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裸蟲  作者: たたまれた畳
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第四話 自己満足の鎖

 白昼堂々、その男は現れた。その日ジムには、ボクシング部に所属する精鋭計23名が集まっていた。部内対抗試合を迎え、精神を研ぎ澄ませた屈強な若者たちである。その男、熱海篤は、彼らの凍てつく視線にさらされながらジムの中央へと進んでいく。小脇には、入り口で彼を制止しようとした練習生を一人抱えている。ぐったりしており、血が流れている。すでに意識はない様子だ。殺気立つ部員たちをしり目に、熱海は高らかにこう宣言した。

「お前たちは、全員、俺より弱い。というか、俺と拳を交える資格すらない。」

瞬間、部員たちの何人かが、堰を切ったように熱海めがけて襲い掛かった。が、二人が殴り倒されたところで、部員たちは自分の体の異変に気付き始めた。

「なぜだ、なぜ、どうして体が動かないんだ!」

「俺は、向かっていこうとしているんだ。なのになぜ、足が出口の方に向くんだ!」

恐怖!己の拳を信じ、鍛錬を続けてきたはずの男たちの心は、今、どす黒い恐怖に塗りつぶされようとしていた。勝てない!怖い!殺される!怖い!残った部員たちは、蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ逃げ去り、後にはただ、不満げな闘士だけが残った。



 卓郎が体育館地下の基地に入り浸るようになってから、数日が過ぎた。学生とはいえ、毎日特にすることもないため、この場所で東条とゲームをしたり、嬉野のほら話に付き合うのがすっかり日課になっている。今日は東条が取り込み中なので、卓郎は嬉野から密葉がいかに可憐で素敵かという話を延々と聞かされる羽目になっていた。

「みっちゃんはねぇ、白い服しか着ないんだよ。でも、似合ってるでしょ?チョーエレガントでしょ?」

嬉野と密葉、そして東条はどうやらこの基地に住んでいるらしい。何か事情があるのだろうが、メンバーの来歴については質問しにくかった。彼とて、ここの元メンバーである天童を殺したことがきっかけでここにいるのだ。そのことを根に持たずに接してくれる彼らに対し、ぶしつけな質問をするのは気が引けた。

「そうだ、嬉野ちゃん。服といえば、東条さんだけど・・・。」

卓郎は、椅子をくるくる回しながら楽しそうに通話している東条の方を見る。東条は生まれつき、視力がなく、声も出せず、自立歩行もできないという。そのため、好きな時に外出できる密葉や嬉野とは違い、基本的にこの地下室にこもりきりだ。そんな東条を気遣ってか、今日は楠田が街へ出て、東条の新しい服を見繕っている。東条が楠田の視界をジャックしているため、部屋に居ながらにしてお出かけ気分、というわけだ。

「すっかり、楠田と仲良くなっちゃったね。」

「まぁ、いいことなんじゃないのぉ?のーちゃんとしては、咲ちゃんにみーちゃんをとられなくて済むからめちゃくちゃラッキーッ!って感じ。」

嬉野は本当に密葉のことしか頭にないようだ。楠田は先日の一件以降、ほぼ毎日ここを訪れている。密葉曰くこのチームに加入したわけではないそうだが、ほかのメンバーたちも誰もそれをとがめない。その理由の第一は、東条が楽しそうだからだろう。次郎は基本しゃべらないし、嬉野も会話が得意な方ではない。密葉は情報収集と称していつも出掛けているし、卓郎はあのハイテンションにはあまりついていけていない。決してほかのメンバーと仲が悪いわけではなさそうだが、やはりノリの軽い楠田とは馬が合うのだろう。そしてそれは、楠田からしても同様のようだ。

「やだなー、リッ君、水着はいらないって!私温水プール入れないし!まぁ私のナイスバディーを拝みたいのはわかるけど・・・。ちょっと、そのビキニはやばすぎ、ほとんど丸見えー!」

大声で電話しながら、ひとりで女性用水着を物色する楠田は、周囲からはさぞ特殊に見えているだろうけれども、そういう点を気にせずに東条に付き合ってやっているのだから、楠田も決して悪い奴ではないのだろう。


