第六話 僕の歌は君の歌
戸国兼松の事件の翌日。基地には、メンバーが全員集まっていた。戸国の能力が解除されたことで、東条と楠田は急速に回復し、早くも退院した。卓郎と嬉野は多少のケガを負ったが、そこまで深刻なダメージではない。今回の件に関して言えば、うまく切り抜けることができたといえるだろう。しかし、皆の表情はさえなかった。戸国は、卓郎たちとの戦闘後、突如現れた謎の腕によって殺害された。卓郎は、昨日の顛末を一通り皆に話した後で、一枚の真っ白なキャンバスを見せた。
「これは、戸国が描いた絵です。いや、正確には絵”でした”。」
昨日の戦闘後、嬉野を基地へ送った後で、卓郎は美術部部長のもとを訪れた。案の定、彼はもう戸国兼松という男のことについて、何も覚えていなかった。
「しっかし不思議なんだよな。いつからだかわからないんだが、部員の作品に交じって誰のものかわからない白紙のキャンバスが飾られていてさ。部員はだれも心当たりがないっていうんだ。あんた、何か知らないか。」
部長が指示したのは、先ほど戸国の風景画が飾られていた場所だった。
「そうですか。すいませんが、そのキャンバス、見せてもらってもいいですか。」
卓郎はそういうと、その絵を引き取ってきたのだ。
「戸国は、あいつは、確かに青が大好きな変態で、東条さんや楠田を含めた多くの人に迷惑をかけたけれど。だけど、あいつは例の気色悪い仮面に操られていただけなんだ。戸国はただ、美しいと思ったものを、絵に残そうとしただけなんだ。憎たらしくて、意地の悪い奴だった。それでも、殺されて、しかも存在したという事実すら消されなきゃならないことはしていないんだ。丹念に描いた絵ごと、抹消されなきゃならないほどのことはしていないんだ。」
のっぴきならない様子の卓郎を、メンバーたちが心配そうに見つめている。正直なところ、メンバーのうち数人は、卓郎がなぜこんなにも戸国の死を悼むのか、理解できなかった。彼らにとって、天童アクトは仲間だった。だから、その死の真相を突き止めたいという思いはある。しかし、戸国は違う。それに、彼らは、天童や楠田や戸国を操っていたという謎の仮面については、半信半疑だった。それを実際に見たことがあるのは卓郎だけなのだ。
「とにかくさ。その血だまりから生えてきた謎の手。そいつについて調べればいいってことだよね。卓郎君の言う仮面とその腕のやつが関係している可能性もあるし。ね?」
固まりかけた場の空気をほぐすように、密葉が明るい声で言う。チームの次の目標は決まった。血だまりの腕。その能力者を探す。
「だけど、きょう一日はお休みにしよう。卓郎君と嬉野ちゃんは昨日の疲れがまだあるだろうし、咲ちゃんは病み上がり。次郎だって、きのうはその戸国って人を探して駆けまわってたんでしょう?」
密葉の問いに次郎がうなづく。少し間があった気がしたのは、卓郎の思い過ごしだろうか。
「明日から本格的に調査を始めるけど、これだけは忘れないで。何より大事なのは自分の命。自分を粗末に扱うようなことは、決してしないでね。」
それじゃあ解散!という密葉の元気の良い掛け声で、メンバーたちは散り散りになった。密葉は、いろいろとあって気が休まらないとは思うけど、今は休むことが仕事だよと卓郎にフォローを入れてくれた。卓郎は自分の部屋に戻った。次郎は、また一人でどこかへ出かけた。密葉は、嬉野に昨日頑張った分のご褒美を上げる、といって街へ出かけた。東条を一人にすることは望ましくなかったが、ちょうどいいタイミングで楠田が訪ねてきたことで、二人は気兼ねなく出かけることにした。
同時刻。生徒会棟、生徒会執行部執務室。生徒会長、桐野鮮は、執行部全役員を集めていた。
「知っての通り、昨日戸国兼松が平卓郎に敗れた。やつらは”仮面”をつけたアバター持ちをすでに三人倒している。資格あり、だ。大門寺から、病院のあいつが目覚めたと報告も来ている。舞台は、ととのった。」
役員たちの顔に緊張が走る。
「現時刻をもって、戦争を開始する。任務は、一人一殺。茨の道になると思うが、ついてきてくれるか?」
一切のためらいなく、役員たちがうなずく。
