第32話 取り調べ
週一投稿を目標。
陰陽師、それは対外的に政府非公認の組織でありながら、上層部のパイプは太いという不思議な関係である。怪異と呼ばれる非科学的な存在を公にすれば国内だけでなく、他国にまで与える影響は計り知れない。だからこそ、表向きには陰陽師は独立した組織である。
怪異との戦いを一手に引き受ける陰陽師は、銃や剣といった危険物、神術や天恵を使った際の被害はある程度黙認されている。理外の化け物と戦うための被害は仕方がないものとして処理されるが、陰陽師全てが善人なわけではない。堕天がその一例だ。
こういった場合は陰陽師を束ねる陰陽連が処罰を行う場合もあるが、犯罪行為などを犯した陰陽師の末路は極めて不透明である。噂では罪をもみ消しているのではないかといったものもあるが、実際のところ情報が足りておらず真偽は不明だ。
そんな並外れた特権を持つ陰陽師を監視する組織が実在する。そして、紅城は今彼らに事情聴取を受けていた。【白虎】、十二天将の離反者を目撃した数少ない人間、それと複数相対して生き残った陰陽師は否が応でも注目を集める。そして要石にも関わっているのだから、様々な思惑に巻き込まれるのは、自然な流れだろう。
「だーかーらー、さっさと【白虎】と対峙した時の状況や、経緯、その後どこに消えたかを話せって言ってんだろ」
「だーかーらー!いま言った通りですよ!【夢鬼ごっこ】の怪異を倒して目が覚めたら若木白狼っていうクラスメイトに誘拐されて、変なビルに連れてかれて、そしたら【白虎】が現れて襲われたんですって。この後もさっき言った以上のことはありませんよ!」
事情聴取が始まってから既に数時間は経過していた。初めは素直に話していた紅城だったが、何度も同じ話を繰り返し聞かれると、さすがに違和感を持つ。
痺れを切らしたのか、取り調べをしている無精髭の男は肩の力を抜いて椅子に深くもたれかかる。
「はぁ、それじゃあなんも手掛かりが掴めねぇじゃねえか。こうなったら、お前があの子を襲ったことにして、点でも稼ぐか?」
そう言ってスーツのポケットから慣れた手つきでタバコを取り出して火をつける。
ここに来るまでの廊下にはきっちりと、全館禁煙というポスターがあったのだが、どうやら守る気はないらしい。
そんなことよりも、今はまずこの男を止めなくては。
「職権乱用じゃないですか、それ!俺は事情聴取されてるだけですよ?」
「今のは冗談だ。さすがの俺もそこまではしないが、【蜂】の奴らならそういうこともやりかねねぇんだからな?」
蜂……まさか虫のことを言っているのではないだろう。なら、なんだ?いや、この人は何者だ?
「【蜂】って?そもそも、貴方は警察官ですか?」
「そんなことも知らずに陰陽師やってんのかよ。いや、そうか、まだ新米って話をあいつらから聞いたな」
あいつら、また疑問が増えたが今はどうでもいい。
「独り言はいいから、さっさと教えてくださいよ」
「はぁ~~~~、面倒だから一度しか言わないぞ?蜂ってのは、俺が所属している対陰陽師専門の警察組織、通称【蜈蚣】の部隊名だ」
「貴方は陰陽連の人間じゃないんですか?」
イマイチ陰陽師についてわかっていない俺だが、前に親父から聞いた陰陽師の組織は陰陽連だけだったはずだ。だがしかし、警察組織を名乗ったのだから男の発言は事実なのだろう。
「むしろその逆だ。一応は俺も陰陽師であるが、所属は警察、国の人間。陰陽連は国直属じゃない分、好き勝手やってるから、仲が悪いんだよ」
「なるほど。じゃあ、【蜂】っていうのは特に権力を持ってるってわけか」
「あぁ。それに、陰陽師としても上澄みの連中だ。俺みたいな下っ端とは違って手段を────」
多分、もともとこの人はエリートだったのだろうが、何らかの理由により現場から外されている。でなければ、この人が放つ独特なオーラに説明がつかない。命のやりとりに場慣れした人間の、ある種の冷酷さが感じられる。
