頂きだらけのフングス
#書き出し祭り の第八回にて、作者当てクイズに見事正解した三色もちゃさん(@mocha_sanshiki)へのプレゼント短編です。
※三色もちゃさんの『頂きのないフングス』からインスパイアされ妄想を広げまくった作品ですが、設定は別物です。
それは幼い女の子の声だった。
『た、助けてくださいデスー!』
頭に直接響くような奇妙な声にギョッとして、男は声の主を探し、ゆっくりとあたりを見渡す。
まだ薄暗い早朝、町から遠く離れた山の中には、人影らしきものは一つも見当たらない。聞こえてくるのは、風に舞う枯れ葉が擦れる音だけだった。
(……幻聴か。このあたりの山に、幻覚系魔導を用いる魔物は生息していなかったように思うが)
男は不思議そうに首を捻り、少しずれたフードを深く被り直した。
彼の名はサイロ。先日まで王国立魔導研究所で魔物の研究をしていた男だ。しかし今は、役職という役職を全て剥がされ、無職の一文無しになってしまっている。
(目標地点も近い。先を急ごう)
『もしもーし、お兄さん聞いてるデスかー?』
(また幻聴……俺は疲れているのか)
『無視しないでくださいデスー! おーい!』
止まない幻聴に自らの正気を疑いながら、彼はこめかみをトントンと叩いて足を進めた。
サイロが研究所をクビになった理由は単純だ。権力者である貴族に対して、研究者の理屈が通用すると誤認し、真正面から歯向かってしまったからである。
昨年この国の王になった男は「美食家」を自称し、国中の美女と食糧を集めては、連日連夜に渡る豪華絢爛な宴を開いていた。
そんな中、サイロは愚かにも王城での浪費を数値化し、狩人が提供できる魔物肉の上限を理論値で弾き出して、この国の財政が早々に破綻するだろうという予測を研究所長に提出してしまったのだ。
(……結果、顔の半分を焼かれる罰を受けた。俺は本当に愚かだったのだな……。まぁ、命を取られなかっただけでも幸運だろうが)
『あのー、無視しないでくださいデス。私そろそろ泣くデスよー?』
(ふぅ……しつこい幻聴だな。腹が減りすぎて精神が参っているのか……?)
そうやって考えごとをしながら幻聴を聞き流し、サイロはひとまず目標としていた地点へ向かうことにしたのだった。
しばらく進んだところで、彼は立ち止まる。
「星が落ちたのはこの辺りだと思うが……」
『もうちょっと左デスよー』
「左……?」
『もうちょっと……あぁその角度! そのまままっすぐ進んでくださいデス!』
おかしな幻聴だが、他に手がかりがあるわけでもない。サイロはひとまず声に従って、周囲に気を配りなから慎重に前へと進んでいった。
サイロがここに来たのは、昨晩このあたりに落ちた星を見つけるためだった。大きな緑色の光と、落下した時の轟音。おそらくかなり大きな星が地上に落ちてきたものと思われる。
「どこかの研究所に高く売れるといいがな……」
『わ、私を売るデスか?』
「あぁ、金が必要なんだ。もう何日も水しか口にしていない。最近は食べ物の値上がりも酷いからな……。平民は皆、かなりの額を稼がないとマトモに食えない」
『なるほど、お腹が減っているデスね』
幻聴と会話をしながら進んでいく。
すると、目の前が突然開ける。周辺の木々は見るも無残に倒され、地表面は強い力で削り取られたかのように大きく凹んでいた。
「……ここか。星が落ちてきたのは」
そう呟きながら前方に目を向ければ、数メートル離れた地点に、何やら黒い色をした岩の塊を見つけた。直径は1メートルほどだろうか。
サイロはふぅと息を吐き、その「星の残骸」に近づいていく。
「さてと、回収するか」
『ま、待って! 私の声、聞こえてるデスよね?』
「…………あぁ。不本意ながらな」
『あの、助けてほしいデス。私、ここから身動きが取れなくて困ってたデスよ』
頭の中に聞こえているのは、やはり幻聴などではないのかもしれない。
だがサイロは、星の残骸が喋るなどといった話はこれまで耳にしたことがなかった。魔物の研究者としても、無機物に命が宿るという例は聞いたことがない。
「お前は何だ。岩の塊にしか見えないが……」
『あぅ、それは誤解デス』
