【コミカライズ】「君を愛することはない」と突き放してきた旦那様に余命3か月の呪いを掛けてみたら、夢のような溺愛が待っていました
「始めに言っておくが、俺が君を愛することはない。俺のことなど気にかけず、この離宮で好き勝手に暮らせばいい」
初夜の晩。寝室に訪れたルース殿下は、冷たい声でそう告げた。ルース殿下は、このカリエストラ王国の第三王子。燭台の灯に照らされて、緩やかに波打つ金髪が妖しい色香を放っている。年齢は、私より一つ年下の18歳。
「…………さようですか」
無理やりなことをされるのも怖いし、別居で済むならそれもいい。私は、冷ややかな顔でうなずいてみせた。
眉目秀麗であるだけに、ルース殿下の赤い瞳はひどく不自然に見える。化け物めいた赤瞳は、彼が『魔王の呪い』を受けて生まれたことを意味していた。
「両国の国益を鑑みてこの度の婚姻が為された訳だが。俺は妻など欲しくもないから、この婚姻は契約結婚のような物だと思ってくれ。絶対に俺にはかまうな。以上だ」
吐き捨てるように言い放ち、殿下は寝室から出ていった。魔王の呪いに侵された第三王子と、忌まわしい隣国の第四姫との政略結婚。それがルース殿下と、私の結婚だ。
*
独りぼっちで迎えた朝。
「ベルリア様。お召し替えの時間でございます」
侍女達がしずしずと入室し、私の身支度を始めた。着替えを手伝い、髪を梳く侍女達の態度は、よそよそしい。黒い髪、黒い瞳の私は、この国の人々にとって異物でしかないのだろう。
「……グウェン呪国の人間が、そんなに恐ろしいですか?」
ぽつりと私がつぶやくと、侍女達が「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「と、とんでもございません、ベルリア様……」
「異国のお姫様のお世話をさせていただくことなど、初めてなので……き、緊張してしまって……」
作り笑顔の侍女達を、私は静かな目で眺めていた。
この国の人々が、私の故郷である「グウェン呪国」を恐れているのは、よく知っている。得体の知れない呪いを使う、おそろしい国だと思っているのだ。数百年前に大陸全土に災いをもたらした魔王と、グウェン呪国を混同する者さえいるから、困ったものだ。祖国を蔑視されるのは、正直言っておもしろくない。
「……一言だけ説明しておきますが」
「は、はい、何でしょうかベルリア様」
「魔王とグウェン呪国は、まったくの別物ですから、そこだけは覚えておいて下さい。魔王が生きていた数百年前、さまざまな国が魔法や魔道具を発達させて魔王と戦いましたよね?」
「はい、その歴史は学んだことがあります……」
「あなたがたの国が魔道具による防衛戦を試みていた時代に、グウェン呪国は呪いを極めて魔王と戦う道を選んだのです。そして、最終的に魔王を倒した勇者パーティの一員には、グウェン呪国の呪術師が含まれていました。……つまり、グウェン呪国は魔王の仲間などでは決してありませんでした。理解できますか?」
青ざめた顔で、侍女達は何度もうなずいている。無表情なまま唐突に語り出した私のことを、怖がっているらしい。
……ところで、私には悪い癖がある。不満なことがあると、ちょっぴりイタズラしたい気分になってきてしまうのだ。
「うふふ……分かれば良いのですよ。もちろん私も呪いを使えますから、私の機嫌を損ねないように注意してくださいね? ……私の呪いは、けっこう強烈ですから」
「「ひぃ! 失礼いたしましたベルリア様!!」」
震え上がる侍女達を見て、私はクスクス笑っていた。……あぁ、おもしろい。
理不尽な扱いを受けたとき、仕返しにちょっぴり怖がらせてあげるのが、私のささやかな趣味だったりする。
***
ある日の夕暮れ、私は一人で離宮内の庭園を散策していた。東屋で脚を休めようと思ったそのとき、先客がいることに気づいた……ルース殿下だ。痛みに耐えるように、浅い呼吸を繰り返してうずくまっている。
「……? 殿下、どうなさいましたか」
私は彼に歩み寄った。
「具合が悪いのですか、殿下……?」
「――触れるな」