事態が急変したのは、少し男のことが分かってきたところだった。
「────この男の身柄は【蜂】が預からせてもらいます」
突如として鉄の扉が開き、女が声と共に取り調べ室に足を運ぶ。
「おいおい、まさか嬢ちゃんが来るとは思ってなかったぜ」
「嬢ちゃんと呼ぶのはやめていただきたい。それは上司に対する態度として間違っていますし、なによりセクハラに抵触します。あと、タバコは禁止です」
「相変わらず固いねぇ」
俺の背後に視線を向ける男はそう言ってタバコを片付ける。
「私は【蜂】の指揮官という、責任ある立場です。それが模範的でなくては、だれに示しがつくというのですか」
蜂、今この男が言っていた部隊の名だ。この女はその指揮官だという。あまり良い状況ではないみたいだ。
「おい、紅城でいいんだよな。この際だから教えとくが、あいつは空乃 月渚。役職は説明してた通りだが、天恵が厄介でな」
男は俺に近づき、急に情報を話してくれた。それほどまでに恐ろしい相手なのか、それとも哀れみなのだろうかわからない。
「それはどん────」
男が天恵について話をしようとしたのを聞き漏らすまいと、紅城は顔を近づけて耳をすます。
だがしかし、それを法の番人は許さない。
「────【国家公務員法第百条、職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。】津次 躬恒、それ以上続けるつもりなら、私が貴方を裁きますが?」
「おっと、そいつは困る。定年まではのらりくらり続けるつもりだからな。紅城、悪いが頑張ってくれ」
男、津次 躬恒は紅城が引き止める暇もなく退出していった。
「では、これから神崎紅城に対する取り調べを行います」
「俺に何の容疑が?」
罪を犯した記憶はない。強いて言えば、この前の【十三階段】の時に不法侵入したくらいか?でも、怪異討伐のためだし、それほど問題があるようには思えないが。
「要石、といえば分かりますか?あれは、陰陽師にとって非常に重要な物です。それを貴方は盗みました」
「ちょっと待ってください!あれは俺が盗んだわけで────」
俺は何とか事情を説明しようと、机に勢い良く手を置いて体を乗り出す。
「大声で怒鳴り上げ、机を叩きましたね?【刑法第九十五条第一項、公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えてはならない】」
「そんな意図はないぞ!?」
まずい、急に相手から妖力が溢れている。俺が攻撃の条件を満たしたのか、それとも戦闘態勢に入ったのか?
「貴方を現行犯として逮捕させてもらいます。抵抗はお勧めしません」
「随分と横暴なことしてますけど、こっちにだって権利はあるんだ。抵抗させてもらう」
「分かりました、では、全力で行かせてもらいます」
あいにく、両手両足は拘束もされていない。少し乱暴にはなるが、抵抗しなければまずそうだ。
天恵を発動させ、ひとまずこの場から逃げ出そうと画策する紅城をよそに、月渚は一手を繰り出した。
「対象、神崎紅城。罪状、前述した二件。【審判】」
その言葉とともに、月渚の手に天秤が現れる。すると、俺の体から光る何かが飛び出して、天秤に乗せられた。
「判決」
抵抗しようにもあまりに短い詠唱に間に合わず、全ての工程を経て裁判が閉廷される。
「【有罪】」
俺の何かを乗せた天秤が勢いよく下に落ちると、女は俺の有罪を言い切った。
「こんなの出来レースすぎんだろ!」
「いいえ、司法に則ったものです」
文句の一つくらい言ってやるとの思いで言い放った言葉だが、無慈悲にも言い返される。
今使われたのは、神術ではなく天恵だ。神術であれば、詠唱の中に神を奉るものが含まれるが、今のにはなかった。
つまり、この女の天恵は相手を裁判を模したものに参加させ、おおよそ使用者の有利な方に判決を決めるものだろう。だが、それだけでは何も意味がない。
