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裸蟲  作者: たたまれた畳
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第七話 音に乗れ!

 卓郎が東条からの電話を受け、病院棟へ向かっていたころ。密葉と嬉野は、街へ買い物に出ていた。昨日の戸国との戦いにおいて、嬉野のムーブクローサーは大活躍した。そのご褒美として、密葉が嬉野に何でも好きなものを一つ買っていやると言い出したのだ。

「それで、嬉野ちゃん。何か欲しいものとかある?ほらほら、かわいいお洋服とかさぁ、宝石とかさぁ、たくさんあるよぉ。今日は私が何でも買ってあげちゃうから、遠慮しちゃだめだゾ!」

「えへへ、やったー!じゃあね、のーちゃんね、ほしいものがあるの。」

そういうと嬉野は、メインストリートから一本入った路地にある小さな駄菓子屋を指さした。ここは、二人にとっては特別な場所だった。嬉野はいつも、左手の小指に小さな指輪をしている。小さな赤い宝石のイミテーションが付いた、安い指輪である。これは5年前、二人がこの駄菓子屋で初めて出会ったときに密葉が嬉野にプレゼントしたものであった。当時10歳の嬉野は左手の薬指にそれをつけていたのだが、成長するにつれ指が太くなり、薬指には入らなくなった。それでも嬉野は、これを小指に付け替えて今も大事にしているのだった。

「のーちゃんね、これが欲しい。」

そういうと嬉野は、今つけているものの色違い、青い指輪を指さした。

「これ、同じようなの持ってるじゃない。ほんと―にこれでいいの?もっといいもの買ってもいいんだよ?」

「ううん。これでいいの。というより、これがいいの。」

嬉野がどうしてもと言ってきかないため、密葉は仕方なくその青い指輪を購入し、嬉野に渡した。

「でもなんで、今更ここの指輪なの?いまつけてるやつが壊れそうだからとか?」

「ちがうの。この駄菓子屋さん今度つぶれちゃうんだって。」

たしかに、5年前と比べて駄菓子屋に集まる子供の数はめっきり少なくなっている。街に豪華な店が増えるにつれ、駄菓子屋への需要は少なくなっているようだ。

「だから、この場所を忘れないように新しい指輪が欲しかったの。それから、はい、これ。」

そういうと、嬉野は先ほど買ってもらった指輪を密葉に手渡した。

「のーちゃんにはこの指輪があるから、こっちの青いのはみっちゃんに着けててほしいの。そしたら、ほら、おそろいーッ!」

嬉野がニカッと笑う。密葉は思わず嬉野を抱き上げ、思い切りほおずりした。

「そっかー。ありがとー。私、この指は絶対大事にするからね。いっつもつけとくから、左手の小指にーッ!」

「ほんと!?うれしい!じゃあ特別にサイン書いちゃう!」

そういうと嬉野は青い指輪の裏に口紅で、”みつは、うれしの”と名前を書き、少し迷ってから二人の名前を相合傘で結んだ。


 二人が街をぶらつきながら、ほかのメンバーへのお土産を物色していると、なにやら人だかりができている。よく見えないが、誰かが路上でギターライブを開いているようだ。嬉野が少し見ていきたいというので、密葉は嬉野にそこで待っているように言って、用を足しに立った。背の低い嬉野にはよく見えないが、ギターを弾いているのは学生のようだ。きっちりした服に七三分け、牛乳瓶のふたのような眼鏡、とあまりギタリストらしくない服装をしている。嬉野が、初めて聞くギターの生演奏に夢中になっていると、ギタリストが何やらしゃべり始めた。

「そこで見ている女。お前が嬉野、だな?」

うれしの?自分のことだろうか、と嬉野が考えていると、ギタリストはとんでもないことを言い始めた。

「嬉野。お前の命、この音無芳一がもらい受ける!行くぜ、音に乗れ!(アップタウンファンク)。」

そのギタリスト、音無は目をつぶった。すると彼の横にモヤモヤした何かが現れ始めた。それはだんだんとはっきりした形を取り始め、やがてデッサン用の木製人形のような無個性な人型の像が現れた。音無は目をつぶったままだ。人型はギターのリズムに合わせるように激しく暴れまわり、周囲の観客たちを吹き飛ばし始めた。観客たちには人型が見えていないのか、恐怖におののきながら逃げ去った。嬉野は、ともかくこれに乗じて逃げようと思った。相手は自分を知っている。ということはおそらく能力のこともばれている。アバターバトルは情報と頭脳の戦い。密葉がいつも言っていることだ。嬉野は逃げようとする観客の一人の首筋に向けて口紅を投げると、自分の手の甲にも印をつけて、

「ムーブクローサー!」

その人の首筋めがけて飛んで行った。しかし、その軌道上に人型が立っていた!

