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裸蟲  作者: たたまれた畳
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第五話 ブルーにこんがらがって

とある昼下がり。卓郎は、密葉からの呼び出しに応じて地下の基地へと向かっていた。ここ数週間、基地に詰めっぱなしだった彼は、きょう一日は自由に過ごす予定だった。たまには天童のことやアバターのことを忘れてのんびりと過ごすことも必要だ、という密葉の心遣いによるものだ。だが、その当人から先ほど緊急の呼び出しがあり、今に至る。卓郎の足取りはいつもより早い。電話口の密葉の声が、いつもと異なり、どこか余裕のない様子であったことが気がかりであったからだ。


 基地についた卓郎は、一目で異常事態が起こっていることを悟った。自分を迎える密葉の顔に、動揺が見える。いつもは密葉にべったりのはずの嬉野が、今日は部屋の隅で小さくなっている。逆に、いつも部屋の隅を牛耳っている次郎の姿がない。しかし、何より重大なことはほかにあった。東条咲が、いないのである。生まれつき自立歩行が困難な彼女は、まずこの基地から出ない。非常時用の車いすは、いつも通り机の横にある。

「私の方から休むように言ったのに、呼びつけて悪かったね。えっと、落ち着いて聞いてほしいんだけどさ。」

密葉が言いにくそうに切り出す。

「咲ちゃんと楠田君はいま、病院棟にいる。次郎は私の話を聞いたら、一足先に出かけちゃった。」

「病院棟って。怪我でもしたんですか。」

胸がキュッと締め付けられるような嫌な予感を感じながらも、卓郎はあえて明るく尋ね返した。自分の予想が当たっていてほしくないと切に願いながら。しかし、密葉の答えは、残念ながら彼の予想通りだった。

「二人は、何者かに襲われたの。その異常性から見て、明らかにアバター持ちによる犯行だと思う。」

密葉は、あえて他人事のように、冷静に話す。だが、その言葉の端々が震えていることに卓郎は気づいていた。卓郎は当初、密葉はメンバーのことにそこまで興味がないのだろうと思っていた。仲間であったはずの天童アクトの死を悲しむ様子を見たことがないし、成り行きとはいえ彼を葬った張本人をチームに引き入れるくらいなのだ。だが、ここ数週間彼女の様子を見ていて、卓郎は考えを改めた。天童のことを言い出さないのは、卓郎を気遣っているだけのこと。彼女ほど、メンバーたちの一挙手一投足に気を配り、思いやっている人はいない。曲者だらけのこのチームが瓦解せずにいるのは、ひとえに彼女の思いやりと配慮の賜物なのだ。まだ一緒に過ごすようになって日は浅いが、東条も楠田も卓郎にとってかけがえのない友人だ。そんな彼らを傷つけた相手を許すことはできない。しかし、それと同じくらい、犯人が密葉の笑顔を曇らせたことに対して、強い憤りを覚えるのだった。


 密葉の話をまとめると、おおよそこのようになる。今日の午前中、楠田は自由解放されている温水プールを訪れていた。先日、買い物に行った際、服と一緒に東条のための水着を購入した。しかし、東条は無論プールに泳ぎに行くことはできない。そこで、以前のように東条が楠田の視界を傍受して、水の中の世界を見せてやろうとしたのだ。東条は朝からご機嫌で、密葉や嬉野に手伝ってもらって子供用のビニールプールに水を張り、楠田の買ってくれた水着を着て、生まれて初めての水泳を楽しんでいたらしい。事件が起きたのはその時だ。楠田が潜水していると、プールサイドから悲鳴が聞こえた。声のした方を見ると、数人の女子生徒が蒼白い顔をして倒れている。密葉は楠田の見た光景を直接見ていなかった。だが、東条のこぼした言葉から察するに、男が一人温水プールに入ってきていたらしい。次々と叫び声が上がる。プールで遊んでいたほかの学生たちも、次々に倒れていく。楠田は応戦しようとしたようだが、すでに先手を取られている。ほかのみなと同じように攻撃され、倒れてしまった。そして、不可解なことに、楠田と一緒に東条までが意識を失ってしまったのだ。彼女は楠田の目を通してプールの様子を見ていただけで、この基地の中にいたのに、である。密葉と嬉野は、体育館まで東条を運び出し、救急隊を呼んで病院棟へ搬送した。その際、彼女のの顔や体が、見る見るうちに青くなっていくのを見たという。”青く”とは顔色が悪くなっていたという意味ではない。文字通り、まるで絵の具でも塗ったかのように、青く染まっていったのだ。被害者は温水プールに来ていた学生全員、合計15名である。いまだ誰一人、意識を取り戻していないらしい。