しかし、今俺の身体に異変はない。不発、とは考えられない。その後に発動する能力が必ずあるはずだ。
発動条件を満たしていない……?何はともあれ、あまり悠長にはしていられなさそうだ。
まずは、能力よりも彼女のことだろう。
「一つだけ聞かせてくれ。白狼、俺と一緒に救助された人はどうなった?」
【蜈蚣】の奴らは要石を持っている俺をそう簡単には殺せないだろう。なにしろ、俺自身どうなっているのかが分からないのだから。
しかし、白狼に関しては非常に危険な立場である。もしも激しい尋問が行われたところでさして問題にはならないはずだ。
どうか無事でいてくれ。
「彼女は【堕天】に繋がる重要な人物であり、こちらて身柄は拘束させてもらいます。貴方の誘拐について捜査しますので」
「俺は被害届けを出してない。なら、誘拐については拘束する理由にならないよな?取り調べについても十分やったんだろ?早く解放して治療を受けさせてやってくれ」
俺が被害を訴えなければ具体的な罪状は存在しない。あくまで当事者間の問題になる。これで、本当なら白狼は解放されるはずだが。
────だがしかし、そう簡単にいくのだろうか。
「たとえ貴方が出さなくとも、【堕天】を追う我々としては、手放せない人物であり、何としてでも彼女は此方で預からせてもらいます」
「やっぱり司法とか関係ない感じか。なら、こっちも好きにやらせてもらうぜ」
交渉の余地なし。さっきは向こうに先手を取られたのだから今度こそ。
天恵を発動させた俺は妖力を足に纏わせてなりふり構わず出口へ向かう。基礎的な強化術ではあるが、強化術ではあるが、この場から逃げるのには適している。
「残念ですが、貴方は既に受刑者です。よって、今から拘束させていただきます」
残念ながら、すでに発動条件は満たしていた。足りなかったのは彼女の意志だけだろう。自らを律し他人に示しをつける立場であると宣言した身でありながら、自らの信念を捻じ曲げて紅城と対峙するという、覚悟が。
「対象、神崎紅城。【捕縛】」
「────何ッ!?」
何か攻撃されたわけでもない。ただの宣誓のはずなのに、気づけば俺は手錠をかけられていた。それも、ただの鉄ではない。
(……使えない、か)
やはりこの手錠、仕掛けがあるな。
「妖力が使えませんか?それが私の天恵。そして、今貴方を拘束している手錠は妖力を封じる性質を持つ」
なるほど、どうやら制圧することに特化した天恵らしい。それも全力で妖力を操作しているのに、まったくと言っていいほど何も起こらない。
だがこの手錠、ただ封じているだけじゃなさそうだ。感覚からすると、周囲の妖力を吸収しているのだろう。また、それを内部でため込んでいる節もある。許容値があるのではないかと推測はできるが、その限界は計り知れない。少なくともこの場で何とかするのは不可能だ。
「このまま私に従ってもらいます」
両手の拘束、妖力の制限、たった二つの事象ではあるが、月渚が勝利を確信するのには十分な状態である。抵抗できないであろう紅城に向かって、月渚は自分の指示に従うように命じた。
「断る」
「断る断らないではなく、これは命令です」
「だからそれに従わないって言ってんだろ」
月渚は目の前の男の言葉が理解できなかった。命令に従わないという選択肢を取ったものを見ることがまれだったからだ。それも、この不自由な状態で。悪態をついているわけでもなく、まだ諦めていない強い闘志を持った目をした人を見たことが。
蜈蚣に所属はしているが、仮にも同じ陰陽師である。陰陽連が上下が厳しい社会であることは知っていた。まして、人間生きていれば否が応でも上下関係には巻き込まれる。月渚自身もそうだった。
空乃家、陰陽師最強と名高い【貴人】の人間といえども、蜈蚣には関係ない。むしろ敵対(に近しい)存在の関係者となれば、煙たがられるのが常だった。しかし、陰陽師は実力主義。月渚は自らの素質を惜しみなく発揮し、晴れて今の地位に上り詰めた。