「ん? この黒岩がお前なんだろう?」
『違うデス! 私はここにいるデスー!』
「は?」
サイロは顎に手を当て、岩をよく観察する。
するとその表面に、白く小さなキノコがピョコピョコと揺れているのを見つけた。大きさは小指の先ほどで、岩肌に頼りなく張り付いているように見える。
『やっと見つけてくれたデスね!』
「菌類魔物の一種か……?」
『ふんぐす……? よく分からないデスが、この白くて小さくて可憐に揺れているお姫様のような美しい姿にアナタもついうっとりと――』
頭に響く声に合わせ、白いキノコはピクピクと揺れる。その様子はどこかコミカルで、サイロは思わず吹き出しそうになりながらコクリと頷いた。
「焼けば消えるかな?」
『待つデス待つデス待つデスーッ!』
サイロが鞄の中を探り始めると、幼女の声は焦ったように早口になった。
『た、たたた助けてくれたら、お腹いっぱい食べさせてあげるデスよー! なんならその顔の火傷も治しちゃうデスよー! 色々お得デスよー!』
「少し黙っていてくれ」
『ホントにホントに火は駄目デスー、私死んじゃうデスよー、こんな可愛い子の断末魔を聞きたいデスかー? 鬼ぃ、悪魔ぁ、変質者ぁー!』
「……焼かれたいのか?」
『神ぃ、天使ぃ、聖人様ぁ! お願いデスー!』
素早い掌返しに、サイロは苦笑いを漏らす。
そして、魔導鞄からピンセットとガラス小瓶を取り出すと、白いキノコにそっと顔を寄せた。
「そんなに慌てなくても、ちゃんと助けてやる」
『うぁぁぁぁ、ありがとデス』
「菌床は何がいい?」
『や、柔らかい土と木の葉があれば取りあえず十分デス! 虫や小動物なんかの死骸があると色々と捗るデスが……!』
「あぁ、少し待っていろ」
そう言うと、サイロは小瓶の中にそのあたりの土と枯れ葉を入れた。そして、ピンセットを使って丁寧にキノコを採取すると、小瓶の中にそっと入れる。
「死骸やなんかは家に帰ったらくれてやる」
『うわぁー、すっごく優しいデスね!』
「こんな面白そうな研究対象、逃すわけないだろ」
『うひょー、ちょっと発言が怖いデスよ! そんな冗談ばっかり……えっ、なんで真顔デスか?』
「さぁ、星の残骸も一応回収して帰るか」
『早まった! 私たぶん早まったデスよ!』
騒がしいキノコを片手に持ちながら、サイロは魔導鞄に星の残骸を仕舞い込む。そして、夜通し歩いてきた眠気を吹き飛ばすように背伸びをすると、来た道を戻り始めた。
それから三ヶ月ほどが過ぎただろうか。
サイロの家の庭には、1メートルほどの高さに育った白いキノコが圧倒的な存在感を放っていた。今となっては当初の弱々しさは微塵もない。
「おはよう、ルー。調子はどうだ?」
『サイロさん! ちょうど良かったデス。少ーし表面が乾いちゃって、水分が欲しいのデスけど』
「あぁ。そう思って、持ってきたんだ」
サイロは手に持った霧吹きをシュッシュッと吹きかけてキノコの表面を湿らせる。
ルーと暮らすうちに、彼の見た目もずいぶんと変化した。空腹でガリガリになっていた頬は厚みを取り戻し、フードで隠していた火傷の痕もすっかり消えていたのだ。全てはこの白いキノコのおかげである。
キノコは自らをルーと名乗った。
そして、白い傘の表面にポコポコと色とりどりのキノコを生やすと、サイロにそれを採取するよう促したのだ。
『オレンジ色のキノコは食用デス。栄養たっぷりで腹持ちも良いデスから、たくさん採取してみんなに分けると良いデス』
『緑色のキノコは身体を治すお薬デス。サイロさんの火傷にもよく効くと思うデスよ』
この他にも、ルーは様々なキノコをその身に生やした。一時的に能力を向上させるキノコや、流行り病に効くキノコ、不安を和らげぐっすり寝れるキノコに、特定の魔物にだけ効く毒を持ったキノコ。
それらを売ったり配ったりすることで、サイロはこの町の皆に感謝されるようになっていた。
「そうだ。冒険者が魔物の死骸を持ってきたぞ」
『わぁぁぁぁい、ありがとうデス!』
「取りあえずその辺に埋めとくぞ」
不味くてとても食えない種類の魔物でも、ルーの養分にするのであれば全く問題ない。特にゴブリンの死骸などは、容易に狩れる上に冒険者たちもそこまで高い買取額を期待しないため、格好の買取対象であった。
