時言葉アナザーストーリー浮き雲
この作品は、本編「時言葉」のアナザーストーリーです。
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雪のちらつく夜の繁華街、上着を羽織り、着崩した制服のまま俺は歩いていた。両親が喧嘩を始めたので家から逃げてきたのだ。まだ耳がキンキン言っている。高校生の俺が酒を飲める訳もなく、ブラブラと適当に歩いていた。
そしていつものこと、ピアスがじゃらじゃら着いていて生意気そうに見えるのか、チンピラによく絡まれる。そして今日もわざと肩を当てられる。
「おぅおぅ兄ちゃん、謝れや。調子乗ってんのか?」
「ザコは引っ込んでろよ。」
「なんだと⁉」
相手は三人か。ボス格の別のチンピラが口を開く。
「場所変えようか、兄ちゃんツラ貸しな。」
路地裏で殴り合いのケンカが始まる。ボスとおぼしき人は見ているだけで、手出ししてこなかった。残りの二人がいっせいに殴りかかってくる。自分もだいぶ食らったが、相手のようにのびたりはしなかった。
「お前強いな。どっか所属してんのか?」
「所属?知らねぇな。興味ない。」
すると、路地裏にもう一人、人影が現れる。初老の男性だ。
「おう、清水。派手にやったな。それで?この子か。」
「オヤジ、噂通りの風貌だったんでカマかけてみたらご覧の通りだよ。」
「おぉい。ダイジョブか?」
のびている二人に声をかけると、二人とも「オヤジ……」「痛てえよ」とかうめき声をあげていた。
「なに、今度はおっさんが相手してくれんの?」
「うん? それでもいいぞ。まだまだ暴れ足りないか。うち道場があるんだ。来いよ。」
いい暇潰しになりそうだ。俺がコクンと頷くと、オヤジと呼ばれたその人はニッと笑った。
「お前噂になってんだぞ、生意気なガキが毎日夜の街にいるけど強くてのせねぇって。」
じいさんが何やら棚をごそごそしている。救急箱を見つけると、俺がノしたチンピラを手当てし始める。
「チンピラが寄ってくるんだよ。俺からは手出ししてない。」
清水と呼ばれた男が口を挟む。
「そりゃ強いって噂の奴を倒せば箔が着くからな。狙うし探すだろ。」
手当てを手慣れた様子でするじいさんに、疑問をぶつけてみる。
「そいつら、あんたの舎弟なんか。」
「いや、従業員だ。喧嘩は止めとけって言ったろ。なんでいちいちガン飛ばさないと生きていけんのだ。」
「だってオヤジ、どんぐらいの強さか気になるじゃねぇか。」
「バッカ、それでおめぇが怪我してたら意味ねぇだろうが。」
「ヘイ、すいやせん……。」
さっきの清水が口を開く。
「オヤジは少年補導員だし、保護司やってんだ。噂を聞いて、お前の事も心配してたんだぜ。」
心配? 赤の他人が?
