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裸蟲  作者: たたまれた畳
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第三話 雲は流れて

 翌日。卓郎は、密葉とともに学園内部を歩いていた。昨日は密葉の鶴の一声でそのまま、新人歓迎会という名の宴会が始まった。とはいえ、実情は東条による質問攻めとパソコンのスペック自慢につきあわされたり、いまだに卓郎と密葉の中を疑う嬉野に詰め寄られたりと散々だった。何とか無口な塵芥次郎ともコミュニケーションが取れたことだけは不幸中の幸いだった(軽い気持ちで腹筋の割方を聞いたら、次郎先生独演会が始まってしまったというだけだが)。夜が明けて、いつの間にやら外出していた密葉が耳寄りな情報を持ってきた。学園内の部屋3か所が消滅したというのだ。”消滅”というのは部屋の中身が、というわけではなく、部屋そのものが、という意味らしい。本来その教室があるべき場所ががらんどうになっているそうだ。十中八九アバター持ちによる犯行だろうということで、卓郎と密葉が視察に出ることとなった。嬉野も一緒に来たがっていたが、夜更かしがたたって基地でぐっすり眠っている。


「それで、金川さん。」


「密葉でいいよ。私も卓郎って呼ぶから。」


「じゃあ、密葉さん。今回消えた教室っていうのは、もともと何のための部屋だったんですか。」


まだいまいち距離感がつかみきれず、ぎこちない敬語になってしまう。


「えっと、女子更衣室が二か所と、女子駐輪場だね。」


「え?」


卓郎は面食らった。偶然ということもあるのだろうし、気にしすぎてはいけないだろうけれど。


「えーっと。それはつまり・・・。」


「犯人は女性に恨みを持っている可能性が高い、と言いたいんだろう。その通りだ。よく気付いた。やっぱり私が見込んだだけのことはある!」


満足げにうなずく密葉を眺めつつ、卓郎は、ボケなのか素なのかわかりづらい人だな、と苦笑いした。


「しかし、真面目な話。仮に、この犯人君が女性のみが使う場所だけを狙っているとしたら、何か気づくことはないか。君がこの前戦ったアクトと比べて。」


笑顔のまま、急に真面目なトーンになる密葉。


「そうか、かりにこの三か所を狙い撃ちしたなら、犯人にはある程度の理性があることになる。」


それはつまり、この前の天童の時のように、力が暴走しているわけではないということだ。あの時の天童は、自分の能力で自分自身を焼いてしまい、ひどく苦しんでいた。力を理性的に制御できていなかったという証拠だ。


「そういうこと。とはいえ、どこから求めているものにつながるかは分からない。アクトとは別な方法で暴走しているのかもしれないし。とにかく、気を引き締めていくよ。」


その通りだ。理性があるということはこの前の天童よりも自分の能力を使いこなせるということ。目的に直結するかは別として、手ごわいことに変わりはない。


「わかりました。」


卓郎は、真面目な顔で返事をした。




 まず、一番近い女子駐輪所跡地を訪れた。学園都市もまぁまぁ広いので、部屋が端のほうにある学生は結構自転車通学をしている。驚くべきは現場の様子だった。自転車のサドルとか、自転車だけが持ち去られるならまだ理解できる。しかし、雨除けの屋根や、自転車を止めるためのタイヤストッパーまでがきれいになくなっており、言われてみなければそこが駐輪場だったことなどわからない。場所そのものが消えるという表現は的確だったと卓郎は納得せざるをえなかった。


「さて、ここで真っ先に探るべきことは二つ。一つはアバター使いの身元が分かるものがないか。そしてもう一つは、彼の能力を知るためのヒントがないか。例えば・・・。」


密葉は地面にかがみこんで言う。


「地面自体は過度に掘り返されたりへこんだりしていない。また、自転車などの破片も落ちていない。このことから、彼の能力は”破壊”するタイプではない。手で触っても何も出てこないから、透明にするタイプでもない。つまり犯人は私じゃない。」


たしかに、密葉のスムースクリミナルなら触れば解除されてしまうし、第一複数のものは透明にできない。密葉を疑ってはいないが、要するに現場検証から相手の能力のヒントを得て、戦闘に役立てるべきということだろう。


