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江戸が滅びていた世界  作者: 上本隆
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滅びた町

 私の前に座っていたのは龍馬くんではなく店の主人だった。

 長屋のような建物に挟まれた道の辻に私はいた。辻の中心に店にあったのと同じ机があり、店主と相対している。

――音がしない

「何ですかここは」

 何ですかって何だ。せめて”どこですか”と聞くべきところではあろうが、むしろこの場合は何ですかのほうが正しい気がした。

 薄暗く寒々しい、トンネルの中のような街並みである。こんな見たことのない景色の前では”何ですか”と聞くほかはなかったのだ。

「そうですねぇ、言うなれば、”江戸のようなもの”でございます」

「ほう」

 我ながら阿呆みたいな返事だった。

――――いや、”ほう”ではない。江戸のようなもの、ってなんだ。未だに情報量はゼロである。

「どういうことですか」

「うーん、説明できるようなものではございませんが江戸時代の幽霊、みたいなところで御座いましょうか。まああまり詮索されると弱いのですが」

「パラレルワールド的な?」

「まあそんなもんだと思ってもらって構いません」

 老人はニコニコしている。

――老人はニコニコとしてこちらを見ている。

――翁の能面のように穏やかな顔である。

――――沈黙に耐え切れなかった。

「あの」

「はい?」

 相変わらずニコニコとしていているが、『はい?』こっちのセリフだ。

「何の時間……なんですか」

 すると老人の笑顔の目に若干の悲しさが見えた。ような気がした。

 表情の変化するところから察する、にしばらく待てば何かしらの動きがあるだろうと期待してしばらく待っていた。

 寒くなってきた。じっとしていると殊更寒いが、老人が動く気配はない。

――――なにも動きがない。

 机の上にひらひらと白いものが落ちてきているのに気付いた。雪だろうか。しかし冷たくない。

 灰? のようにも思える。 

 暇になった。そろそろ帰らせてはくれないだろうか。いい加減アクションを起こしてほしい。しかし老人は微動だにしない。

――――――それどころか元の笑顔に戻っている。

「あの」

「はい?」

「私はどうすればいいんですか」

「まあ、どう、ということはございませんが」

 老人は姿勢を直すと話を始めた。

「ところで、あなた冷静すぎやしませんか」

「は」

「いや、急にこんな意味も分からない空間に投げ出されておいて、普通もっと混乱するものでございます」

「まあ」

「この町、人がいないのはお気づきでしょうか」

 確かに人影はない。しかし、なぜか疑問には思わなかった。”そういうもんだ”と思っていた。

「実はついこの間までここにも人がいたんでございます。それが一夜にしていなくなりました」

「なにかあったんですか? ですよね」

 正直あまり興味はないのだがつい聞いてしまうものだ。

「今は何年かお分かりですか」

 質問に質問で返してきた。

「わかりませんけど」

 すると老人は表情一つ変えずにこちらを見たまま答えた。

「宝永四年でございます」 

 宝永……元禄の次だ。ということは多分綱吉の時代である。

「じゃあなぜ人がいないんでしょうか」

「たった三日で江戸を滅ぼした人物がいるんでございます」

 ……いや、そんな人は知らない。日本史Bには出てこない。

「そんな人知らないんですけど」

「ええ、そりゃあつい最近の話でございますから」

――――いや、もし本当なら三百年以上前の話になるはずだから、”最近”なんていう言葉が出ていいはずがない。

「ついこの間、この世界を動かした人物がいました。その男は何でも知っていたのです。いわば予言者のような者でございました。まあ、普通ならそんなもの信じないわけですが、彼は宝永四年の惨事を言い当てました。それによって人々はすっかり彼を信じ込んでしまったのです。」

「惨事っていうのは?」

「地震でございます。幾千幾万の犠牲者を出しました。」

 そんな地震、私は知らないが。日本は地震の多い国だし、実際にあっても不思議ではない。

「その地震によって人がいなくなったんですか」

「いえいえ、江戸は大した被害はありませんでした」

 たしかに、家も健在のようだし、地震の一つや二つで中心都市が潰れるわけがない。

「じゃあどうして」

「その後が問題です。”宝永”と聞いたら思いつくものがあるでしょう」

 実のところ、かなり前から脳内を飛び交う単語はあった。空から落ちてくる灰が確たるものだ。

「宝永の大噴火ですか」

「そうそう。日本史でも習いましたか」

 ちらっと聞いたような覚えはあるが、教科書には多分載っていなかったはずだ。

「多分、習ってません」

「そうでございますか。それでは地震から噴火までどのくらい間が空いていたかなんてご存じないでしょう」

「はい」

 そんなことを知ってるなんて相当な日本史オタク、あるいはそれすらも超えるようななにかくらいのものだ。

「四十九日でございます」

「はあ」

「町一つ滅びるには十分な期間といえましょう」

 なんだか話が物騒な方向を向いてきた。

「じゃあその四十九日間でその男は江戸から人をいなくしたんですか」

「そうなりますねぇ」

 老人の目に、さっきの悲しげな光が戻ってきたのを感じた。

「いったいどうやって」

 この時には、私は真相を知らずにはいられないような気がした。

「聞いたら後悔するやもしれませんがよろしいでしょうか」

 聞くことが私の使命であるようにすら感じた。

「お願いします」

「それではお話いたしましょう」

 老人は椅子に深く座り直した。


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