「よっし、終わり! どうする、お前も手当てするか?」
「いらねぇ。」
「そうか、じゃあ一試合するか!」
道場の真ん中に向き合って、構える。
「ジジイだからって手加減しなくていいぞ!」
「あっそ。」
タッと距離をつめて殴りかかる。だがそれをいなし、じいさんは俺を背負い投げした。一瞬何が起こったかよくわからずぱちくりしていると、目の前に手が差し伸ばされる。
「いいパンチだな、筋がいいじゃねえか。もったいねぇ。なんでチンピラみたいなことしてる?」
差し出された手を握って立ち上がると、質問に答えた。
「両親が毎晩ケンカしてうるせぇからだよ。」
「そうか、家居ずれぇのはいかんな。この家で一旦避難するか? ご両親には俺からも話せるぞ。」
「その方がマシかもしんねぇ……。」
「そうか、とりあえずよろしくな。お前さん、名前は?」
「ギン。相良、銀。」
そのあとはトントン拍子だった。両親も俺には手を焼いていたし、離婚間近で余裕がないと言うことで、俺はその「三好家」に居候することになった。
流石にじゃらじゃら着けていたピアスは取って、行ってなかった高校にも行くようになった。オヤジや住み込みの従業員が勉強を教えてくれて、当番制で家事もやるようになった。
「オヤジは何の仕事してるんですか。」
「建設業だな。三好組ってんだ。」
建設現場も見学に行った。兄さん達も可愛がってくれた。
「オヤジ! 新入りってそいつ? 生意気そうな面してんな! ワハハ!」
住み込みの清水ももちろん働いていて、現場に居た。
「銀、今朝お前と俺で作った弁当だぞ。こっち来て食え。」
「うっす。」
そのうちに両親は離婚して、親権は母に、学費は父が払うことで落ち着いた。他に変わった事と言えば、街を歩いていてもケンカを売られなくなった。別にヤクザじゃないが、
「三好組のギンだ……。」
と名を知られて絡まれなくなった。そうして穏やかな暮らしになれた頃だった。その子が両親に連れられてやって来たのは。
春休みで、実家に遊びに来たのだ。
「知らないお兄ちゃんいる!」
「おぉ、花蓮は初めましてだな、銀お兄ちゃんだよ。」
「花蓮ちゃん、こんにちは。相良銀です。」
「カレンはね、みよしカレン、五歳!」
仲の良い両親に愛されて育った花蓮ちゃんは、天真爛漫だった。
「花蓮と遊んでやってくれ」
とオヤジに頼まれたので一緒に遊ぶ。花蓮ちゃんはお絵描きが好きらしく、俺にも何か描くように促してきた。
「何でもいいから描いて!」
そう言われても何も思い浮かばなかったので、目の前の花蓮ちゃんを描く。
「なに描いてるの?」
「なんだろね。」
「えぇ? もしかしてカレン?」
「バレちゃったかぁ。」
きゃあきゃあと花蓮ちゃんが喜ぶ。そしてふと、台所の方向を指差してこう言った。
「お皿、割れるよ。」
「え? 皿?」
ガッシャーン! と本当に台所から大きな音がする。
「じいじごめん! お皿割っちゃった!」
「ぎん、行くよ!」
花蓮ちゃんは、俺の手を引いて台所に駆けていく。
「ママ、痛い痛いした?」
「ううん、大丈夫よ。ごめんね、びっくりしたね。」
オヤジも台所に着いて、片付けは私がやるから休んでなさいと花蓮ちゃんとママさんをリビングに連れていった。
「オヤジ、俺も片付け手伝う。」
戻ってきたオヤジに言うと、二人で片付けが始まった。
「そういやオヤジ、何か今、お皿割れる音がする前に花蓮ちゃんが『お皿割れる』って言ったんすけど……。」
「あぁ、それな。花蓮はたまに『予言』するんだ。指差してさ。俺もぎっくり腰やった時も言い当てられたし、その日に宝くじ買うと当たるってんで買って本当に当たったりしてるんだぞ。まぁ当たったの十万だがな。外れたことがないんだ。」
その後、昼寝している花蓮ちゃんの側に座っていると、天使のような寝顔が見えた。衝動に抗えず、ほっぺをそっとプニっと触る。するとぱっちり開く目。