 卓郎たちのもつ情報は極めて少ない。東条がいない今、いつものようにプライベートアイズで探索することもできない。手掛かりは二つ。一つは東条や楠田をはじめとする被害者たちの症状だ。診断によると、どこにも外傷はない。しかし、脈拍が極端に弱くなり、血圧が大幅に下がっているという。このままでは、目を覚ますどころかこのままゆっくりと心臓が止まりかねない。特筆すべきは、体中が青く染まっていること。青、という色が相手の能力の根本であることは間違いなさそうだ。二つ目は、楠田だけでなく、東条もダメージを受けたということだ。それはつまり、犯人は楠田の目を攻撃したということになる。相手は目を狙うことで、あれだけの数の人間を瞬く間に鎮圧することができるのだ。アバター持ち本人に関する情報が何もない以上、まずは情報収集をするしかない。密葉は現場であるプールに何か痕跡がないか探しに行った。卓郎は嬉野とともに、部室棟へ向かった。プールも青なら能力も青。犯人は青が好きなのではないかという、嬉野の素朴な思い付きから、ダメもとで芸術系の部活動を調べることにしたのだ。


 美術部室を訪れる。壁に部員の物であろう作品がいくつか飾られている。中でも目を引くのは一枚の風景画だった。どこかの屋上から見える景色だろうか。細かい書き込みがすさまじく、また色の調節が絶妙で、卓郎は思わず心奪われた。

「その絵がお気に入りかい?」

美術部の部長が話しかけてきた。

「うまいものだろう。その絵を描いたやつ、戸国兼松っていうんだけどね。」

それから、思い出したように続ける。

「そういえば最近そいつの様子が変でさ。今日も部活に来てない。何か心当たりないかなぁ?」

卓郎は、詳しく聞かせてくれるよう頼んだ。

その部員の様子がおかしくなったのは数日前。以前の彼は、こんなふうに色の一つ一つにこだわった、写実的で繊細な絵を描く男だった。彼の作品は、写真以上にリアリティに満ち溢れており、部の中でもとりわけ才能があったという。しかし、数日前突然描きかけの絵をつぶしてしまった。理由を尋ねてもこんなものは絵じゃない、こんなものは芸術じゃないとうわごとの様に繰り返すばかりで取り付く島がなかったらしい。二人は電話で密葉に連絡すると、彼がよく絵をかいていたという生徒会棟の屋上へ向かった。部長が見せてくれた、例の描きかけの絵は、青の絵の具でぐちゃぐちゃにつぶされていた。


 生徒会棟は、体育館や部室棟、温水プールのある学園の東側とは真逆で、徒歩だと20分近くかかる。隣には病院棟があるが、普段一般の学生が立ち入ることはあまりない。学園都市において生徒会は事実上の公権力である。消防隊、警備隊、救急隊などはロボットからなるチームだが、その統括は生徒会の仕事であるし、学生が立ち入れない教授棟、および教授棟が直接管理する図書館以外はすべて生徒会が管理している。なかでもその中枢である生徒会執行部は、実に広範な権限を有している。卓郎と嬉野は、そんな生徒会棟の屋上で、狂ったように絵を描いている戸国兼松を発見した。戸国は、隣にある病院棟を眺めている。そこでは、東条達が治療を受けている。戸国は、プールで見た真っ青中を推した被害者たちを思い出しつつ、かすかに見える病床を凝視して、被害者一人一人の一糸まとわぬ青い体を次々とキャンバスに描いていく。絵のリアルさは、戸国の鬼気迫る様子も相まって、驚嘆を超えて、不気味さすら覚えるほどであった。


