから周囲には警戒しとけよ」


「お前もな」


「あいよ」


 あの黒玉は本体だが、この部屋がゲームのボス部屋のように雑魚敵が出てこない保証はない。俺は涼介達に警戒を促し、目の前の黒玉を視界に捉えた。


「来ないなら、こっちから行くぞ!!」


 まだ異音を発生させない黒玉に俺はしびれを切らした……訳でもないが、守るだけでは意味がないため攻めに移る。あいつの能力はまだ未知数。攻めるチャンスが有るのならば、削れるときに削っておいて損はない。


 刀をすぐにでも振りかぶれる状態にして地面を蹴り、俺は距離を詰める。未だ音はなし。これなら決まるか?いや、あの”闇”ですら刀と拮抗していた。他の怪異よりも格段に硬い。今の妖力で斬れるか?そうこうしている間に黒玉の近くにたどり着く。


 今のままで黒玉を斬れる気がしない。だけど、俺が勝つためにはこいつを斬れなきゃだめなんだ。全力でもなんでも出してやる。だから、斬れろ。


 ────振り抜く直前、刀が今まで以上に妖力を纏った気がした。


 刀の間合いに黒玉を捉えた俺は刀を勢いよく水平に振り抜いた。そして、


「手応えが全くない!?」


 刀は確かに黒玉を捉えていた。だが、さっきの”闇”とは、刀で怪異を斬ったとは思えないほど、何も感覚がなかった。斬られたはずの黒玉からまた異音が聞こえてくる。さっきよりもその音は高く、すなわち回転速度が上がっていることが分かった。


 まずい。この距離だと、防げない。どうする、どうすればいい。この状況を打破するための何か。逆転の一手は何かはないのか。


 ────音が止まった。すなわち、”闇”が紅城を襲う。


 一度目よりも早く、そしてより強力な”闇”が黒玉から飛び出してきた。俺と黒玉との距離は一メートルに満たないといったところ。振りかぶった姿勢のため回避も間に合わない。打つ手なしかに思われた次の瞬間、誰かの声がした。


「少し借りる」


 誰だ。どこからか聞こえたのかもわからない男の声がした。


 そして俺の体は勝手に動き始め、回避は不可能だと思われた体勢で地面を蹴って宙で一回転し”闇”を躱す。曲芸と呼ばれるような動きで俺の体は攻撃を避けたのだった。

【紅城達が囚われている場所】

”異界”と呼ばれる怪異が作り出した空間に四人が閉じ込められています。なお、口裂け女やメリーさん含め、全ての怪異が自分に適した空間である異界を生成できますが、必ず使う訳では無いです。

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