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死神と幽霊  作者: みやもり
7/24

ミスタースワローズ

 5種類のビールと食事を堪能し、ビール博物館を後にした二人だったが、

「次は何をしましょうか」

そう聞かれても、もともと1日というターンのほとんどを無駄遣いしている自分としては、これだけ朝から充実してしまうと何も浮かばない。

「逆に、南野さんは何かしたいことってないの?」

と聞き返す。

「私が何かしたいかなんて、そんなことに北原さんのあと1日半を使うわけがないではないですか。ほら、何か考えてください」

ますますうーんと唸ってしまう。とっかかりがないとなんともやりたいことって浮かばないんだよなあ。野球観戦でも行こうかな。ノートを取り出す。

【野球観戦】

「野球観戦ですか。いいですね!」

実は、野球がめちゃくちゃ好きなんだ。貧乏学生のせいで、せっかくこっちに来てもプロ野球観戦なんてほとんど現地に行ったことがなかったからな。

「ここから近いのは、東京ドーム…だけど、試合やってないか。そしたら神宮まで行こう」

一路、明治神宮球場へ。

 押上から半蔵門線を使って青山一丁目へ。そこから街並みをぶらぶらしつつ、15分もかからないで神宮球場に着いた。

「神宮球場は久しぶりだなー。去年地元の友達と言って以来だ」

「野球、好きなんですか?」

「めちゃくちゃ好きだよー。見る専門だけどね」

そういえば気になったのだが、神宮球場は大丈夫なのか?

「神宮球場の横って、明治神宮だけど、俺は行っても大丈夫なの?」

「え、なんでですか?」

いやそりゃあ、霊体なんでしょ?俺。

「あー、まあ大丈夫じゃないですか?」

微妙な反応の南野。

「地方の方なんかでこの時期を過ごされる方で、幼少行った神社とか、よく見に行ってますよ」

そうなのか。神宮って結構厳かだから、なんかスピリチュアル的にやばいのかなと思ってな。

「浄化されそう」

「浄化されるなら、それはそれでいいのでは?」

たしかに、それもそうかもしれない。

「まあ多分問題ないと思います。野球観戦ならなおのこと大丈夫ですよ」

まあ安心だ。Yチーム対Cチームのチケットを内野自由席で2枚買ってもらう。


1塁側の内野席は神宮ホーム側の席だ。

「後方の席しか取れなかったですが、グランドが結構遠いですね」

「当日購入だから仕方ないよ。外野席だともっと遠いよ」

南野は自分の携帯でパシャパシャグラウンドを撮影していた。

「皆さん傘を持ってますけど、応援アイテムですか?」

そういえば、このチームの応援用のアイテムで傘があったな。

「それなら私買ってきますよ。ほかに何か欲しいものありますか?」

「やっぱりここは球場メシでしょ。ビールと、あと何か食べたいもの買ってきて。お願いします」

そう伝えて、財布を渡した。

 15分後、ユニフォームを羽織って再登場した南野。背番号23。ノリノリだな…

「形から入らないと。今日は運動しやすい服装だから浮くこともないですが…」

恥ずかしそうにしているが、様になってていいと思う。ビールをもらって観戦に興じるとしよう。

 試合は現地観戦では最高の形で点の奪い合い、シーソーゲームだ。

「野球、めちゃくちゃ面白いですね!家で父がよく見ていますが、私としてはバラエティ番組が見たいのでやきもきしていましたが」

「生で見るとやっぱ面白いよねえ」

そんな会話をしていると、歩いてきた少年が目の前に立ちふさがった。なんだ?

「ど、どうしたの?」

少年は表情を変えずにこちらを見ている。

「南野さん、この子どかしてもらっていいですか?」

そう伝えるが、南野さんも「?」といった様子で話が伝わらない。

 試合に熱中していたので気づかなかったが、なんでこの子は自分のことを認識しているんだ??

「何かいるんですか?」

ふとそう聞かれたので

「こ、子供が目の前にいるんだけど」

南野さんは少し考えたそぶりを見せ、

「北原さん、ちょっと席を立って球場を1週してきてください」

なんだかわからないが、とりあえず従ってその場を立った。

 少年が付いてくる。なんなんだ?見えているのだとしたら、この子ももしかしてそういう…

 ほぼ一周が終わり、内野側から戻ってくる途中、ある夫婦が観戦している席に目がいった。すると、そちらのほうに向かって子供が歩いて行った。なんだ、迷子か。迷子?でも俺についてきたよな?少し間を開けて、そっちのほうへ一度確認に行ってみる。どうせ俺のことは見えているようで見えていないのだから、客席を練り歩いても迷惑にはならないはず…

 夫婦は内野席ベンチ上のいい席にかけていた。よく見ると席は一つ開けて座っており、そこには写真が立ててあった。あの少年だ。

 はやり、そういう霊的な類の子だったのか。しかし、なぜ俺の前に…?

