第6話 【十三階段】の噂
昨日の話をしよう。【メリーさん】に狙われた俺はそれを迎え撃ったが、とどめを刺す一歩手前で逃げられてしまい、結月がターゲットになってしまった。急いで俺は結月のもとに駆けつけ、無事に勝利したものの妖力を使いすぎで疲労が限界に達した。
帰ろうとしたときに結月の母親が帰ってきたため、結月の家で遊んでいて遅くなってしまったと説明したところ、もう遅いのだからと家に泊めてもらうことになったのだった。
その時初めて知ったのだが、一般人は怪異の記憶を時間とともに薄れてしまうらしい。すでに十二時を回る頃だったので汗を流そうとシャワーを借りたのだが、風呂から上がって結月に【メリーさん】の話をするとすっかり記憶から抜け落ちていた。その代わりに俺がいきなり泊まりに来たというものにすり替わっていた。多分何かしらの力が働いているんだろうが、仕組みがわからなすぎて怖くなってくる。
そんなこんながあった昨日の俺。
そして俺は今、車を運転している。ハンドルを左右に動かしながらカーブを曲がり、限りなくインを攻めた。
「やるな、紅城」
「涼介こそ、結構練習してるみたいだな」
これは俺と涼介との一騎打ち。
エンジンが今まで以上に音を上げる。そして最後のコーナーが見えてきた。俺は今涼介よりもわずかに前にいる。カーブに入るギリギリまで速度は落とせない。ギリギリまで粘る、それが生死を分ける。
まだ早い。まだだ、まだ、まだ…………いまだ。
俺はカーブギリギリでシフトレバーとハンドルを操作し、ガードレールに当たるスレスレで一気に車体を曲げる。涼介は粘りが足りなかったようで距離が開いた。
コーナーを曲がり切った俺は、アクセルを踏んで勢いよくゴールに突入。俺の画面には大きく一位の文字。
────勝者は俺だ。
「いい走りだったよ、涼介」
俺はゲームセンターのレースゲーム機から降りて、涼介の隣に行くとそう言って拳を突き出す。
「今回は俺の負けだよ。そっちもいい走りだった」
涼介は満足そうな表情で俺の手に拳をぶつけ、そう言った。そんなやり取りをシていると、後ろから俺達の試合を観戦していた菜華が話しかけてきた。
「男ってほんとにそういうの好きだよね」
「まぁ好きだよ?そりゃ〜さ、男は戦いって好きじゃん?んで、いい試合ができたら気分いいしそういうやり取りがしたくなるのよ」
俺は自分の思っていることをそのまま口にしたが、菜華は変なものを見る目でこちらを見てきた。ひどいやつめ。
俺が睨み返すと菜華は突然何かに気づいたように口を開くと、右手を顎に当てて悩んだかと思ったらいきなり俺にこう言った。
「あ、そうだ。ウチ、隣の服屋で買う物があったからちょっと行ってくるね?」
すごい唐突だな。あれ、隣の店って……
俺が気になること聞こうと思ったときには既に菜華が涼介の首根っこを掴んで出口の方に引っ張っていた。暴れていた涼介だったが、あれじゃあなすすべもなさそうだ。
「涼介は荷物持ちでついてこいよ」
「え?俺強制なの?」
涼介の抵抗虚しく、菜華によって引きずられていく。その時、菜華は結月に目配せとグッドをしてその場を後にした。
「おい、隣に服屋なんてなかっ────」
俺は急いで声をかけたが、既に二人の姿は見えなくなっていた。
「行っちゃった……」
俺は二人が消えた方向に視線を送りながらポツリと呟いた。隣に服屋なんてなかったと思うんだけどな?別の服屋のこと言ってたのか?