 卓郎は、絵に夢中の戸国の背後から、矢印を一本飛ばした。戸国は、背中に目でもついているかのように正確に筆を操り、飛んでくる深紅の矢印を青色に塗った。すると、どうしたことか、ヒートウェイブの矢印はどんどんと勢いをなくし、戸国の体に届いてもダメージを与えることができなかった。

「お前のアバター、”俺は紅”って名前なんだろう?アバターは精神とイメージの力だ。お前は自分の能力を”紅”という色でイメージし、自分の精神とリンクさせている。ゆえに、矢印が青くなってしまえば、こうやって簡単に無力化できるんだよな。」

実験を見守る科学者の様に、客観的に、淡々と語る。卓郎はおどろいた。どうやってかは謎だが、こいつは、すでに自分の能力を知り尽くしている!

「私の能力、ブルーにこんがらがって(ブルーマンデー)は、すべてを青く染めることができる。表面じゃない、対象そのものを青く塗るんだ。お前たちは、青に支配される。」

戸国は、なぜか自分の能力について説明し始める。

「なぜ、私が自分の能力を教えるかわかるか?それは、すでに私が勝っているからだ。次の瞬間、お前たちが真っ青に変わるための、その時間を稼ぐためだ。」

見ると、青く塗られたヒートウェイブの矢印が今度は卓郎と嬉野めがけて飛んできている。

「もう、その矢印はヒートウェイブじゃあない。青に染まった、私の能力の一部なのだ。」

青い矢印は、二人の顔めがけて青のインクを振りまいてくる。

「くっ!ヒートウェイブ!」

卓郎は残り二本の矢印で平面を定義し、飛んできたインクをそれで受け止めた。

「受け止めたか。だが、それで残り二本の矢印も青く染まった。つまり、お前はこれでおしまいというわけだな。」

どれだけ試しても、もう卓郎は矢印を出すことができない!ヒートウェイブは、完全に封じられた!しかし、卓郎の表情にはどこか余裕があった。

「まさか、色を塗られただけでヒートウェイブが封じられるとはな。正直ビビったよ。僕一人だったら、この時点でゲームオーバーってとこかな。だが、今日は・・・。」

嬉野が、指をぱちりと鳴らし、こう叫ぶ。

「粘着質な慕情ムーブ クローサー!」

瞬間、戸国の体が、二人の立っているすぐ横、コンクリートの壁めがけて飛んでくる。戸国の首筋には、嬉野の口紅で付けたしるしがあった!卓郎は、最初の矢印にのせて、嬉野の口紅を発射していたのだ!たとえ矢印自体がダメージを与えられなくても、しるしが付けばそれで充分!戸国の体は、勢いよくコンクリートにたたきつけられ、その衝撃で手に持っていたパレットを落としてしまう。それを卓郎が拾い上げた。

「青臭い豚野郎。壁にでもキスしてんのがお似合いよ。」

いつもの幼い話し方とは打って変わって、嬉野が冷たい目線を戸国に向ける。仲間を、押して密葉を傷つけたこいつを許さない。言葉には出さないが、嬉野もまた怒っていた。


 戸国は、しかし、依然として笑みを浮かべたままだ。

「青ってのは美しいよなぁ。透き通るように鮮やかで、闇のように深い。自然には、青ってなぁ、あんまりないんだよ。せいぜい空とか海の色ぐらい。それだって人の目が作り出した錯覚みたいなものなんだ。もともとあった色じゃない。人間がいなければ存在しない色なんだ。美しい。美しいよなぁ。」

うっとりとした表情で。

「私は、青という色に全て捧げてきたんだ。そんな私と青のきずながさぁ、たかがインクをとられただけで消えるはずがないよなぁ。ブルーマンデー!」

戸国が叫ぶと、向こう側にあった被害者たちの絵が、何枚もこちらへ迫ってくる!卓郎と嬉野は対応しきれず、腕でガードしてしまう!

