第7話 友情と覚悟
「君、ちょっといいかな?」
「え?」
マンションの扉の前で途方に暮れていると突然後ろから声をかけられたため、つい声を出してしまった。振り返ると、帽子を被った男が立っていた。
「僕、こういうものなんだけどね。こんな遅くに一人?近くに親御さんとかいるかな?」
男の人はそう言って服の内側から金色に輝く星がついた手帳のような物を見せてきた。あれは……警察?ああ、警察ね。警察……え?やば。現在深夜の一時過ぎ。こんな時間に外に出歩いたが、一番危惧していた事が起きた。警察官との鉢合わせ。マンションの鍵を忘れたとかで誤魔化してもいいが、部屋番号を聞かれたら詰みだ。
こうなったら、のらりくらりと質問を避けるしかない。
「いないですね。俺今ちょっと自販機に飲み物買いに行ってて」
まずはジャブ。これで乗り切れればいいのだが……。
「あ~、そうなのね!家はこのマンションかな?」
まずい、次の攻撃が来た。
「あ〜、まぁそんなところです。ここから近くのとこで」
これでどうだ?
「……ふ〜ん?ところで君、名前は?」
まずいまずいまずい。そう簡単に見逃してはくれないようだ。
「あ~、え〜っと、え〜っと……」
どーする?素直に名前を言うべきか?いや、個人情報がバレるのはまずい。学校にバレたら生徒指導の先生に何されるか分かったもんじゃないぞ。
「ところで飲み物買いに行くのに竹刀ケースって必要かな?ちょっと防犯警戒してるから、中身確かめてもいいかな?」
まずい。そうだ、今俺の竹刀ケースにはバリバリ”刀”が入っている。見つかったら一発アウトだ。
「それって任意ですかね?」
「ん〜、任意だけど見せてもらっていいかな?」
逃げるか?逃げる途中に刀を隠せばいいんだし、今この場で刀が見つかるよりはマシか?くそ、どうすればいい。
人生で一番と言っていいくらい頭の中が回転している。解決策が何かないかと必死で考えるが、何も見つからない。
どうすれば、どうすれば俺はこの状況を打破できる?
そんな俺をよそに、警察官の男は軽く笑って話を始めた。
「ごめんごめん、そんなに鬼気迫る表情しなくて平気だよ。神崎紅城君?」
「何で俺の名前を!?」
さっきまでの様子とは変わって少し軽快な雰囲気の警察官。一体どういうことだ?
「君のお父さんは僕の親友でね、詩郎から色々頼まれたんだ。警察官の僕がまだまだ”陰陽師”として経験の浅い君のことをサポートをしてくれってね」
”陰陽師”という単語を聞いたことで俺は一気にこの人の話を信用した。この警察官の男はどうやら事情を知っているらしい。ああ、良かった。一瞬血の気がまじで引いた。
「親父……」
ここにはいないが、心のなかで親父に感謝する。警察官が味方とは心強い。これならマンションに入るのだって簡単だ。
「じゃあ自己紹介をさせてもらうけど、僕の名前は天翔海斗。見ての通りだけど、一応警察に所属しているよ」
「……一応?」
「まぁ、紅城君のことは知っているから自己紹介は省くとして。ところで、さっきから後ろでチラチラ見てきている彼らは君の友達かな?」
少し首を横に曲げて俺の後ろの方に視線を送る警察官。
「え?」
後ろに誰かいるのか?
