第一話A 『悪鬼』
奴らは暗闇に潜む。奴らは闇を齎す。奴らは時に人間に化け、獣に化ける。奴らは人間を襲い、人間は奴らに恐怖する。奴らは世界の穢れ、奴らが存在する限り世界に平和は訪れない。
だから奴らは排除しなければー-。
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黒い獣が咆哮する。途端に何もない暗闇から、同じ黒い獣が無数に出現する。黒い獣は姿こそ犬に近いが、暗闇でも煌めく鋭い牙に赤く光る鋭い瞳は、人間に危害を及ぼす害獣だと認識させる。
しくじったと黒い獣に相対している男は思う。仲間を呼ばれる前に仕留めるべきだったと。これだけの数に囲まれ、既に退路も断たれている、一人ではこれだけの数を捌くのは不可能。嘗めてかかったと後悔する。
「だ…誰か、助け…!」
男が声を上げた瞬間、その声が獣たちの戦闘開始の合図となり一斉に男に襲い掛かりー-
目の前の獣が突然炎上した。周りにいた獣も次々に炎上した。
「ランクⅭの悪魔だからとはいえ、油断しすぎだ」
後ろから聞こえた声の方に振り向けば、青い髪の青年が立っていた。炎上した獣は彼がやったのだと分った。
「ありがとうご……」
「後ろだ!」
お礼の言葉を言おうと立ち上がった瞬間、口から液体がこぼれ落ちてー-
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「この男、心臓を貫かれている。一瞬だったが男の背後に人影が現れた」
「また同じ殺され方か…やっぱりランクAの悪魔の仕業なのかな?」
「突然暗闇から現れるのは悪魔の得意技だが、また心臓を喰らわなかった」
男の死体を見ながら不思議そうに手を顎に添える。眼鏡をかけたチーム内唯一の悪魔専門家にすら分からないことがあるらしい。
「なんにせよこの死体放置するわけにもいかないし、研究所に運ぶの手伝ってよレイ」
「運ぶのはお前に任せるよガイ。俺は死体運び屋じゃないんだ」
悪魔専門家のガイは露骨に嫌そうな顔でこちらを睨んでくる。ガイも死体を運ぶのは気が進まないらしい。
「これだけのフェンビルのサンプルを燃やしておいて死体運びも手伝わないのかい?」
周りの燃えカスとなった黒い獣『フェンビル』を指差し、ガイはレイを見つめてくる。
「これが燃えてるのはお前の作ったアーティファクトの性能だろ、俺のせいにするな」
アーティファクト『火炎筒』、銃の形をした魔法具。銃口から火の玉を発射する、火力はガイが手を加えているため対悪魔武器として使うことができる。
「一匹くらい生け捕りにしといてもよかったろ、リンちゃんの現場到着を待つとかさ」
ガイは静かに佇む紫髪の少女リンを見る。チームの中でも無口の不思議少女だ、言葉を発している姿を見たことがない。
「リンの到着を待っていればフェンビルの対処が遅れていた、この男が喰われた可能性もあった」
「結局こいつ死んでるし意味ないじゃん」
ガイは皮肉交じりに男の死体を蹴る。男も同じ悪魔狩りを仕事としていたのだろう、服の下に武装が施されている。かなりの手練れだったのが分かる、だが最後の詰めが甘かったようだ。フェンビルは最弱のランクCだが悪魔は悪魔、手加減は死を意味する。
「おっと連絡だ」
通話をするためのアーティファクト『通話板』を取り出したガイは、それを耳に当てる。通話相手はおそらく……
「ボスだ。また新しく悪魔が出たから本部に戻れってさ」
「そうか、今日は忙しいな」
美しい夜空を見上げながらそう呟いた。
あの日と同じくらい夜空は神秘的な輝きだった。
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あの日彼女は、ルミは死んだ。
レイとルミは小さな村でひっそりと、幸せに毎日を過ごしていた。その日も日課だった夜空を二人で眺めていた。そして、それは突然現れた。
闇の中から現れた少年は真っ黒なローブに不気味な表情の真っ白な仮面を付けていた。長い白髪を垂らし背丈に合わない刀を手に次々と村人を殺害した。そしてルミも頭を刀で突きさされ……。
「ルミ…ルミ…!」
「早く逃げよう!」
ぐちゃぐちゃな泣き顔をした黒髪の少年がレイの腕を引っ張って動かそうとする。少年の言葉はレイには届かずルミの亡骸から離れようとしなかった。少年と一緒に逃げていれば少年は助かっていただろう。少年は白い仮面の少年に頭を真っ二つにされー-。
その後はー-
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「レイ、会議中だよ」
ガイの声がレイを現実に引き戻す。今は対悪魔の作戦会議中だ。
「レイ、お前が要の作戦だ。しっかり話し聞け」
強面の髭親父がレイを叱る。通称ボスだ、本名は不明。悪魔狩りのプロなだけあり悪魔のことに関しては信用できる。
「いいか、もう一度確認だ。悪魔のカテゴリーは混合種のランクB、先日現れた混合種よりかは弱いが厄介なのが体の周りに防御結界を張っている。だからリンのアーティファクト『風槍拳』で結界を破壊、結界が壊れたらレイの『火炎筒』で悪魔の急所を打ち抜く」
「そんな簡単な作戦何度も言われなくても分かる」
レイは椅子から立ち上がり本部から出ていく準備をする。こうしている間にも足止めしている連中がやられている可能性がある。こんなとこで油を売っている暇はない。
「死人は出したくない、早く行くぞ」