おかげでサイロは冒険者たちから「ゴブリン喰いのサイロ」などと不名誉なあだ名で呼ばれ始めている。とはいえ、もとからそれほど評判が良かったわけでもないので、彼は気にも止めていなかった。
『今日もいっぱいキノコるデスよ!』
「あぁ、頼んだぞ。俺はこっちを耕してるから」
最近のサイロの仕事は、魔物の死骸を庭のあちこちに埋めることだ。ルーの体は、地表に顔を出している1メートルほどの小実体だけでなく、実は地下のかなり広範囲に根を張っているらしい。
いつものようにサイロがのんびりと地面を掘っていると、一つの人影が近づいてきた。
「サイロ様。おはようございます」
そう言ってペコリと頭を下げるのは、神官服を身に纏った女性だった。フードに包まれた金髪がふんわりと揺れる。
彼女の名はエリーン。この町の孤児院を管理している神官で、キノコの収穫を手伝ってもらう代わりに子どもたちへの食用キノコを無償で提供しているのだ。
「おはようエリーン。今日もよろしく頼む」
「はい。精一杯頑張ります」
そう言ってはにかむ顔は、客観的に見ても非常に可愛いらしいものだ。貴族に目をつけられないのが不思議なほどである。
彼女の身が今も安全なのは、先日まで鉄仮面を被っていたからだ。
というのも、幼少期に酔った父親から顔を切りつけられた結果、その顔は見るも耐えないものに変貌してしまったらしい。接する人が吐き気をもようす有様だったため、顔を隠して出家する他に生きる道がなかったのだ。
それが今では、太陽の下に素顔を晒し、可憐な顔をパァッと明るくしている。サイロの火傷と同じく、エリーンの切り傷もまたルーの治癒キノコによって綺麗に治ったのであった。
「それではルー様。本日もキノコを頂きますね」
『どんどん採っていくデスよー!』
「よろしくお願いします。私と同じように治癒キノコが必要な子がいるのです。それから、温泉キノコと美容キノコもお願いしますね」
『了解したデス……ふぅぅぅーんっ!!!!』
ルーのふんばるような声が聞こえると、ポンッポンッと何かが弾ける音がして、白い傘の上にいくつかのキノコが生まれる。
「あら、この赤いキノコは新種ですか……?」
『うん、作ってみたデス。名付けて勝負キノコ! 二人きりの時にサイロさんに食べさせると素敵なことが起こるデスよ……ふへへ……』
「うふふ……今夜にでも試してみます」
庭に穴を掘っていたサイロは、背筋に薄ら寒いものを感じて振り返る。そこでは、キノコの横で頬を上気させたエリーンが、恥ずかしそうにクネクネと身を捩っているのだった。
その後もルーはグングンと大きくなっていき、その高さはついに屋根を超えるまでになった。エリーンと二人ではさすがに手が回らず、今では十数人がかりでキノコを収穫するようになっている。
はじめは戸惑っていた町の人々も、今ではすっかりルーの存在を受け入れていた。
その日は朝から雨の降りそうな曇り空だった。サイロたちはいつものようキノコを収穫しながら、取り留めもない話に花を咲かせる。
するとそこへ、一人の少女が駆け込んできた。
「おい、サイロッ! 大変だッ!!」
慌てた様子で叫ぶ赤髪の少女。
彼女は冒険者のシータ。魔蛇の毒液で腐り落ちた利き腕をルーのキノコで治療されてから、なんやかんやと世話を焼いてくれる元気な子であった。
サイロが梯子を下りて駆け寄ると、シータは乱れた息を整えながら彼の服を掴む。
「やべぇぞ! 王都から騎士団が来てるんだ!」
「騎士団……? 定期討伐の時期ではないだろう」
「奴らの目的は、たぶんルーだ! 道中でキノコがどうたらって話をしてたらしい。どうせあのクソ王の差し金だよ!」
どうやら、自称美食家が次に目をつけたのは、ルーのキノコだったらしい。
王は美味いモノの噂を聞くと、自分の配下の騎士団を派遣してそれを収集させるのだ。王都にいるお抱えの料理人が、それを調理して宴席に出す。そこに慈悲は存在しなかった。
サイロは顎に手を当てて考える。
「うーむ……。今貯め込んでる分を差し出したら、騎士団は大人しく帰って行くと思うか?」