 卓郎がそんなことを考えていると、扉を開けて密葉が帰ってきた。飛びついてきた嬉野の頭をなでながら、いつものにこにこした顔でこう切り出す。

「みんなー、事件だよー。」

オンライン外出中の東条は除外して(密葉なりの思いやりなのだろう)、卓郎と次郎が密葉の方へ視線を向ける。嬉野は、当然といった顔で、密葉の膝の上にちょこんと座っている。話のあらましはこうだ。ここ数日、運動部への道場やぶりが頻出しているという。被害にあったのは、柔道部、剣道部、レスリング部、ボクシング部、テコンドー研究会、古武術同好会の6団体。どれも学園の中では練習が厳しく所属人数が多いことで有名な団体ばかり。目撃者の証言が一致していることから、すべて同一人物による犯行だ。

「これだけだと、アバターが関係していない可能性もあるんだけど、不思議なことが二つあるの。一つは犠牲者の数が少ないこと。これだけの部活動が襲撃されていて、負傷者はたったの5名だけ。」

「それじゃあ、のこった部員たちは?」

「全員逃げたり、気絶したりしてまともに戦えてないみたい。いくら犯人が鍛えてるからって、そんなことあるかな?そしてもうひとつは、とある負傷者のケガなんだけど、腕の筋肉が裂けてるの。しかも、腕には一切の外傷なし。本人はボクシング部で、相手にパンチをかわされたのは覚えてるんだけど、そんな怪我をするようなことをした覚えはないんだって。」

「外傷なしで腕の筋肉を裂く?ほかの負傷者にはそんな怪我無いんですよね。となると、犯人の攻撃で裂けたわけじゃない?」

「今一通り現場は見てきたんだけど正直お手上げ。犯人さんは全然ダメージ受けてないから血液の一滴すら手に入らないし。」

「それじゃあ、別の運動部に張り込みかけるしかないですかね。」

卓郎が発言した時、部屋の隅にいた次郎が珍しく口を開いた。

「いや、無駄だろうな。」

低い声で、それだけ言うとまた口を閉ざす。

「そうだね。ほとんどの部活は気味悪がって活動を中断してるし、仮に出会えたとしても、相手の能力がわからなきゃほかの部員と一緒にやられるだけかも。」

密葉が補足する。

「次郎は、どうかな。何かアイデアはない?」

次郎は、しばらく押し黙ってから。

「負傷者が5名じゃ物足りないだろう。それをエサにしてやればいい。」

「しかし、塵芥さん、相手の能力がわからないと・・・。」

心配げな卓郎を密葉が優しく制する。

「大丈夫。極論、次郎には相手の能力がどんなでも関係ないから。」


 密葉が活動自粛中のとある運動部と交渉し、練習場を貸してもらうことになった。次郎は中央に座布団を敷くと、またいつものようにトレーニングを始めてしまう。練習場の隅には部員の何人かが、いらだたしげに座っている。道場破りを怖がって練習を中止にした部の判断に納得のいかない連中だろう。

「さて、じゃあ卓郎君、帰ろうか。街に寄ってみんなのケーキでも買ってさ。次郎は、ああ見えて甘党なんだよ。」

当然、次郎とともに犯人を待ち受けるつもりだった卓郎は唖然とした。

「帰るって、塵芥さん一人に任せるんですか!?」

「君だってこの前は、一人でいかせてくれって言ってたじゃない。それに・・・。」

いたずらっ子のような笑顔で。

「漢の決闘に助太刀するのは、野暮ってものだよ。」


 一時間ほどたった。次郎は、依然として同じ場所でダンベルを持ち上げている。隅にいた部員たちに気のゆるみが生じ始めた、その時だった。日の光を背に、男が一人、練習場に足を踏み入れた。身長が特別高いわけでも、筋量がずば抜けて多いわけでもない。見事に発達した次郎の筋肉と比べれば、むしろ痩せてすら見える。しかし、部員たちは瞬時に理解した。こいつには勝てない、と。互いに顔を見合わせ、必死に闘志を奮い起こそうとするも、まるで効果がない。その男、熱海篤は練習場の中央で足を止めた。次郎も立ち上がり、静かににらみ合っている。熱海が、ゆっくりと語りだす。

