表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/32

第1話 【口裂け女】の噂

今回の主な登場人物

 神崎(かんざき)紅城(こうしょう):主人公 結月の恋心に気づいていない。なお、恋愛のトラウマがある。

 古河(こが)涼介(りょうすけ):主人公の親友

 綾西(あやにし)結月(ゆずき):主人公に恋心を抱いている

 篠本(しのもと)菜華(さいか):結月の親友 

 今よりもはるか昔、日本には【陰陽師】と呼ばれる者たちがいた。彼らはとある存在と日夜戦っていた。それは当時、国中に溢れかえっていたこの世ならざるもの、(あやかし)と呼ばれる存在達だ。


 陰陽師は人の身でありながら、摩訶不思議な術を使い、彼らを祓う仕事をしていたのだった。


 そして、今からそんな時代とは全く関係のなかった()()()、現代のとある男子高校生の話である。


 ***

 

「私、キレイ?」


 顔の下半分を隠すようにマスクをつけている女が俺にそう聞いた。


 ────はたから見ればただの逆ナンのように見えるかもしれないが、それは違う。


「ネェ、私、キレイ?」


 女は何度も俺に問いかけてくる。それも、俺の首に”大型のハサミ”を添えて、だ。


「あ、あぁ、キレイだ」


 思ってもいないことを口にする俺。こうでも言わなければ確実に殺されていただろう。


 ────それは何故かって?


「アハハッ。なら、()()()()?」


 女はそう言いながらマスクを取る。顕になった女の口が耳元まで大きく裂けていた。


 ────だって、こいつが【口裂け女】だからだ。


 ***


 時はその日の学校の休み時間まで遡る。

 

 俺、神崎(かんざき)紅城(こうしょう)古河(こが)涼介(りょうすけ)と奇妙な話をしていた。


「なぁ紅城。昨日この街で”あれ”が出たみたいだぞ?」


「ん?”あれ”って何だ?」


 最近は変質者が出たという話もないし、学校の近くに森はあるが、危険な野生動物がいるわけでもない。果たして一体何のことを指しているのだろうか。


「お前、そんなのも知らないのか?出たんだよ、【口裂け女】が」


 「【口裂け女」か。あぁ、都市伝説で有名なやつか」


 まぁ、そんなものは親が子どものしつけに使うために作られたよくある空想の話に決まっている。


「逆に聞くが、そんな噂を信じてるのか?俺は神社の家系だけど、一度もそんなのは見たことがないぞ?」


 俺の父と母は神社の神職である。両親は祈祷とか曰く付きの物とかをお焚き上げしたり、たまーに悪霊に取り憑かれたと言って来た人をお祓いしているが、俺は信じていない。


 霊とか非科学的なものとか、そんなのはただの思いこみだ。


 話を信じていない俺をよそに、涼介はまだ話を続けた。


「だから、噂とかじゃないんだよ。隣のクラスの三島が遭遇して、病院送りになったんだよ」

 

 それを聞いても正直信じてはいなかったが、一応クラスメイトに確認すると、どうやら本当に今日学校に来ておらず、病院にいるそうだ。


 少し興味の出てきた俺は、涼介からさらに詳しい話を聞くことにした。 


 【口裂け女】────それは涼介曰く、昨日学校から三島が一人で帰ったところまでは目撃者がおり、その後に襲われたとのこと。


 どうしてそれが【口裂け女】につながったのかと言うと、救急車を呼んだ人が見た傷が普通じゃありえないものだったらしい。包丁のようなもので刺された傷は何個もあったが、頬が耳の直ぐ近くまで切り裂かれていたそうだ。


 それを見た人が、【口裂け女】の都市伝説と関連付けたため、そんな噂が流れたのだという。


 それと真偽は定かではないが、救急車で運ばれるまで「口裂け女」と何度もつぶやいていたらしく、更に口裂け女の信憑性が増したのだという。


「な?ほんとに噂じゃないんだよ」


 確かに涼介の言ったことを素直に受け取れば、口裂け女が実在するように思えてくるが、話を聞く限り、やはり噂は噂だ。襲ってきた人が似た特徴で、それをつぶやいたとかそんな感じのやつだろう。


