第一話 俺は紅
有り余る厨二妄想を抑えきれず、書きなぐった小説もどきです。既存の漫画からの影響をたた受けていると思いますが、生暖かい目で見守っていただけると幸いです。
月が輝いていた。何の変哲もない、平和な、ありふれた夜だった。そんな中、ある男だけが、緊張した面持ちで、ディスプレイをにらんでいた。男は迷っていた。送信キーを押すだけで、すべてが始まってしまう。一度始めてしまえば、もう止めることはできない。今、この手を止めて、すべてなかったことにして、ほかのみなと同じ平和な夜を享受できたらどんなに良いだろう。それでも。彼は送信キーを押した。いかなる犠牲を払っても成し遂げると、そう誓ったはずなのだ。とあるメールが、学園都市に住むすべての若者たちのもとへ届けられた。歯車は回りだしたのだ。月は、依然光を放っていた。静かな夜だった。しかし、それも今夜が最後だろう。
朝7時30分。けたたましくなる目覚ましの音が、平卓郎を夢の世界から引きはがした。手探りで音を止めた後、彼はのっそりと起き上がる。朝特有の空気感、窓から差し込むほのかな朝日。生まれて17年、うんざりするほど経験してきたいつもの朝だった。狭い部屋には卓郎一人。起こしてくれる人などいたこともない。顔を洗い、身だしなみを整え、朝食を軽く済ませ、カバンをもって家を出る。ありふれた、いつも通りの所作をこなす。学園の始業時刻は8時。限界まで睡眠をとることにしている卓郎は、幸か不幸か、昨晩届いた不穏なメールの存在には気付かなかった。
学園都市。住民約5万人のうち、8割が学生である。子供たちは物心ついた時からここで暮らし、成人を迎えると都市の外へ旅立っていく。彼らは外の世界について何も知らない。知る必要がないからだ。成人になれば、おのずとわかる。そう、ずっと言い聞かせられてきた。卓郎もまた、例にもれず、そういった平均的な青年であった。
午前7時57分。卓郎は校門に滑り込んだ。どうやら今日も始業に間に合ったようだ。とはいっても、何かすることがあるわけでもない。学園都市には決められたカリキュラムが存在しない。座学の講義は自由参加だし、特別な行事もない。学生たちに求められているのは一つ、始業から終業までの間、学園の敷地内で過ごすことだけである。そのため、学生たちは、クラブ活動に打ち込んだり、友人との会話に興じたりと思い思いの過ごし方をしている。卓郎は普段、適当な友人と運動をしたり、図書館で読書をしたりして過ごす。今日は知り合いが見当たらないので、読書でもして過ごすことにした。のどかな日の光、ほかの学生たちの声。生まれてから17年、日数にして6000日以上、ずっと繰り返してきた平凡な日々。今日もそれらと何の変りもなく、和やかに過ぎていった。
午後19時。終業の時刻である。卓郎は読書を切り上げて、街へ散歩に出た。学園都市は、その中心に学校設備があり、それを取り囲むようにして様々な店が立ち並ぶエリアがある。学生たちはここを、街と呼び、憩いの場としていた。いかに平和であっても、毎日同じ日々の繰り返しでは飽きが来る。街は、無味乾燥な日々に刺激を与えてくれる、学生たちのオアシスだった。適当な店で食事を終えて外に出ると、月が妙に明るく輝いていた。赤味がかった、少し不安になるような輝きである。月が山のてっぺんに重なるようになって、すこし神秘的でさえあった。卓郎は、なにかに引き寄せられるように、山の方へ歩き出した。
歩いている途中、数人の集団とすれ違った。彼らの話題は、今日ちらほらと噂になっていた「緊急一斉メール」のことだった。
「本当に来てたんだって。緊急一斉メール。不気味でまだ読んでないんだけどさ。こんなこと、これまでなかったよな。」
「いや、だからさ、来てないんだよそんなメール。ほら、メールホルダー見せるから、確認してくれよ。」
「確かに来てないな。削除済みフォルダにもない。でも、お前に届いてないんならさ、全然”一斉”メールじゃないよな。」
卓郎は、そのメールの存在を知っていた。昼間、読書の息抜きに学園から配布されたタブレットを眺めていた際に、メールフォルダに入っていた。中身は奇妙なURLのみ。気味が悪かったが、学園からのメールであるし、万が一何かやばいウイルスにかかったとしても、学園に別なものを用意してもらえばいい。ほんの無聊しのぎにと、卓郎はそのリンクの示すページに飛んだ。飛ばされた先は、見慣れた学園のホームページだった。学生たちには個別の担任教員が存在しないため、学園からの連絡は基本、ホームページの掲示板に書き込まれるのだ。どうせホームページに飛ばすなら、メールなんて変わった手段をとらず、いつものようにここに書き込めばいいのに。そう思いながら学籍番号を打ち込んでログインしようとしたとき、奇妙なことが起こった。画面に触れていないのに、勝手に画面が進み、自分の名前と学籍番号が入力されてしまったのだ。そして不気味な文言が表示された。