「あんたかい。学園中に殺気ばらまいてるのは。」

「お前こそ、拳を交える相手を探していると聞いたが。」

「わかる。わかるぞ。あんた、強いな。手ごたえのない奴ばかりで退屈してたところだが、こいつは思わぬ収穫だ。」

熱海が手を差し出す。次郎もそれにこたえる。二人は、殺気をまといながら、笑顔で握手を交わした。

「おい、そこのお前!さっきから黙ってみてれば、ちょ、調子に乗りやがって。ぶっ殺してやる!」

隅で震えていた部員の一人が、声を上げ、熱海へ向けて駆け出す。彼の渾身の拳は、しかし、熱海の掌で軽く受けられてしまう。次の瞬間。

「うぉっ!なんだ、腕が!」

パンチを繰り出したはずの部員のほうが悲鳴を上げて、倒れてしまった。見ると、彼の上腕が裂け、出血している。

「軟弱者が。筋肉の制御の仕方も知らず、無理をするからそうなる。」

ほかの部員たちの方を見て。

「お前たち、もう逃げていいぞ。俺が怖いだろう。賢明な判断だ。野生において、勝てない相手からは一目散に逃げるというのが、狩られる側にできる唯一の策だからな。」

それがきっかけとなり、部員たちは、肉食獣に追われるシマウマのようにわき目もふらずに逃げ出した。

「原始からの呼び声(イントゥ ザ ワイルド)。脳みそを少しいじくって、リミッターを外し、動物としての勘というやつを呼び起こしてやった。軟弱な獣はただ逃げ惑うのみ。恐怖よりも、闘志の勝るものだけが、俺の前に立てる。今、俺たちの身体能力は飛躍的に上昇しているが、代わりに、体へのダメージもでかい。脳が自動的にブレーキをかけてくれないからな。」

「なるほど。限界まで体のポテンシャルと闘志を引き出した、まさに決闘には最適な能力というわけか。」

そういうと、次郎は右腕に力を籠める。彼の右腕に、何やら文字が浮かび上がった。

「礼に、こちらの能力についても教えてやろう。自己満足のサティスファクション。この腕に刻まれた誓いを守る限り、どこまででも強くなれる。誓いを破れば、即戦闘不能。それだけだ。」

次郎は、熱海に自分の右腕上腕部が見えるように掲げた。”一歩も下がるな”。次郎の腕には、そう刻み付けられている!

「漢として、誓いは守らなくちゃあな。」

熱海は、さぞ愉快そうに。

「そうだな。漢どうしの、決闘だ!」


 二人の距離は、もう3メートルもない。拳を放てば、確実に命中する。強さに魅入られた漢ふたりによる戦いが、幕を開けた!次郎のストレート。しかし、紙一重でよけられてしまう。続いて次郎のアッパーカット。熱海はこれを肘で受け、こめかみにパンチ一閃。次郎の巨体がぐらつく。

「そこっ!」

このすきを熱海が逃すわけもない。素早い連撃で、次郎を追い詰める。ジャブ、ジャブ、ボディ、ローキック。目にもとまらぬ素早さに、次郎は防御一辺倒!