まぎれもなくそれは月渚自身の努力の結果であり、ほかの誰も非難できない。力を持った月渚はよりよい社会のために日々奔走していた。
それと同時に、上に行けば見えてくるものが増えてくる。もちろん、汚れた部分だ。蜈蚣も一筋縄の組織ではない。上層部はどうやらまともらしい。しかし、内部の人間が全てそうというわけではない。蜈蚣は一部隊をトップに据え、その下に十数の部隊、またその下に小さな小隊といった形で構成された組織だ。
月渚は【蜂】の隊長であり、事実上同列の部隊が複数存在する。事実上同列な組織が月渚に特命を出したケースもまた複数存在する。
つまるところ、陰陽連の自浄作用のなさのために設立された組織もまた、自浄作用を失っているのだ。本来であれば紅城はすぐにでも解放され、白狼に関してもまだ未成年でありある程度留意されるのだが、特命を出した部隊は陰陽連への人質として紅城の身柄が欲しいのであった。
そうすれば、陰陽連に根付く悪しき風習に足を踏み入れられるからだ。無論それは弱みにはなるが、平和などどうでもよい彼らにとっては問題ないことだった。
そんなことも知らない月渚は自らの責任、部隊を背負う人間としてその地位に居続けなくてはいけない。そのためには、紅城を捕らえろという命に従うしかなかった。
「なぜそこまでして断るのですか。それは貴方の自由のため?」
「それもあるが、白狼のためだ」
だから、紅城の言葉には驚かされたのだ。
「なぜ彼女にそこまでするのですか。彼女は【堕天】の関係者です。その人物に肩入れするとなれば、貴方もただでは済みません。それでもなお、助けると?」
正義の道を歩み続けなくてはいけないと考えながら、自らが悪事に手を染めているという気づかぬ矛盾を抱える月渚は、紅城の悪を是とするような発言を理解できない。
「あぁ。俺は彼女に命を助けられた。まだそれを返し切れてない。彼女を助ける、それが俺の信念だ」
「イカれている」
それは自分にはできない選択だ。正しい人間でいなければならないという自己暗示が私を支配する。【蜂】を預かる身として仲間と過ごした時間は多く、情もある。彼らの成長をまだ見たいという思いや、平和を守りたいという願い、そして蜈蚣を存続させなければならないという義務、悪事を許さぬ自分が悪事に手を染めるという罪が混ざり合い、溶け合い、己の正義を濁らせている。
────ならば、今私がやろうとしていることは正義なのだろうか?
「ならもしも、自分の信念を、正義を自分より上の人間が歪めようとしたら、書き換えようとしたら、貴方はどうしますか?」
「それでも俺は、俺を貫くよ。汚れたならまた磨けばいい。だって、それは元々輝いていたんだろ?」
「でも、一度汚れてしまった正義をやり直すことなんて────」
できるはずがない。許されるはずがない。なのに、なのにどうして、彼の言葉が気になってしまうのだろうか。それは────
「失敗は成功のもとっていうくらいだし、一からやり直すのもありなんじゃないか?よくわかんないけど、自分がやり直したいって思ったのならそうすればいい。自分の人生を決めれるのは自分だけだ」
「それでは組織として成り立ちません。でも、貴方は陰陽師としてきっと正しい選択をしてきた、そしてこれからもしていくのですね」
────それはきっと、私の心を救ってくれるからだ。
「対象、神崎紅城。【解放】」
彼女がそういうと、俺の両手を拘束していた手錠が外れた。
「いいのか?」
「えぇ。どうやらまだ私にも正義が残っていたようです」
そう言う彼女の顔はどこかすがすがしかった。
「そっか、よかった。それで、白狼はどこに?」
「彼女は別の階で尋問を受けています。まだ始まって間もないとは思いますが、急いだほうがいいでしょう」
***
俺たちが白狼の元へたどり着いたのは、全てが終わった後のことだった。
「遅かったじゃないか、紅城」
「師匠、どうしてここに?」
