三島さんはよくわからない人(前編)
外は体が溶けてしまいそうなくらい気温が高い。こんな日は、エアコンの効いた部屋にでも、引きこもっているのが正解だ。
ただ自分の部屋もそれなりに暑い。エアコンをつけているはずなのに暑い。それにいつもより部屋が狭い。
いつもは私しかいない部屋に、今日は人が来ている。
「ねぇ、雨宮、麦茶取って~」
「自分でとって。それと暑いから離れて三島さん」
「えぇ~雨宮のけち。あとさん付けやめてよ」
「いやだ。三島さんは三島さん」
「はいはい、雨宮がそうしたいならそれでいいよ」
そう言って三島さんは、渋い顔をしながら少しはなれた机の上にある麦茶を取りにいった。
三島さんは、私と同じ高校の二年生で、同じクラスの女子生徒だ。この間まで話したことなかったけど、夏休み前の放課後のときに、わけあって彼女を私の部屋に招いたことで少し仲良くなった。
それから夏休みにはいると、三島さんは家は暇と言って、私の部屋に頻繁に遊びに来る様になった。
今年の夏休みは彼女のせいで、子どもの部屋にしては、広々している部屋が狭く感じる。
「雨宮、この本面白かった?」
「普通だったよ」
「そっか。とりあえず読んでみる」
そう言って三島さんは、私の部屋にある本棚から小説を一冊とって読み始めた。
私と三島さんは、沈黙が多い。そもそも共通の話題がないし、お互い無駄に雑談したいわけでもない。
だから三島さんはうちに来ると、小説を読んだり、ぼんやりとテレビを見ていたりする。
私もそんなかんじで暇を潰している。
三島さんは、家が暇だと言っていたが、私の部屋も充分に暇だと思う。でも彼女は三日に一回くらいのペースで私の部屋に来る。
ほんと三島さんはよくわからない人だ。
でも私は、三島さんが私の部屋にいると、少しだけ居心地がよく感じる。
三島さんには言わないけど。
「三島さん、暑いから離れて」
「私は、暑くないからこのままでいい」
三島さんは、この部屋に来ると私に触れたしたがる。 今も、ベットを背もたれにして座っている私の左肩に寄りかかって来ている。
「私は、暑いの」
「私は暑くないの 」
これじゃあ平行線だ。三島さんは私と触れてそんなに楽しいのだろうか。
「そんなに私に触れていたいのなら、手を繋ごうよ」
三島さんは、結構しつこい人だ。
だから私が折れて、少し恥ずかしい妥協案を出すと、三島さんの口角がものすごく上がった。ニマニマしすぎて少しうざい。
こういう時、三島さんは私に対して、大抵は折れてくれない。だから、いつも私が譲歩して、妥協案を出す。
そして、私の妥協案は三島さんから見てもそれなりに魅力的らしく、妥協案を出せば彼女はしっかりとそれに乗ってくれる。
「雨宮はほんと手を繋ぎたがるね。しょうがない、それで勘弁してあげる」
そういうわけじゃない。三島さんがしつこいからだ。
「べつに。積極的に繋ぎたいわけじゃない」
「もう。素直じゃないな雨宮は」
三島さんは、そう言って体を離しながら柔らかく笑って私に右手を差出した。
「雨宮、はい」
「うん」
この部屋で、何回か三島さんと手を繋いだけど、未だに手を繋ぐときは少し緊張する。
三島さんが差出した右手に私の左手を添えて、握る。
そしたら三島さんが、しっかりと握り返してくれる。
三島さんの手は、温かくて、なぜか安心する。
「雨宮、顔緩んでるよ」
「そんなことないし」
「ほんとに?」
「全然、緩んでない」
「はいはい、わかったよ」
三島さんは、しょうがなそうに笑うと、リモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。
平日の午後にやっているドラマの再放送枠のチャンネルに回して、ぼんやりと見始めた。
「三島さん、小説読むんじゃなかったの?」
「だって、利き手で雨宮と手を繋いでいるから、小説読めないよ」
確かに、片手で本を読むのはなかなか難しい。
「じゃあ離す?」
「離したら、雨宮にくっつく」
「じゃあこのままで」
いつもこんなかんじで、三島さんは私にずっと触れたがる。ぼんやりとテレビを見ている彼女の横顔を眺めても、その理由を伺うことはまったくできない。
でも明確にわかることが一つだけある。三島さんはかなりの美人だ。柔らくて大人っぽい大きめな目に、鼻はスラッとしていて、耳にかかっている金色の丸いイヤリングが、なんともお洒落で可愛い。髪型は、茶色がかった黒髪を、少し無造作に後頭部でお団子にしていて、黒髪で地味なかんじの私と違ってすごくお洒落だ。
「雨宮、そんな私の顔見てどうしたの?」
視線に気づいた三島さんは、私に右手を差出したときに見せたあの柔らかい笑顔で、私の顔を覗き込む。
彼女の目と、私の目が合う。三島さんの整った顔と柔らかい笑顔が相まって、高校生にしてはすごく大人びいて見える。
ふと思う。
三島さんは、私と話すときは必ず目を合わせてくれる。
私に、それをできるかと問われると、難しいどころの話ではない。
だから三島さんはすごいと思う。
「べつに、なんでもないよ」
「そう」
そう言って三島さんは、顔の向きをテレビに戻してドラマの続きを見始めた。
手は相変わらず繋がれたままで、彼女の温かい体温を伝えてきている。
それから一時間弱くらいして、ドラマは終わった。
そのドラマはあきらかに終盤のいいところで、私はもちろん初めて見た作品で、たぶん三島さんも初めて見た作品だと思う。だって一昨日きた彼女は、この再放送枠を見ていなかったからだ。
でも三島さんは、満足そうな顔して腕を伸ばしている。
「三島さん、途中からドラマ見ていたっぽいけど面白かったの?」
「あ~、確かに途中からだったけど、それなりに面白かったよ」
「そうなの」
「なんか、ドラマって途中からでも、一度見始めるとずっと見てしまうような面白さがあると思うんんだけど、わからない?」
「まったくわからない。三島さんだけなんじゃない」
「そんなことないと思うけどな~」
三島さんは、曖昧に笑って私に共感を求めてくるけど、残念ながら彼女の言っていることはよくわからない。
第一、私は今のドラマをまったく面白いと思わなかった。 第一話から見ていたら多少は面白かったと思うけど、途中からじゃあよくわからない。
だから、途中から見たドラマを「それなりに面白かった」と言う三島さんは、 やっぱりよくわからない人だ。