「ねぇ紅城、どうする?」
え?あ、菜華のやつ結月のこと置いてったのか。どうする、か。う〜ん。
「一緒に回らない?」
俺がそう言うと、「うん!そうだなぁ、クレーンゲームとかどう?」と嬉しそうに言ってきた。
そして俺はそれに同意した。
***
クレーンゲームが終わって菜華達と合流した俺達は各々がランチコートで注文を終えて席に座っていた。
「────んで、何も取れなかったのかよ」
涼介が軽く笑みを浮かべながら聞いてきた。
いや、一個も取れなかったよ?結月にかわいらしいぬいぐるみを取ろうとしたけど、二千円くらい使っても取れなかった。こういうのは普通百円でサクッと取ってスマートにプレゼントするのがかっこいい男だったんだろうが……。
「別にいいだろ!?金は使っちまったけど、ちゃんと楽しかったんだから」
俺はテーブルを少し乗り出して涼介に顔を近づけて言った。
彼女も千円くらい使っていたが、結構楽しそうだった。俺がクレーンゲームと格闘しているときに一番目を輝かせていて、やめようとすると「やめちゃうの?」と言ってくるので数千円も使う羽目になったが、あまり趣味はないので金については気にしていない。
思い返せば、結月とゲーセン”デート”をしてるみたいだったな。
はぁ。”デート”、か。
嫌な記憶が頭にちらついたため、すぐに考えるのを辞めた。
***
「ねぇ結月、あんた達結局どうだったのよ?」
隣に座っていた菜華が耳打ちしてきた。
「え、何の話?」
特に思い当たるようなことはないけど。
「紅城と進展はあったの?」
そこまで大声ではなかったが、目の前にいる紅城や涼介には絶対に聞こえていた声のボリュームだった。
「うるさいってば、もう!」
ウチはすぐさま菜華の口を抑えた。
涼介と話すことに集中していた紅城が菜華の声に反応して「どうかしたか?」と聞いてきたが慌ててごまかして事なきを得た。よかった聞かれてなくて。
「ごめんごめん。でも、ウチがあんだけお膳立てしてあげたんだから何か進展は?」
「……何も。」
菜華の問いかけに私は少しうつむき気味で答えた。
「あんた、いい加減危機感持ちなね?幼稚園の頃から好きなくせに、いつまでもうじうじしてるから紅城を一回他の女に取られたんだからね」
「うん分かってる。でも、危機感、ねぇ……?」
私は視線とともに、気分が下がった。
私に危機感がないだって?それはある。でも、紅城は言葉にしないだけで未だに元カノを引きずってて、私はそんな彼を見て辛くなる。
さっきの時間は紅城とふたりっきりで過ごせて嬉しかったし、ぬいぐるみを取ってくれようとしてたのか、あんなにムキになった紅城を見るのは初めてで可愛かった。
やっぱり、さっきみたいに紅城と一緒に過ごすためには、もっともっと自分から攻めるべきなのかもね。トラウマを刺激しないように、うまく外堀からじわじわと。うん、そうしよう。
「決めた!私、今から紅城へもっと積極的になる」
「おぉ!?いきなりだね」
いつも奥手な結月の強気な発言に菜華は驚きを隠せない。
「まずは外堀から、ね?」
ウチの知っている結月はもっとおしとやかで静かなイメージだったけど、恋愛に本気になるとこうなるのか。
***
「さてと、話題も出尽くしてきたのでここで俺のとっておきの情報を話そうと思います!」
涼介が自信有りげに話を始めようとした。なんだかなぁ、すげぇデジャブと嫌な予感を感じてるんだが。
「今回とっておきの怖い話持ってきました!」
「……それだけはやめておけ」
俺は心配になり少しの沈黙の後、涼介に返す。まだ話は聞いていないが、またメリーさんみたいなことが起こってほしくない。前は結月だけだから良かったが、もしも俺達四人全員が狙われたら守りきれる自信はない。
「何でだよ?いつも通りだろ」
そうさ。俺達は怖いものが好きだった。曰く付きの場所を回ったりもしていた。たまに変なことが起きたが、メリーさんまでは何もなかった。少しずつ日常が崩れ始めている。そんな気がした。
ここで一つ気になったが、もしもまたこれが怪異によるものだったら俺は祓わなくてはいけない。そのためには涼介の話を聞くのが得策かもしれない。仕方なく俺は涼介の話を聞くことにした。
「昨日ネットの掲示板を漁ってたら見つけたんだけど、この街の駅近にマンションあるじゃん?あそこで心霊現象が起こってるらしい」
昨日ってことはゴミ捨て場でメリーさん人形を見た後に怖い話を見ていたのか。え、馬鹿なの?いや、メリーさんの記憶が消えているのが原因なんだろうけど。
「丑三つ時に外階段から十三階に上がる時、十二段のはずだが十三段になることがあるらしくて。その時に階段を登ると異世界に行ってしまうっていう噂。その異世界は人はいないんだけど、代わりに人影がたくさんいるらしい」
涼介の話はよくある都市伝説だった。そんな涼介の話を聞いて俺はこう返した。
「でもさ、なんで異世界に行ったのかが分かるんだよ。行方不明になった人本人から以外そんなの分からないじゃん」
