1 バンパイアと一緒の夏休み~1日目~
「おはよー」
「おはようございます。なんだか逢坂さん、今日はいつも以上に元気ですね」
教室に入って早々、私は自分の席の後ろに座る、夏蓮に挨拶をしながら机に鞄を置くと椅子に座る。
「まぁ、明日からは待ちに待った夏休みだしな。結がはしゃぐのもわかるぜ」
そんな私の席の右隣から会話に入ってきたのは、陽。
この二人とは小さい頃からの仲であり、高校もクラスも一緒という幸運に恵まれていた。
明日からは夏休み。
つまり学校という拘束された日々から開放されゴロゴロし放題。
浮かれる私を見て夏蓮が笑みを溢すと「夏休み、二人は用事ってないかしら」と夏蓮が私と陽に尋ねる。
陽は私と同じで両親が仕事でほとんど家にいないということもあり、とくにこれといった用事はなく、私も陽と同じで家でゴロゴロすることしか予定はない。
「でしたら、私の別荘に3人で行きませんか」
「行く行く」
「俺も大丈夫だぜ。つーか相変わらずスゲーな、お前ん家」
夏蓮の家はお金持ちで、別荘と聞いても付き合いの長い私と陽からしたらもう慣れてしまって驚かない。
こうして夏休みに入る前に決まった予定だが、この時の私はすっかり忘れていた。
家にいるもう一人の存在を――。
「お帰りなさい」
「はぁ……。ラルムのことすっかり忘れてた」
今回の別荘は泊まりがけで2泊3日。
その間ラルムを一人にすることも不安だが、何より一番の問題は血だ。
もし私がいない間に吸血衝動が出てしまえば、ラルムは他の人の血を飲むしかない。
考えた結果リスクはあるものの、ラルムも私達の泊まる別荘がある場所までついてきてもらうことにした。
なんだか楽しみだったお出掛けが一気に不安でしかなくなったが、絶対に二人に見つからないようにとラルムと約束をし、この日は眠りへとつく。
そして、ついにやってきたお出掛け当日。
不安はあるものの、折角だから楽しもうと待ち合わせ場所へ行く。
3人集まると夏蓮の家の車で別荘へと向かうが、私は移動の間ラルムの事が気になってしまう。
そんな落ち着きのない私の様子に気づいた陽に「どうかしたのか」と声をかけられ、今日が楽しみだったからワクワクしてるだけだよと誤魔化す。
このままでは自分がボロを出してしまいそうで、ラルムの事を一旦忘れることにした。
それから数時間経つと窓から海が見え、目的地までもう少しなのがわかる。
今回私達が泊まる場所は、海が目の前にあるところ。
泳ぐのも楽しみの1つだ。
そんなに離れた場所でもないため、お昼前に着くことができた。
「とうちゃーく! んー、潮風の香りがする」
「そりゃそうだろ。海なんだからさ」
車から降りると潮風が肌に吹きつける。
少しベタつくが、それさえも気にさせないほどに海が輝きを放っていた。
今すぐ海にダイブしたいところだが、3人荷物を置きに今日から2日泊まる別荘への中へと入る。
流石夏蓮の別荘だけあって中は広く、3人1つずつの部屋まで用意されていた。
各々の部屋に一度荷物を置くと、そのまま持ってきた水着に着替え3人早速海へと向かう。
「ほらほら二人とも、早くー!」
「あいつはしゃぎすぎだろ」
「ふふ。陽くん、私達も行きましょう」
泳ぎの競争をしたりしてはしゃいでいると、最初からテンションを上げすぎた私は少し疲れて一度海から上がる。
ただ砂浜に座っていては折角来たのに勿体無いと思い、私は近くを散策することにした。
やっぱりこういう場所でのんびり散歩をするのも楽しいなと思いながら歩いている、突然目の前に人影が現れた。
驚きで声を上げそうになると、伸ばされた手に口を塞がれ制止されてしまう。
「大きな声を出しては他の方に気づかれてしまいますよ」
目の前にはラルムの姿があり、スッカリ存在を忘れてしまっていたことを思い出す。
ラルムを一人にするのは不安だから、皆に気づかれないようにこっそり空からついてきてもらっていたんだった。
「もしかして結さん、私の存在を忘れていたんですか?」
「え、あははは。そんなことあるわけないじゃない」
あからさまに動揺している私を見て、ラルムはクククッと声を殺し笑う。
取り敢えず運よく泊まる所には一人ずつの部屋が用意されていたから、ラルムには二人に見つからないように私の部屋に居てもらおうと、こっそり海から離れる。
だがここで1つ問題があり、どうしたものか立ち止まり考え始る。
「どうかなされたのですか」
「うん、それがね。私達の泊まる建物には、家事をするために夏蓮の家のメイドさんが一人来てて、ラルムを見つからないように部屋まで連れていくにはどうしたらいいかなって」
「そうですね。でしたら、結さんの部屋の窓から私が入ればよろしいのではないでしょうか」
ラルムの提案に、その手があったかと頷き、その方法でラルムを部屋に入れることにした。
先ず私が中へと入り、自分の部屋へと向かう。
そして、窓を開けて人目がないことを確認したら、ラルムに窓から入ってもらうという方法。
予定通り部屋に戻り、キョロキョロと窓から周りを確認する。
誰もいないことがわかると、手招きをしてラルムを部屋の中へと入れる。
なんとか誰にも見られずに済んだものの、まだ安心はできない。
誰か来る気配がしたら、どこかに隠れるか周りを確認して窓から一旦外に出るようにと伝えると「私としても正体が知られて結さんの側にいられないのは困りますからね」と言われ、不覚にも鼓動が小さく音をたてる。
「結さんの血が飲めなくなるなんて考えただけで喉が乾いてきました。そんなの耐えられません」
「はいはいそうよね。ラルムは血よね、わかってたわよ」
やっぱりと思いながらも落胆している自分がいる。
甘い答えを期待していたわけではないが、それでもほんの1%の確率に、少し期待をしてしまっていた。
血だけではない別の感情が、もしかしたらラルムの中にあるのではないかと。
でもそれは、そうであったらという私の思いであり、実際は血を欲する側と吸われる側という関係でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。