「ゲェッ!なぜピンポイントで予測を!ムーブクローサー解じ・・・。」

しかし、時すでに遅く、人型の拳をボディーに一発食らってしまった。道路にたたきつけられる嬉野。痛みに顔をゆがめながらも素早く体勢を立て直す。

「考えているんだろう?なぜ、目をつぶりながら正確に人型を操作できるのか。なぜ、飛んでいく軌道を正確に予測できたのか。」

音無は、ヘアーワックスを取り出して、きっちりセットされていた七三をぐちゃぐちゃにした。服をびりびりに破き、眼鏡を投げ捨てる。いかにもロックスター風の風体に早変わりした。

「答えはな、”音”だよ。なぁ、人間にとってよぉ、音楽ってなぁなんだと思う?」

「???」

「ざんねーん、時間ぎれぇー」

ギャギャギャとギターをかき鳴らす。

「普通人間は音楽を、生活を豊かにする道具だと思っている。人間が音楽を作ると思っている。ここが間違いだ!支配されてんのは人間の方だ!音楽が上で、お前らは下だ!曲を聞いて、うれしくなったり悲しくなったりする。中には音楽聞いてないと集中して作業できない奴もいる。街を歩けばそこらじゅうで音楽が必ず流れてる。人間は、音楽の奴隷なんだよォォ!」

音無が話している間に嬉野は逃げようとした。しかし、また人型に行動を読まれ、先回りされてしまう。「人はリズムを聞くと、無意識にそれに合わせて行動しちまうのさ。例えばそれは足の歩幅とか、瞬きのタイミングとか、呼吸のタイミングとか、いろんなところを左右される。誰も、リズムから自由になることはできない。俺のアップタウンファンクは、それを読む力だ。目をつぶることで聴覚を敏感にし、リズムをかき鳴らす。そうすれば、お前が次にどう動くかが”聞こえてくる”。わかるかいお嬢ちゃん、お前が人である以上、音楽の波からは逃れられないんだよぉ!」

「お兄ちゃん、おしゃべりだねえ。ペラペラペラペラとッ!」

また逃げようとする嬉野だが、再び人型に阻まれ、今度はけりを食らって、建物の壁まで吹き飛ばされてしまう。

「懲りねぇやつだ。苦しまないよう、次でとどめにしてやるっ!」

音無が、壁の方へ人型を向かわせようとしたとき、突然人型が動きを止めた。人型の右腕と左足が互いに引き合っている!物理的に無理な体制を取らされた人型は、ぎしぎしときしみ、今にもバラバラになりそうだ。

「ほんとに痛かった。けど、やってやったぞッ!一度目に殴られたときに右手に、二度目蹴られたときに左足にしるしをつけた。ムーブクローサー!もっと締め付けろっ!」

右手と左足が引き合うことで、拘束のような役割を果たしている。人型への締め付けが激しくなる。

「どんなに耳がよくたって、どれほど動きを予測できたってッ!肝心のあんたが動けないなら、意味ないよねぇーッ!!」

人型は拘束されたまま嬉野のすぐ近くまでにじり寄ってきたものの、バランスを崩し、動くことすらできなくなった。

「あとは、この気味の悪い人形の頭を、石か何かで勝ち割れば、決着だねン。」

そのままとどめを刺そうとした嬉野だが、どうしたことか、その手を止めてしまった。

「みっ、みっちゃん!嘘!なんで!なんであのくそったれ人形がみっちゃんに・・・。」

なぜか、人型の姿が金川密葉の姿に変わっていた!思わず、ムーブクローサーのパワーが緩む。その時、密葉の姿をした人型が、拘束を解かれ、嬉野に渾身のストレートを炸裂させた!

「はぁ、はぁ。この人型はなぁ、俺がイメージして具現化させたものだ。人型であれば、その見た目は自由自在。さっきこいつと一緒にいた女の姿に変えてみたが、こんなにうまくいくとはなぁ。」

嬉野は、うつろな意識の中で左手小指の指輪を外し、最後の力を込めて音無の方に投げつけた。音無は勝利を確信したのか、演奏の手を止め、それを拾い上げる。

「なんだぁ、このぼろっちい指輪はよぉ。最後の抵抗のつもりかよ。かわいいもんだねえ。こいつは、お前の形見に大事に取っといて、後でお前のお仲間に見せつけてやるとするよ。それじゃあとどめを・・・。」

バキィ!!音無が人型を動かそうとした瞬間、突如、ギターが粉々に砕け散った!

「なッ!」

そして間髪を入れずに、音無の顔面に廻し蹴りが入る。音無の体が、道路の方へ吹き飛んだ。

「この勝負、嬉野ちゃんの勝ちだよ。いくら動揺したからって、ギタリストが音楽止めてちゃダメでしょ。」

そこに立っていたのは、スムーズクリミナルで自己を透明化した密葉だった。密葉のつけた青い指輪の裏には、口紅で付けたしるしがある!嬉野は自分の指輪にもしるしをつけてそれを音無にひろわせ、最後の力を振り絞ってムーブクローサーを発動することで、密葉を音無の近くまで引き寄せたのだ。

「お疲れ様、嬉野ちゃん。ここで少し休んでてね。」

密葉は、彼女を道路わきのベンチに寝かすと、音無の方をにらみつける。

「言っとくけど、私、卓郎君ほどやさしくないよ。」


 ギターがない以上、音無は自らメロディーを奏でることはできない!圧倒的アドバンテージ!密葉の勝利は確実と思われた。しかし、運命のいたずら!さきほどまで雲一つなく、西日が差していた大空に、突然の雨雲!夕立がやってきた!

