木村という男
さて、
木村に会いに行こう。
「南野さん、友人に会いに行きます。地元へは最後に帰ろうと思う」
「いいと思います。彼のいるところまで行きましょうか」
そういうことで、またこのビジネスホテルから二駅隣の、自分の下宿の最寄りへ戻った。
「この時間は働いている居酒屋さんが休みだけど、どうやってコンタクトを取ろうかねえ」
南野は
「うーん、とりあえず顔見てから決めてもらっていいと思いますよ。前日がどういう動きだったかわかりませんし、今はまだ朝8時ですから」
そもそもこんな早朝に彼は外を出歩いているのだろうか。
「大学時代の1限より早い時間を、俺たち若者はよく知らない」
「何言ってるんですかそもそも早起きというのは」
と南野が説教じみたことを言い始めた刹那、木村を見た
「あれ、木村いるじゃん!マジで?なんでこんな時間に!?」
木村はメモをもって業務用の食料品店へ入っていった。
「ああ~、仕入れか。ってことはここで買い物したらお店で仕込みとかするのかな」
思った以上にしっかりと働いていた。やっぱすげえよ。クソみたいな大学を見切っただけある。
「あの方が木村さんですか?」
ふーむと様子を見ながら南野が問う。
「そうそう、あいつだよ。とりあえず俺らもお店に入ろう」
「そうですね」
店内は業務用サイズのものがたくさん置いてあり、まさに仕込み前の食材などそろっていて面白い。木村はメモを見ながら商品をピックアップしていく。
「調味料とか、確かにこういうところで買ったほうが割安なんだろうな~。さすがに魚とか野菜なんかは大将が自分で買い付けているんだろうけど」
「なんだか、プロって感じですね」
二人で感心しながら様子を見ていると
「なんか用ですか?逆ナン?」
おもむろに木村がこちらを振り返り問いただしてきた。いかん、普通に距離感が近かった。俺は見えてないが故に、女の子が一人でぶつぶつ言いながらあとをつけてきたという構図になる。
「あ、あはは、いえ、違います」
「南野さん、どうする?」
俺の声は届いていないのをいいことに、南野に伺う。
「えー、っと」
こちらに対してか木村に対してかわからない相槌を打った後
「あ、あの!木村さんですか?」
木村を呼んだ。
「え、そうだけど。なんで知ってるの?どこかの飲み屋さんで仲良くなったとかかな?覚えてなくてごめんね、あはは」
木村が返答をした。対象の周囲の人には干渉をしないと言っていたこの死神が、干渉した。
「あははー。えー、とそうではなくてですね…ち、ちょっと待っててください!」
南野は木村にそう勢い良く告げると、こちらの手を取って小走りでその場を離れた。
「ど、どうしたの!」
「やってしまいました…」
「干渉しちゃった、ってこと?」
「そうです」
「なにかこう、霊的にまずいことが起きるの?」
そう聞くと
「いえ、そうではないです。ただ、干渉をすると、対象の人への感情的な移入につながることがあるので、あまりよくないとされているのと、あとは初日に話した通り、北原さんのことを伝えたときに、聞きたくもないことが北原さんご本人の耳に入ってしまうことも考えられるので、心証的にやはりあまりよろしくないという2点がネックなのです」
やや早口で解説をしたのち
「北原さんは、木村さんのことを信じますか?」
信じる信じないって聞かれてもなあ…
「信じる、と思うよ。というか、あいつにはどう思われていてもダメージはないかなあ。それを素直に受け入れられそう」
「そうですか…」
「そもそも、も無理ないしな。」
わかりました。と一言発して、南野は木村の元へ戻った。
「き、木村さん」
え、マジで戻ってきたみたいな顔の木村をよそに
「あの、お尋ねしたいことがあるのですが。」
「う、うん。何?」
「北原さんという人のことをご存じですか?」
「北原?そりゃ知ってるよ。北原がどうしたの?まさか彼女?」
ち、ちがいます!と狼狽える南野。
「そういえば北原、何日か前から連絡とってないけど風邪でもひいたの?」
率直な疑問を告げる。南野はどういう形で俺のことを話すんだろう。
「その、実はですね…」
少し間をおいて
「実は、亡くなりました。北原さん」
火の玉ストレートかよ。そのまんま言いやがったぞ。
「え…」
木村は戸惑いを隠せなかったようだ。しかし
「あの、あなたは北原の知り合いなの?」
「そ、そうです…」
木村は顎に手をやり少し考えた。考えて
「そっか。教えてくれてありがとう。」
そうやって南野をねぎらった。
「しかし、人間あっけないもんだ。つい最近までうちのお店で酔っぱらっていたのに。死んだのか。なんで死んだとか聞いているの?」
木村は割とあっさり受け入れたような態度で、南野へ質問を返していた。
「そ、その…アパートの階段から足を滑らせて、それで」
「事故死ってことかな?そうか…そりゃあ、返答がないわけだ」
木村は南野に自身の携帯を見せる。南野はそれをしばらくじっと見つめ
涙をこぼした。
―干渉をすると、対象の人への感情的な移入につながることがあるので、あまりよくないとされているので―
ルールではなかった。様々な感情を移入してしまったときに、その相手を別の世界へ送る役に、その行為にどれだけの失意が生まれるか。そう、これは死神個人の問題だったのだ。そりゃあそうだ。霊的に呪われるとかよくないことが起こるとか、そういう話ではない。彼女は生身の人間で、死んだ俺も当たり前だが生身の人間だ。対象の黄泉送りを、単に「仕事」としてこなせなかったとき、死神は心に深い傷を負ってしまうことになるのだろう。なんてことを俺はお願いしてしまったんだ。
「南野さん、もういいよ。ありがとう。やめよう。この場を離れるんだ」
そう告げるも。南野は涙をふきながら
「木村さんは、本当にいい人です。ありがとうございます。北原さん、亡くなっても木村さんには会いたいって、絶対思っています」
携帯をしまい、木村はゆっくりと天を仰いだ。
「いったん買い物済ませるから、外でもう少し話をしよう」
そういって、木村は一度その場を去った。
南野はこちらに何も告げずに、静かに店を出ていく。かける言葉が見つからず、俺はひとまず彼女の背中を追いかけた。