「ごめん、起こしたか?」
「ぎん、抱っこ。」
あぐらの上によじ登って、胴に抱きつかれる。
「あらあら、ずいぶん懐いたわね。」
何か違和感のようなものを覚えて、花蓮ちゃんに呼び掛ける。
「花蓮ちゃん、どうかした?」
「あのね、頭に、浮かぶの。それを言ってるだけ。けど、言いたくないやつもあるの。」
すっと片手が俺の身体から離れて、花蓮ちゃんは両親を指差す。
「パパとママは、交通事故で死ぬ。」
「えっ⁉」
衝撃が走る。
「言いたくなかった……!」
わっと泣き出して俺にしがみつく花蓮ちゃん。ママさんが意を決したように寄ってきて、俺ごと花蓮ちゃんを抱き締めた。
「ずっと言えなかったのね、辛かったね。ごめんね、花蓮。」
見送りながら、オヤジが婿さんに言う。
「いつとは明言されとらん。だが気を付けろよ。」
「はい、お義父さん。安全運転で行きますよ。まだ花蓮を残して逝けません。」
花蓮ちゃんはすっかり眠っていて、後ろの席のチャイルドシートに寝かされた。
「花蓮ちゃん、またな。ママさんも。」
「銀くん、花蓮と遊んでくれてありがとう。」
「いえ、俺も楽しかったんで。……お気をつけて。」
「ありがとう。ねぇ、もし予言が当たってしまったら、花蓮のことお願いしてもいいかしら?」
「そんな……。……わかりました。守ります。」
「心強いわ。ありがとう。」
訃報は、その日のうちに届いた。交差点を右に曲がろうと少しはみ出していた三好の車に、飲酒運転のトラックが右に曲がりきれずに大回りし、正面衝突を起こした。軽自動車がトラックに勝てるはずもなく、前面が押し潰された。トラックの運転手は即死、花蓮の両親も即死、花蓮ちゃんは後ろの席だったし、チャイルドシートのお陰で命は助かった。
見舞いに訪れた小児病棟で、花蓮ちゃんは、少し寂しげに過ごしていた。
「花蓮、じいじ達と住むか?」
「ぎんもいる?」
「いるぞ。」
「じゃあ、一緒に住む。」
花蓮ちゃんに手招きされて近寄ると、抱っこを要求される。
「ぎん、抱っこ。」
「はいよ。」
抱き抱えると、小さな軽い身体が心許なくて、悲しくなった。
「じいじ、」
花蓮ちゃんは俺を指差して。
「カレンは、ぎんと結婚する。」
「えっ!」
「おぉ! そうか! ご指名だぞ、銀! ワハハ! 俺は構わんぞ!」
大笑いするオヤジ。
「いや、何歳差だと思ってんすか……。」
「カレンはぎんがいい。」
ひとしきり笑ったオヤジが、俺に抱えられてる花蓮ちゃんに向き直る。
「花蓮、すぐに結婚ができないのはわかるな?」
「カレンがまだ子どもだからでしょ?」
「そうだ。だから、花蓮が二十歳の大人になって、それでもまだ銀がいいなら、その時、話し合おう。」
「けどそれじゃ銀が取られちゃう。ぎんはカレンのこと嫌い?」
「嫌いじゃないけど、むしろ可愛いと思ってるけど、このままじゃ俺が犯罪者になっちゃうから、それは困るな。」
腕を組んでいたオヤジが、そうだ! とひらめいた。
「じゃあ花蓮、こう言うのはどうだ? 『許嫁』って言う、結婚を約束した仲になるんだ。お互い心変わりしたら、無かったことになる。どうだ?」
「いいなずけ? ぎん、それでいい? カレンそれでいいよ。」
「うーん、予言されちゃったしなぁ。いい女に育ってくれよ?」
「カレンがんばる!」
ほっぺにちゅうされる。オヤジはキャーと両手で顔を覆って、開いた指の隙間から俺達を見ていた。
「そうか、そうなると銀おめぇ三好組の跡目を継ぐことになるぞ。大学行って勉強してこい。お前のお父さんには俺から話を通しとく。」
「えっ、兄さん達に悪いよ、仕事しっかり回してるのにぽっと出の俺が跡目継いだら気分よくないでしょ。」
「バッカ、おめぇ。みんな頭悪いの自覚してっから、細々した事務作業できねぇんだよ、そういうの担当してやれ。適材適所だよ。おめぇは地頭もいいし行けるって。」