背をさすろうとした私の手を叩き落として、殿下は赤い瞳で私を睨んだ。
「誰が、俺をかまえと言った? 妃気取りか!? 俺に近寄るな!」
そこまで罵倒されるなんて、思わなかった……。ショックを受ける私を無視して、彼はしかめ面のまま立ち上がった。
「俺のことは放っておけ!」
にべもない。身を引きずるようにしながら、ルース殿下は立ち去っていった。
私は、独りぼっちでその場に立ち尽くしていた。
夕暮れは徐々に宵闇の色に染まっていく。風に運ばれて、教会の鐘の音が聞こえてきた……これは18時の晩鐘だ。
(あんな人。愛されなくても、別にいいわ)
私は、自分に言い聞かせた。そもそも、グウェン呪国の姫である私が、この国の人に好かれるはずがない。政略結婚で嫁がされただけだもの。私だって、あんな冷たい人を愛せるわけがない。
出会ったその日に、ルース殿下は言っていた。『俺が君を愛することはない。俺のことなど気にかけず、この離宮で好き勝手に生きればいい』と。
「それなら、殿下。私は好き勝手にさせていただきますね?」
私は自分の右手の人差し指を噛んだ。指先を噛み切り、赤い血の滴をぽとりと地面に落とす。
「咲き誇る花に、三月ばかりの命を与えよ」
地面に打たれた滴は黒い光を放ち、緻密な魔法陣を描き出していった。
「私は、あなたを呪います。……余命3ヶ月の呪いをプレゼントしますね」
完成した魔法陣が、次の瞬間弾けて消えた。呪いの完成だ。私は、唇に小さな笑みを浮かべていた。
「うふふ。束の間の安息をお楽しみ下さい……ルース殿下」
***
ベルリアが『余命3ヶ月の呪い』を発したそのとき。ルースは晩鐘の音を聞きながら、自室のベッドに横たわっていた。だが次の瞬間、自分の身体に異変を感じて戸惑った。いきなり、身体が軽くなったのだ。
「……!? 何が起きたんだ。これまで常にあった全身の痛みが……なくなったぞ」
全身の骨が軋まない。呼吸をしても、肺が痛くない。……こんなに健康なのは、幼少時以来だ。ルースは恐る恐るベッドから起きあがった。いつもなら痛みがひどくて数分かけてゆっくり起きなければならなかったが、今は一瞬で身を起こせた。
(……おかしい。俺がこんなに健康なはずがない。生まれたときから、俺は魔王に呪われていた。10歳を過ぎる頃から痛みがひどくなり、18歳となった今では常に、死ぬほどの痛みに苦しめられていた。一生、この痛みと付き合っていくしかないと言われていたのに。俺は、どうしてしまったんだ――)
鏡に映った自分の顔を見て、彼はさらに驚いた。
「……瞳の色が!」
血ように真っ赤だった瞳が、スカイブルーに変色している。父や兄たちと同じ色だ。カリエストラ王家の色。……ルースの赤瞳は魔王の呪いによるものであり、おそらくはこのスカイブルーが本来の色なのだろう。
「なぜだ? この呪いは、殺される直前の魔王が遺した怨嗟だと聞いているが……。絶対解けないはずなのに、どうして……」
素直に喜ぶことは出来なかった。魔王の呪いは強力で、誰にも解けないのだと言われていたからだ。それがいきなり消えたのだから特別な理由があるに違いない……なにか、嫌な予感がする……
やがてルースは、ベルリアの存在に思い至った。
「まさか、あの女が……何かをしたのか?」
呪いに関することならば、グウェン呪国の姫であるベルリアを疑うのは必然だ。ルースは、夕方に庭園で出会ったベルリアのことを思い出した。痛みに苦しむルースを見つけ、彼女は心配そうに声をかけてきた。ルースは弱みを握られるのが恐ろしくて、彼女を拒絶したのだが……ベルリアはショックを受けていたようだった。漆黒の髪に縁どられた可憐な顔は、こわばって悲しげに凍り付いていた。
(俺の異変には、ベルリアが関与しているのかもしれない……)
居ても立ってもいられなくなり、ルースは早足でベルリアの元へ向かった。
***
ひとりで食事をとっていた私のもとに、ルース殿下が取り乱した様子で駆け込んできた。食事中にずかずか踏み込んでくるなんて、マナーの悪い人ね――と、私はつんとして食事を続けていた。
「……ベルリア」
