その生き方に後悔はありませんか?
この世界は、本当に非道いものだ。希望もない。何も持っていない。何も持っていないものははじかれる。淘汰された先には、何があるのだろうか。
何もない。この世界にも、自分にも。何も持っていない。
二日酔いで微睡んだ頭を抱えながら、今日も健全に不健全。俺の人生、こんなもんだったのだろうか…
大学4年生の朝は遅い。単位の修得を終え、大学に顔を出すことはほとんどない。二日酔いの痛い頭を振りながら、最悪な朝を迎えるのが日課となっている。
カレンダーを見る。もう春も終わるのか。そろそろキャリアセンターから催促されている通り「就活」の報告にはいかなければいけない。本当に気が重い。就職活動など全くしていない。そりゃあ勿論、3年の後期頃は周りと同じように始めた。自信家ではないものの、なんとなく就職先も決まると思っていたのは浅はかだった。何も決まらぬまま半年たち、年度も変わり、今に至る。ああ、頭が回らない、いろいろ考えてもネガティブなことしか浮かんでこない。寝る気も起きず、動く気も起きず、ただただ存在価値を自問し続ける午後1時。
大学も、最初のころは楽しかった。気がする。知らない土地で新しい生活をし、又知らない土地からやってきて同じように知らない土地で単身生活をする学友らと、学生生活を謳歌した時も一瞬くらいはあった。自分には何もかも合わないと感じるまでは、そう時間は必要なかった。まだ自分の中に微かに残っていた勤勉さをできるだけ前に出し、一人ぼっちで単位を取り終えた。その中でも付き合いはあったが、今思えば反吐が出るようなことも多かった。ような気がする。気がするばかりだ。
楽しかったと思っていたことも思い返せば実はそんなことはなく、嬉しかったことも特別なく、ただ、周囲から苦痛そうに思われるほど惨めでもなく、でも心の中では本当にちっぽけで、本当に本当に、やっぱり惨めな思いばかりしていた。今回の就活の失敗続きも、自分に仄かに残っていた埃ほどの誇りもすべて掃き捨てられたことだろう。言葉に起こすなら「青葉に塩」だ。
周りと比べて自分を卑下し続けるのも嫌だ。自分に才能がないことを直視するのも嫌だ。本当は楽しくないことを楽しいというのも嫌だ。本当に楽しいことを素直に楽しめないことも嫌だ。これから先も楽しいことはないんだろうなという気持ちになるのも嫌だ。嫌だ嫌だ。
俺、いつからこんな暗いダメ人間になってしまったんだろう…
などと考えながら、オレンジジュースをがぶ飲みして、2時間ほどたってようやく頭痛が消え始めた。そろそろ夕方だが、仕方ない。とりあえず大学に行こう。
単純な話、これだけネガティブだとぶっちゃけ死にたいとすら思っている。しかし、なかなか人間簡単には死なない。未遂すらないが、「死にたい死にたい」と思っているうちはまだ、俺は死んでない。それだけが自分の中に残っているほんの僅かなポジティブなのだ。ポジティブに死を怖がれ。
シャワーを浴び、着替えて、取り敢えず大学に向かう。
学内の喫煙所に直行すると、友人らが数名でだべっていた。
「おー、北原。もうお前単位終わってんべ?どしたの」
北原とは俺のことだ。
「キャリアセンターに呼ばれてたの忘れててね」
「キャリセン?北原就活まだしてるん?」
チッ。うっせえな。別にいいだろ。
「まあなかなか決まらなくてねー。みんなは?」
3,4人の集団は
「とりあえずうちらの中で内定なかったこいつが進路決まったから飲み行こうって!北原も来るか?」
「あー、俺はいいよ。内定のない奴には気を遣うだろ」
「まっ、それもそうか…北原。内定出たらまたみんなで飲みに行こうな!」
今日飲みに行く集団にそもそも自分の名前が連ねられていないこと自体が正直大変不快だが、もう大学の知人もどうでもいいし、そこまで期待もしていないので心の中でばーかとつぶやきながら
「ああ、またな。」
とだけ言って、タバコは吸わずに喫煙所を去った。あーあ、気分わりい。
キャリアセンターにつくと、担当の若いお兄さんの事務員に懇々と詰められた。
「北原クン。就職する気あるの?このままだと就職浪人だよ。せっかく学業優秀なのに」
偏差値50程度の学校に学業優秀もクソもあるか。
「そうですねー。いろいろな業種を受けてはいるんですけれど…」
「やりたい業種に絞って業界研究しないとダメだよ。浅い就活生は、すぐに見抜かれるよ」
「あはは、ですかねえ」
「とにかく、今月中に5社はES出してみよう。また月末に報告に来てください」
「はい、よろしくお願いします」
そうやり取りをして、大学を出た。どうでもいいや。飲み行くか。
「いらっしゃーい。って北原か。生でいいか?」
