第二話 円滑なる蛮行
昨夜の騒動から一夜がたった。無我夢中でよく覚えていないが、どうやら昨日は逃げるように部屋に戻ってきたようだ。燃えていたやつの名前は「天童アクト」。同じ学園都市の学生で、年齢も同じ17歳だった。なぜわかったかというと、やつが昨日投げつけてきたカードが、彼の身分証だったからだ。朝起きるとなぜかどこかに消えてしまっていたが(そういえば、昨日天童が身に着けていた奇妙な面。あれも消えてしまっていた)、とにかく身元は分かった。天童は死んでいた。卓郎の矢印は、天童の左胸を射抜いていたのだ。正直、燃えながら暴れていた時点で生きていたのかはわからないが、卓郎がとどめを刺したことは間違いなさそうだった。そう思うと、急に昨日のことが現実味を帯びてきた。人を殺した、ということがである。昨日は不思議な空気にあてられて、あまり気にならなかったが、よく考えると大変なことをしてしまった。たとえ殺されそうになっての正当防衛とはいえ、罪悪感はぬぐえなかった。彼にも、友人や大切な人がいたのかもしれない。せめて、彼の関係者を探し、正直に事の次第を話すべきだろう。許してもらえるとは思えないが、それが最低限の誠意というものだ。
いつもより少し早く学園についた。明確な目的をもって学園に来るのは、初めてかもしれない。最も、決して気分の良い目的ではないが。卓郎は、天童の情報を得るべく、教授棟にむかった。ここは、教員たちのための場所であり、一階の生徒窓口以外は学生は立ち入り禁止である。窓口の人工知能に声をかける。
「平卓郎です。忘れ物を拾ったので、学生を検索して持ち主を探したいのですが。」
「ドナタヲケンサクシマスカ。」
「天童アクト。17歳。」
しばらくの間の後、意外な答えが返ってきた。
「ケンサクシマシタガ、ミツカリマセン。」
見つからない?そんなはずはない。確かに昨晩、身分証を確認したのだ。
だが、何度検索しても、天童アクトなる人間はこの学園に在籍していなかった。
その後、卓郎はできる限りの捜索をした。足を棒にして学生たちに聞いて回ったし、警備隊へも行って住民票を検索してもらった。警備隊へ行くと、自分と天童とのかかわりを聞かれそうでひやひやしたが、答えは生徒窓口と同じだった。わからないことが多すぎた。普段こんなに頭を使わないので、卓郎は疲労困憊して部屋に戻った。
部屋に戻った時、卓郎は目を疑った。玄関を入ってすぐのところに、女が立っていたのだ。白いワンピースを着た、長髪で、長身の女性。卓郎はこういう時、どう反応すればよいかわからなかった。この部屋は指紋認証システムで、卓郎本人にしか開けられないはずだ。この女はどうやって入ったのだ?こいつの目的は?昨日の一件との関連は?次々に浮かんでくる疑問に、彼の脳みそが悲鳴を上げた、その時。女は笑みを浮かべながらこちらへ歩いてきた。まるで、何年もともにすごした親しい人を迎えるときのように。自然に、堂々と。そして、卓郎の胸に手を伸ばした。そして、その手は、卓郎の胸を通り抜けて、向こう側にある玄関の内カギをロックした。あまりに自然な振る舞いに、卓郎のリアクションは数秒遅れた。
やっと口を開こうとしたその時、女のほうから口火を切った。
「私は今から、あなたに質問をする。理解できていると思うけど、あなたの小さな心臓は、今、私の掌の上にある。返答次第では、このまま腕で貫くことも、膿の出かけたニキビみたいにプチっとつぶすこともできる。」
世間話でもするようなトーンで、何とも物騒なことをいう。
「それでは質問。あなたは、天童アクトを知っている?」
「・・・。」
「答えはイエス?それともノー?」
CAが客に機内食の好みを尋ねるように、柔らかく。
「イエスだ。天童アクトは、昨日、僕が殺した。」
そんな彼女の口調につられたのか、するりと本当のことを言ってしまう。
隠し立てすべきだったろうか?いや、こちらにやましいところがない以上、隠し立てすることはない。
「それでは、次。あなたは、”アバター”を知っている?今、私の腕があなたを貫通しているみたいな、不思議な能力のことを。」
「イエスだ。」
「素直なんだね。じゃあ最後の質問。」