「平卓郎 適合」
次の瞬間には、そのウィンドウは消えて、いつも通りのホームページに戻っていた。卓郎は、気味の悪さからか、一瞬、心臓をわしづかみにされるような感覚に襲われた。が、それもほんの一瞬のことで、すぐ元に戻った。ウイルスに感染したのかもといろいろ操作してみたが、目立った不調はない。今度念のため新しいものにけてもらおうかなと考えて、それっきりになっていた。卓郎は、彼らの会話からそのことを思い出した。けれど、山と月の醸し出す非日常的な雰囲気に魅了されて、すぐに忘れた。
学園都市には、自然というものがほとんどない。唯一、北東の方角に一峰の山がそびえている。とはいってもそれほど高いものではなく、山道もきちんと整備されているので危険ではない。もっとも若い学生たちはみな、放課後の時間を街で過ごすことを好み、わざわざ山を訪れるもの好きは少ない。そして卓郎は、定期的に山まで足を延ばすもの好きであった。中腹の広場につくと、案の定誰もいなかった。ベンチに腰掛けて、高く昇った月を見上げる。月は、どことなく物憂げな空気感を作り出す。こんな平穏で、ありきたりな日々をいつまで繰り返すのだろう。そもそも自分はいつからここにいるのだろう。自分は何のために生まれてきたのだろう。普段はめったに考えないそんな疑問が、今日はなぜか浮かんでくる。何とも変わった夜だった。
赤々とした月に呼応するかのように、突如、耳をつんざくような叫び声が聞こえた。一度だけではない。唸り声と叫び声が、かわるがわる聞こえてくる。決して気持ちのいいものではない。学園都市の治安は基本的に良いとはいえ、やはり夜の山には怪しい人間でもいるのだろうか。触らぬ神に祟りなし。ここは早めに退散した方がいい。卓郎は、街の方へ戻りかけたが、次の瞬間、その逆、山頂の方へ向けて駆け出していた。理由は明白。視界の端に、紫がかった炎のようなものを見たからである。なんでもなければそれでいい。おそらく若者数人が山頂でバーベキューでもしているのだろう。この奇声も、今日の乗りすぎた彼らが思わず叫んでいるだけだろう。九分九厘間違いない。しかし、万が一不審火であれば事だ。火は瞬く間に燃え広がり、学園都市唯一の緑を焼き尽くすかもしれない。卓郎は、状況を確認し、必要であれば消火隊を呼ぼうと思った。
卓郎の悪い予感は的中した。山頂付近では、いたるところに紫の火が燃え盛っていた。卓郎は電話で消火隊を要請すると、とりあえず近くにあったバケツに水を汲んで、周囲にばらまいた。早く避難した方がいいのだろうが、消火隊がここまで来るのには時間がかかる。それまで、少しでも火を食い止めたいと思ったのだ。炎に水をかけた次の瞬間、卓郎は驚いた。火が全く消えない。むしろ強まったようだ。確かにバケツ1杯だけの、取るに足らない量の水だが、これほどまでに効果がないものだろうか。二度、三度同じところに水をかけてもやはり同じ。炎は水をかけられたことでにむしろより激しく燃え盛っている。さらには、燃えているはずの樹木や草花は、まるで何事もないかのように平然としていて一向に燃え尽きる様子がない。確かに熱いのに。確かに燃えているのに。唖然としたその時、卓郎は今度は心の底から恐怖した。10mほど先に、人影がある。それはいい。問題はその影が、どう見ても燃え盛っているということ。そして、そいつがこちらに向けて、あの奇声を上げながら走ってくるということだった。恐怖。わけのわからない者が背後から迫っているという恐怖。周りに誰も助けがいないという恐怖。卓郎の心のうちは、生まれて初めて、どす黒い恐怖で埋め尽くされた。彼は、無我夢中で駆け出した。
駆けた。只々駆けた。気付くと中腹の広場に戻ってきていた。消火隊はまだ来ない。整備されているとはいえ、それなりに険しい山道を駆け下りてきたために、卓郎の足は極度に疲労していた。そして奇妙なことに、その疲労感が、卓郎を少しだけ冷静にさせた。あれは確かに人だった。人が燃えていた。彼がここで叫び声を聞いてから今まで20分近くたっている。普通、人間が燃えたとして、その人はどれくらい生きていられるだろう。焼死する人間など見たことはないが、1分と持たないのではないか。振り返ると、まだあの不気味な声がする。おかしいではないか。不合理だ。ちっぽけな人間ごときが、20分以上も燃えていて、尚生きているなど、そんなことが許されるか。よくよく思い出すとおかしな点はほかにもある。なぜ水をかけても消えないのか。なぜ木々や草花が燃え尽きないのか。恐怖がマヒしてきたのか、卓郎は何とも意味不明な考えを持った。あの炎の正体を確かめてやろう。理解し、納得することは、自身の尊厳に直結する。わけのわからないまま逃げるなど、一生の汚点である。同時にこの愚かな勇者は、自分を客観視して、自らの無謀さに驚いた。自分にこんな一面があるのを、今の今まで知らなかった。本当に今日は妙な夜だった。