「やっぱり世界は・・・俺たちに味方してるようだぜ、会長・・・。」

音無がふらふらと立ち上がる。

「雨は、自然のリズムだ!聞こえるぞ、この雨音の中なら、お前が次にどう動くか!」

たとえ自分を透明にしても、音無の地獄耳からは逃れられない!密葉は人型の攻撃を必死によけるが、すべての動きを先読みされている。ボディーに2発、足に3発、裏拳、肘鉄。密葉は攻撃を食らいつつも、少しずつ逃げていく。目指すは目の前のレストラン!店のなかのBGM と雨音の両方を聞いていれば、違う二つのリズムの中に身体を置けば、動きを読まれないかもしれない!体中にダメージを追いながらもなんとか店先へ着いた密葉。しかし、アップタウンファンクの動きは止まらない。

「二つのリズムで混乱だとぉ!無駄なこと!たとえどんな複雑なリズムだろうが、アップタウンファンクは聞き分けて、お前の反応を予測する!」

その時、密葉が何かに躓いて転んでしまう。足へのダメージも大きく、すぐには立ち上がれない!

「終わりだ!とどめくらえ!」

その時、二人の近くで、大きな破裂音がした!タイヤ!店先に泊まっていた車のタイヤが破裂した!密葉が先ほど破壊したギターを透明にしてタイヤの中に差し込み、能力を解除したのだ。

「あんたが、人間の体の動きを読むというのなら、人じゃなくモノに攻撃してもらえばいい。あんたの弱点は耳。それがなければ、どんなリズムでも乗ることはできない!」

タイヤの破裂音は、二人の鼓膜に甚大なダメージを与えた。これで密葉はもうリズムを聞くことがない。つまり体はリズムの呪縛から解放された!音無は、もうリズムを聞くことができない。アップタウンファンクは封じられた!目をつぶっている音無は、周りの様子を音で判別している。それを突然奪うということは、とつぜん真っ暗な空間に放り込まれるに等しい。何が起こったのかわからず混乱する音無の肩を、密葉がポンとたたく。耳を封じられ、外の様子がわからなくなった音無は密葉を探しながら、ふらふらと車道へ飛び出す。スムーズクリミナルは、音無を身体をすでに透明にしている。運転手からは、音無の姿は見えない!

「スムーズクリミナル。解除。」

車が音無にぶつかる瞬間、能力が解除され、音無は車に跳ね飛ばされて宙を飛んだ。

「円滑なる蛮行スムーズクリミナル。言ったでしょ、私はえげつないって。まぁ、何を言っても、もう、聞こえないだろうけど。」


 密葉が嬉野の寝ているベンチまで戻ってきた。事故の音で目を覚ました嬉野が、泣きじゃくりながら抱きついてくる。密葉には何を言っているか聞こえないが、おそらく心配してくれているのだろう。

「嬉野ちゃんこそ、傷だらけになって、大変だったね。はい、指輪。」

そういうと、密葉は、音無から取り返した赤の指輪を嬉野の左手にはめてやった。その時、背後から、ポタポタと、規則的な音が聞こえてきた。振り返ると音無芳一が、血まみれになりながらも立ち上がっている。道路の破片で自分の手首を切り裂き、そこから流れる血の音でリズムを生み出しているのだ。

「はぁ、はぁ。耳がだめでも、骨伝導でなら音が聞こえる。俺の・・・手首の血のリズムは、俺の心臓の拍動と対応している。これならまだ聞こえる。これなら・・・まだ・・・アップタウンファンクは作動する。」

幽鬼のようにふらふらとした足取りでこちらへと向かってくる。車にはねられたうえ、手首をバッサリと切っては死は免れない。それでもなお、音石は立ち上がった。死してなお、前のめりに自らの使命を果たそうとした!密葉と嬉野はその迫力に圧倒され、身じろぎひとつできなかった。

「アップタウンファンク、アップタウンファンク、アップタウンファンク。きこ・・・える。聞こえる。アップタウンファンク、会長、霧・・・ちゃん。俺は、音楽・・・。俺は、音楽その・・・も・・の・・・。」

音無はそのまま、二人に到達する寸前で息絶えた。血液はリズムを刻むことをやめ、路上に血だまりを作った。夕立が去り、晴れ間が差してきた。



能力紹介

・アバター名:音に乗れ!(アップタウンファンク)

  能力  :マスターが目をつぶることで発動する。マスターの聴覚が異常発達し、目が見えずとも周りの状況がわかるようになる。また、一定のリズムを聞くことで、それを聞いた人間の体がどのように反応するかを予測し、相手の動きを読むことができるようになる。イメージすることで人型を作り、それを操作して攻撃する。

 マスター :音無芳一


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