「これまでの事を考えろよ。王が収集を指示したモノは、根こそぎ奪われて何も残らない。ワンダルの町もニャリスの町も、それで滅ぼされたんだ」
『うーんでも、すぐにここから動けって言われても困っちゃうデスよ。地下にもけっこう根を張ってるデスから』
サイロは宙を見上げてため息を吐く。
遠くの町では暴動も起きているという噂も聞くが、腹の減った素人集団では満腹の騎士団を相手取れるわけもなく、軒並み鎮圧されているらしい。
優秀な前王の作り上げた強権は、今代になって完全に悪い方へと暴走していた。
「サイロ。今、町の冒険者と兵士が頭を突き合わせて、防衛作戦を練ってるんだ」
「王に逆らうのか……?」
「ルーが奪われたら、どうせこの町は終わりだ。みんな野垂れ死にするしかない。なぁサイロ……アタシたちはさ、お前とルーに生かされてるんだ。お前たちが最後の希望なんだよ……」
そう言うと、シータは彼の首に手を回し、すっと背伸びをする。
……唇に当たる柔らかい感触。面食らって固まったサイロに向かい、彼女はイタズラっぽく笑って体を離した。
「アタシたちが時間を稼ぐ。サイロは生き延びる方法を探して、なんとか逃げてくれ」
「ま、待ってくれ。俺だけ逃げるのは――」
「町のみんなの総意だよ」
ほんのり頬を赤らめたシータは、両手をモジモジと擦り合わせながらそっぽを向く。
「あのキノコ汁は美味かったなぁ……。みんなで協力して、ワイワイ言いながら大鍋を囲んでさ。あのキノコ汁を食ったときに……アタシは思ったんだよ。今のアタシたちは、あの自称美食家のクソ王なんかより、絶対に美味いモノを食ってるぞって」
サイロは何も言うことが出来ず、片手を遠慮がちにシータへ伸ばした。その頭を柔らかく撫でれば、彼女は潤んだ目で彼を見上げ、笑う。
「この数ヶ月。アタシたちは、ようやく人間らしい生活を取り戻した。人の善意を、暖かさを、信じることができた。心の底から笑って泣いてさ……」
そう話し、シータは彼に背を向ける。
「……ありがと、サイロ。じゃあな!」
そして振り返ることなく、足早にその場を去っていった。
サイロは拳を握って考える。
彼女の言ったように、この町から逃げるのが本当に最善なのだろうか。動けないルーを置いて。冒険者や兵士、町の人たちに全てを丸投げして。そうして生き残った先に……果たして何があるだろう。
大きくため息を吐いて振り返る。
するとそこにいたのは――
「――あのアバズレめ、どさくさに紛れてサイロ様にキスしやがってクソクソクソでも状況が状況だけに何も言えないけどムカツクなんなのアレは不意打ち過ぎるしズルいズルいズルい私だってまだ数えるほどしかサイロ様の唇に触れてないのに悔しい悔しい口惜しい――」
『落ち着くデス、エリーンさん落ち着くデス』
そこでは、ドンドンと地面を殴りつけるエリーンをルーが必死に慰めるカオスな展開が繰り広げられていた。
――面白い研究さえできれば、人の心などどうでも良い。
サイロは古めかしい灯籠に火をつけると、書斎の机に向かった。そして、かつての研究仲間に宛てた手紙を書きながら、過去の自分を思い出して憂鬱を深めていた。自分の本質は、あのクズ王と何も変わらない。
(美食が好きか、研究が好きか……その違いがあるだけだ。最低のクズ野郎なのは、俺も同じだ)
サイロは昔から頭が良く、勉強ばかりをしていた。夢だった研究職に就いてからも、人と関わることはあまりせず、世界の理屈を解き明かすことだけに目を向けていたように思う。
彼は思考を巡らせる。
この町の人たちに感謝されるのは、正直に言えば心苦しかった。そもそもルーと出会ったのは偶然であって、彼自身も町の人を助けようと努力したわけではない。むしろ、興味のまま自分勝手に行動しただけだ。
(そんな俺のために、町のみんなが命を懸ける? まったく馬鹿だな……救いようのない大馬鹿野郎だよ、昔の俺は)
そんな事を考えながら、手紙に封をする。
すると、頭の中にいつもの声が響いた。
『サイロさん、どうしたデスか?』
「ちょっと手紙をな。昔の研究仲間にルーのことを託せないか頼んでみたんだ。これまでの経緯や観察結果、俺なりの考察なんかを添えれば……たぶん興味を持ってはもらえるんじゃないか。アイツ、変人だし」