「感謝する。やつらの居場所は霧がすでにつかんでいる。」
鮮は、手に持ったタブレットを示す。そのなかには、少女の姿が写っている。
「それでは行動開始だ。命に代えても責務を果たせ!」
静かに、しかし力強く鮮は号令をかける。役員たちは、ゆっくりと立ち上がり、各々のターゲットのもとへ向かった。
部屋へと帰る道すがら、卓郎はやり切れない思いを抱えていた。天童を殺めてしまった時、卓郎は誓ったのだ。もう誰も死なせない、と。それなのに、また目の前で人を殺してしまった。存在を消してしまった。天童も戸国も、彼に危害を加えようとした人物だ。そんな二人に対し、こんな思いを抱く方が少しずれているのかもしれない。それでも、一刻も早く、真相を究明して二人の、そしてこれまで人知れず消えていったであろう数えきれないほどの人々の無念を晴らしたいと思うのだった。その時、ポケットのタブレットが鳴った。東条からだ。卓郎は電話をとった。
「あぁ、タッ君?もしもーし。さっきぶり!元気にしてた?」
抑揚のない人工音声と陽気な言葉選びは、いつ聞いてもミスマッチだ。
「えぇ、元気ですよ。どうかしましたか?」
「いやーまだ昨日のお礼を言ってなかったなと思ってさ。改めて、アリガトね。おかげで命拾いしたよ。」
遠くから、楠田のありがとよーという声も聞こえる。
「やめてくださいよ、水臭い。」
彼はついさっき、東条を命の危機にさらしたその張本人の死を悼んだのだ。間違ったことをしたとは思わないが、正直少し気まずかった。
「そんなことないよ。ほんとに感謝してるんだよ。」
そういうと東条は、いつもより真剣な様子で(とはいっても、人工音声だが)続ける。
「私と天童君はさ、正直あんまり仲が良くなかった。何考えてるかわからないっていうか、いつも一人で動いてたからね。それでもさ、やっぱり仲間なんだよ。最初、タッ君が天童君を殺したって突き止めたとき、どうしようもなく怒りがわいてきたもんね。命のやり取りをするってさ、それくらい大変なことなんだね、きっと。」
それは、卓郎が初めて聞く、東条の、おふざけなしの、真剣な思いだった。
「だからこそ、タッ君はすごいと思う。自分を殺そうとした人たちのために、あんな顔ができるんだもん。不謹慎かもだけど、天童君も救われた思いなんじゃないかなって勝手に思ってるよ。えーっと、つまりね。私としてはタッ君を応援したいってことだよ。要するに。」
卓郎は、それを聞いて少し救われたように思った。天童を殺したことによる、ぬぐいようのない疎外感。メンバーたちと親しくなっても、それだけはどうしてもぬぐい切れなかった。そんな十字架が少しだけ、軽くなったような気がした。
「だから、これは本来先に密葉ちゃんに言うべきことなんだけど、特別にタッ君に先に教えちゃう。病院にね、望月篝って女の子が入院してるの。ここのメンバーでね、タッ君が来る少し前に大けがして、ずっと意識不明だったんだ。その戦いのとき、天童君が篝ちゃんと一緒だったんだけど、後で天童君がつぶやいてたんだよね、血まみれの腕、あの腕が・・・、って。天童君が行方不明になったのはその直後。あの二人、密葉ちゃんにも内緒で、何か調べてたみたいなんだ。」
だとすれば、その望月篝という女は知っているかもしれない。天童の死の真相、そして血だまりの腕の正体を。
「さっき基地に電話が来てね、その篝ちゃんが、たった今目を覚ましたんだって。」
病院棟は、先日戦いの場になった生徒会棟のすぐ横にある。基地のある体育館からはずいぶん遠い。ここでは、人工知能搭載のロボットが医療活動を行っており、生徒会所属の医療スタッフが数名その管理と補助にあたっている。望月の病室は、ほかの病室から少し離れた、一回り大きい個室である。中を覗いてみると、誰かがベットの上で寝ている。医師らしき人物が点滴を変えようしているところだった。異様なことが二つあった。一つは、医師の様子だ。少し離れたところからロボットアームのようなものを使って点滴を交換している。仮にも重体の患者なのに、やけにコミカルでしっくりこない図だった。もう一つ、望月が寝ているであろうベッドの周りに、白いガムテープで円が描かれている。どうやらその医師は、そのテープの内側に入らないようにしているようだ。
