三島さんはよくわからない人(後編)
ドラマを見終わった私達は適当に時間を潰した。
ふと、窓から外を見ると少し薄暗くなっていた。 時計を見ると、五時を少し回った時刻だった。
その時、私のお腹から結構大きめな音がなった。 その音を聞いた三島さんの口角は、すごく上がっていた。
「雨宮、お腹すいたの?」
三島さんは、いつもの柔らかい笑顔ではなくて、ニマニマした顔で、私が腹の音を鳴らしたことをからかってくる。少しうざい。
「確かに、お腹はすいた。でも今の音は、お腹の音じゃないよ」
「アハハ、ちょっと雨宮、それは無理あるよ」
「そんなことないし」
私は、無駄な抵抗を試みてみるけど、三島さんは笑ってそれを否定してくる。
そんな不毛なやり取りを数回繰り返したら、三島さんが、いい事を思いついたとでも言いたげな表情を顔に浮かべた。
「ねぇねぇ雨宮、今日の夜ご飯どうするつもりなの?」
「今日は平日で親の帰りが遅いから、一人で適当に済ますつもりだったよ」
「じゃあ、私もその適当に済ます夜ご飯に混ぜてくれない?」
「え、、、」
三島さんの提案は、彼女が私の部屋に来るようになって初めてのことだ。
いつもは夕方になると家に帰って行くから、当然、今日もそうだと思ったからすごく意外な提案でびっくりしたけど、この部屋の居心地の良い時間が延長されるならそんなに悪くない、むしろ結構魅力的な提案だ。
「だめならいいんだけど」
「べつにいいよ」
「やった!」
私が一緒に夜ご飯を食べること許可すると、三島さんはいつもの柔らかい笑顔で喜んでくれる。その表情は、あの大人びた雰囲気の笑顔と同じものはずなのに、年相応に見えるのは私の気のせいだろうか。
そもそも、私とご飯を食べることはそんなに嬉しいのことなのか。
「雨宮、とりあえずコンビニ行こう」
「三島さん、べつに台所に行けば適当なものあるよ」
「例えば?」
「パスタとパスタソースとか」
「じゃあ、コンビニ行こう」
また、三島さんはよくわからないことを言い出す。
台所に適当なものがあるのに、わざわざ外に出てコンビニ買いに行く意味はどこにあるんだろ。
「三島さんは、なんでコンビニに行きたいの?」
「だって、そのほうが楽しそうじゃん」
「そうかな」
「そうだよ。たまにはいいじゃん雨宮。」
三島さんは、手を合わせて私に懇願してくる。私とコンビニに行ってそんなに楽しいだろうか。ほんとに三島さんはよくわからないことを言う。
私にくっつきたがることといい、コンビニに行くことでも、三島さんは絶対に譲歩しない。私が折れて、妥協することで、彼女も初めて譲歩してくれる。
だから、しょうがなく私が折れることにした。
てか、外に出るという部分に目がいってしまったが、よくよく考えたらコンビニに行くほうが、この居心地の良い時間が伸びるから、そんなに悪くない話だってことに気づいた。
「しょうがないから、それでもいいよ。そのかわりに、外では手を繋がないからね」
「わかったから、早く準備していこうよ」
「三島さん、そんなに急かさないでよ」
三島さんは、テンションが上がったのか、軽い足取りで先に玄関の方に向かっていった。
三島さんに置いていかれた私は、羽織りと財布をさっさとクローゼットから取り出して、急いで玄関に向かった。
「じゃあ雨宮、行こっか」
「はいはい」
三島さんは、そう言って玄関を開けて一歩先に外に出ていった。
私もそのあとにつづいて外にでると、頬に少し生温い風があたった。
外の気温は、夕方だから昼間より涼しいけど、それでもまだ不愉快な熱気が体にまとわりつく。これから外を歩くと思うと、気分が憂鬱になる。
ちなみに前を歩いている三島さんは、気持ち悪い熱気すら楽しい夕飯の買い物の構成要素の一部として、楽しんでいるような背中をしている。
「雨宮~エレベーターくるから早く」
一足先に進んでいた三島さんが、こちらを振り返って私を呼んでくる。
私はそれを聞いて、少し足を早める。
私がエレベーターの前についたタイミングでエレベーターが到着して、私達はそれに乗り込んだ。
私の家は、10階建てのマンションの6階にある。上下の移動にはもちろんエレベーターを使う。たまたま乗るタイミングが他人と合わない限り、基本一人で乗る。
でも今は、三島さんと一緒に乗っている。狭くいエレベーターでふたりきりなのは、少し緊張する。
一方三島さんは、自然な振る舞いでエレベーターの操作盤の所を陣取った。意外と三島さんは気が利く人なのかもしれない。
エレベーターを降りて、一階のエントランスホールを抜けると、また生温い風が頬を撫でる。ここから、一番近いコンビニは徒歩三分ぐらいで、マンションの前の一本道をまっすぐ歩くとつく。通い慣れた道だ。
「そういえば三島さんは、道わかるの?」
「わかるよ。だって、雨宮の家行くときいつも通り過ぎているから」
「そう」
どうりで、一歩先を離れて歩く三島さんの足取りの迷いがないわけだ。
いつも一人で買い物しに行く道に三島さんがいる。
いつも一人だけど、今は二人。
少し緊張するけど、でも、少し心地がいい。
三島さんはどうだろうと思うけど、前を歩いているその背中からには、それを察せれる要素はなにもない。