「OK!それじゃあボス行ってきまーす。リンちゃんも行くよ」
リンも何も言わずに立ち上がりレイたちを追う。今宵二回目の悪魔退治が始まろうとしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「戦線の維持が困難だ!魔狩りの連中はまだか!」
ランクBの悪魔相手にこれ以上長引かせるわけにはいかない。これ以上はチームスリーの崩壊に繋がる。戦線の放棄も考慮しなくてはならない。
「隊長!もう限界です!」
「仕方ない、撤退する!」
瞬間、夜空を駆ける紫髪の少女が悪魔に特攻するのを見た。
悪魔狩り専門チームベェイクの登場だ。討伐数はトップだが変わり者が多い変人集団。
「こんな奴らに手柄を取られるのは癪だが仕方ない、撤退だ!」
チームベェイクの到着と入れ替わり、チームスリーが撤退していく。どうやら死人は出ていないらしい。これだけ長い時間死者なしで悪魔を足止めしていた、実力のあるチームらしい。
「おっさん達逃げるのー。腰抜けだなー」
「やめろガイ、彼らはよくやった」
リンが戦っている間にレイは所定の位置に着く。敵はフェンビルタイプの混合種らしい、犬面が三つになっているのが特徴みたいだ。これほどの悪趣味な悪魔がなぜ発生しているのか気になるところだが、討伐しない限りは調べることもできない。
「レイ、あれは貴重なサンプルだから燃やし尽くさないでね」
「分かっている。リン、やるぞ」
レイの合図とともにリンが『風槍拳』に弾を込める。風の力が槍のようになり、拳を引き悪魔の顎下に拳を打ち込む。その衝撃で結界は剥がれ悪魔は後ろに仰け反る。
すかさずレイの『火炎筒』の銃口から火の弾を射出、悪魔の体に突き刺さり悪魔は業火に包まれた。
「リンちゃん消火消火!」
ガイの指示を聞きリンは燃え上がる悪魔の火を突風を放って消火した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「こいつの名前はケルベロにしよう」
丸焦げになった悪魔にガイはそう名前を付けた。ケルベロの死骸を触りながら現場で解剖を始めようとしてる。悪魔マニアめ。
「ガイ、運ぶぞ」
「え、いいの!いつもは手伝ってくれないのに、どういう風の吹き回し?」
「こいつの発生原因を特定したい。自然的に発生したのか、それとも……」
自然発生なら悪魔の巣を早々に潰す必要がある。もしそれ以外の要因で発生したのなら、それはー-
「誰かが作ったっての?一体誰が?」
「それは分からないが、とにかくこいつを調べれば要因を特定できるかもしれない」
もしこんな悪趣味な悪魔を生み出している者がいるのだとしたら潰すべきは悪魔ではないのかもしれない。そもそも悪魔の誕生理由すら不明なのだ、悪魔のことを人類は知らなさすぎる。悪魔への復讐心から悪魔狩りのチームに入ったがレイは悪魔について詳しくない。専門家のガイがいるからというのもあるが、興味をもつのが怖かったのかもしれない。
「今日はサンプル一体とランクAに繋がるかもしれない死体もあるし徹夜かもな」
「あの男の死体も運んだのか?」
「うん、運んだよ!誰も手伝ってくれなかったし大変だったよ」
レイが昔のことを思い出している間に死体を運んでいたらしい、ちゃっかりしている。
ふと昔のことで思い出す。悪魔が発生し始めた時期がレイの村が襲われた時期と重なっていた。あの日世界に何かが起こったのだろうか、あの白仮面は一体何者なのか。ランクAなのだろうが明らかに他の悪魔とは異質だった。
「今日影から現れた奴が、白仮面なのか、どちらにせよ」
悪魔を知れば真実に近づけるのかもしれない。そんなことを思いながらケルベロの亡骸を運んだ。
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終わりはいつか訪れる。すべてのものは終わりを迎える。終わりが来るとき突然だ。村は一夜にして滅び、愛する者は一瞬で死体になる。終わりの恐怖を残酷さをあの日の夜に経験したはずなのに、また繰り返してしまうー-
「リン隠れてろ!」
燃え盛る研究所にはさっきまで話していたガイの死体が転がっていた。研究所に来てすぐに空気の異様さに気付いた。今日男を殺した悪魔が研究所に侵入していたのだ。一瞬にした不意を突かれガイを殺害した。暗闇の中では悪魔は神出鬼没だ、即座に『火炎筒』で研究所の物に引火させ闇を奪うことができた。
「ガイ、すまない」
もう息をしてない仲間を見てレイは自分の無力を感じる。せめてリンだけは守るために悪魔の前に立ちはだかる。闇が消え悪魔の姿が露わになる。黒いローブに黒い髪の青年だった。
「やはりランクAか、あの日とは違うやつなのが残念だが」
「あの日、ですか。懐かしいですね…。村ではお世話になりました」
黒い男がフードを外しこちらに顔を見せる。
「君は…!」
言葉を発しようと思った瞬間、男が持っていた剣でレイの心臓は貫かれていた。
燃え盛る研究所の中でリンはレイが殺される瞬間を見ていた。体は動かなかった。違うそうではない、体を動きを止められていた。悪魔の技なのか戦うことも逃げることもできなかった。
「ごめんね…みんな殺さないといけないんだ…ごめん」
「……」
「あーそうか、喋れないのか。こんな風に作られているやつもいるのか」
男の瞳に怒り見えた。誰に対する怒りなのか。
「可哀そうに…もし運よく生まれ変われたらまた会おうね」
その瞬間意識は途切れた。