「すみません先生。望月篝さんのお見舞いに伺ったんですが、いまはお休み中ですか?」
若い男性の医師は、こちらを向いて。
「さっきまで起きておられたんですが、やはりまだお疲れなのでしょうね。お休みになっています。」
と答え、卓郎を病室へ迎え入れた。卓郎がベッドへと近づき、望月の顔を覗き込もうとした瞬間。
「とまって!それ以上近づくと死ぬわよ。」
鋭い声がして、卓郎は動きを止めた。
「寝ているですって。失礼ね、私は就寝中でも常に臨戦体制よ。」
ベッドの上の女、望月篝が起き上がり、卓郎をにらむ。
「だいたいなによ。レディーの病室に男一人でのこのこと。非常識で不潔!ていうか、あんた誰。」
頭を掻きむしりながら、息を吸うように毒を吐く。
「初めまして。僕は平卓郎といいます。あなたがいない間に新しくチームに入りました。目を覚まされたと伺ったので、お見舞いにと思いまして。」
そういいながら、ベッドのわきに腰を下ろす。といっても、椅子はテープラインの外に置かれており、少し会話がしづらい。
「新しいメンバーねぇ。ふーん。じゃあ質問するけど・・・。」
望月は、卓郎に様々な質問をしてきた。基地の場所、メンバーの名前、彼らの特徴などなど。しばらく問答が続いた後で、ようやく卓郎がチームのメンバーだと信じてもらえたようだ。
「それにしても非常識じゃない。密葉とか次郎とかさぁ、あいつらがまず真っ先に見舞いに来なさいよ。なんであんたみたいな新入りを一人でよこすわけ?意味わかんないんだけど。」
「いや、えっと、二人は今別件で立て込んでいまして、すぐ来ると思うんですけど・・・。」
「なによりさぁ、あんたのその薄っぺらい敬語!それが何よりむかつくのよ。まどろっこしい喋り方しちゃってさぁ。先輩への敬意とかどうでもいいからもっとわかりやすくはきはきしゃべってよね。どうせ口だけなんだから。」
すこし厄介な先輩のようだ。
「それからさぁ、その・・・。あいつは、どうしたのよ。さっき、メンバーの名前聞いた時、あいつの名前だけ言わなかったわよね。」
「あいつ?」
「アクトよ!天童アクト!知ってるでしょ?知ってるわよね?知ってるって言ってよ、お願いだから・・・。」
先ほどまで威勢の良かった望月が、急に声を小さくしてうつむく。一番気になっていたのはこのことらしい。これまでの毒舌は、それを隠すための虚勢だったのかもしれない。望月の様子から察するに、天童と望月は仲が良かったようだ。今度こそは、殴られる覚悟をしなくてはならない。卓郎は、自分がチームに入った経緯について、包み隠さず、すべて話した。話の途中から望月の表情はみるみる暗くなっていき、最後には目も当てられないほど憔悴した様子になった。
「そう、死んだんだ。やっぱり、死んじゃったんだ。」
「殴ってください。気のすむまで。チームに入った時から、その覚悟はできています。」
「殴りたいわよ。あんたのその顔面をもとの形がわからなくなるくらい!でも、ダメ。私、手加減できないから。」
望月は、ベッドの周りのテープに目をやって。
「戦乙女の抱擁っていうの。私のアバター。私の周囲30センチに入ったものは、粉みじんになって消し飛ぶ。あんたを殴ろうとしたら、その前にあんたは痛みすら感じることなく消滅しちゃう。眠ってても解除できない。反射的に反応しちゃうから。」
望月は、こぶしを握り締める。血がにじむほど、つよく。
「わかってるのよ。あんたは何も悪くない。アクトがそうなったのは、私とアクトのミスよ。それでも、ねぇ、せめてあんたを憎むくらいはしてもいいわよねぇ!?それくらいしないと、おかしくなりそうだからさ。お願いだから・・・。」
卓郎にはかける言葉もなかった。やはり明日、密葉を連れて尋ねたほうがよかったのかもしれない。しかし、ここまで来た以上聞かねばならない。天童の死の真相、そして血だまりの腕の正体について。窓から差し込む西日が、二人の影を長く伸ばす。卓郎が意を決し、口を開こうとしたその時・・・!
