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死神と幽霊  作者: みやもり
2/24

一つの真実

 なんとなく目を覚ました感じがして、目を開けると、アパートの自室の布団の上だった。今日も二日酔いかー、もう二日酔いも三日酔いも変わらないね、だるいだるいと自分の体調に悪態をつきながら、回復を待った。回復したら、大学のしち面倒なキャリアセンターに行かなければならないのだ。成果は特にない。そろそろ実家にも連絡をして、卒業後は帰ったほうがいいのか、こっちで何とか働くのか、はたまたこっちでなんともなく就活浪人をするのか、どこの誰に噓を吐いて、どこに誰に取り繕って、どこの誰に助けてもらえばいいんだろう。そもそも誰かから手なんて差し伸べられるのだろうか。

 …何やら既視感があったが、まあ二日酔いで起きて昼頃で、体も気も重いのはいつものことだ。シャワーを浴びてアパートを後にした。


 大学に向かうため最寄りのバス停でバスを待っていると、向こうからグレーのパーカーのフードを被った女の子がやってきて、後ろに立った。まあここはバス停だ。列をなしていくので、そのまま特に気にもせず引き続きバスを待った。しかし、いつもならこの時間でも人がそこそこ並んでいるのに、珍しくその日は自分と後ろの女の子くらいだった。

 …しかし、バスが来ない。少なくとも10分に1度はバスが来る停留所だ。どうなっている。時計を見ると、止まっていた。家を出たとき気づかなかった。

「あなたの時間はもう止まっているんですよ」

突然かわいらしい声。しかし、内容が不穏だ。独り言だとしたら、関わっちゃいけないタイプのパターンだ。

「いいですか。あなた。あなたの時はもう、止まっているんですよ。あなたですよ。あなた」

後ろでぼそぼそと繰り返されるので、怖くて仕方がない。取り敢えずこのバス停を離れよう。最悪歩いてでも大学まではいける。

 とぼとぼとした足取りで、後ろを確認せずにゆっくりとその場を離れる。そのまま大学方面に向かって歩き始めた。


 …ついてきた。最悪の展開だ。怖すぎる。まだ若い女の子だし日中だからよいが、これが夜中で相手がおっさんだったらどんなに怖いことだろう。

「ちょっと、話を聞いてください。あなたですよ。そこのお兄さん」

怖い怖い。都会怖い。本当に怖いのは、お化けではなく生身の人間だって、はっきりわかんだね。歩調を早める。

「ちょ、お願いだから!話を聞いて!」

ついてくる足音は小走りになり、ついに走り出しこちらの眼前にやってきた。しまった。回り込まれた。

「なんなんですか!」

そう伝えると、女の子は顔を上げた。フードから現れた顔は、なんとまあ、かわいらしい。しかし、かわいらしくてもやばい人には間違いないので、「ついてこないでください」と言ってその子をよけて再度歩き出した。

「もう終わってるんですよ、あなたは!学校なんて行っても無駄です。北原さん」

名前を呼ばれたので、さすがに立ち止まった。なんで名前を知っているんだ。

改めて、女の子のほうへ振り向く。大きな瞳が真剣なまなざしでこちらを見ていた。

「どういうこと?どこかで会ったことありましたっけ?」

そう聞くと、女の子は

「いいえ、初めてお会いしましたよ。直接顔を合わせるのは初めてです」

と普通のトーンでいった。マジでこえー。怖いよー。



 とりあえず、話がしたいということで、すぐ最寄りにあった喫茶店に入った。

「それで、どういうこと?あなたの名前は?」

お冷を飲みながら、その子に尋ねた。

「私の名前は南野(なんの)と言います。これから呼び止めた理由をお話ししますが、落ち着いて聞いてくださいね。」

南野と名乗った女の子は、まじまじ見ると背が少し低いようだが年代は同じくらいだ。新手のナンパかな?変な勧誘かもしれない…そっちのほうが可能性としては高いな。

「結論から申し上げますと、あなたは死にました」

そう告げられ、(あ~、勧誘系か~早く切り上げないと壷とか買わされる~)と思いつつ、そもそも知らぬ他人から「お前は死んだ」と言われ、何だこいつと怒りのボルテージも上がってきた。