「卓郎君、一つ覚えておくべきなのは、アバター戦は”頭脳と精神”の勝負であって、”能力のパワー”の勝負じゃないってこと。戦う前から、いかに相手の能力を読み、相手の行動を想定して対策するかが大事。これ、お姉さんからのアドバイスね。」


確かに、卓郎が天童に勝てたのも、事前にあの紫の炎の異常性を観察して、ありうる事態を予想していたからだった。とらえどころがなく見えて、やはり頼りになる先輩なのだ、と卓郎は再認識した。


「さて、そろそろ本格的にやろうかな・・っと。卓郎君、ちょっと離れて。」


突然、地面の表面が透明になる。


「今、私は地面の表面だけを透明にしたから、もし私の認識していない何かが埋まっていたら、これで見つけられるはずなんだけど・・・。ん?これなーんだ。」


密葉が拾ったのは細かな黒い物質。


「においや手触り的に、ゴムですかね。」


「駐輪場でゴムってことはサドルとかハンドルとか。見てこれ、よく見ると細かくてギザギザしてる。まるで無理やりちぎられたみたい。」


「こっちにはねじが一本落ちてますね。」


手袋をして慎重に拾う。


「完璧になくなってるのに、ねじが一本だけ?自転車にしろタイヤストッパーにしろ、普通ねじなんか外さないよね?バラバラにして持ち去った?それとも・・・。」




 その後、残り二か所の女子更衣室も訪れたが、手掛かりらしいものは見つからなかった。黒いゴム?の破片とねじ一本だけをもって、二人は基地へ戻った。


「と、言うわけだから、咲ちゃん分析よろしく!」


「分析って、東条さん、そんなことできるんですか?」


「当たり前じゃん。タッくん私のことなめすぎ。私のプライベートアイズはこういう地味な作業向きだから。じゃあ、いきますかね。」


東条は、人工音声で元気よくそういうと、二つの痕跡の分析を始めた。




 10分ほどして、東条の分析結果が出た。何台もあるパソコンをとアバターの双方を駆使するその様子は、完全にプロの科学捜査官顔負けだ。まず、黒い破片は間違いなくゴムだった。プライベートアイズで観察したところ、内部から破裂したような痕跡があったという(東条は、このためにどこからか鷹の鳥かごを取り出してきて、リアル鷹の目状態になっていた)。また、ねじについては特に不審な跡はなかったものの、何者かの唾液が微量ながら検出された。


「唾液かー。そりゃあ上々だね。咲ちゃん、いつものやつ頼める?」


「おっけー。サーチ開始っと。」


東条のプライベートアイズは、ターゲットの遺伝子情報が少しでも分かれば、そこからターゲットを捜索・追尾できる。どうやらアバター使い本人を突き止めることができたようだ。


