居酒屋トーク
「さて、と」
一服終えたので、退店することにした。会計は俺が出した。
「時間が止まっているのに、俺の現金はそのまま現世へ流通するのね」
「不思議ですよね」
それだけ、この世界において個人の動きや流れなどちっぽけなものであるのかもしれないと南野は言った。ちょっと悲しくなるな。
「そうだ、72時間を謳歌したいという話になった方には、こちらを書いてもらいます」
それっぽい封筒からノートとペンが出てきた。“やることリスト”と書かれ、開くと空白の行が並んでいる。
「最高の人生の見つけ方パロディ?180度反対の映画過ぎて皮肉利きすぎでは?」
「これは現代風にしてあるだけで、由緒あるやり方です。残りの時間で何がしたいかを思いついた順番にかいていってください。持ち歩いてもらって書き足してもいいです」
それを預かり、とりあえずノートにまず書いてみた
【居酒屋に飲みに行く】
「それでは、行きますか」
死神と幽霊、居酒屋へ出発。
時間があるわけでもないので、最寄りの個室の居酒屋に入った。できるだけ若者が多そうなところだ。理由は簡単で、今の状況が事実なのであれば周りにはこのちっこい女の子が一人で飲んでいるように見られるため、大衆の居酒屋はかわいそうだと思ったためだ。
居酒屋で案の定年齢確認をされる南野。免許証を提示し入店許可をもらった。2名です、と告げ、やはり違和感なく『2名様ご来店でーす』とスタッフが声を上げる。ほんと不思議だな。
個室に入り、ビールの注文を頼んだ。南野もビールのようだ。普通にお酒を飲むのかね、この子は。
「いえ、普段はビールって飲まないんですがね。なんとなく」
そうかい。
「ところで、南野さんはおいくつ?」
「私ですか?24です」
「年上なの!?」
自分が死んだことの次に驚いた。年上かい。
「先輩だったんですか。なんかすみません」
恐縮していると「別に気にしないでください」と笑われた。
乾杯をして、ビールをあおる。あー。おいしい~。
ビールにちょっと口をつけて苦そうな顔をしている先輩をよそに、タバコに火をつけた。
30分ほど経っただろうか。南野は明らかに顔が赤くなって、酔っているようだった。
「北原さんって、あれですよね」
「なんですか?」
「いえ、なんでもないです」
そ、そう
「北原さんって、所謂ダメ大学生って感じですね」
砕けたとたんにそれってひどくない?
「まあ、ダメ大学生そのものだよ。就職も決まってなかったし」
「そっかそっかー。あ、何か飲む?頼みますよ~」
タッチパネルで柑橘系のサワーを頼んでいた。
「あじゃあハイボール」
はいよーとハイボールにもタッチし、注文した。
「酔ってます?」
一応確認すると
「酔ってないです」
といいつつ顔が完全にニヘニヘしている。
「南野さんって、この仕事大変じゃないの?」
雑談のつもりで投げてみた。南野はニヘニヘ顔から少し悲しげな微笑に変わった。
「私だって、やりたいと思ってやり始めたわけじゃないので。最初はつらかったですよ。本当に悲しいと思うような事例もあったし、死んでなおどうしようもないなって人とも会った。でも仕事は仕事。そういう人もみんな、次の階段へ進んでもうために私がいるわけだから」
そういって向き直り
「やりがいのある職場です!」
と発言した。企業面接受けに来たみたいだな。
「北原さんは」
南野が続ける。
「北原さんは大学、つまらなかったんです?」
そうまじまじ聞かれるとなあ
「まあ、つまらなかった。と、思う。いいやつも悪い奴もいてさ。でも何となく全部がうまく作用しないというか、自分には合わなかったんだろうな。地元にいたころは何でもうまくいってたような気がしてたけど、井の中の蛙って感じ。劣等感とか、コンプレックスが押し寄せてくるんだよ。ぶわーって。それで」
「それで?」
「とりあえず酒を飲む」
「いーじゃんいーじゃん!のみましょー!」
「のむかー!」
おー!大学生って感じ―!と、なんかすごく久しぶりに、いろいろなことを考えずに楽しく過ごせた。いろいろなことを、もう考えなくてよくなったのもあると思うが。大学にこんな風に話せる友人がいたらなあ。
あ、そういえば。
「死神さん、ちょっといい?」
「はい!なんですか!」
「威勢!うるさ!確認をしたいんだけど」
「どうぞ~」
「俺の友人に木村っていうやつがいて、俺の数少ない大学でのまともな友人なんだが、彼は俺の現状を知っているのか?」
えー、と記憶を辿る南野。
「うーん、やはり事前情報の時点では、近々の周囲の方はまだ知らないと思います」
「そうか。南野から本人に俺のことを伝えてもらうこととかはできるのか?」
「それはできないです。故人への干渉はまだしも、周囲の環境への介入は良しとされていないので」