「あのですね。初対面の相手にいきなり“死にました”なんて、どれだけ失礼なこと言ってるかわかりますか?年齢もさほど違わないみたいですけど、常識とかないんですか?」

できるだけ落ち着いたふりをして切り返すと「いいえ、本当に死にましたよ。あなた」と譲らなかった。埒が明かないと思い「ありがたい壷か本でも売りつけるつもりでしょうけどね」と核心に迫った質問を投げかけるも「まあいきなりは受け入れられないですよね…何も売りつけたりはしないですよ。ただ、事実をまず伝えることが私の最初の務めなので…」となんとも申し訳なさそうにうつむいた。

 

 しばらく沈黙が流れた。

「それで、俺が死んでるとして、あなたは何をしに来たんですか」

と聞くと

「亡くなった魂を黄泉へ送るために来ました」

と発した。今度は何だ。中二病・・・?

 しかし、混乱してきた。最近昼も夜も酔っているか心が死んでるので、やはり類友というか、変なオーラが出ていたんだろう。そして変な人が寄ってきたと。いかん。これは早々に退散せねば。

「ちょっと何言ってるかわからないので、俺はもう帰りますね」

そういって立ち上がろうとしたとき、南野と自称した女性は

「待ってください。…これからあなたが『もうこの世にいない』ことを証明して見せます。少々心苦しいですが、向こうに行くまでは嫌でも体験することなので仕方ないです、味わってください」

そういうと、南野はコールボタンを押した。

 「お待たせしました、お伺いします」

店員がやってきた。南野は

「北原さん。注文してみてください」

というので

「じゃあ…ウィンナーコーヒーひとつ」

と告げる。店員の反応はない。

「ちょっと!注文してるんですけど!ウィンナーコーヒー!」

店員はまるでこちらが見えていないかのように、悪気もなく南野のほうを向いてオーダーを待っていた。

「ウィンナーコーヒーをひとつと、あとミルクティをひとつください」

というと、店員は

「ウィンナーコーヒーとミルクティをひとつずつですね。少々お待ちください」

と言って、会釈して場を去った。

「…」

人に露骨に無視されるのって、めちゃくちゃ堪えるな…

「ほら、わかったでしょう。あなたはもう、存在がこの世のものじゃなくなっているんです」

絶対嘘だね。店員が知り合いか、もしくはこの喫茶店自体がこの女を含めてグルで、最終的に壷買わされるんだ!

「信用ならない」

「そんなこと言われましても…そうだ、ほかのお店に行きましょう!北原さんに選んでもらって、そこで同じようにやりましょう」

こうなったら徹底的にやってやりたい気分だ。しかし、もうそんな気力もない。

「お待たせしました。ウィンナーコーヒーとミルクティです」

そういって店員はコーヒーをこちら側に置いた。あれ?見えてんのかこの店員?やっぱり見えてるじゃないか!

「店員さん!見えてますよね俺のこと!何とか言ってください!」

しかし、店員はこちらの大声にびくともせず『本当に見えてはいない感じ』で伝票を挟んで去っていった。

「…どういうことだ?」

「んー。少しややこしいんですが。存在は認識できないんですが、ちゃんとわかっているんです。もちろん、皆さん無意識です。声は届かないし、見えもしない。でも北原さんからは触ることも持つこともできます。それを第三者が仮に目撃しても、例えば『北原さんは周りの人から見えない。その北原さんが持ち上げたコーヒーカップが周りの人から見たらひとりでに浮いている』、」それが『本当はおかしい状況』であっても、何らかの補正がかかって世の理の範囲として補完されます」