漠然と、高校を出たら三好組に就職して土建をやるつもりでいたから驚いた。結局、俺は三好の家で受験勉強をした。隣では花蓮ちゃんがひらがなの勉強をしていた。跡目を継ぐ話も、兄さん達は、
「俺達頭悪りぃからどうしような?って話してたんだよ。難しい事わかんねぇから助かるわ! がんばれよ!」
と、快く許してくれて、応援してくれた。
花蓮ちゃんの方も、幼稚園に楽しく通い、兄さん達もとても可愛がってくれて、住み込みの兄さん達は花蓮ちゃんの世話も手伝ってくれた。そのお陰で俺も、勉強に集中する時間が取れた。そうして、数年経った春から俺は大学生に、花蓮ちゃんは小学校一年生になった。
入学式の看板に、オヤジと花蓮ちゃんと俺で並んで写真に写る。
「オヤジ、俺なんかが入って良かったの?」
「細けぇこと気にするなよ。花蓮が入ってほしいって言ったんだから良いんだよ。な? 花蓮。」
「うん。ぎんも『花蓮ちゃん』ってちゃん付けするのそろそろ止めてよね。」
「じゃあ『お嬢』って呼ぶ?」
「それじゃ余計にヤクザじゃん! だめ!」
「わかったよ。花蓮、入学おめでとう。……予言はするなよ?」
「もぉ、台無し。耳にタコだよ、ぎん!」
相変わらず小さな事での予言は続いていた。心配をよそに、花蓮は問題なく過ごしていった。あの夏が来るまでは。
指を差して、花蓮が言う。
「ケイタくん、プールで泳いでる時に足がつる……かもしれないから準備運動ちゃんとやりなよ?」
「はっ? ちゃんとやってるし!」
時間は経って、その日の夕方。帰ってくるなり花蓮は、台所で夕飯の下ごしらえをしていた俺の背中に抱きついた。……正確には腰辺りに。
「うぉ。花蓮、包丁持ってるから危ないよ。……花蓮?」
すすり泣きが聞こえて、包丁を置いて手を洗って……。しゃがんで、花蓮の顔を見た。
「花蓮? どうした?」
「あのね、私が、プールの時言ったから足がつったんだって言われたの。呪われるって言われた。」
「予言したのか。」
「うん。そのあとごまかしたけど……。」
「その子、プールで泳いでる時に足がつったのか?」
「うん。」
「溺れた?」
「うん。だけどすぐ、先生に、様子が変、溺れてないですか? って言ったから、先生が助けてくれた。」
「そうか。助かったけど、そのあと言われたんだな?」
「うん。私のせいだって。」
花蓮の目がうるうるして、まばたきで涙がこぼれ落ちる。
「結果的に助けたんだろ? 良いことしたのにな。悔しいな。」
「うん。悔しい……。」
泣いている花蓮を抱き上げて、背中をトントンと優しくたたく。
「パパもママも、『私が言ったから』死んじゃったのかなぁ?」
俺の首に抱きついた花蓮がもらす。
「そうじゃない。それは違うよ、絶対違う。あれは事故だ、花蓮は悪くない。」
少し体勢を変えて、花蓮の泣きじゃくった顔を見る。花蓮も俺の顔を見つめ返す。
「花蓮のパパもママも、花蓮のせいだなんて思ってないと思うよ。それより、花蓮が悲しんだり、苦しんだりしてないか心配すると思う。違う?」
「違くない……。」
「これはな……、実は内緒にしてたんだが……。花蓮はな、笑った顔が特に可愛いんだ。俺さ、花蓮には幸せそうにしててほしいんだよ。パパもママも天国でそう思ってるはずだよ。」
「ぎんも? そう思ってるの? ほんとにほんと?」
「もちろん。俺の大事な許嫁だからな。幸せそうにしてる方が嬉しいよ。」
何か考えていた花蓮が、ゆっくり口を開く。
「あのね、ほんとはね、予言じゃなくて、指差しただけなの。ぎんと結婚するってやつ。」
「あれっ。そうなのか? 俺とオヤジ、騙されちゃったのかぁ。」
「怒らないの? 学校に行くためにいっぱい勉強するはめになったのに。」
「いや、進路は何も考えてなかったから、むしろ感謝してるよ。オヤジにも恩返ししたかったし、普通に土建だけやるより、役に立てるからさ。」
