一鱗
―――― あなたに遭うまで私のうろこは無意味な反応をただ繰りかえす。
(注釈:うろこの民 …… ぴたりとくる相手を感知するうろこの名残を喉もとに残しているといわれる先祖返りを指す俗称。)
小さなころ、幼なじみが、いっとう好きだった。狭い世界のなかで一番気が合った。
学校にあがり、幼い世界は色を換えた。
小学校には、目を奪われる素敵なひとがいた。キラキラと輝いて、胸がときめいた。笑いかけられるだけで心臓が壊れてしまいそうだった。
たくさんのひとと関わるなか、幼なじみとは疎遠になっていった。
二次性徴を迎え、うろこが露出しはじめたころに進学した中学にだって、素敵なひとはいた。それでも不思議とそこまで胸はときめかなかった。
幼なじみはほかのひとたちと変わらないほどにくすんで、色すら見分けられなかった。大勢のなかから見つけられないのは向こうにとっても同じで、私たちはお互いのことを気に留めなくなった。
高校には、小学生のころ大好きだったあのひとがいた。やっぱり一番輝いてみえた。世界がまるで違って見えた。
お互いに惹かれあっていたらしい私たちは付き合いはじめ、世界は最高に美しかった。
それなのに、一足先に卒業した彼は、隣県の大学で、あっと言う間に浮気をした。そして振られた。泣いて縋ったところで、彼が心変わりするとは思えなかった。それほどまでに関心を失った、色のない瞳を向けられたのだ。私は喉を掻きむしって慟哭した。
失恋の苦しみは次第に癒えていき、なんとなく気になる男の子となんとなくな仲になりつつも、やがて煮え切らなさに飽いた。
正式に断りを入れると、私は自分も故郷を離れて出会いを求めることにした。
一念発起してよく学び、そして都会の大学に出たのだ。
誘蛾灯に誘われたかのように、私は近づくしかなかった。焼き焦がれて、苦しくて。すべてを捧げあいたい気持ちだったのに、彼には既婚者なのだと喉元を明かされた。散り散りに引き裂かれ、発露する言葉すら失った喉奥が、ただ震えた。
心惹かれたのは私だけで、から周りをしていただけだった。
大企業に就職し、星屑のなかにたったひとつ惹かれる気配を見いだしても、子どもだったころよりも、ずっと世は無意味だった。
社会に出ればでるほど年齢差は大きく、うろこを伴侶に捧げたものがほとんどになる。私のうろこは憐れにも無意味な反応をただただ繰り返す。
この世はとかく生きにくく感じていた。無意味な反応の連続が心をすり減らしていくことは、世のなかにままあるらしい。平均婚姻年齢を過ぎた私は、社の方針もあって外の世界への赴任を命じられたことで、ようやく鎮まった。無闇矢鱈と反応を繰り返してきた私のうろこはようやく惑わされない穏やかな日々を得たのだ。
だからうろこが久しぶりに疼いたとき、はじめそれを迷惑に思った。うろこが疼きだしたのに、迷惑に感じられるほどの余裕があったとも言える。
若かりしころより盛り上がらなかったし、それは例えるとするなら幼なじみへの反応を思わせるくらいのささやきだった。
中学のときにちょっと素敵だなと思ったひとにすら満たない。
たくさんの反応を繰り返した大人だから、これはうろこの反応なのだと気づけたけれど、たくさんの経験がなければきっと気づかないくらいの疼きだった。
でもその程度の反応でさえ、同族に遭わないまま生きてきた彼には衝撃的なものだったようだ。ひどく熱烈に口説かれ、素っ気なくしても乞われ、何度も隙をみた彼に喉元を甘噛みされるたびに、願うばかりで希われることに長く飢えていたうろこは、次第に満ち足りていった。次第にうろこは柔らかみを増し、胸は温まり続けた。
だから私はそっとうろこが噛み砕かれる音を、剥がれていく微かな色の世界とともに甘く受け入れたのだ。
お読みいただきありがとうございました。
連作短編になる予感がしたので、連載枠を使用しました。
次回更新は未定です。
※ 企画物ではありませんが、もしもこちらの「うろこの民」の有り様に触発されてなにか閃かれましたら、うろこの民のタグをつけてこの小説家になろう内でどうぞ自由にご発表ください。