『それ、女の子デスか?』
「どうして分かった……?」
『なんとなくデス。あんまり節操無しだと、エリーンさんが発狂するデスよ』
「ハハ、そんな関係じゃないさ」
サイロは笑いながら、手紙をよく火で炙り、魔鳥の足に括り付る。窓の外へと飛ばせば、あとは祈るばかりだ。
『サイロさん。戦場に行くデスか……?』
「あぁ。みんなにだけ良い格好はさせられない」
『戦えるのデスか?』
「魔物の研究をしていれば、戦うための魔術だって1つや2つ覚えるものさ。まぁ、本職の騎士が相手だと辛いものがあるがな」
『……死ぬ気デスか?』
「生き残りたい。だから戦うんだ」
クローゼットの奥から取り出した軽鎧を着る。先の重い棍棒を腰に下げ、魔術避けの外套に身を包めば、それでサイロの持つ武装は全てであった。
「……ルー。頼みがある」
『言うと思ったデスよ……でも』
「頼むよ。たぶんこれで、最後だから」
そんな会話をして、サイロは自分の部屋を後にした。
意外なことに、戦場は拮抗していた。
戦闘のプロである王国騎士団に対し、町の戦力は冒険者や警備兵、それに普段は戦いなどしていない成人男性だ。大半の女性や子どもは後方で支援を担当しているが……。
サイロは見覚えのある人影を見つけ駆け寄る。
「エリーン。状況を教えてくれ」
「はい、サイロ様。今はなんとか騎士団に対抗できています。こちらが押していると言ってもいいかもしれません」
そう聞いて、サイロは首を捻った。
一体どんな戦い方をすれば、そんな善戦が可能になるのか。彼の疑問に答えるように、エリーンは支援部隊の方を指差す。
「……ありったけの治癒キノコを投入して、怪我を恐れず突撃を繰り返してます。騎士側はゾンビでも相手にするような顔で怯んでいるようです」
「なるほどな。治癒キノコの在庫は?」
「まだありますが、勝ち逃げできるほど十分にあるとは言い難いですね……もう一手、騎士団を追い返せる妙案があると良いのですが……」
そう聞いて、サイロは腹を括る。
肩に担いだ袋を開くと、その中から色とりどりのキノコを取り出した。これはつい先程、ルーに頼んで用意してもらったものである。
「サイロ様、それは――」
「強化キノコだ。大丈夫、運が良ければ帰って来れるだろう。祈っていてくれ」
そう言って、口の中にキノコを押し込めながら、彼は戦場の真っ只中へと突っ込んで行った。
王国城に務める宮廷魔術師の女性は、その手紙を読みながら呆然としていた。
「サイロ……あぁ、馬鹿なことを……」
美食王が国を支配していたのは、つい数日前までのことだった。
現在は騎士団による軍事政権が立ち上がっており、旧体制の中で不当に扱われていた優秀な者は再雇用される流れができつつあった。サイロもまた、そこに名の挙がっている一人だったのだが。
目を潤ませる彼女の元へ、一人の騎士が報告に戻る。
「報告します。例の巨大キノコの町ですが……騎士団が敗走しました。戻ってきたのは数人だけ。しかも皆、キノコの胞子に冒されているようです」
「そう……。分かったわ。下がりなさい」
振り向きもせずにそう言った彼女は、再度その手紙に目を落とす。
【――このように、主観的には俺は幸せに暮らしている。だが、研究者目線で客観的に判断すると、俺を含む町の住人は寄生型菌類魔物に冒されているものと推定される。信じがたいが、全ては幻影なのだと説明するのが、最も納得のいく理屈だ】
「そうね。そして貴方は、それに気づいていながら興味本位でソレを町に持ち込んだ……」
彼女はため息を吐いて首を横に振る。
騎士団の報告では、巨大キノコに冒された住民は頭にキノコを生やし、ゾンビのように痩せこけてフラフラと町を徘徊しているらしい。
元凶である男が、その中で最も冷静に状況を把握しているのだから、皮肉なものだ。
【ルーの正体はおそらく星を喰う者。星の核に根を張り、全てを喰らい尽くす存在だ。調伏するには、マナを帯びた炎で焼き尽くすしかない】
そう書かれた手紙を丁寧に畳むと、彼女は目を閉じて瞑想を始める。あの巨大キノコを処分する方法は、未だ見当も付かない。
――この星の終末は、こうして始まったのだった。