初めて名前で呼びかけられたけれど、聞こえないふりで食事を続けた。だって、「俺にかまうな」と言われたもの。
「ベルリア、おい。聞いているんだろう!」
業を煮やして、殿下が私の食卓の前で声を張り上げた。無視もそろそろ限界かしら、と思って殿下を見上げた瞬間、
「……あら。殿下の瞳、とてもきれいですね」
と、思わず言ってしまった。赤かった彼の瞳が、高貴な青瞳に変わっていた。魔王の呪いが無効化されているためだろう。
呪いというのは、2種類以上を同時に重ね掛けすることができない。より優れた術者に呪いを掛けられると、弱い術者の呪いのほうは上書きされて無効化する。……つまり、魔王より私の方が術者として優れていたということだけれど。べつに、自慢するつもりはない。
「魔王の呪いが、突然消えたんだ! 君が関与しているんじゃないか!?」
「……あら、なぜ殿下はそんなに焦っているのですか? 魔王の呪いが消えたのだから、素直に喜んだらいかがです? 魔王の呪いはかなりの苦痛を伴うものだと聞いていますから、これまで殿下は毎日お苦しかったのではありませんか? 助けてあげた私に、感謝のお言葉くらいないのですか?」
「君は何かを企んでいるんだろうと思ってな。そうでなければ、君が俺を救う理由などない」
ルース殿下は、頭がよく回る方らしい。
もし「魔王の呪いが消えた!」と大喜びしているようならば、余命3か月の呪いを上書きしたことを明かして絶望させてあげようと思っていたのに。イタズラが失敗した気分になって、私はちょっとガッカリしてしまった。
「答えろ、ベルリア!」
「おっしゃるとおりです。私が殿下に新たな呪いを上書きしました」
別に、秘密にしておくつもりはない。素直に謝ってくれたら、呪いを解いてあげるつもりだし。
「新たな呪いだと?」
「えぇ。余命3か月の呪いというものです。……つまり今現在、殿下の余命は3ヶ月後の晩鐘が鳴る時点までとなっています」
「俺の余命が、3ヶ月?」
「えぇ。直前まで元気いっぱいに暮らせるのですが、時間が来た瞬間にコロリと逝きます。何の前触れもなく、一瞬で。……怖いでしょう?」
クスクスと、意地悪く笑って見せた。殿下が青ざめて怒り出す姿が目に浮かぶ。
高貴な男性が泣いたり怒ったりする姿を眺めるのも、面白そうね……などと思っていたのだけれど。
「あと3ヶ月で、俺は死ねるのか?」
「……え?」
なぜか、殿下は目を輝かせていた。
「君の余命3ヶ月の呪いを受け入れる代わりに、あの激痛を伴う魔王の呪いは無効化されたということなんだな?」
「……えぇ、そうですが」
答えた瞬間、殿下の美貌に笑みがあふれた。とても嬉しそうで、喜びのあまり膝から崩れてテーブルにすがりついていた。
「で、殿下……? どうしたんですか……」
「ありがとう」
「えっ?」
ルース殿下は、いきなり私に抱きついてきた。
「で、殿下!?」
「心臓が拍を打つたび、呼吸をするたび、いつでも痛みに苛まれていた。……『魔王の呪い』は、現代では大陸中に数名しか該当者のいない、極めて稀な呪いなどだと聞いている。解く方法はなく、死ぬまで痛みに耐えなければいけない呪いなのだと……だから、絶望していたんだ」
目に涙さえ浮かべて、ルース殿下は私を見つめた。
「……そうか、俺は解放されたのか。ありがとう、ベルリア。健やかに生きられるなら、3ヶ月で十分だ。こんなに幸せだと思ったことは、今まで一度もない! 君のおかげだ……本当にありがとう」
「えっ」
どうしよう。……ちょっと怖がらせたあとで、余命3ヶ月の呪いを解除してあげるつもりだったのに。でも解除したら、また魔王の呪いが復活してしまう。……どうしよう。
なんだか、すごくややこしいことになってしまった。
***
「ベルリア。今日はいい天気だから、外で一緒にお茶でもしよう! 王都の人気店の菓子を用意させてみたんだ!」
……『愛さない』発言は、いったいどこへ行ったのかしら。
余命3か月の呪いを掛けた数日後。仔犬のようにキラキラした目のルース殿下に誘われ、私はすっかり戸惑っていた。