噂の矛盾点に気づいた俺。よく怖い話をしていると一人称視点で進んでいた話の最後、主人公が行方不明になるとか襲われるとかで終わる話が結構ある。そうしたものは主人公が誰かに話していたから噂になったとして、その人物の最後までが噂になるということは結局生きていて意識があるということだ。
「そう、そこなんだよ。もしもその話の全てが本当なら謎に噂が広まっている。おかしくないか?」
涼介の言いたいことは分かる。まず第一、この話が嘘だとしたら別にそれはいい。問題なのはこれが事実であった場合だ。事実と仮定すると、この話が広まったのは二つのパターンが考えられる。
一つは話の主人公が生還してこの噂を広めていた可能性。だが、そうなると、異世界から帰る方法とか、異世界の話が噂に含まれているかもしれない。
二つ目は話の主人公以外がこの噂を広めていた可能性。そうなると、ただの一般人が広めていたとは考えられない。異世界と明言している辺り、もしかしたらこの都市伝説を引き起こしたやつが噂の元凶なのかもな。
「また一説によると、そのマンションの十三階の一室で自殺した人がいるらしくて、その人の怨念が引き起こしてるんじゃないかってさ。てなわけで、実際に試してみようと思いま────」
「だめだ」
涼介が都市伝説を試しに行こうとしたので俺はすぐさまそれを止める。メリーさんの一件もあるし、俺は今晩にでもその噂を確かめに行こうと思うが、涼介達に来てほしくない。また昨日のように怪異と遭遇するのも巻き込まれるのもしてほしくない。
「いつも乗り気なのに珍しいな?」
俺は小さく「おう」とだけ言った。
前回結月をメリーさんを巻き込ませてしまった俺は、今回の件に関しても同じようなことが起こるのを危惧している。
「…………分かった。今回はやめとこう」
俺の気持ちを感じ取ったのか、珍しく涼介が話から引き、別の話題へと移ったのだった。
その後色々回り、夜ご飯を食べて解散した紅城だったが、この後起こるであろう怪異との戦いを前に、どこか楽しみ切れずにいた。
***
親父は今日家にいなかった。スマホを確認すると、「野暮用」とメールが来ていた。今回の怪異について知りたかったが、それは無理そうだ。
親父のメールは二通。一個はさっきの野暮用。もう一つは、”もしも怪異を倒しに行くのなら物置から刀を探して使え”と。
俺はそれに従って物置を探し、竹刀ケースを見つけた。それに刀を入れる。
いくら鞘に入っているからといって、そのまま持ち歩くのは確かに危険だ。街中で堂々とそんな物を持っていたら警察にしょっぴかれるし。
色々準備が終わった俺は例のマンションに一人で訪れていた。時刻は既に夜の一時を回っている。こんな時間に外に出歩いている事自体、警察に見つかったらアウトだな。まぁ、そんなことあるわけないか。
そして入口まで来たところで、俺はとある事に気づいた。
「……これ、俺入れなくね?」
本当に怪異がいるのか確かめに来た俺は、マンションに入ることすらできず、入り口でただ呆然としていた。
【一般人の怪異の認識について】
一般人も怪異を見たり、感じたりすることはできます。なお、怪異側から干渉しない場合は基本影響はありません。ですが、基本怪異を見たりするのは怪異が狙うときなので、あまり意味ないです。
【一般人が怪異について知った場合】
”世界のルール”としてそれに対処するために、記憶処理が施されます。なお、妖力を持っている場合はそれが行われません。
また、妖力を感知するシステムなり、能力なりを陰陽師の組織は所持しているため、妖力を手に入れた者が現れた場合はそれについての対処を行います。陰陽師も記憶処理や妖力の封印方法が確立しているため、陰陽師になることを選択しない場合、怪異の記憶と妖力をなくして元の生活を送らせます。
【陰陽師の数】
結構少ない。県ごとに百人とかそのレベル。(未確定)
まず第一、現代はあまり心霊現象を信じる人がいなくなっているため、平安時代に比べると怪異の強さは落ちている……というのが通常。だが、ここ数十年にかけて徐々に怪異の強さが増しており、また、ここ数年にかけて怪異の発生数が上昇。何かしら原因があるのではないかと推測されている。
【怪異の発生と”噂”の関連性】
怪異の発生についてはまだ陰陽師でも分かっていることは少なく、人の恐怖が生み出したものということが唯一分かっている。倒した怪異であっても復活する。例として、”口裂け女”を倒してもまた復活するし、違う場所で同時に発生している場合もある。
また、怪異の発生を知る方法としては陰陽師に所属する者の天恵や発明品があるが、他にも知る方法として、一般人の”噂”から情報を集めることができる。調査によると、いつの間にか一般人は発生している怪異についての情報を知っており、何者かからの干渉や操作が予想されているが、未だ明確な答えは出ていない。