そんなことを考えていたらコンビニが見えてきた。 周りが少し暗いからか、コンビニの電気がやけに眩しい。
三島さんが、軽い足取りでコンビニ入っていく。それの後を追うように私も中に入る。
やっぱり中は、冷房が効いていて、外の不愉快な熱気がたちまち散っていく。
「雨宮、雨宮、何買うの?」
かごを持った三島さんが、こちらを向いて楽しそうに聞いてくる。
「冷凍パスタにする」
「雨宮は、パスタ好きなの?」
「なんでそう思うの」
「だって、家の台所にもパスタあるんでしょ。」
「じゃあ、好きかもね」
「もう、好きな食べ物くらい素直に教えてくれてもいいじゃん」
三島さんはそう言って渋い顔をした。
私はそれを尻目に、冷凍トマトソースパスタと野菜ジュースを手にとって、三島さんの持っているかごに放り込んだ。
三島さんは、触れたがる、知りたがる人だ。今まで私の周りには、そんな人いなかったから少し戸惑う。そんなに私と関わって楽しいのだろうか。
でも、積極的に私に向ってくる三島さんは嫌いじゃい。むしろ、少し好ましいと思う
「じゃあ、三島さんは何買うつもりなの?」
「うーん、メロンパンとジャムコッペパンにしようかな」
「ふーん」
三島さんはそう言って、棚からメロンパンとジャムコッペパンをかごに入れる。
三島さんが甘党なのは少し意外だ。
「ねえ雨宮、もう買うものない」
「ないよ」
「じゃあ会計してくるね」
「あ、まって、」
「うん、どしたの?」
「お金渡すの忘れた」
三島さんが、あまりにも自然に会計しに行こうとするからお金渡すのを忘れていた。
急いで、ポケットから財布を取り出して、パスタと野菜ジュース分の代金を取り出す。
「はい、私の分」
「うん、ありがと」
そのまま三島さんが会計をして、コンビニにからでた。
外に出ると、やっぱり生暖かい風が頬に当たるけど、家から出たときよりは、その風の中に涼しい物が混じっている。日は完全に山向こうに沈んでいって、その山からはみ出している日の光が、夕焼けをつくり街を照らしている。
薄暗い道を黙々と歩ていると、前にいる三島さんが、突然振り返って足を止めると、軽く話しかけてきた。
「ねえ、雨宮。なんかこういうふうに、夜ご飯をふらっと買いに行くのって、なんだか恋人みたいじゃない」
ちょっとドキッとするようなことを言わないでほしい。余計緊張する。
「三島さん、何言ってるの」
「冗談、冗談。もしかして照れちゃったの」
「べつに」
「ちょっと顔赤いよ」
「うるさい」
一通り私をからかうと、満足そうな顔をして前を向いて歩き出した。
その背中からは、とてもうれしそうなオーラが漏れ出ている。
もしかしたら、三島さんは私と恋人みたいなことをしたかったのかもしれない。
いや、それはないか。
三島さんは、ただ私をからかいたかっただけ。
そういうことにしておこう。
そんなことを考えながら歩いていると、すぐに私のマンションについた。
そのまま二人で、エレベーターに乗り込んで私の部屋の階に向う。相変わらず、三島さんはエレベーターの操作盤の前に陣取って、六階のボタンを押す。
コンビニの会計といい、エレベーターの操作盤の操作といい、三島さんはよく気が利く人だと思う。
六階についたエレベーターから降りて、そのまま私の部屋まで歩いていく。
なんだか、コンビニに買い物をしにいっただけなのになんだか疲れた気がする。
とりあえず、ドアを開けて三島さんを家にいれる。
買ってきた冷凍トマトソースパスタを電子レンジで解凍しながら、リビングの机にお互いの夜ご飯を向かい合うように並べる。
私の真ん前に座った三島さんは暇そうにしているけど、私の冷凍トマトパスタが解凍し終わるまで、食べる始めるのを待ってくれているらしい。やっぱり気が利く人だ。
5分くらい待つと、電子レンジが鳴った。冷凍トマトパスタを机に持っていくと、おもむろにお互い手を合わせて、黙々と夜ご飯を食べ始めた。
食べてる間に会話は全然なかったけど、三島さんと二人で食べる夜ご飯は、一人で食べるのと比べて、なんだか温かくて悪くないと思った。
三島さんの顔を覗き見てみると、彼女も満足そうにしていた。
お互いに食べ終わると、三島さんが話しかけてきた。
「雨宮、また私と夜ご飯食べない?適当に済ます日だけでいいからさ」
三島さんは、いつもの柔らかい笑顔で、私の目を見ながらお願いしてきた。
私は、この顔をしている三島さんのお願いは断れないと思う。まあとくに問題はないし、三島さんと食べる夜ご飯は嫌じゃないから、私はそのお願いを聞くことにした。
「毎回コンビニはいやだけど、夜ご飯食べるのはいいよ」
「ほんと、やった!!」
私がお願いを聞いてあげると、三島さんはいつもの柔らかくて大人びた笑顔じゃない、心なしか年相応に見える、無邪気な笑顔でとても喜んでくれた。
三島さんは、私と夜ご飯を食べれるだけで、なんでこんなによろこんでくれるのだろうか。
ほんと、よくわからない人だ。
でも、三島さんがこの部屋に持ち込むものは、春みたいに暖かくて、とても心地いいものだ。
私はこの関係が、できるだけ長く続けばいいなと、このとき少し思った。