「おい、俺達バレてるらしいぞ?どうする?」
「どうするもこうするもないよ涼介」
「完璧だと思ってたのに、残念」
後ろを向くと、何やら話し合う声が聞こえてくる。そして声が止むと物陰から現れた三つの影が飛び出してきた。
「何でお前らここに!?」
正体は、涼介達だった。
「あのお前が心霊の話を聞いて行かないわけないからな。なんか様子が変だから張り込んでお前の後をつけてたんだよ」
涼介はそう言った。俺は尾行されていることに全く気が付かなかった。
「何で俺達を誘わないんだよ?」
「それは……」
涼介の問いかけに俺は返事に困る。それを言うことはこの後の怪異に巻き込むことになる。嘘を言ったとしても、アイツらにはバレる。もしも本当のこと、つまり怪異のことを言ったら着いてくるに決まってる。言ってはだめだ。
「俺達、親友じゃなかったのかよ?」
涼介の問いかけに俺は抑えていた言葉が口から溢れ出す。
「違う!そんなわけない!」
「だったら何でだ────」
「涼介も、菜華も、結月も!全員俺の大切な親友だ。だから!!!巻き込みたく、なかったんだよ」
被せるように言った俺の言葉を聞き、涼介は静かになった。
もう話してこないだろう、そう思った俺とは裏腹に涼介は呆れたように頭をかくと、また話を始めた。
「お前さぁ、気づいてないと思うけど、いつもと雰囲気違うぞ?何があったのかは分かんねえけど、すげぇものを一人で抱え込んでんのが顔に浮かんでるんだよ。」
「そんなこと……ない」
俺は嘘を付いた。
親父の腕や、親父の仕事。それらを奪ったのは自分という罪悪感が無いわけがない。親父の仕事はこの街を守ること。その埋め合わせは誰かがしなくちゃいけない。それをしなければならないのは俺だ。俺のせいで、俺のせいで、親父が、みんなが不幸になる。少しでも何かやらなくてはという自己暗示のようなものがあったのかもしれない。自分では全く気が付かなかったが、今涼介の言葉を聞いて初めて自覚した。
でも、やめてくれ。俺は親友を巻き込みたくない。
だから、俺は心の底から叫ぶ。
「お前らには関係ない!!!」
彼らに被害が出ないように、その思いが籠もった祈りとも言える叫び。自分に巻き込まないために、自分から離れさせるために、そんな紅城の本心は三人を一瞬だけ止まらせた。
だが、彼女はすぐに動いた。紅城の苦しむ姿を見ていたくない。願うなら、悩みのタネを全て取り除いてあげたい。そのために彼女は紅城と同じく心の内側をさらけ出して叫んだ。
「紅城は!私とゲーセンしてた時!!!つまんなかったの!?」
結月は紅城に問いかけた。
(そんなわけがない。)
結月に続いて、次は涼介が叫んだ。
「俺が!!!お前と一緒に遊ぶのが!嫌だったのかよ!!!」
涼介も紅城に問いかけた。
(違う。)
結月、涼介に続いて、菜華が叫んだ。
「ウチがお前に!!お前達に!!!着いてくるのがそんなに迷惑だったのかよ!!!」
菜華も最後に問いかけた。
(違う違う違う違う違う。)
三人の親友の心からの叫びに、自分の本当の気持ちを隠し通せなくなった紅城は重い口を開いた。
「全部違う!俺は!!!お前らと一緒にいて、楽しくなかったこともつまらなかったことも!!!迷惑だったことも!!!全部、全部、一度もない!!!!」
つまらないわけあるか。よく笑う彼女と一緒にいて楽しくない人がいるわけない。
嫌なわけがあるか。親友とふざけ合っているのは楽しいに決まってる。
迷惑なわけあるか。菜華が、涼介が、結月がついてきてくれるだけで何でも楽しいに決まってる。
「俺の幼馴染は、親友は、宝物なんだよ。傷ついてほしくないんだよ。ただそれだけなんだよ。だから、帰ってくれ」
ここまで言えば三人とも帰ってくれるはずだ。
親友が自分の気持ちを優先してくれることを、彼らと長い時間を共に過ごした紅城は知っていた。
だが、紅城は知らなかった────
「俺も!!!」
「私も!!!」
「ウチも!!!」
涼介、結月、菜華が同時に口を開く。
「「「紅城と同じ気持ちなんだよ!」」」
────親友が自分に向けて同じ感情を抱いていたことを。
三人の言葉に俺の心は大きく揺れる。
だが、同じ気持ちだとしても、親友を巻き込んでいい理由にはならない。
「紅城、お前は俺の親友だ。ずっと一緒にバカやってくれるお前が大事なんだよ!」
「私がしたいことを手伝ってくれて、隣にいてくれて、笑ってくれる紅城は私の宝物なの!
「クールとか言われてるウチの素を引き出してくれたあんたが!全員が!!!ウチの大切なものなんだよ!!!」
揺れ動く心に更に拍車をかける三人。
「「「だから!!!!頼れ!」」」
三人の言葉が更に紅城の心を揺らす。
「俺達に!俺にお前の抱えてるものを全部吐き出せ!!!」
紅城の親友で、男友達の涼介の言葉。そして近づき、紅城に手を差し伸べる。
すべてを言いきった親友を前に、紅城の心は揺れていた。
言うべきか?いや、俺一人でこれを背負うべきだ。でもそれは、それは、親友を裏切ることになる。
だから、俺は、俺は────
「────みんな、俺を助けてくれ」
差し伸べられた手を取った。
【今回のやり取りについて】
紅城の心は結構ギリギリでした。紅城は普通の高校生であり、怪異や戦いとは無関係な生活をしていた人が適応するには陰陽師は厳しい世界です。怪異と戦う使命感が強く、無意識のうちに戦いに身を投じようとしていまいした。あのまま何も涼介達に話さずに怪異と戦っていた場合、近い将来涼介達と絶縁し、ひたすら怪異と戦う人生を送っていた、かもしれません。まぁ、その場合も結局涼介達が今回みたいなことをしてくれていた気もしますがね。