 夫婦は仲良さげに観戦しながら、時折写真盾を抱いてみたりしていた。まあ、どういう状況かはなんとなくわかる。野球が好きな子だったんだろうな。なぜそこにいないのかまではわからない。何かあったんだろうけど、それを知る由はないのだ。

 また不思議な体験だったなと思いながら、席に戻った。

「どうでしたか?その子はいなくなりましたか?」

「ん。あっちの席で、ご夫婦が座ってたんだけど、その二人が持っていた写真盾に、彼の写真が納められたよ。つまりそういうことだったんだな」

「まあスカイツリーの話と同様で、そこに強い『思い』があって、似た者を見つけたので見に来たのかもしれませんね」

悪い子じゃないんですよ、きっと。と続けた。

その次のシーンで23番のベテランバッターがホームランを打った。サヨナラで試合終了。普通にいい試合だった。

 どこにでも、人の営みがある限りそこには歴史があり、思いがあり、形がなくなってもとにかくそれはそこにあり続けるのだ。それが良いことでも悪いことでも、か。


 夜だ。何をしようかな。地元を見に行くのもよいが、それは最後にしようか。こんな時間だが、どうしようか。

「どうしますか?」

南野が聞いてくる。どうしようかな。先ほども思ったが、こういう時にたくさんリストが出てくるような人は多分、よっぽど不慮このことでもない限り命を落とすこともなかろう…

「そろそろ満足してきたかなあ」

ぽつりとそのまま思っていることをつぶやいてしまった。

「そろそろ、終わりにしますか?」

名残惜しいが、そろそろかなあ。

 あーでも、やっぱ最後に地元に帰りたいな。あ、やべえ、あと木村だ。あいつの顔を見てからでないと行けないぞ。

「あと二つほどやりたいことがある。今日はもう遅くて無理なんだけど、どうしようか」

南野はしばらく考えた。

「そうですね。そうしたら、とりあえず今日はホテルに戻りましょう。明日の始発からでももちろん動けますが、お任せしますよ。生身ではないですが、素直に休息をとるのも大切な経験の一つです」

それもそうだな。

「それでは、とりあえず帰りましょうか」

そういって、二日目の徒歩から始まった東京観光は終了した。



 帰りの電車で、南野は俺の隣で寝ていた。どんなにタフでも、さすがに生身の女の子が1日中動きっぱなしというのは大変だっただろう。お疲れ様でした。

 最初に会ったときはただのやべーやつって感じだったが、まあなんだかんだ嫌な顔せずに付き合ってもらったし、本当にいい人なんだろうと思った。こんな人に生前出会えてていたら、もっと俺の人生は楽しかったかもしれない。

 いや、そんなこともないんだろう。結局彼女も業務として携わってくれているのであって、実際にはこんな「いいな」という経験はしないのだろう。

 時間の感覚を含め、すべてが現実から超越した状況の自分が今何を思うかというと、「生前」に対するタラレバだ。そもそも生きているときに、もっともっと考えることがあったんじゃないのだろうか。死ぬ直前の腐っていたときなんて言うのは、爺さんまで生きていたとしたらあんなにちっぽけであっけないことによく真剣に気をもんでいたんだと笑っていられたことなんだろう。気づくのが遅すぎたんだな。そしてこれは、すべてを終わらせる前に気づけて良かったことなんだろう。これに気づけないままだったとしたら、きっと俺は地獄の果てで後悔をし続けるだろう。人智を超えた途方もない時間、繰り返し繰り返し…

 72時間、本当に大切な時間だったんだ。そんな時間を与えてくれて、本当にありがとう。南野さん。

 笑顔で寝ている彼女の頭を撫で…るのはさすがに我ながらきもいと思ったので、ほほを指で刺した。


 ビジネスホテルの最寄り駅に着き、フロントで解散した。

「今日はお酒用意しないんですか?」

「今日は迷惑をかけるつもりはないので、ゆっくり休んでください」

「はーい、わかりました。おやすみなさい」

 そう挨拶をして、彼女はエレベーターに乗っていった。

 電車の中でめぐらしたような思考と、一晩戦うことになるのか、いろいろ考えずにスッと寝たほうがいいのか、迷いどころではあるな…

 とりあえず部屋に入り…あ、昨日のお酒とかそのままあるじゃん。普通に飲めるぞ、これなら。ビールもお酒もあるし、アテもあるな。


 案外あっさりしたもので、一人の夜は二日目も更けていった。いろいろ考えようとも思ったが、アルコールの力に負けて、今宵も孤独のグルメごっこをしていたら寝落ちしてしまっていた。仕方があるまいよ。


 翌朝。とりあえずノートには【友人に会いに行く】と【地元に帰る】の二つを書き込み、南野さんを待った。

 「ビジネスホテルの朝食バイキングって、なんでこんなに楽しいんだろう。無駄におなか一杯になってしまった…」

バイキングなら置いてあるものを勝手に取れるから南野さんの手助けはいらない。素晴らしいよ。

コーヒーを飲みながら、朝刊を読んでいると

「おはようございます…」

少し眠そうに彼女は登場した。さすがに昨日1日の疲れはしんどかったか。

「すみません、寝坊しました」

申し訳なさそうにそういうが、たかだか10分程度だ。

「そうはいっても72時間分の10分ですよ。これは大変なことです」

「自戒」と言いながら彼女はホテルのチェックアウトを二部屋分済ませた。


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