「あんた、なんでぐるぐる回ってるのよ。気持ち悪い。なんて言ってるの?聞こ・・・な・・・。」
急に望月の顔色が悪くなり、ぐったりとして、動かなくなった。
「望月さん?望月さん!?先生!先生!!」
卓郎は懸命に医者を呼んだ。すると、先ほどの男性医師がやってきて、病室の入り口に立った。
「どうかされましたか?」
「どうもこうも、話していたら急に意識を失って・・・。」
「そりゃあ、意識ぐらい失うでしょうね。死んでるんだもの。」
卓郎は耳を疑った。こいつは今何と言った?死んでいる?死んでいるといったのか?
「患者というのは哀れだねぇ。そいつは、いかなる攻撃も寄せ付けない、厄介な敵だったんだが・・・。今や何の抵抗もできず、このざまだ。点滴に毒を仕込まれちゃあなぁ。厳しいでしょうよ。」
そういいながら、へらへらと笑っている。こいつだ。目の前のこいつが、卓郎の目の前で、望月を殺したのだ!
「このゲス野郎ォォォ!ヒートウェイブ!」
卓郎は、怒りに任せ、矢印を三本出して医師の方へ飛ばす!
「おっと、危ない。今、こいつを食らうのはまずいんだ。」
そういうと、を通りかかった看護婦を引き寄せ、彼女を盾にして矢印を防いだ!先日の戸国と同じく、なぜかこいつも卓郎の能力を知っているようだ。
「てめぇ!!」
卓郎が近づこうとしたとき、西日で長くなっていた影が、医師の足元に重なった。
「はい、かげふーんだ!そして、こいつで・・・。」
医師は懐から手術用メスを取り出し、自分のすねのあたりを切った。すると、卓郎の足に強烈な痛みが走り、思わず転倒してしまう。
「俺の名前は大門寺礼人。アバター名は僕の歌は君の歌。影を踏んだ相手と自分の痛覚を、まるで写し鏡のように、同化させることができる!もっとも、あんたが感じるのは痛みだけだけどね。」
大門寺は、ゆるゆると病室内に入ると、椅子を引き出してきて、腰かけた。
「さて、ここまで準備ができたなら、あとはここで座っていればいい。攻撃してきてもいいよぉ?最も、痛いのはお前自身だけどね。」
余裕しゃくしゃくと言った顔で、メスをもてあそぶ。
「痛みが同期するというのなら、お前は痛くないのか?こんなに深々と足を切って。」
「痛い・・・か。数年前、事故にあってなぁ。俺の痛覚は死んじまったんだ。タンスに足の小指をぶつけても、書類で手を切っても、何も感じない。便利なものだよ。」
足を引きずる卓郎を見ながら、大門寺は続ける。
「体には絶対に切っちゃまずい神経というものがある。逆に言えば、それ以外は切っちまってもそんなに問題ない。経験ないか?足をねんざしたはずなのに、友達と夢中で遊んでる間は痛みが気にならず、普通に動かせる、みたいなこと。痛みさえ我慢できれば、大概のケガは問題ない。そういうもんさ。俺は医者だからな、どこに切っちゃいけないものがあるかちゃーんと知っている。それ以外を切っても、痛くなければ、何の問題もないのよ。」
生半可な攻撃をしても、卓郎が痛みを感じるだけ!大門寺に勝つには、即死させるしかない!