殿下は「余命3か月」を大喜びで受け入れて、毎日楽しく暮らしている。
「君のおかげで、空気が美味いよ。今までは、呼吸するだけでも肺が痛くてたまらなかったんだ」
「……そ、そうですか。お役に立てたようで……」
テーブル越しに向き合う殿下の幸せいっぱいな様子とは対照的に、私は罪悪感でいっぱいだ。……ちょっと怖がらせたら、すぐ解呪してあげようと思ってたのに。
(このままじゃあ、本当に殿下を3か月で殺してしまうわ……)
マズい。それは流石にマズい。ちょっとイタズラして憂さ晴らししようとしただけなのに。このままでは王子暗殺、ひいては国際問題にまで発展しかねない。
「あの……、殿下? 一応言っておきますけど。余命3か月の呪いは、ただの脅しじゃありませんからね? このままだと本当に、あなたはあと84日で死んじゃうんですよ?」
「知ってるよ、84日後の18時だろ? それで十分だと言ったじゃないか。最期の一日まで、健康を謳歌するよ。というわけで、ベルリア。明日は、一緒に遠乗りに出よう。俺、馬の乗り方を覚えたんだ!」
うっ。18歳とは思えないほど無邪気なキラキラスマイルで、殿下は私を誘ってきた。可愛すぎて、母性をくすぐられそうだ……
彼の澄み切った青い瞳は、私のことを「恩人」としか見ていないようで。
(でも、私になつかれても困るわ。殿下ったら、他に誘う人はいないのかしら……)
と質問しようとしたけれど、尋ねる前に気づいた。
(そっか。殿下は『魔王の呪い』のせいで、幼いころからずっとこの離宮に籠りきりだったんだものね……)
だから友人もいないし、『呪われ王子』なんて体裁が悪いから、片田舎の離宮に押し込められていた。そう思うと、ちょっと不憫だ。今のルース殿下は、遊び相手を探している小さな子供みたいだ。妻として私を求めている訳じゃなくて、余命3か月を面白おかしく過ごす『友達』がほしいみたいだった。
「美味しいだろ、ベルリア。明日は、遠乗りの帰りにカフェーに行ってみよう。ぜひ君にも、この国の美食を堪能してほしい」
ニコニコ笑顔。……人懐っこすぎるわ、殿下。
(せめて、もっとマシな呪いを掛けてあげられたら良かったんだけど……)
蕁麻疹が出る呪いとか、髪が薄くなる呪いとか、それくらいライトな呪いだったら安全で良かったんだけれど。あいにく、私の使える呪いは『余命3か月の呪い』しかない。グウェン呪国の人間は、スキルとして1種類の呪いの使用能力を持って生まれる。修行すれば呪いのバリエーションを増やすことも出来るのだけれど、王家生まれの私は過酷な修行なんて受ける必要がなかったから……
うつむいて考え込んでいた私に、ルース殿下が話しかけてきた。
「君が罪悪感を覚えることはない。俺は、本当にこれでいいと思ってるんだから」
どきりとして顔を上げると、殿下の穏やかな青瞳に出会った。
「たぶん君は、俺に嫌がらせしようと思って恐ろしい呪いを掛けたつもりだったんだろ? 俺が困るどころか喜んでしまったから、君は戸惑っている……違うか?」
「それは……」
図星だ。
出会ったときには「こいつ呪い殺してやろうか」と思ってしまう程度にはイラついていたけれど。こんなに素直な笑顔を見せられてしまうと、さすがに……
「意外と優しいんだな、君は」
殿下は、おもしろそうに笑っていた。
「ルース殿下こそ……意外と、かわいい笑い方をするんですね。感じの悪い人だと思ってたから、意地悪しようと思ってたのに……」
殿下は笑いながら、「痛くて苦しかったんだよ」とつぶやいていた。
「3か月後に俺が死んでも、君に嫌疑がかからないように取り計らうよ。ベルリアは、俺の恩人だからな。故郷のグウェン呪国に戻ってもいいし、この離宮で悠々と暮らしてもいい。君の望む生き方ができるよう、俺も協力する」
この人、自分の死後のことまで考えちゃって……
晴れやかな顔で、私が『未亡人』になったあとの生活のことまであれこれ提案してくるルース殿下を見ていると、とても切ない気持ちになってきた。
*
その夜、私は一つの決心をした。