声色が少し変わる。真剣に、まっすぐに、卓郎を射抜くような視線を向けてくる。
「あなたは、私に、敵意がある?」
「ノーだ。」
重たい沈黙。
「嘘ね。私、うそつきはわかるんだ。それじゃあさようなら。」
女の掌が、卓郎の心臓に触れる。
ゆっくりと、ちからが、こもっていく。
次の瞬間、女は手を卓郎の胸から抜いた。あわてて胸のあたりを触ってみるが、穴が開いているどころか、一滴の血も出ていない。
「OK。信じるわ。ずっと腕で心臓の拍動を感じていたけど、一切乱れなかった。嘘をついていない証拠。とはいえ・・・」
女は面白くてしょうがないといった顔で。
「たとえ本当のことしか言ってなくても、心臓つぶされそうになったら、普通少しくらい動揺するんじゃない?開き直りすぎてて逆に怖いわ。」
そういって、吹き出してしまった。ずいぶんと大きな笑い声だ。見た目からおしとやかな感じかと思ったのだが、どうもそういうわけでもないらしい。
女は、金川密葉、となのった。卓郎は、事の顛末をすべて密葉に話した。話していて、何も隠し立てせずにぺらぺらと話している自分に驚いた。急にいろんなことが起きて、独りで抱え込めなかったのか、はたまた密葉の雰囲気がそうさせるのか。そして、数ある謎の中で、最も引っかかっていたことを尋ねた。天童アクトは実在するのか。いるとすれば、なぜどこにもその痕跡がないのか、である。それまでニコニコして話を聞いていた蜜葉は急に真剣な表情になって、こういった。
「消えるのよ。原因はわからない。でも、この学園都市において、死亡した人間やここから出た人間は、公式の記録からも、人々の記憶からも、何らかの方法で抹消されるの。私達みたいに、不思議な力のある人には記憶が残るけど。」
謎が一つ解けた。なぜ、天童の身分証が一晩にして消えたのか。卓郎がなくしたのではない。何らかの力で、身分証が、もっといえば天童アクトという人間の存在そのものが消されてしまったのだ。とはいえ、疑問が解消してスッキリ、というわけにはいかなかった。密葉の答えを聞いて、卓郎は、自分の感情が急激に高まるのを感じた。気が付くと、彼は、涙を流していた。震えながら、泣いていた。彼は自分の感情をかみしめてから、ゆっくりと言語化した。
「僕は最初、天童の友人たちに殴られる気でいたんだ。よくもやってくれたな、あいつを返せよって、そういってくれるやつが天童にはいて、僕がそいつに殴られて。それが、あいつに対するせめてもの慰めだと思ったんだ。でも、それすらかなわないのか。天童のことだけじゃない、僕は昨日まで、能力を持っていなかった。それはつまり、僕は、親しかったはずのやつを亡くしていて、しかもそいつのことを忘れてしまっているかもしれないのか。」
確かに卓郎は、これまでの17年の人生の中で、知人が死んだという経験を持たなかった。しかしそれは、友人たちが皆若いからだとおもっていた。しかし、そうではないかもしれない。大切な誰かが、昨日の天童のように苦しみながら死んで、そいつのことを自身も忘れていたのかもしれない。命のみならず、存在すら抹消するなんて。むごい。あまりにむごすぎる。
密葉は、言葉を絞り出すようにする卓郎をしばらく見つめていたが、意を決したように切り出した。
「私とアクトは、この現象の謎を究明しようとする仲間だった。話を聞く限り、アクトはその途中で何者かにやられて、力を制御できなくなった可能性が高い。」
やや間があって。
「平卓郎君。君も、私たちの仲間にならない?」
そう、言った。
卓郎は耳を疑った。仮にも、天童を殺したのは卓郎なのだ。その彼を無罪放免とするどころか、仲間に引き入れるなど。もし自分が実は、敵(その実態は全くつかめないが)の一味であったら、どうするのか。そんな反論に密葉は平然と答える。
「女の勘ってやつ。それに・・・。」
とびきり優しく微笑んで。
「仮にも自分を殺そうとした相手のために泣ける人を疑るほど、私も利口じゃないから。」