滅茶苦茶ややこしい。

「つまり、俺は普通に生活ができるのか。飲んだり食べたり、触れたりもできると」

「はい。できます。実態のものを動かしたり触ったりできるので、こちらの世でも生活はできます。ただ、私たち『死神』と呼ばれる現世と黄泉の仲介人がそばにいなければ、コミュニケーションが取れないんです」

ご都合主義だねぇ~。なんてファンタジックなの。現実は小説より奇なり…か。

「つまり、自宅で一人お酒飲んだりはできるのね?」

一番大事なことだ。

「できますよ~。なくなって買いに足しには行けませんが」

あ、そうか。でも、この南野がいればパシれるってことか。

「そういう時は南野さんに頼めばいいの?」

「まあ、そういうことになりますね」

ふーん。なるほどね。


 そもそも、自分が死んだことなど全く信じていないし、この一連のやり取りも何かのトリックがあるのは間違いないとして、だったら壷なりなんなりを売りつけても来ないでこの特殊な状況下での生活の仕方を説明されている今、彼女の口ぶりに嘘偽りを感じないのが不思議だ。家電の取扱説明書を確認してもらっているかのような正解、間違いや嘘、真実といった駆け引きがないのだ。事実をただ教わっているだけ、という感じだ。

 

あれ。もしかして俺、本当に死んだ?

 そう思った瞬間、俺はある日アパートの階段から落ちたことを急に思い出した。

「あ。俺、アパートの階段から落ちた」

「思い出しましたか。そうです。大変恐縮ですが、あの日あなたはなくなりました。享年22歳です」



 うわああああああああああああ。俺死んだのか??ええええええええええ。あっけねええええええ。

 ん、じゃあ今の俺は何者なんだ。

「な、南野さん」

「ようやく状況に納得しましたか」

そういってミルクティを口にする南野。

「俺が死んだとして、今の俺は何者なのかな。幽霊?」

「そうですねぇ」

少し考えて、答えが返ってくる。

「所謂『霊』というのも何種類かあるので、そのジャンルには間違いないです」

さらに少し考えて

「ただ、状況によって現世に遺志や、俗にいう魂だけが残ってしまうことがあります。そういった人たちを黄泉へ送ってあげるのが、私たち『死神』の仕事なんです」

自分がこの世のものでないのが事実だとすれば、もうこの子が死神だろうがドラキュラだろうがどうでもいい。

「南野さんが、最終的に俺をこの世界から葬るってことなのか。敵じゃん」

冗談っぽく言うと

「とんでもないです!黄泉の国とは死者の国です。生活の拠点を移すようなものだと考えてください。そこでもまた、次の人生が待っているんですよ」

輪廻転生的なもの?

「まあ、そんな感じなんですかね?」

そこフワッとしてるんかい。

「あと、こちらの世界にもう何日もいることはできません。いればいるほど、よくないことが起こります。そうですね。いつまでもこちらに居座り続けると、次の人生を送ることができなかったり、この世界もあなたから見たらどんどん壊れていくように感じたりするかもしれません。現世が実際に変わることはないんですが、いろいろと怖い目に合うらしいです」

急に抽象的な話の展開だなあ。

「だって、別に私は生身の人間ですもの。死者の方がどうなるかは伝聞でしかないです」

死神っていうからには南野もそれはそれは恐ろしい、パーカーのフードに命を刈り取る鎌でも隠してるもんかと思ったが、普通の人間なんだ。

「そういった(まじな)い事などを司る家系の生まれなんです。所謂『視える子』です!」

そんな元気に言われても…

「あれ、じゃあ基本的に南野さんにも生活があるってことだよね?俺が送られるまでは俺の近くにいるってこと?大丈夫なの?」

「もちろん!仕事なので!」

エッヘンと言わんばかりに胸をたたき、残りのミルクティを飲み干した。


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