そっかー。会いたいけど会ってもわからねえし、伝えてもらうこともできないのかー。まあ、最終日の夜には顔出しに行こう。
10時も回るころに、アパートに向かった。一応、ちゃんと酔う。ので、眠くなる。時間が限られているのに、普通に眠くなるんだ、この御霊。
「南野さん。とりあえず俺のアパートには着いたんですが、南野さんはどうするんですか?」
「あ、ダメです。黄泉送り前の皆さんには、うちが専用で取っているビジネスホテルに泊まってもらいます」
「なんでえ」
「事故などあった場合、関係者の人が出入りしていたり、契約が解消されていることもあるので困るんです。主に私が」
つまり
「まさか、ホテルは、南野さんと相部屋なんですか?」
「まさか。隣の部屋ですよ。おませな学生さんですね」
なんか負けた気がする。悔しい。
踵を返し電車に乗った。ターミナル駅チカの大手ビジネスホテルだ。南野が手際よく受付を済ませる。
「それでは、北原さんは403号室です。私は隣の402号室ですので、何かあった場合はこちらの携帯にかけてください」
すげー懐かしいような小さい携帯を借りた。ウィ〇コムじゃんこれ。懐かしいな。
「なんでウィ〇コム?もう企業無いでしょう」
「まあ独自のやつですよ」
「え、でもこれウィ〇コム…」
「と、とにかく、この電話は私の持っている機種としか通信ができませんのでお願いします。私もお酒を飲んだので少し眠いです。それでは、おやすみなさい」
目をこすりながら、彼女は自室へ入っていった。
ビジネスホテルと言ったら、コンビニで酒とおつまみを買って豪遊だ。そう相場が決まっている。取り敢えずコンビニに…
そう思ってコンビニに行って、ありとあらゆる人間にガン無視されて我に返ったので、ウィ〇コムもどきで南野に電話を掛けた。
「さっき別れたばかりじゃないですかあ」
コンビニ前でめちゃくちゃ眠そうな目をこすりながら南野が言う。
「一応ノートに書いたやつなんだ。【ビジネスホテルで豪遊】」
「ならば仕方ないですね。買いましょ。」
そういってコンビニに繰り出した。鮭とば、ビーフジャーキー、缶つま、クラフトビール、少量ワイン、いつくかの総菜。たまんねー。うひょー。
会計を済ませ、ホテルに戻った。
「南野さん、ほんとにすみませんね」
「これも仕事ですから!おやすみなさい!」
そういって部屋に戻っていった。
ここに死後初のビジネスホテル豪遊を開催することにする。
霊体だからなのか、酔いはすぐにさめてしまった。すごく怖い。ランナーズハイみたい。取り敢えず総菜を開けて、ワインを飲む。このめっちゃ小っちゃい瓶がたまらないよね。
ワインは「クルール・ド・シュッド・シャルドネ」375㎜。お手軽に買える。少量。飲みやすい。果実感もあり、結構しっかり飲んだなって感じられるワイン。部屋に備え付けのコップに色気もなく投下し、口に含む。うまい。
合わせるおつまみは総菜コーナーから選んだ「8品目のピクルス」。レンコンとオリーブのピクルスが最高。白ワインにも合う。多分。
一通り口の中をさっぱりさせたところで、続いてはビールに行こう。
ヤッホーブルーイング「よなよなエール」。正直ビールは詳しくないので、一番コンビニでよく見かけるこいつをチョイス。エールビールね。所謂ビールらしい苦みとかキレというより、味で言うと何となく甘いというか、簡単に言えば飲みやすい。これ飲みやすいね。取り敢えずビーフジャーキーとレンジ総菜系の「3種のソーセージ」あたりをあけて…
た、たまらん。なんだろうこの幸福感は…ソーセージに合いすぎるでしょう。いくらでも飲みたいよおおおおお。
はあ、お酒を飲んでるときは、こうやってテンションが上がるか、もしくはどん底まで下がるか、って感じだけど、死んでからこんな楽しみ見つけても、かえってむなしくなるだけなんだな。なにやってんだろう。俺。
でも、逆を返すと、おそらくこれから先のことを悲観し、絶望しなくて済むという状況であることに無意識的に喜んでいて、こういうテンションなのかもしれない。ほんと人間の「感情」って、面倒くさい奴だな。
さて、話は戻って、最後にこいつだ。「信州亀齢」。日本酒。今SNSでも話題のこいつが、コンビニで手に入るなんてな…田舎にはよくあることだが、これは想像だが、もとは商店を営んでいた先代から引き継いだ現オーナーの趣味みたいなもんなんだろう。あれだけの酒コーナーとタバココーナーの充実っぷりは、最寄りに欲しかった。
甘いのに飲み口キリっとすっきり。いくらでも飲みたい。合わせるのは鮭とばと、とっておきの缶つま。「缶つま極 北海道利尻山蒸しうにエゾバフンウニ」お値段驚愕の7000円。ってなんで売ってんだよ。ってめちゃくちゃうまい!こ、濃すぎる…!クソ!永遠に飲んでいたい。食べていたい。もう何でもいいや!