「ほんと?」
「うん。それに、こんなに可愛い許嫁もできたし。子どものうちは、恋愛対象にはならないけど……。将来、いい女になるんだろ?」
「なるよ。私、可愛いでしょ。」
「うん、可愛い。今みたいに笑ってる顔が特に可愛い。だから笑ってて。」
「ふふっ。」
すっかり泣き止んだ花蓮。
「花蓮、明日また言われたらこう言ってやれ。」
ゴニョゴニョと耳打ちすると、花蓮はくすくす笑っていた。
「ぎんが居てくれてよかった。じいじと、ぎんと、おじちゃん達が居るから、私は幸せだよ。」
俺は、もし花蓮にいい人が現れて別々の道を歩むことになっても、健やかでいてくれることを、切に願った。
「魔女が来たぞ! 呪われるぞ!」
花蓮に助けられたケイタが登校早々にからかってくる。花蓮は、俺に言われた通りにこう言ったそうだ。
「そんなこと出来るわけないでしょ、バカじゃないの? ガキね!」
「ガキじゃねえし!」
「『偶然』私が足をつらないように気を付けなよって言って、『偶然』足がつっただけでしょ? なにバカなこと言ってるの?」
「偶然じゃねぇんだろ! 魔女め!」
「私がもし魔女なら、今ここであんたの口を縫ってるところよ。はぁ、ガキ過ぎて相手にしてらんないわ。」
ざわざわと遠巻きに見ていたクラスメイトが、口々に言う。
「そうよね、偶然が重なっただけだよね。」
「ケイタ、言いがかりつけるの止めろよ。」
外野が花蓮に見方してくれたお陰で、ケイタくんもバツが悪くなり何も言わなくなったそうだ。そして幸い、噂になることも、いじめられることもなく事態は終結した。
そうして過ぎ去った夏の終わりに、久しぶりに予言が来た。スーパーのある方角を指を指して、花蓮が言う。
「今から行くスーパーの帰り道で、白猫を拾う。」
「猫か。オヤジ、飼っていいって言うかな?」
「じいじ、生き物好きだよ。」
そんな話をしながらスーパーに行き、そして帰り道、何となくそわそわしながら帰ると、産まれて何日も経っていない小さな子猫が一匹、段ボールに入れられていた。へその緒もついている。
「この子かぁ。」
「ぎんの手に乗るんじゃない?」
「乗りそうだなぁ。ちょっとオヤジに電話するわ。……あぁ、オヤジ? 実は予言で、子猫拾ったんすけど、飼えますかね? そう、すごい小さいです。へその緒もついてる。……はい。今なら俺が長い夏休みなんで世話できますよ。えぇ、もちろん。」
オヤジは飼うことを許してくれた。
「花蓮、この子連れて帰っていいって。」
「やった!」
「買い物の荷物は俺一人で持てるけど、花蓮、段ボールごと連れていけそうか?」
「持てるよ!」
そうして連れ帰った子猫「シロ」は、オヤジの車ですぐ動物病院に連れていかれて必要な処置をした。そうして、空き部屋ひとつをあてがって、体温が低温にならないように暖かくして、二~三時間おきにミルクをやって、排泄が自分でできないから手伝った。昼も夜も関係ないので、俺は布団を持ち込んでアラームをかけて二時間おきに世話をした。その合間に家の家事もこなして、勉強もして。昼間、たまに花蓮も手伝って、世話をしていった。
歯も生え始めて、ウェットフードも食べられるようになって、やっと猫らしい姿形になって。俺の夏休みはシロの世話で埋め尽くされた。
「シロ! こっちだよ!」
花蓮がよく遊んでくれて、兄さん達も撫でに寄ってくれて、シロは人懐っこい猫に育った。一年の間、逃げることがなかった。けれど、その日は不注意でシロが逃げ出してしまった。玄関に向かって指を差し、花蓮が予言する。
「夢で未来をみる少女によって、シロはこの家に帰ってくる。」
「『夢で未来をみる』……?」
「私と似たような能力を持ってる人かな?」
これが平戸奈々との出会いになるとは、俺達はまだ知らなかった。
本編「時言葉」は、準備ができ次第、連載予定です。よろしくお願いします。