「信じる信じないは勝手だが、そんなに話していると夜眠れなくなるぞ?それに、もしかしたら今日はお前の番かもな?」


 俺が少しそう言って脅すと、涼介はすぐにこっちに近づいて俺の両肩に手をかける。


「怖いこと言うなってのォ!!」


「やめろ揺らすな揺らすな」


 しまった、怖がらせすぎた。抵抗虚しく、その後俺は全力で涼介に体を揺らされ続けたのだった。


 ***


 口裂け女の噂は午後になるとクラス中そこかしこで広まっていた。


 俺が適当にスマホをいじっていると、


「ねぇ、紅城。私一人で帰るの怖いから一緒に帰らない?」


 そう提案してきたのは、涼介と同じ、幼稚園からの四人組の一人、綾西(あやにし)結月(ゆずき)だった。


 大方、口裂け女の話を聞いて帰るのが怖くなったのだろう。


「ごめん、迷惑だった?」


 少し悲しそうな顔をしながら、こちらの顔色をうかがってくる結月。別に一緒に帰るくらい何も迷惑じゃない。まして、気の知れた相手のだから、頼みを断るはずもない。


「全然いいよ。一緒に帰────」


「なぁ、それだったら菜華も呼んで四人で一緒に帰ろうぜ!」


 俺が結月の提案を喜んで受けようとしたその瞬間、後ろから涼介が会話に割り込んできた.


「いや、結月から先に誘われたから、俺はそっちと────」


「え〜、いいじゃん。みんなで帰ったほうが安全だって〜」


 俺と涼介が揉めていると、結月は一瞬だけ迷った表情を見せた後、すぐさま口を開いた。


「……私は、みんなで帰ってもいいよ?」


「結月もいいって!な〜紅城?みんなで帰ろうぜ?」


「ま、そうするか」


 そんなこんなで、俺は残りの篠本(しのもと)菜華(さいか)を含めた四人で帰ることになった。この後、菜華を誘いに行った涼介。帰ってきた彼の頬はやけに赤く腫れていた気がする。なにかあったのだろうか……


 ***


「あ、忘れ物した」


 俺は四人で帰っている最中、やり残していた課題を持ち帰り忘れたことに気付いた。


 その提出期限は────”明日”。


 もしも忘れたら、夏休みに補習があると脅されているため、ここで忘れるわけにはいかないだろう。


「ちょっと取りに行ってくるから先に帰ってくれ。走って追いつく」


 そのまま三人を後にした俺は、急いで学校に向かった。


 そんな紅城を見て、涼介はふとつぶやく。


「俺達が一緒に帰ったのって、口裂け女が怖いからだったよな?紅城が一人になるけどいいのか?」


 そう、こうやって一緒に帰ることになったのは、結月の口裂け女が怖いからという理由だ。


 ただそれも、紅城と一緒に帰りたかったからというのもあるが、口裂け女(それ)への恐怖が嘘だったわけでもない。


「まぁ所詮噂話だしぃ?平気でしょ。てか、アイツはそんなの信じるタイプじゃないし」


 菜華の予想とは裏腹に、このあと紅城は事件に巻き込まれることになった。


 ***


 忘れ物を回収した俺が家に帰っている途中、近くの曲がり角からこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。その方向に視線を向けると、走ってきたのは茶色のコートに身を包んだ一人の女性だった。漆黒の髪の毛が一際目を引く女性。


 見た目的に二十代後半くらいだろう。


 彼女は目にも止まらぬスピードでこちらの方向へ駆けてくる。腰には刀の鞘のようなものが備えられていた。


(見間違い……いや、本物ッ!?)