俺の視線の先には、【夢鬼ごっこ】や【白虎】で邂逅した瑞稀の姿があった。
「まぁ、十二天将は伊達じゃない。それなりに権限があるってことさ。【堕天】の関係者一人の処遇を丸め込めるくらいの話は意外とできるんだよ。ほら、お探しの彼女だよ」
瑞稀の背後の扉から、特に目立った傷のない白虎が現れた。
「よかった。白狼、無事だったのか」
「紅城のおかげで色々と助かった。ありがとう」
「お礼を言うならこっちだよ」
互いに命を助けた不思議な関係。敵対すらした俺たちだが、どうやら意外と気が合いそうだ。
「感動の再開はさておき、ひとまず現状の確認だが。まず紅城、君の立場はかなりまずい。【蜈蚣】の奴らが要石の件を嗅ぎつけたらしく、身柄を拘束して陰陽連との取引に使うつもりみたいだ」
瑞稀曰く、陰陽連は要石の件を正式には【蜈蚣】に報告していなかったらしい。互いの上層部は知り合いらしく、そこに伝えはしたものの、腹に一物を抱えた連中へは情報は下りないようにしていたらしい。
だが、目ざとい連中がどうにかしてその話を知った様子。ひとまず【蜈蚣】からは紅城を捕まえるような指示は出さないという。
それだけでも俺にとっては感謝だ。
「それも一旦は大丈夫みたいだが。ところで、君は?」
瑞稀は紅城の隣にいる人物に話しかけた。
「空乃月渚と申します。多分、瑞稀さんでしたら【貴人】の娘と言えば伝わるでしょうか?」
「あぁ!あのご老.......人の。ご噂はかねがね。経歴をものともせずに、実力で【蜂】部隊の指揮官まで上り詰めたという」
俺はなぜかご老人と言い切らなかったことに引っかかったが、話に割り込まないように口を閉じる。
「経歴が大きいですよ。自分の持ってる力なんてほんの小さなものです。でも、彼に諭されるまでは、それをふるう勇気すらなかった」
「変われただけじゃ不満なのかい?」
「それはどういう?」
「数十年も陰陽師をやってると、時代の変化に乗り切れずに死んでいく奴が多いんだよ。社会の変化に伴って、怪異の性質も変化する。頑固な奴ほど死んでいくのさ、陰陽師は。あ、でもこれは戦闘の話だったね」
「いや、きっと同じです。今日、今ここで変わったから、きっと遠い未来が少しだけ明るくなったのかもしれませんから」
最初に会ったときよりも、やはり彼女は明るくなっていた。その横顔が少しだけ美しく見えた。
「君はこの後面倒なことになると思うけど、どうやら君の師匠も口を出してくれているみたいだから、多分そこまで酷くはないと思うよ」
敵対(業務上)する関係ではあるが、日夜怪異と戦う陰陽師はある程度優遇されており、正式ではないにしろ、十二天将の口添えをもらったのならば譲歩せざるを得ない。
「今までの実績もあるので、多分平気です」
七光りなしで今の立場に上り詰めた月渚の実績は相当なものだ。ある程度大目に見てもらえると打算的に見ても十分なほどの成果を出している。
二人の話がひと段落ついた頃合いを見て、紅城は気になっていた話題を切り出した。
「あの師匠、白狼はどういう状況ですか」
こうして自由になっているところを見ると、あまり状況は悪くないように見える。
「白狼は司法取引で執行猶予がついた。色々制限はあるけど、結構いい条件には持って行ったよ」
白狼への取り調べ、もとい尋問が開始される少し前に【蜈蚣】の拠点に堂々と正面から侵入した瑞稀は、津次 躬恒と会っていた。その後、事情を聞いた躬恒は上層部にそれを伝えており、事前に白狼の安全を確保していた。また紅城に関してだが、個人的に素のままで月渚と会わせたいとの上からのお達しで、互いに何も知らされなかった。
いかに好き勝手をしている連中だからといって、組織としての仕事をしていないわけではない。組織の存続の必要悪と割り切る選択を繰り返してきた上層部にとっても、【蜂】を背負う若き月渚まで悪に染まるのは喜ばしくない。変化をもたらすであろう紅城の存在はまさしく、地獄の底に一本の蜘蛛の糸が垂れてきたのだった。