密葉たちの集合場所につくまでの間、卓郎は彼女から様々なことを教わった。学園都市には彼のように特殊能力を持つものが不特定多数存在すること。先日の一斉送信メール以降、その人数が増えているらしいこと。チームメンバーはこの能力を”アバター”と呼ぶこと。アバターは精神やイメージの力であることなど。どうしてアバターと呼ぶのか、と尋ねると、密葉はこう答えた。
「能力が発現することで、性格が変わる人が多いんだよね。本来の性格に還るっていうべきかな。元の自分とは少し違う、もう一人の自分。だから、アバター。」
なるほど、卓郎にも思い当たる節があった。
連れてこられた場所は体育館。学園の施設の一つだ。卓郎も友人らとたまに利用することがある。更衣室Eの53番ロッカー。そこを開けて、かけられた5つのハンガーのうち、一番右と真ん中を入れ替えて、貼り付けられた写真を360度回転させると、ロッカーの底がスライドして、地下への階段が現れた。階段自体はあまり長くない。50段もないくらいだ。扉には、卓郎の部屋にあるような指紋認証装置があり、密葉が指をかざすと扉があく。
「ちょうどみんな揃ってるから。おーいみんなー!新入りさんだよ!」
室内にいたのは三人。一人は背の低い、15歳くらいの女性。もこもこした上着にくるまっており、片手にはテディベアを持っている。二人目は卓郎と同じくらいの女性。何やら液晶が何枚もあるハイテク装備の机の前で、ゲーミングチェアにもたれている。黒い布で目を隠しているのが特徴的だ。最後は筋骨隆々の男性。部屋の隅に腰掛け、仏頂面でダンベルを上げ下げしている。スキンヘッドで険しい表情をしており、年齢はわからない。三人の意識が一斉に卓郎にむけられる。
「はじめまして、このたびこちらに・・・。」
言い終わらないうちに。
「ギャアァァァァァ!!」と小さい方の女の子が悲鳴を上げた。と、おもうと、卓郎の横にいた密葉の体が謎の力で引っ張られ、女の子に密着した。
「みっちゃん、こ、こ、こ、こいつだれぇぇぇぇ!!こいつのほうがいいの!?もうのーちゃんはいらないの!?」と泣き叫ぶ。
「違う違う。この人は新しいメンバーさんの平卓郎くん。ほらアクトが行方不明になった件で咲ちゃんに調べてもらってたでしょ。そのひと!」
慣れた様子で、あやす密葉。
「卓郎君、紹介するね。この小さい子が嬉野ちゃん。で、パソコンの前の子が東条咲ちゃんで、隅の男の人が塵芥次郎君。ちょっと変わってるけどいい人たちだから、仲良くね。」
そういうと、密葉は、まだごねている嬉野をあやしにかかる。どういう関係なのだろうか。見当もつかない。隅の男性、塵芥次郎はもはやこちらに目もくれず、筋トレに専念している。目隠しの女性、東条咲の方に目をやろうとすると。
「え、まじー。新メンバー?やばくなーい?て、いうか、この人探したの私なの、すごくない!?ねぇねぇ新入り君・・じゃないや卓郎くんだっけ?たっくんって呼んでいーい?えーなんかハズイ!!」
めちゃくちゃ多弁だった。といっても、本人の口は動いておらず、熱心にキーボードをたたいている。それに応じて人工音声が話しているようだ。ボイスロイドの声に質問攻めにされながら、前途を思うと、ため息をつきたくなる卓郎であった。
能力紹介
・アバター名:円滑なる蛮行
能力 :触れたものを透明にできる。一度に一つしか透明にできない。透明になったものは、マスター以外には見えなくなり、ものがぶつかってもすり抜けるようになる。
マスター:金川密葉
・アバター名:粘着質な慕情
能力 :マスターが合図をすると、口紅で印をつけられた者同士がひきつけあう。しるしはいくつつけてもよい
マスター:嬉野
・アバター名:自己満足の鎖
能力 :右腕に命令が書き込まれる。それを守っている限り、すべての身体能力が飛躍的に上昇する。命令に逆らうと、貧血状態となり気絶する
マスター:塵芥次郎
・アバター名:追跡する視線
能力 :両目に宿る能力。対象の視覚を支配し、本人が見ているものを傍受したり対象の目線を勝手に動かしたりできる。対象と目を合わせたものに乗り移ってどこまでも行ける。血液など、ターゲットの遺伝子情報を示すものがあれば、特定のターゲットを自動的に追跡する。非生物であっても、カメラなどレンズのあるものであれば対象にできる