「ひとつだけ、聞いてもいいか?」
卓郎は、大門寺に問う。
「お前も、操られているのか?あの、気味の悪い仮面に・・・。まぁお前に訊いてもわからんだろうが・・・。」
無駄な質問をしたかと思ったが、予想外の反応が返ってきた。
「ふざけるなぁぁ!!」
ここまでお茶らけていた大門寺が、急に語調を荒げる。
「お前は、俺を愚弄するのか!あんな、自らの意思を持たぬ人形どもと一緒にするな!俺は、あいつのために、俺の意志でここに立っている!殺めた命も、傷つけた人も、すべて背負う覚悟でここにいる!!」
大門寺の目には強い決意が見て取れる。卓郎にはわからないが、こいつにはこいつの正義があるのだろう。しかし、卓郎とて、目の前で先輩を殺されて、引き下がるわけにはいかない。
「そうか、それなら仕方ない・・・。本気で、いかせてもらうぞ。」
こいつは、殺すしかない。卓郎は、覚悟を決めた。
先ほど身代わりにされた看護師を見る。
「?」
彼女は気絶医師ているが、体には全く傷がない。矢印が三本も刺さったのに、だ。それどころか、これは・・・。
「よそ見している暇などない!」
メスが飛んでくる。卓郎はそれをヒートウェイブではじく。大門寺は落ち着き払った様子で座っている。明らかにスキだらけだ。だが、攻撃すれば、卓郎がやられる。
「くっ!ヒートウェイブ!」
ふたたび、三本の矢印を束ねて打ち出す。しかし、矢印は軌道をそれ、病室に飾られた、枯れかけの花につきささった。
「どうした、どうした。痛いのが怖いかぁ?良く狙わないとと当たらんぞぉ?」
大門寺が卓郎をあざけるように笑う。しかし、卓郎の目には、先ほどまでとは違う輝きがあった!
「当てる?お前にか?その必要はないな。感覚が同期しているというのなら・・・。ヒートウェイブ!」
卓郎は、再び矢印を三本束ねると、今度は自分の体に突き刺した!
「血迷ったか?お前の体にダメージを与えても、俺は痛みすら感じない!何の意味も・・・。!?」
矢印が突き刺さった卓郎の体は、吹き飛ばされるどころか、みずみずしいエネルギーに満ち溢れ、昨日戸国におわされた細かな傷が治っていく。
「さっき矢印を刺された看護師は、けがひとつなく、むしろ肌ツヤがよくなっていた。まさかとおもって枯れてた花に突き刺してみたら、案の定再び美しく咲いた。」
見ると、枯れかけだった花はバラバラに千切れるどころか、生き生きとした色を取り戻し、まっすぐに咲いている!
「昨日戸国が教えてくれたんだ。矢印の色が変わると能力が変わるってな。三本合わせたら、赤い矢印が桃色になった。生命エネルギー!破壊ではなく、救済のための矢印だ!」
そして、卓郎の打ち込んだ矢印は、当然感覚を同期している大門寺にもエネルギーを分け与える!
「馬鹿な・・・。この、感覚は・・・。」
大門寺はメスで自分の掌を軽く切った。痛い!桃色の矢印からあふれ出す生命エネルギーが、死んだはずの大門寺の痛覚を呼び覚ましたのだ!
「これで条件はイーブンだぜ。さて、どうするね?お医者様?」
大門寺は、椅子から立ち上がり、卓郎の方をにらむ。
「お前はぁ、どこまで俺を愚弄すれば気が済むんだ!?あぁ!?痛覚が戻れば、俺が、ユアソングを解除して、回れ右して逃げるとでも思ったのか?確かに便利だったよ、痛覚のない体はな。だが、同時に俺はあの体が嫌いだった。何をされても痛くねえ、そんなの、死んでいるのとあまり変わらないんじゃねぇかと思ってなぁ。礼を言うぞ卓郎!痛みは生のあかしだ!お前のおかげで、俺は限界まで輝けるぞ!」
大門寺は、素早く、四肢の神経を切断した!当然、卓郎の手足も動かなくなり、地面に這いつくばる!