 すれ違いざまに見えたそれは確かな重圧を感じさせ、刀に詳しくない俺にもそれが紛い物でないと理解した、いやさせられた。


 ”法律違反”、それが頭をよぎったが、それを咎めることなど俺にはできなかった。


 あまりに鬼気迫った表情をしており、声を出すことすら憚られたのだ。


 女は俺に目をやることもなく通り過ぎて、視界から消えていった。だが、俺は確かに聞いた。


「まさか、──神社──”要石”がまだ────」


 去り際に微かに彼女がそう言ったのを。


 ”要石”が何を指すのかは分からないが、それが彼女にとって重要であるのは間違いないだろう。


 ふと、彼女が走り去っていった方を見ると、足元に一枚の紙が落ちている事に気づいた。拾って見てみると、漢字が色々と書かれている。


 それは俗に言う御札だった。うちの神社でも似たようなものが売られているが、これはもっと実用的?というか本格的に思える。


 これは、返したほうが良さそうだ。


 そう思った俺は後を追った。


 ***


「まったく見つからないな」

 

 御札を拾ってから姿が見えなくなった方向を俺は探してみたがさっきの人物は見つからなかった。


 どこに行ったのかと思考を巡らせると、一つ思い当たる場所があった。


 あの人は確か……そうだ神社だ。神社と言っていた。この近くの神社はあそこしか無い。


 俺はすぐさまその場所へ向かった。


 近くの神社に着いた時、階段の前にさっきの女性がいた。しかし、他にも対峙するようにして赤色の狐の面をつけた男が階段の上に立っていた。


 二人の様子が気になった俺は曲がり角の電柱から様子を伺うことにした。


 ***


「チッ、テメェか。だが、一歩遅かったな」


 そう話す男の手には小さな石が握られていた。それはまさしく、先ほどから名前が出ていた”要石”である。


「”白虎”、お前がなぜその”要石(かなめいし)”を狙っているかは知らないが、それをこっちに渡せ」


 女の問いかけに男は同意する素振りを全く見せない。むしろ、


「渡せだと?これをお前たち”陰陽師”に渡すわけがねえだろォがよォ!」


 そう叫びながら男は腰の鞘から刀を構えようとする。


「そうか────だが、油断大敵」


 そう言った女は腰に携えた刀を抜くのではなく、どこからともなく取り出した銃の引き金を引き、寸分の違いなく要石を持っていた男の左手に銃弾を命中させる。男は痛みで手を開いた。要石は地面に転げ落ち、近くの草むらに落ちる。それを拾おうと意識をそらした男の隙を、女は見逃さなかった。


 女が大きく右手を払い除けたかと思うと、突然男の体が宙を舞った。女の方から吹いた突風が、男の体を軽々と持ち上げたのだ。


 空中で体勢を崩した男だったが体を捻り、立て続けに女が発射した弾丸をなんとか避ける。後ろに吹き飛んだ男に近づこうと階段を駆け上り、腰の刀を鞘から抜くと女は斬りかかったが、男は全力で踏み込んだ抜刀でそれを上から受け止めた。


 このとき、互いの実力差はあった。それも拮抗しているわけではなく、男のほうが大きく勝っているはずだった。だが、女はこの勝負に勝ったといっていい。戦いの最中、あの要石を強奪できるほど男は余裕のあるわけではない。じきに他の陰陽師が応援に来ると理解していた男はこの戦闘を不利と判断し、撤退を選択したのだ。


「チッ、テメェは必ず殺す」


 そう言って男は後ろに下がり距離を取ると、刀を収めてその場を後にしようとした。


「逃がすとでも?」


 目にも止まらぬ速さで女は距離を詰め、刀の間合いに男を取り込もうとした。だが、女と男との実力差はそこで大きく表面上に現れた。この瞬間、男は刀を抜く一瞬すらなかったが、経験則から導き出された最適解は────


(はつ)


 男は刀が体に触れる寸前に上へ跳んだ。瞬時に行われたその行動に女は反応できなかった。撤退を選択した男にとって、今この場で戦うという考えは残っていない。今は何としてでもこの場を離れる。それだけを考えて男は行動していた。実際のところ女が本気で戦えばいい勝負をするだろうがそれでも男には遠く及ばない。ただ時間がかかるという理由で女を見逃したのだった。

 

 宙へ逃げた男は階段を何十段も飛ばして地面に着地し、振り返ることなくこの場から男は離れていった。


 そして、女もすかさずその後を追って消えた。


 ***


「今のやつ、何……?」


 俺がさっき見た銃やら刀やらの戦いは一体何だったのだろうか。正直目の前で起こったあれをまだ本当のことだと脳が処理しきれていない。ドラマの撮影ではないかと考えてしまう自分がいるが、辺りを確認しても人の気配はしない。さっきまでの戦闘が嘘のように辺りは静まり返っており、まだ六月ということもあって虫の音すら聞こえない。


