藁人形は少女と笑う
短編書きました。苦手なんですよ…短編。
お気に召すと大変喜びます。
人から忘れ去られたモノはどうなると思う?
人の記憶から消え、誰かに思い出されることもなく彷徨い続ける。こんな恐ろしいことが他にあるだろうか。
俺は今まで多くの”忘れモノ”を見てきた。時代は変わっても人は変わらない。人は忘れる。これだけは変えられない。
周りの景色がすべて影になった忘却世界で一人延々と座って、彷徨って、力尽きてまた座る。を繰り返してきた。
「失礼ですがあなたは…?」
突然俺に声をかけるモノがいた。
「俺か。俺はっ…」
声をかけられたと同時に過去の記憶が濁流のように溢れてきた。
思えば俺はいつから忘れられたのだろうか。いつから”忘れモノ”になったのだろうか。もうそれも、忘れた。気付いたときにはなっていたのだから。
俺は一人の少女に大切にされていた藁人形。忘れられてからかれこれ三百年。いや、捨てられてからと言うべきだろう。
俺の持ち主の名前は凛。もともと体が弱く村唯一の女の子だった凛は一緒に遊ぶ友達がいなかった。見かねた両親は凛の十歳の誕生日、友達代わりにと俺を凛に贈った。
贈られたその日から凜は毎日毎日俺に話しかけた。
「藁彦様、今日はいい天気ね。お父様もお母様も畑仕事に行っちゃった。私も一緒に手伝えられたらな…」
凜は俺に藁彦と名付けた。俺は返事をすることはなかったが凜はいつも楽しそうに話しかけてくれた。俺はそんな凜が気に入っていた。
「藁彦様、藁彦様。私お医者様からお散歩の許可が出たの。一緒に出掛けましょう」
俺が返事をすることは無かったがそれでも凜は俺と話しかけ出会った頃と比べるとよく笑うようになった。ただの藁人形が一人の人間をここまで変えたと思うと俺はそばに居るだけで満たされた。
だが、幸せな時は短く、突然終わった。
「ゴホッ、ゴホッ。藁彦様、私のこの咳、お医者様はきっと良くなるって仰っていたけどほんとかしら」
凛のそばに居始めて三年。よく咳をするようになった。村の医者が言うにはどうやら隣村では肺炎が蔓延しているらしい。
それが散歩に行った時凜にうつったのではないかと家族は凜を諦めていた。
流行り病になっただけで娘の命を諦めるには余りにも酷に聞こえるかもしれない。だが家族は限界だった。畑仕事だけでは満足のいく稼ぎを得られず、凜に飲ませる薬を買う金が用意出来ないのだ。
その晩両親たちが泣きながら肩を寄せ合うのを見た。ただただ「凜、ごめんね」と誰に向けたわけでもない言葉を言い続けていた。
その日以来俺が凛の姿を見ることは無くなった。凜が居なくなったと同時に俺の体にも異変が起きていた。なんと体が動くようになっていたのだ。最初は驚いたが、これは好都合とばかりに俺は凜を探し歩いた。
いつも凜が寝ていた部屋にも、一緒に村の景色を見た縁側にも、歩いた散歩道にも居ない。途中村の人間がこそこそと話しをしている声が聞こえた。
「凜ちゃん、江戸まで売られていったんですってねぇ。可哀想に」
「あら、私は江戸のたいそう大きなお屋敷に引き取られたって聞きましたけど」
たただのうわさ好きの女の世間話かもしれない。だがこれはいいことを聞いた。噂話とはいえ具体的な地名が出ることはそれなりの根拠があるはずだ。
そうだ。俺が目指すべきは江戸だ。
そう決めたとたん俺は引き寄せられるように歩き続けた。
藁人形の体とはいえたどり着けるはず。
一体幾月幾年の時が経っただろうか。江戸へとたどり着いた。藁の体はところどころ千切れ、枯れ草色の体は黒ずんだ茶色になってしまった。
「着いたぞ…江戸だ。凜、どこだ」
体は満身創痍。気力だけで歩いたが凜が何処にいるのか全く見当がつかない。
「少し休もう、手がかりを探そう。」
路地を抜け一目につかないところで壁にもたれるように座った。だんだんと意識が遠のいていくのがわかる。それに抵抗できないまま俺の意識は落ちていった。
「…ん。なんだこれは」
再び意識が戻った時俺が見た景色は見たこともないものだった。土の上で寝ていたはずなのに石のようなところに座っている。もたれかかった土壁だった筈のものはひんやりと冷たい。建物は俺の体よりはるかに高く空まで伸びている様だ。そしてどの物体も薄暗く、影のような印象を受けた。
そうして暗いくらい世界を歩き続けた。途中いくつか色のついたモノを見た。彼らは共通して人に忘れられた。と言う。ここに居るモノはみんな忘れ去られたモノ達だと。
つまり俺も忘れられたモノ。凜からも忘れられた。ただの藁人形。そう考えるだけで力が抜けていった。
そうして今ここに座っている。
「失礼ですがあなたは…?」
そう声をかけられるまでは。
「俺か。俺はっ…」
声色、顔の面影、そして何より微笑み。俺との毎日で取り戻したあの日の微笑み。
「「藁彦」様」
一体何年ぶりにその名前を聞いただろうか。でもどうしてここに凜が。言葉が出ない俺は凛の顔を見ることしかできない。
「ふふっ。藁彦様。凜がお迎えに来ましたよ。私は村から引き連れられ江戸に来ました。当初売られる予定でしたが、村のお医者様のお計らいで良いお医者様のもとで治療を受けたのです。でも私は死んでしまいました。死んだ後、お父様もお母様も亡くなり、私は忘れ去られて成仏するはずだったのですがどうしても藁彦様が忘れられず探していたのです」
あぁ、そうか。凜は俺のことを忘れてはいなかった。ただ死んだから思い出せなくなっていただけだったのだ。
「藁彦様。わざわざ江戸まで歩いてくださったのですね。もう離しません」
凜はそう言うと俺を抱き上げた。あの日のように。
「これで一緒に成仏できますね」
これからもちょこちょこ上げていければいいなと思います。
連載の更新もこれから頻度上げていければいいですね。