「これで、お前は逃げられん。そして、望月に打ったのよりずっと強力な毒物だ!俺はこいつをお前に注入して、その瞬間にユアソングを解除する!痛てぇ、痛てぇ!!これが生きているということ、これが勝利ということだ!」
四肢から血を垂れ流しながら、卓郎の方へ這い寄ってくる。卓郎もなんとか逃げようとするが、痛みがひどく先に進めない。大門寺が迫ってくる!しかし、卓郎は不敵な笑みを浮かべて。
「なるほど、僕の負けだな。だが、僕はお前を見くびったとは思わないぜ!だってそうだろう!?確実に僕を仕留めたいのなら、今すぐそのメスで自分の心臓を貫けばよかった!そうすれば感覚の同期された僕もショック死しただろうに。だがお前は毒という手段を選んだ!なぜか?生きたいからだ!所詮お前は、命を懸ける覚悟もない臆病者だ!そんなやつなら、たとえ僕が殺されても、ほかのメンバーが確実に始末してくれる!」
「貴様、三度も・・・。三度までもこの俺を愚弄するか!いいだろう、心臓を掻き切ってやる!ただし俺の心臓では確実じゃあない!お前の心臓をなぁ!」
大門寺が目の色を変えて、卓郎に迫る。命に代えても必ずやり遂げろ!生徒会長桐野鮮のその言葉が、彼の脳裏を駆け巡る!
「さすがだよ。大門寺。お前はゲスだが、覚悟ある気高さを持った男だったようだな。謝るよ。僕の覚悟ではお前にかなわない。だから・・・。ヒートウェイブ!」
「またそれか、もう間に合わん!死にさらせぇぇぇ!!」
しかし、矢印は、三本集まって桃色になり、ベッドに横たわる望月の体を突き刺した!瞬間!彼女は反射的に能力を発動した!大門寺の体が、テープの内側に入る。卓郎は大門寺から逃げると見せて、ベッドの近くまで這っていたのだ!
「先輩の覚悟を借りることにした。代わりに叫ばせてもらうぜ。戦乙女の抱擁!」
大門寺の体は、痛みを感じる暇さえなく、一瞬で消し炭となった。
ユアソングが解除され、卓郎は立ち上がった。
「ありがとうございました。望月先輩。あなたのお陰で僕は・・・。」
その時、冷たくなったはずの望月の体がかすかに動いた。
「か・・・鍵。きょう・・・じゅと・・・の。あいつが・・・う・・・でのあいつが・・・。」
そこまで言うと、望月は息絶えた。ヒートウェイブの矢印は、死亡直後の望月の体に生命エネルギーを与え、ほんの少しだけ蘇生したのだ。卓郎は、何度も何度も桃色の矢印を打ち込んだ。しかし、もう二度と望月が目を覚ますことはなかった。卓郎は、冷たくなった望月の手を握り、かみしめるように言った。
「望月先輩。あなたと天童先輩の意志は、僕が、僕らが必ず受け継ぐ!だから、二人でゆっくり待っててくれよな。」
そこでふと、いやな予感がした。大門寺に仮面について尋ねたとき、彼は確かにこういった。
「あいつのために」
もしかして、血だまりの腕の能力者は、大門寺のような能力者を複数従えているのか?大門寺は、卓郎の能力について知っているようだった。初めて矢印を見たのでは、あれほど冷静に対処はできないだろう。もし、自分を含むメンバー全員の能力についての情報が、大門寺の仲間たちの間で共有されているとしたら・・・。卓郎はタブレットで電話をかける。密葉、嬉野、次郎、東条、楠田。誰も通話に出ない。
「みんなが・・・危ない!」
卓郎は、病院棟を飛び出し、基地へと駆け戻った。
能力紹介
・アバター名:僕の歌は君の歌
能力 :影を踏んだ相手とマスターの痛覚を同期する。例えば、マスターの目がつぶれると、相手も目がつぶれたように錯覚し、その痛みを感じるとともに、実際に目が見えなくなる。あくまで負傷の結果のみを引き受けているに過ぎないので、能力解除後には元に戻る。
マスター :大門寺礼人
・アバター名:俺は紅
能力 :戸国との戦いで色を変えるという発想を得たとともに、たとえ誰かを殺すことになっても、目的を果たすという強い覚悟をもったことで、能力が進化した。矢印を三本合わせることで桃色の矢印を作り出せる。桃色の矢印に刺されたものは、生命エネルギーを注入され、傷などが回復する。死んだばかりの相手であれば少しの間蘇生できるが、一度死んだ相手を完全に生き返すことはできない。
マスター :平卓郎
・アバター名:戦乙女の抱擁
能力 :マスターの半径30センチ以内に入ってきたものを消滅させる。存在そのものを内側から壊すので、どれほど固い材質でも関係ない。寝ている間なども反射的に発動してしまうため、能力を止めるには相当の集中が必要。
マスター :望月篝