卓郎は、広場にある小屋の中に入ると、息を殺し、窓から外を見た。ちょうど燃えたやつが広場まで下りてきたところだった。やつは頭を抱えたり、倒れたり、断末魔を上げたりと明らかに懊悩していた。やはり炎は本物だ。やつは生きたまま焼かれているのだ。さらに不気味なのは、やつの顔に、能で用いる般若の面のような、すさまじい形相の仮面が張り付いていることだった。やつが仮面をつけている、のではなく、仮面がやつに張り付いている。なぜかそう見えた。あの紫の炎が、どこまで燃え広がったかを確認しようと少し身を乗り出したとき、やつがこっちを見た。次の瞬間、やつは胸元からカードのようなものを取り出すと、それを勢いよく、まるで合唱するように両手で挟むと、こちらに投げつけてきた。カードが壁に突き刺さった次の瞬間、小屋が燃え始めた。カードは燃えていたのだ。この炎はやつが出しているのか?やつはなぜ自分の炎に自分で焼かれているのか?そんな疑問はすぐに掻き消えた。卓郎が小屋から転がり出た瞬間、小屋の壁に立てかけられていた梯子が、紫に燃え上がりながら、卓郎の方へ倒れこんできたのだ。万事休す。卓郎は思わず目をつぶった。
今日は奇妙なものばかり見ている。不思議なメール、赤い月、消えない炎、燃え続ける男。だが、次の瞬間に起こった出来事は、それらに負けず劣らず奇妙だった。卓郎の方へ倒れこんできた梯子は、まるで突かれでもしたように、卓郎と反対の方向へ吹き飛ばされた。卓郎が押したのではない。であれば、腕がすでに燃えているはずだ。そこにあったのは矢印だった。暗い夜に不似合いな赤い矢印が、浮かんでいた。その指す方向は、梯子の飛んだ方と同じである。エネルギーを持つ矢印!卓郎はなぜか、それが自分の力だということを理解していた。背後に殺気を感じてぱっと飛びのく。すぐ後ろに燃えている奴がたっていた。すっかり距離を縮められてしまった。小屋の裏に出てしまったため場所は狭く、足も重い。もう逃げられない。絶体絶命かにみえた。しかし、卓郎は逆に、やつに向かって駆け出した。そして、やつにぶつかる寸前で、地面を思い切りけった。再び矢印が、今度は下方向に飛び出した。そして、ものすごい力で彼を上に押し上げた。ゆうに5メートルは飛んだろうか。卓郎は今度は上向きに、少し小さめの矢印を出した。落下の衝撃は弱められ、無事に地面に着地した。
毒を食らわば皿までという。こんな妙な夜にうろうろしていたのが運の尽き。中途半端が一番よくない。卓郎は、こいつを鎮圧してやろうと決心した。その蛮勇にも似た勇気は、昨日までの彼にはおよそ似つかわしくないものだった。
「さっき、山頂では、周りは植物だらけだった。小屋の裏には、木材や草花があった。だが、ここなら!この場所なら!炎の燃える余地などないはずだよなぁ!」
卓郎が着地したのは広場のど真ん中、石畳の上だった!石の主成分はケイ素、鉄、アルミニウムなどの酸化物!可燃物質ではない!炎は既に山の中腹まで下りてきていた。しかし、ここだけは燃えていない!それでもやつは突進してきた。そして走りながら、小さな石コロをひろうと、さっきカード上の何かをそうしたように、両手で挟み込み、投げつけてきた。石コロは燃えている!この炎は石も燃やせるのだ!
しかし!卓郎は依然として冷静だった。
「この僕はさっきから、お前の出す紫の炎について、ずっと考えていたんだぜ。消えないし、燃え尽きない、そのへんてこな炎についてさ。予想しないと思うのか、石が燃えにくいだけで、直接火種を投げつけたらなら燃えちまうかもしれないことを。」
そして、石の飛んでくる方をゆっくりと指さして
「お前の武器が炎なら、僕の武器はこれだ!!」
特大の矢印を発現させた。石を投げた力と矢印が正面からぶつかり合う。矢印の力が勝り、燃えた石は、やつの方へと向きを変え、銃弾のように、
「深紅の矢印!今日からこいつを『俺は紅』と呼ぶ!」
やつの胸を貫いた!
訪れたのは沈黙だった。重苦しい時間の中で、やつはゆっくりと、地面に倒れた。先ほどまで山を包んでいた炎は嘘のように消え、いつもの静かな姿を取り戻していた。燃えていたやつの胸からは、深紅の血潮が流れ出していた。月は依然として、赤く燃え上がっていた。
能力紹介
・アバター名:俺は紅
能力 :パワーのある矢印を出す。矢印はその方向に向けてパワーを放出する。 一度に出せるのは3本まで
マスター :平卓郎
・アバター名:紫電の焔
能力 :両手で挟み込んだものは何であろうと燃える。炎はマスターが解除するまで何をしても消えず、燃えている物体が燃え尽きることはない。
マスター :天童アクト