夕方、行きつけの居酒屋に立ち寄った。出てきたのは元大学の同級生の木村。個人の居酒屋にアルバイトで入ったきり、どっぷりはまり込みそのまま弟子入り。大学は退学。当校に於いてはたぐいまれなバイタリティの持ち主だった。大学のクソけったいな集団から身を引いたこいつだからこそ、俺はまだ付き合いがある。
「お通しカットで」
「相変わらず金ないのね、北原。はいよー生。お通しはサービスでいいよ」
そういってこっそりと酢の物っぽい小鉢を置いて別のお客のところに行ってしまった。板さん衣装に合いすぎかよ。
「北原くん。こんばんわ。はい、灰皿。今日は木村を早く上げるから一緒に飲んでいきなね」
ここの居酒屋の大将。恐ろしい見た目に反してめちゃくちゃいい人だ。いつも酔ってぐちぐち言っている俺にやさしくしてくれる。
タバコに火をつけ。煙を揺らしながらビールを飲んだ。働いてないのに飲むビールって、これほんとにうまいのかなあ。
ほどなくして着替えた木村がカウンターに腰かけた。
「ほいじゃ乾杯」
「木村はもうこのまま修行して板前さんになるのか?」
「いやー、どうだろうね。今はここでお世話になってて給料ももらってるから、料理や運営の勉強をしながらお金もらえるのってすごいうれしいことだけど。将来かー。将来って言われると、まあ具体的にこれだけでやっていくぞ!っていう感じではないのかもな」
「今やりたいことがあって、実践できているんだから大したもんだろう。俺なんて就職先すら決まらないんだぞ…」
まあまあ、と慰められ、日本酒をちびちびやった。今日も酔っぱらうな、これは。
結果的に酔っぱらった俺は、記憶もおぼろにアパートに戻り、多分寝た。
起きたとき、お湯が入れられた形跡のあるふやっふやのカップラーメンが冷めていた。
それからも俺は、就活をしようと試みたり、昼間から酒を飲んだり、就活をあきらめようとしてみたり、夜通し酒を飲んだり、ただ毎度遊ぶ友達もいないので、心だけが荒んでいった。終わってる。
そんな気持ちで起きて二日酔いの朝は、冒頭のようなやり取りを脳内でぐるぐるぐるぐる、もうそればかりでそろそろ頭も参ってきているように思える。「俺の人生こんなもんか…」
そうして月末の朝、もとい、昼。今日も二日酔いかー、もう二日酔いも三日酔いも変わらないね、だるいだるいと自分の体調に悪態をつきながら、回復を待った。回復したら、大学のしち面倒なキャリアセンターに行かなければならないのだ。成果は特にない。そろそろ実家にも連絡をして、卒業後は帰ったほうがいいのか、こっちで何とか働くのか、はたまたこっちでなんともなく就活浪人をするのか、どこの誰に噓を吐いて、どこに誰に取り繕って、どこの誰に助けてもらえばいいんだろう。そもそもどこかの誰かから手なんて差し伸べられるのだろうか。
ぼーっとアパートの鍵を閉めて、階段を降りようとしたとき、結構強烈な眩暈に駆られた。
「やばいっ!」
体が正常ならしりもちからの受け身だ。だが体が正常じゃない。いけない!頭から落ちていく!鈍い音を数度上げながら、俺の体が転がっていく。スローモーションだ。マジでスローモーション。痛いとかわからない。なんだこりゃ。
ただただスローに階段からの乱舞を舞いながら、過去のシーンが脳内に流れてくる。
走馬灯だ。走馬灯が走った。走馬灯、マジであるのな。
小学校のころはクラスの中心で騒いでるようなガキだった。中学校の頃も運動に勉強にまあまあで、楽しくやっていた。高校時代も自分でいうのもなんだが所謂リア充、陽キャラの側だったので、不便もしなかったし窮屈な思いも退屈な思いもしなかった。楽しいことも、それなりに辛いことも走馬灯の中で思い出されるのはなんとなく温かい記憶として脳内を巡った。
暗転した。あれ、走馬灯終わり?
違った。走馬灯が終わったのではなく、走馬灯は大学生活編に入っただけだった。黒黒黒。背景はとにかく漆黒。人はモノクロ。反吐が出る。東京の大学に行きたいと申し出たとき、親は何も言わずに背中を押してくれた。学費も、掛かっただろうに。我が子が知らない土地に一人赴くさまを、勇ましいとすら思ってもらえたのだろうか。そこまでして出てきた世界が、真っ暗。なんだよ。ちくしょう。そう思った瞬間、直後に襲ったのは負い目、罪悪感、申し訳なさ、疚しさ、悔い、自省、自責、悲壮、苦しい、辛い。ありとあらゆるネガティブな感情。飲みこまれる。助けてくれ。もう嫌だ。こんな世界。ちくしょう。ふざけるな。
この世界は、本当に非道いものだ。希望もない。何も持っていない。何も持っていないものははじかれる。淘汰された先には、何があるのだろうか。
何もない。この世界にも、自分にも。何も持っていない。
―本当に、何もないですか?―
もう何もかもいやだ!
―本当に、何もかも嫌ですか?―