一人で屋敷の外に出て、月明りの下に立つ。自分の指を噛み切って、ひとしずくの血を大地に垂らした。余命3か月の呪いを発動する呪文を、唱える。
「咲き誇る花に、三月ばかりの命を与えよ」
来る日も、来る日も。私は指を噛み切って、狂ったように、しつこく呪文を唱えていた。
***
ある朝。
ルースの部屋に来た家令が、声を潜めて忠告してきた。
「ルース殿下。ベルリア様には、注意されたほうがよろしいのでは?」
「ベルリアに? それはどういうことだ」
「毎晩、ベルリア様は人目を避けるようにして、何やら怪しげな儀式を行っています。『呪いを掛けているようだ』と目撃した侍女が申しておりました」
ベルリアが、呪いを……? と、ルースは静かに考え込んでいた。
「殿下! グウェン呪国の皇族など、やはり信用なりません。今すぐ国王陛下に進言して、ベルリア様を幽閉なさるべきでは?」
「お前は、俺の妻を貶める気か?」
ルースに鋭く睨まれて、家令はたじろいだ。
「いえ、そんな……。しかし、もしもベルリア様が悪しき企みをしているのならば……」
「黙れ! ベルリアを疑う者は、俺が許さない。彼女には彼女なりの考えがあるに違いない。誰も邪魔するなよ?」
有無を言わさない剣幕で、ルースはそう命じた。家令はすくみ上って、謝罪してから出て言った。
独りになった部屋で、ルースは小さく息を吐いた。
(――ベルリアが、何をしているかは知らないが……俺が彼女をとやかく言う資格はない。彼女は恩人なのだから、多少怪しい素振りがあったとしても目をつむろう)
今は、毎日が楽しい。独りぼっちで痛みに耐える日々よりも、ベルリアに話し相手になって貰って、笑って過ごせる今が幸せだ。期限つきでも構わなかった。
「期限まで、あと51日か。――よし、今日も思い切り楽しもう」
ルースは窓を開け、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
***
「ベルリア! 今日は鷹狩りだ。一緒に来るだろう?」
「はい、ルース様。お供します」
最近は、ベルリアも嬉しそうにルースの誘いに乗るようになった。凝り固まっていたベルリアの美貌が、日に日に明るくなっていく。そんな変化に気づくのも、ルースにとっては楽しみのひとつだった。
雨の日も晴れの日も、その日その日を二人で楽しく重ねていった。
「ルース様。今日は雨ですし、読書などいかがですか? 祖国から持ってきた蔵書がいろいろあるのですが」
「グウェン呪国の書物を? それは興味がある!」
日の光の下で花々を愛でたり、夜空の星を見上げたり。
そんな日々が、あっという間に過ぎていく。
ルースは、気が緩むと「惜しいな」と思ってしまう。
――この幸せを、手放すのが惜しい。
「ルース様! とても美味しいですね」
ともに食事を囲み、一緒に味わってくれる人がいる。1つ年上のこの妻は、可憐な笑みを浮かべて自分と時間を共有してくれる。
――できるなら。ずっと一緒に。
無意識のうちに、ルースは妻の手を握っていた。
「……ルース様?」
「…………いや、なんでもない」
3か月限りの夫婦なのだから、自分はベルリアに触れてはいけない。ルースは、そう理解していた。
自分が居なくなった後、ベルリアに何一つ不利益がないように。ベルリアが幸せに生きられるように。そう願って、ルースは様々な手配を進めていった。
***
月日が流れ、とうとう3か月目の夕暮れが来た。まもなく晩鐘の鳴る18時――タイムリミットまで、あとわずかだ。
庭園の東屋で寄り添いながら、2人はその時間を待った。
「ベルリアのおかげで、とても幸せな日々だった」
穏やかな声音でささやくルースを、ベルリアはじっと見つめている。
「ごめんなさい、私、ルース様に謝らないといけません……だって……」
「いいんだ、ベルリア。君が謝ることは何もない。俺のワガママにつきあってくれてありがとう」
これでお別れか。そう思うと、やはり寂しい。ルースは、最期にひとつだけ伝えてしまおうと思った。
「……俺のほうこそ、謝りたい。出会ったその日に、君にひどいことを言ってしまった――『俺が君を愛することはない。俺にかまうな』……どの口が言ったんだ、と笑いたくなるくらいだが」