 さっきの銃に驚きその場から動けなかったが、やっと体が動くようになってきた。


「確かこの辺だったよな」


 さっき二人が争っていたときに何かが落ちるのを見ていた俺は、辺りを探してみた。


 階段近くの草の中を探すこと数分、俺は目的の品であろう物を発見した。それはガラスのように透き通っていた石だった。なんとも奇妙な石で、月の光を吸収して青白い光を放っている。さっきの女性が言っていた”要石”とやらはこれなのかもしれない。


 なんとなく拾ってしまったが、これは俺が持っていていいやつなのだろうか?さっき男が神社から取ったとか言っていたし、これは返しておいたほうがいいな。

 

 俺は目の前の階段を登り木造の建物に入ると、そこには見るも無惨になった(やしろ)があった。更に社に近づいていくと、それは乱暴に破壊されていた。なんて罰当たりなことを。


 無理やりこじ開けられたような跡もある。やはりこの”要石”?とやらはここから持ち出されたらしい。元あった場所に戻しておこう。


 俺は”要石”をしまおうとしたが、一つ気付いた。ここに置いとくと結局盗まれるのではないか?さっきの男はこれを探していたようだし、あの女の方もこれを手に入れようとしていた。どちらが正しいのかは分からないが、少なくとも男の方が奪っていた雰囲気だった。だが、別に女の物というわけでもなさそうに思える。


 そうなると、警察に手渡すべきなんだろうが、ひとまず家に帰りたい。あんなものを見た後だ、精神が疲れすぎている。


 持ち帰ることが罰当たりな気もするが、これは一旦家の神社に持ち帰るべきか。ここに返すよりも幾許かはマシだろう。


 そう思い俺は家に帰ろうとした。神社の本殿から出ようと入口の方に顔を向けた瞬間、そこに誰かが立っているのが見えた。逆光で顔はよく分からないが、マスクをつけた女だ。


「私、キレイ?」


 女はそう言って首をいきなり九十度右に傾けた。人間がしていい動きじゃない。


「あぁ、そうか。お前が────」


 今日はつくづくツイていない一日らしい。


 俺は女の言葉を聞いて一つ思い出したことがあった。信じたくはないが、一日に二度もこんな非日常な状況に巻き込まれたんだ。信じるほか無い。

 

 まさか、本当に実在していたとは。


「────【口裂け女】」

【時系列的には涼介が紅城と結月の会話に割り込んだ後の話】


(涼介)なぁ〜紅城と柚月が一緒に帰るらしいから、俺達混ざって四人で帰るぞ〜。

(涼介)(頬を軽くビンタされる)痛っ。なにしやがる!?

(菜華)あんた、結月が紅城を好きなことこと知ってるよな?なにしてんの?

(涼介)あ、そうじゃん!?やばい、くそ邪魔したぞ俺。

(菜華)あと、紅城に余計なこと吹き込んだら殺すからな。結月は自分で気持ちを伝えたいってさ。

(涼介)分かった。次からは気をつける。

(菜華)それと、私は結月 ”にも” 紅城 ”にも”、また傷ついてほしくないの

(涼介) ……そうだな。




【過去作の一部】


IF:世間知らずの田舎令嬢は今日もお気楽に生きる 〜気楽に生きるとは言ったけど、お淑やかとは言ってない〜

[https://ncode.syosetu.com/n0341jq/]


IF:現代に生きる陰陽師は今日も怪異や都市伝説を祓うみたいです

[https://ncode.syosetu.com/n8635iq/]




【お知らせ】


今回の話で一部削減したところがあります。最後らへんで紅城が「一日に二度も」と言ったのは、学校で会ったおばけがいるからです。


そちらの方はいずれ章の合間に投稿する予定。


全一五章の予定です。書き溜めを上げていくスタイルですが、更新頻度にバラツキがありますゆえ、ご了承ください。また、過去の話を加筆、修正する場合がございます。


なお受験生。


【お願い】

長いあとがきを読んでくださってありがとうございます。どうか、評価と感想の方もお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