そしてまた、その予想が的中したのは言うまでもない。
「これからは私の弟子であるのと同時に、君の監視下に置くことになっている」
「俺の監視下……?」
白狼の今後について話す瑞稀の口から想定外の言葉が聞こえ、紅城は疑問を抱く。
「司法取引の条件として、紅城の下に置いてくれるのなら全て話すというのを要求したらしいけど。まぁ、詳しくは私じゃなくて彼女自身から聞くといい」
今すぐにでも説明してもらおうかと思った紅城だったが、月渚がこの場から離れるようにと言う。
「ひとまず今すぐ貴方達をここから逃がします。まだここは【蜈蚣】の管轄ですから」
***
その後何事もなく建物から脱出した一同は、連絡先を交換してひとまず解散ということになった。
余談だが、月渚さんから別れ際に「今度私と一緒に任務に行こう」と誘われた。あと、驚いたことに、彼女は俺の一つ上の先輩だった。しかも、同じ高校の。
スーパーエリートやん。
そんなこんなでひとまず全て一件落着、と言いたいところだが、まだ一つだけ気になったことがあった。
帰り道、瑞稀は躬恒と飲みに行くからと言ってどこかに行き、月渚さんは始末書があると言って戻っていった。
必然的に俺は白狼と帰ることになったというわけだ。
「なんで俺を条件にしたんだ?もっといい選択もあっただろうに」
自分より少し前を歩く彼女に俺は問いかけた。
夕暮れ時の空は、少しずつ黒く染まっていた。なのに、西の空には夕日が辺りを夕焼け色に染めている。闇を強く拒絶する明かりが、白狼を照らしている。
そんな彼女が振り返ってこちらを向く。背後から差し込む光が神々しく彼女を染め上げていて、俺の視線は彼女に釘付けになる。
それはきっと、この状況のせいだけではない。彼女の纏う雰囲気が原因だろう。真剣な表情で俺を見つめるその視線が、俺の動機を早めるのだ。
「だって、貴方が好きだから」
最初、白狼の言葉が俺には理解できなかった。初対面では敵対して、その後もあまり目立ったやり取りをした覚えはない。好かれるようなことをした覚えはそれ以上にない。
冗談とは思えなかった。彼女の表情が刻一刻と変化していったからだ。赤く染まっていく頬が俺の心を揺さぶり、恋愛から遠ざかっていた気持ちが少しずつ戻り始めていく。
どれだけの時間がたったのかはわからない。交わりあった視線が不意に途切れ、強く瞬きをした彼女と再度目が合った時、俺は不意に心を奪われてしまった。
どれだけ心を鎮めようにも、身体は言うことを聞いてくれない。
「俺が好き……だから……」
口から漏れた言葉は、頭のなかでも繰り返され、彼女の声で再生される。
「これからよろしくね?」
そう言って、白狼は少し赤面した顔を見せながら微笑んだ。
【小ネタ】
瑞稀が月渚の師匠をご老人というときに詰まったのは、秘密。ちゃんと後で拾う予定(話の流れ的に必ず拾う)
ちなみに、陰陽連と蜈蚣のトップは知り合いで仲がいい。むしろ、貴人に救われたし、仲がいい。
物語でも説明されていたが、お互いに組織のトップはまともで、一部の奴らが悪さしてる。まさしく癌。一部を潰しても全て排除しきれないので、見逃す他ない。そんな状態だから、上層部は互いに紅城に期待している。
【作者コメント】
もともとの流れでは、新キャラ登場!くらいで済ますつもりが、思いのほか脱出まで描ききれてしまって驚いています。ここまでキャラを増やしてばかりなので、そろそろ既存キャラの深掘りを進めていこうかと。
とは言っても、次の話では紅城自身の深掘りのためにかる~く新キャラが出ます。戦闘とかはなく、見やすく作ろうと心がけるのでお待ちください。
あと、白狼が告白したのは既存の四人組を進展させる目的もあります。だらだら描いてもいいのですが、やはりバトルものといえばスピード感という結論に。
今年からは今まで以上に真剣に小説に向き合おうと思いますので、どうか読んでいただけると幸いです。