ベルリアの頬を撫で、ルースは笑った。
「俺は君を愛している。できれば、永遠に君と居たいと願うほどに」
「永遠に……?」
ベルリアは、申し訳なさそうな顔でうつむいてしまう。
「永遠なんて、無理ですよルース様。……ごめんなさい」
かーん。かーん。という晩鐘の音が、鳴り響いた。タイムリミットだ――
もっと長い時間があれば、彼女と愛し合えたかもしれないのに。もっと深く、分かり合えたかもしれないのに。そんな無念さを振り払い、ルースは笑った。
「君に会えてよかった。――ありがとう」
かーん……、余韻の糸を引き、最後の鐘が鳴り終わる。
しかし、別れのときはいつまでも訪れなかった。
「…………? なぜ、俺はまだ生きてるんだ?」
ルースが戸惑っていると、申し訳なさそうな顔でベルリアが話しかけてきた。
「あの。ルース様。伝えるタイミングが掴めなくて、言いそびれていてごめんなさい」
「……え?」
「実は私、ルース殿下に余命3か月の呪いを重ね掛けしてみたんです」
――?
よく、分からない。
「グウェン呪国の古文書によると、『余命3か月の呪い』は加算式の呪いらしいです。つまり、2回かけると6か月。3回かけると9か月の余命になります」
「…………俺には、何回かけたんだ?」
「200回ほど。単純計算で余命50年くらいですね」
ぽかーんとして、ルースはベルリアの話を聞いていた。
「……本当に?」
「えぇ。本当です」
ルースの顔に、大きな笑みが咲いた。
「君は女神か!? こんなの、呪いじゃあない。……上位聖職者だって、こんな奇跡みたいなこと出来ないぞ!?」
一方のベルリアは、少し複雑そうな顔になった。
「いいえ、ルース様。これはれっきとした呪いです。余命3か月の呪いは相手の寿命をリセットして3か月の余命を与え、代わりにわたしの余命を3か月減らします」
「君の余命を……?」
ルースの美貌が、恐怖に歪む。
「俺に50年くれたということは、君が50年も早死にするということか?」
「はい」
「それはダメだ! 今すぐ帳消しにしてくれ!」
「嫌です……」
何故だ! と怒鳴るルースの顔を、ベルリアは頬を染めて見つめた。
「だって…………あなたと同じくらいの余命にそろえたかったんですもの」
――よく分からない。
「私の血筋……グウェン王家は、呪脈の影響でとても長生きなんです。平均寿命は120年。祖父も大叔母ももっと長生きでしたし、たぶん私も100年以上余裕で生きると思います。……でも私、そんなに要りません。あなたと同じくらいでいいです」
黙り込んだルースに、ベルリアは説明を加えた。
「ざっくり同じくらいの余命に揃えてみたんですが。……どうでしょう」
ルースは、表情が失せて呆けている。ベルリアは不安そうに彼を見つめた。
「私の命が有限なので、あなたを永遠に生かしてあげることはできないんです、ごめんなさい。あの……それじゃダメでしたか? ルース様」
「ベルリア!!」
ベルリアはビックリして身をすくませた。いきなりルースに抱き上げられたからだ。
「えっ、あの……ルース様!?」
「ずっと一緒だ」
高く抱き上げ、ルースが彼女を見上げてくる。ルースがあまりに幸せそうだから、ベルリアにも笑みが咲いていた。
「どうか末永く、俺と生きよう。愛するベルリア!」
「よろこんで。……愛しい、ルース様」
夕暮れの庭園で、2人は強く抱き合った。
これは、魔王に呪われた第三王子と、隣国の第四姫の物語。ルースとベルリアは永くともに生き、人生最後の日まで仲良く過ごしたという。
お読みいただきありがとうございます。
「ちょっと面白いかも」という方は、下にある☆☆☆☆☆→★★★★★欄で、作品に応援お願いいたします。ブックマークもうれしいです!
こちらの作風を気に入ってくださった方は、こちらもぜひご覧ください!お楽しみいただけるかと思います。↓↓↓
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溺愛・濃ざまぁの10万字長編です。