「えーと、こいつかなぁ。えっと名前は楠田陸。今、学園内にいるね。追尾するよ。」


様子を見る限り、天童のように我を失っている様子はない。やはり、ただの変態さんなのだろうか。

「うわ、こいつ、すれ違う女の子片っ端からナンパしてるよ。正直引くんですけど。」

勝手に追跡された挙句ドン引きされているという点では、少しだけかわいそうにも思えた。




 本来であれば、このまま東条が監視を続け、能力を使うところを見てから仕掛けるべきだ。しかし、卓郎は今、自分だけでいかせてほしいと申し出た。


「今後の敵は、そう簡単に尻尾をつかませてくれないかもしれないし、僕はまだ戦闘経験がほとんどない。どうか、ここは僕にやらせてください。」


密葉は心配そうにしていたが、東条が、


「大丈夫。常に私がみはっといて、やばそうならアシストするから。タッくんガンバ!」


といったことで、卓郎の願いは容れられた。彼とて決して楠田を過小評価しているつもりはない。ただ、早く戦闘経験を積んで、天童の死の真相を追求したいというのが本当のところだった。生まれて初めてできた目標だからこそ、必ず成し遂げたいという思いがあった。現状、こちらには、楠田の行動が筒抜けである。それを利用して、一撃で戦闘不能に追い込みたい。事情を聴くのはそのあとでいい。耳に着けたインカムを通して、東条が常に楠田の動きをレポートしてくれている。今、楠田はベンチで弁当を食べているようだ。食事中とは少々卑怯だが、確実に仕留める好機である。楠田は学園の端の静かなベンチで食事をとっている。周囲には学生の姿はない。卓郎は、楠田のベンチから50mほど離れた草むらに身を潜め、ヒートウェイブで小石を飛ばす。先日と同じくらいの大きさの矢印を出そうとして、卓郎は迷った。前回は結果として、天童を殺めてしまった。もう、誰も殺したくはない。念のためもう少し小さい矢印を出し、確実に気絶させられるよう、顎をめがけて正確に、発射した。




 卓郎が、矢印の大きさについて逡巡したそのわずか数秒が、楠田にとっては幸運だった。何気なく目線を挙げた瞬間、いち早く卓郎の存在に気が付いたのだ。楠田は飛んでくる小石に向けて正確に針のようなものを投げ、それに向けて息を吹きかけた!


「雲は流れて(クラウド フロウズ)!俺の息を吹き込まれたものは・・・」


瞬間、石がぷくりと風船のように膨らんだ。どれほど速度が付いていても、中身が空気の風船では楠田を気絶させることはできない!


「みんな膨らんじまうんだ。ぷかぷか浮かんでなぁ。そして・・・。」


楠田が胸元からぺらぺらしたゴムを一枚出すと、それが一瞬で双眼鏡に代わった。


「なんでもぺらぺらにして収納できるぅ。便利だね!お得だねぇ!そして、あいつか、あの野郎は、絶対に許さねぇ!」


楠田は、卓郎の顔を確認すると、胸元から自転車の風船を取り出して、走り去った。


『まずいよタッくん。やつが逃げる。顔を見られた。今度はあいつがあんたを暗殺しに来る!』


「追います!風船か!息を吹き込めばなんでも膨らむのか!」


卓郎は特大の矢印で自分を打ち上げた!楠田の自転車を発見し、頭上から矢印をたたきこもうとする。


「甘いんだよ、お前。上をよく見てみな。」


卓郎の頭上には無数の風船。


「クラウド フロウズ!解除しろ!」


風船が瞬く間に無数の自転車となって、卓郎の頭上に降り注ぐ。


「うぉぉぉぉ!」


卓郎は二つの矢印を出し、自転車を食い止めつつ、落下の衝撃を和らげようとする。しかし、すべてをさばききれず、自転車の下敷きに!そのショックでインカムが壊れてしまった。もう、東条の力は頼れない!そして、楠田に誘導されてやってきたのは、昼時の学生食堂前!かぞえきれないほどの学生が集まっている。


「畜生!楠田を見失った!この人ごみにまぎれたか?それとも先へ逃げたか?」


基地では東条も、楠田を見失っていた。


「なんで!プライベートアイズは確かに視界の中に楠田を捉えているはずなのに!どこにもいない!顔が変わってでもいない限り視認できるはず・・・そうか!」


一方楠田は、卓郎に気付かれずに彼の背後をとることに成功していた。


「隠れて狙い撃ちとは、ふざけた野郎だぜぇ!何者からも自由に!風船のように気儘に!それがこの俺、楠田陸の人生だぁ!どこの誰だか知らないが、俺を縛ろうとするやつは皆殺しだ!お前の脳みそを風船に変えて、くす玉みてぇにきれいに割ってやるぜ!」


「楠田は自分の体の一部にバルーンを入れて容姿を変えているんだ!バルーンではいじれない部位、それは耳の形!みつけた、こいつだ!プライベートアイズ!」


プライベートアイズは目の合った相手に乗り移る。東条は、視界をジャックしていた学生に卓郎の方を向かせ、卓郎にアバターを移した。プライベートアイズが、卓郎の視線を誘導する。背後にいる楠田の方向へ!卓郎は上向きの矢印で回避!しかし、時わずかに遅く、楠田の針は卓郎の足に刺さった。


