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無限夜

 われわれの精神は、その人にとって深刻な危機に直面するたび、千々に裂け、癒やしがたい傷を負う。そして、パズルのように一片一片の情緒を、理知を、記憶を、再び築きあげるためには、夜の深い場所にある独房に自ら閉じこもる必要がある。それは、いわば永久運動の時計が支配する領域である。


『死靈』は、そうして再び練り上げられた魂を、思念の針で、夢の糸を用いて織り上げた暗黒星柄の外套である。ゴーゴリの外套からドストエフスキーたちがやってきたように、どうやら『死靈』という外套から21世紀の精神はやってくるだろう。


『死靈』は――特にその後半部において――わたしたちがいまだかつて見ない黙示的ヴィジョンを幻視している。その印象は、宇宙の彼方、謎の天体群を映した画像をみたときや、深海に蠢く得体の知れない生物を垣間見たときのそれに似ている。われわれは、今日、身近な存在――AIや犬や猫の気持ちを理解しようと頑張っているが、まだ、謎の天体や深海の生物の魂に触れえていない。黙示的ヴィジョンは、夜の、まだ触れえていない精神を暗に示している。


 あらゆる世間には悪意があり、あらゆる超越には深淵がある。わたしたちは、堕落と狂気の狭間で、いつの時代であろうとも、つねに危機に見舞われ、苦しむ。例えば釈迦は、法を見出して、その苦を滅する道を示した。『死靈』は、何か未知の言語で書かれた経典に似ている。悪意と深淵の間に彷徨う死霊とは、われわれの影であり、夜の姿である。新たに発見された魂の原型である。


 われわれは有限だが、それゆえに無限を予感する。無限は、夜というかたちで有限者にひそかに語りかける。夢幻は、幽玄である。


 無限夜むげんやを幾たび超えれば、織姫は彦星に逢えるのか。

 このような浪漫風の物語も浮かべば、

 夢幻夜は全的絶滅ののちの暗黒をも幻視する。

 といったふうなポエムも口をつく。


 死霊たちが呟く謎めいた言葉は、意味を吹き消している。

 あっは!

 ぷふい!

 ゆれる蝋燭の火が風の前にさっと一瞬かくれるように、そこに意味の断絶が生じる。


 ただし荘子の言ったごとく、火は消えることがない。トルストイの仮定した永遠に灯る蝋燭は、夜のわずかな輪郭を照らすだろう。


『死靈』とはつまり宇宙であるが、ここには苦しみを経た思想がある。宇宙に揺蕩う銀河に揺蕩う或るIchがある。おそらく太陽なき虚空の中心には、Dämon=大雄=大暗黒=ブラックホールが自同律の不快の有難い呻きを唱えながら存在≒虚在している。


 いまはただ、われわれは『死靈』という独房のなかで黙して魂を築こう。

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