「さっきまで色を塗ってたんだ。丁寧に丁寧に塗ってたんだ。たまにあるよなぁ。ペンキ塗りたてって看板がついてるベンチ。あれに座るとどうなるね。ズボンがよぉ、ペンキでべっとりしちまうよなぁ。」

卓郎は、両腕の上腕部に、嬉野は首から上に、ブルーマンデーの絵の具を食らってしまった!

一説によると青には、リラックスを促し、血圧や脈拍を下げる効果があるという。嬉野の視界は、真っ青に染まってしまった。どこを見ても青!青!青! ブルーマンデーの催眠効果により、嬉野の血圧は急激に低下!過剰なまでのリラックスが、彼女の意識を刈り取った!

「卓郎、といったか。うまくよけたみたいだが、その腕、そんなに青くなってはもう動かせないだろう。青には”冷たい”というイメージ効果がある。お前の腕は、体温が急激に下がったと勘違いして、凍傷状態だからなぁ。」

戸国は倒れた卓郎の目の前まで近づくと、青の矢印を出し、卓郎の心臓に照準を合わせる。

「それじゃあな。ほら、もっとよく顔を見せな。血の気が引いて真っ青になっていくお前のことも、絵に描いて残してやるからよ。」

その時、卓郎は勢いよく頭を地面にたたきつけた!額が割れ、血が噴き出す。そしてその血は、矢印を再び赤く染めた!

「色が変わったことで、こいつと僕の精神が切り離されたというのなら、もう一度つなげてやればいい。僕自身の、この真っ赤な血潮でな!くらえ、俺はヒートウェイブ!」

矢印はくるりと向きを変え、まっすぐに戸国の胸を貫いた。彼の胸元に卓郎の血がべっとりと付着した。マスターが意識を失ったからだろう。卓郎の腕の青色が取れ、自由に動かせるようになった。嬉野の顔も元の色に戻り、意識を取り戻したようだ。戸国の胸元から、楠田の持っていたのと同じ亡者の面がのぞいている。青という美への欲望が暴走した、ということなのだろう。


 しばらくして、戸国が目を覚ました。抵抗できないように両手両足を縛ったうえで、絵の具や絵は遠くへ引き離し、嬉野が見張っている。

「おい、目が覚めたか。全く手間をかけさせやがって。お前を操っていた変な仮面はもうないぞ。正気に戻ったか?」

戸国は、卓郎の方など向きもせず、胸についた卓郎の血を眺めている。

「おい、大丈夫。それはお前の血じゃない。きちんと急所は外したから、心配はないよ。」

依然として戸国は血をじっと見つめている。そして、震えるようにこう叫んだ。

「こ、これ。赤い。血か!?血なのか!?」

「だから、それは攻撃の時についた僕の血で・・・。」

「血はダメなんだ。血はまずいんだよぉ!!」

「何暴れてるんだ。お前もしかして、血を見ると失神しちゃうタイプ?それとも青が好きな代わりに赤はマジで嫌いとか?芸術家の感性ってのはどうにも理解が・・・。」

「血が、血がついてたらぁ!!!」

その時、戸国の胸元の血痕から、まがまがしい赤い腕が一本生えてきた。

「な!?」

卓郎が反応しきれないうちに、腕は戸国の心臓を貫いた!!戸国は、ぐったりとして動かなくなった。

「おい、しっかりしろ!おい!」

卓郎が、戸国の体を抱え上げたときには、腕はすでに消えていた。



能力紹介

・アバター名:ブルーにこんがらがって(ブルーマンデー)

  能力  :あらゆるものを青く塗ることができる。塗られたものは、マスターの精神と深く結びつき、マスターの意志で動かせるようになる。青く塗られた人間は、一種の催眠状態に陥り、血圧や脈拍の低下、低体温による凍傷状態などになる。

  マスター:戸国兼松


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