もぐらはうたう、そらをもとめて
彼女はぼくらのヒロインだった。歌姫は今日ものびやかに歌う。ギターやキーボードが華麗なフレーズを奏で、彼女の歌に華を添え、ベースが彼らの音を音で支え、ドラムのぼくは彼らすべてを包み込む。ばらばらな個性を僕の無個性かつ正確なドラムでまとめ上げる。運動部上がりの体力がこんなところで活かされるとは思ってもみなかった。ハードル走で僕を跳躍させていた足はバスドラムを踏むのにぴったりだった。ひたすらに一定のリズムを刻む心地よさ。全体を支える達成感。陸上をやっていた時では考えられないような充実感を得ていた。あの子はステップなんか踏みながらぼくらの歌姫であり続けている。オタサーの姫だとかなんとか言われてるけれど、僕らはあの子の騎士なんかじゃない。各パート才能の塊である。僕を除けば。僕は彼女の幼馴染であるということしかここにいる意味がなかった。少し前まではいつも一人で静かに本なんかを読んでいた。友達が欲しいと嘆いていた。彼女の才能を彼らが掬い上げてくれたことには感謝してもしきれない。
歌が歌いたいわけではなかった。歌はそれなりに好きだけれども、バンドを組んでまでやりたいというわけではなかった。友達が欲しい、という私のぼやきにあの人なりに応えてくれたことが嬉しかった。そして何よりも、陸上ができなくなってから元気のない彼を元気づけることができてとても嬉しかった。このバンドが、私のひだまり。認められているからこそここでみんな一緒にいることができる。私は今とても幸せだ。
Accera(公認音楽団体コード1523)、及びボーカル・観月さやについての調査報告書。
WW3の戦火により地上から追い出された我々にとって、国民のメンタルケアは急務である。そこで、我々がある程度選考の上専用の軽音楽室を与えた音楽家たちを今のような本人たちのクリエイティビティまかせの方法ではなく、もっと聴衆である人々のことを考えて最適化された方法にしようと考えた。音楽家の中にはバンド基準で選んだがために演奏家としての能力があまり高いとは言えないものも混ざってはいたが、この報告書で対象とされるバンドに関してはそのような演奏家はメンバー内には存在しなかった。だからといってそのまま存続させるというわけではない。ボーカルである観月さやの才能ゆえである。ここで私から提案がある。このバンドだけでなく我々の登録上にある公認音楽家及びバンドすべての再編である。ソロの音楽家もバンドも関係なく各々の適正に応じて再編する。これにより、人々に提供される音楽の質も無駄なく向上されるであろう。以上で報告を終了する。
ぼくらは離れ離れになった。管理官たちが決めた音楽家の再編という奴だ。僕とさやが同じバンドに再編されたことを、ほかのメンバーに妬まれて仲間との再会は望めなくなった。一人でただもくもくとハードルを越えていたあの日々が、どうしようもなく恋しい。自由が欲しい。当たり前だったことが奪われていく。バンドでの僕らの活躍により少し広くなった僕の部屋は空っぽの心のようだった。
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