「頭部への直撃は免れたか。しかし、足をとった!一気に全身膨らませてやる!くらえ、クラウドフロウズ!!」


卓郎に息を吹き込む楠田。卓郎はだんだんと膨らんでいく。だが、卓郎は先ほどまでとは打って変わって余裕の表情を浮かべていた。


「僕はな、楠田。お前がどこにいるかなんて本当はどうでもよかったんだ。お前は必ず、僕に直接息を吹き込みに来る。矢印があれば、何かで圧死させるのはすごく難しいからだ。そして、実際に息を吹き込んだ。」


卓郎の膨らむスピードが急激に下がりだした。


「だからもう僕の勝ちは決まりなんだ。矢印は今!おまえの口の中へ入った!」


針で穴をあけ、空気を吹き込もうとすれば、当然卓郎に触れざるを得ない。触れれば、矢印をつけることができる。楠田の口の中に、吐く息と反対方向に発現した矢印は、楠田に”吸う”ことを強制する。


「呼吸ってのは吸って吐いてがセットなんだ。吸ってるだけじゃ、体に毒だぜ。」


楠田が気を失って倒れる瞬間、懐から無数のたたまれた風船が飛び出した。マスターの失神により、能力は強制的に解除される。自転車やタイヤストッパーだけではない。貴金属の塊や車など、楠田がこの能力で盗んだものがすべて元に戻り、彼の体めがけて降り注ぐ!


「楠田ぁ。お前、こんなに盗んでたのかよぉ。欲望にとらわれて、全く不自由な奴だ。しかし、もう二度と、誰も死なせない!誰もいなかったことになんてならない!ヒートウェイブ!」


卓郎は二本の矢印で平面を定義して落下物を受け止め、残りの一本で下から支えた。


「さっき自転車を防げなかったときに学習したんだ。よかったな、楠田、僕に自転車を降らせておいて。」




 楠田陸の命に別状はなかった。卓郎は、元に戻った品々の中に、以前天童がしていたのと似た面があるのを見つけた。天童が怒りを表す般若の面なら、楠田のそれは欲望に身を焦がす亡者の面とも呼ぶべきものであった。もっとも、以前と同じく、目を離したすきに面は消えてしまった。楠田の自宅からは、無数の風船が見つかり、そのほとんどが高価な品や現金だった。楠田は亡者の面に突き動かされ、様々な場所に侵入して盗みを働いていたようだ。本来は警備隊に引き渡すべきところを、密葉が謎の手腕を発揮し、すべて返還し、使用した分は弁償する形で無罪放免となった。


「しかし、東条さん、ありがとうございました。インカムが壊れたんで、攻撃を受ける前提の作戦に変更したんですが、まさか視線を誘導して楠田の居場所を教えてくれるなんて。」


「すごいでしょ!?いいんだよ私のこともっと褒めても!サッちゃんって呼んでいーんだよ!」


「ほんとうだよ、卓郎。あの時俺がお前の頭にさしてたら矢印の効果が出る前に即死だったぜ。」


「ほんとだよね、リッ君!もっと言ってやってよ!」


「・・・って、楠田、お前、何でここにいんの?」


「いやー、よく覚えてないけどさ、現場に残した俺の唾液から俺の居場所をストーキングした変質者さんの顔を拝んでやろうと思ったんだけど、咲ちゃん意外にいい子だわ。話が分かるわ!」


「いや、お前がサッちゃん呼びするのかよ。」


「いやー私も、女子更衣室丸ごとお持ち帰りする変態野郎なんて生理的に無理だと思ってたけど、話してみるとリッ君意外といいやつだわ。これからも好きな時に遊び来なよ。ゲームならいくらでもやらせてやるからさ!」


なぜか、東条と楠田は意気投合した。




能力紹介


・アバター名:雲は流れて(クラウド フロウズ)


  能力  :肺に宿るアバター。息を吹き込まれたものは何でも風船のようになる。同時に何個でも風船にできる。空気を抜けば、平坦なゴム状にして携帯できる。マスターが解除した時、あるいは風船が割れたときに風船化が解除される。風船が割れると、もともとの物も粉々になる。特殊な針で刺して穴をあけることで、どんな物質にでも息を吹き込める。


  マスター:楠田陸

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