「一撃の重さは大したものだが、逆にその巨体があだになったな!トロイぞっ!!」

たまらず、次郎のガードが下がり始める・・・。


 10年ほど前。当時少年であった熱海は、エレベーターに乗っていた。途中、男が乗ってきた。肩幅が広く、重心のぶれもない、屈強な男であった。その時、熱海少年は恐怖した。もし!今この場でこの男が彼を殺そうと思い立ったなら!か弱い彼の命など、一瞬でひねりつぶされてしまうだろう。そう考えただけで、今にも逃げ出しそうになった。しかし、エレベーターは密室!逃げ場などない!熱海少年には、目的階につくまでの数十秒が、ほとんど永遠にも感じられた。もちろん、男が彼をなぶりごろすことはなかった。ドアが開くと、男は何食わぬ顔で出ていった。しかし、熱海篤は、確かにこの時、生殺与奪の権を男に握られていた!それは、野生に生きる雄としての敗北を意味する!彼の尊厳は、この日、完膚なきまでに踏みにじられたのだ!この日から、少年は己を鍛え始めた。そして、血のにじむような修練の果てに、熱海はしなやかな肉体と、多彩な技術を習得した。しかし、彼の心は満たされなかった。どれほど一方的に相手を痛めつけても、むなしいだけ。だからこそ、雄は、漢を目指した。ただ強いだけではない。美しい強さを!それには、対等に殴り合える好敵手が必要だ!野生に帰り、恐怖が増幅されてもなお、闘志をたぎらせることのできる漢が必要だ!


 一方的に殴られ続けたら。人中を打たれ、喉を突かれたら。人間はふつう、何らかの回避行動をとるに違いない。それが当然の行動だ。しかし、次郎は!ガードすら捨てて!思い切り前進した!距離を詰め切ってしまえば、存分に拳をふるえない。一瞬の虚を突いて両腕を捕まえると、がら空きになった顔面に頭突きをぶちかまし、間髪を入れず、今度はみぞおちに掌底をくらわせる。イントゥ ザ ワイルドとサティスファクションの二重のパワーが、次郎の肉体に爆発的なエネルギーを与える。熱海の体は、後方まで思い切り吹き飛ばされ、練習場のガラス戸をたたき割った。日の光で輝きながら、ガラスがあたりに散らばる。熱海は、鋭利な破片を手に取ると、次郎へ駆け寄り、渾身の力で振り下ろした。


 熱海は、次郎の喉笛の直前でガラス片を止めた。次郎は熱海をまっすぐ見つめたまま、一切ひるむ様子を見せない。

「俺の、負けだな。」

そうつぶやいた熱海の腕から、ガラス片が零れ落ちる。二人しかいない練習場に、ガラスの落下音が妙に良く響いた。

「雄同士の勝負なら、反則などない。勝利こそがすべてだ。しかし・・・。」

次郎がにやりと笑いながら続ける。

「厳しいだろ、漢の鎖は。」


 次郎が基地へと戻ってきた。イントゥ ザ ワイルドの効果を受けた状態で思い切り戦ったので、腕や足から血が滴っている。基地では、ほかのメンバーが勢ぞろいしてケーキを切り分けているところだった。密葉と卓郎が、帰りに街に寄って買ってきたものだ。

「その様子だと、何とかなったみたいだね。さっすが次郎。殴り合いなら負け知らずなんだから。」

何も言わずとも、密葉が結果を察してくれる。

彼の負傷を見て、卓郎が応急処置を始めた。一方で、嬉野と東条と楠田は、どのケーキが一番大きいかで言い争いをしていた。いつもどおり、騒がしい。

「駄目だよみんな。一番大きい奴は、次郎にあげないとね。」

そういって、特別大きいケーキを彼の前に差し出す。

「はい、これ。好きでしょ甘いもの。」

次郎は目を丸くしている。それもそのはず。密葉に甘いもの好きだといったこともないし、彼女の前で甘未を食べた記憶もないのだ。

「またー、不思議な顔しちゃって。嬉野ちゃんに、キャンディーあげるからおとなしくしてね、っていうとき、一瞬こっちのほう見るの知ってるんだからね。」

密葉は、いつものようにいじらしく笑う。

「えーそうなんだ!塵芥さん甘党なんだ!」

「でも、のーちゃんの方がケーキ好きだよ!!」

「ジロ君、カワイイ!!これが噂のギャップ萌え!」

意外な事実に、好き勝手盛り上がるメンバーたち。先ほどまでの戦いが嘘のように、何とも平和な午後だった。



能力紹介

・アバター名:原始からの呼びイントゥザワイルド

  能力  :射程距離内にいる対象の脳を刺激する。対象は、脳のリミッターが外れて身体能力が格段に上昇する一方、野生動物としての勘が戻り、恐怖を感じやすくなる。

 マスター :熱海篤

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