ご招待
終わった…
会社のパソコンにウイルスを入れてしまった…
林田は自分の前髪をぐしゃりと握り、目の前の状況を必死に飲み込もうとしていた。
「いいじゃないですか…」
「え…?」
クリックした菊名は慌てるどころか、なんならさっきよりも平然としていた。
「そりゃ、社長から怒られて罰を受けるかもしれないけど、クビにしてもらえたら全て丸く収まりますよw」
その言葉の最後にふと見えた菊名の口調が、林田の逆鱗に触れた。
「てめえ!なにやったのかわかってんのかよ!!?
関係のない客のデータとか漏洩したらどうすんだ!!」
林田の激昂はオフィス内に響き渡り。
今まではただひたすら作業していたものや、疲労が限界に達して潰れていたものなど、オフィス内にいる全社員が林田に注目した。
普段優しい人ほど、怒ると注目をあびる。
しかし、その一方で。
菊名はその激昂を受けてもまだ平然を保っていた。
「でも林田さん。死ぬよりマシじゃないですか?
毎日毎日こうして夜遅くまで残留させられて
理不尽なことばかり。
私、もうこんな人生嫌なんです。
でも死にたくないんです。わかるでしょ?」
菊名の心からの訴えに、林田は答えることができなかった。
否定しないといけないことはわかってる。
でも、思いつく言葉はどれも「共感」の類語だ。
それでも、必死に否定する言葉を探した。
その刹那、近くで聞いていた中年の男が立ち上がった。
「菊名さん。あんたの言う通りだよ!
俺も退職届を一向に受理されなくてさ、
辞めたいって思ってからもう2年は経ってる…
だから今!このチャンスに俺も乗らせてくれ!
俺が入れば、罰を分散できて、退職の機会も分散できる!」
男の演説が始まり、それに感動した社員達が次々と便乗し始めた。
もうこうなったら止められない。
林田もどちらかといえば、そちら側なのだから。
「そんで、そのウイルス入ったってのはどういうことなんだ?」
答えないわけにはいかない。
「迷惑メールっぽいのが来て、それに添付されてたリンクを押したんです。そしたら電源落としてもケーブル抜いても画面が消えなくてずっとこのままなんです」
その男の方に画面を見せるため、モニターの向きをかえようとしたその時、更なる異変が林田を襲った。