第肆拾参話 戦地、まほろば、神々は祈る~world selection~
【全力】
陽月さくらの気迫が、一変する。
左腕珠『尾涅・彦星』での増幅、右腕数珠『純頭・織姫』での吸収。条件は手に寄り、もっと言えば指に。
「シラヒノ・アドベント………」
この理屈を合掌させる事で、無量大数の力を生み出し、陽月さくらの体内で、全身全霊全能全快全開の全力回路が完成する。
「シラヒノ? 文献も知名度も無い神の名だな。全力なんて言葉で意気込んでも―――」
「愚霊・人・出煤吐~gray to Dust~」
灰になり消えるヒツキ。
「見掛け倒しの自己暗示ダッ―――!!??」
「愚霊・人・―――蛮気手~gray to―――Vanquish~」
そう、アマテラスやツクヨミ、オオクニヌシやタケミカヅチ等の―――敬称略、有名神とは違い、諸説でしか語られていない名前だけの神。
実際使っても、全力の定義は付けられてもほんの数分しか発動出来ず、数日は眠る。
だが、それを妄想の”想”で補い、或る程度長く使えるようにした。
とは言え、一時間使えば一日眠るリスクなんだがな。
「グッハァッ…!」
罰荒無邪童子が吹っ飛ぶ、先のヒツキの様に。
圧倒的速度、圧倒的破壊力。グレイ・ト・バンキッシュは、身体の内部に相手の力と反発的な力を存分以上に流し込み、爆発させて破壊すると言う力の応用。
「クッ―――(捨得治~stage~!)」
吹き飛び掛けた意識が脳に到達する前に、童子は自身に回復を促す。
「夢幻空理~virtual reality~―――『轟雷(break)』ッ!」
続けて童子の前に龍型の雷が現れ、ヒツキ目掛けて襲い掛かる。
「愚霊・人・億霜論~gray to Oxymoron~」
その雷をヒツキは右手で分散―――否、吸収し、左手で倍にして放出する。
「ッ! 輪安歩~warp~!」
瞬間移動、あらゆる防御も貫通する「轟雷」を反射されては、手出しは無い、矛盾は矛の勝ち。
「!」
「愚霊・人・唄〜gray to Bell〜―――」
「ッガァ―――!」
「―――“除夜〜sunspot〜”」
瞬間移動した矢先、いや、盾先にヒツキは立って居り顔面に、再び強力の殴打を食らう。
減り込むと言って言い程の拳を受けても、すぐさま身体を包め、バック宙返りで体制を整え、着地するが、頭へのダメージは片膝を付き、鼻血が水道水の如く出て来る事で証明される。
(あ、有り得ねぇ―――。全力だとか、くだらねぇハッタリだと思ったが、ちゃんと覚醒してるじゃねぇか! 躱す防ぐのパッシブ『応答~auto~』が使い物にならねぇ程、彼奴の攻撃が読めねぇ………)
「……はァ?」
チェスやオセロ、将棋と言った盤ゲームのCPU勝負で、相手の出方で明確に勝利する一手を出す様に正確な童子の『応答~auto~』は、別にバグっては居ないし、其れ以上にヒツキが凄く速いとか、読みが良いとか頭が冴えて居るとかが理由ではない。
「無理だもう駄目だお終いだ俺なんかがコイツに勝てるわけがない俺の攻撃が当たる理由無い俺なんて無力で無価値で無能で無駄な無意味の存在なのに何故で俺が命運みたいなの引き受けちゃってるかなぁ馬鹿かなぁ阿保かなぁ木瓜かなぁ死ぬかなぁいや死ぬ死ぬよ死ぬんだよなぁこんなロクデナシに賭ける命なんて本当に―――」
寧ろ逆と言っても良い、無駄でも、無様、愚かでも良い。ヒツキの頭は今、只管『負の思考』で淀んでいた。技名に覇気が無いのもその所為だ。
童子が目を疑う首を傾げる光景は、耳を澄まして更に当惑する。
アレだけの瀕死に追いやる力を有して居て、丸で狂気にでも駆られて居るかの様に、今目の前で敵にしている奴は、顔を俯かせて只管ネガティブ発言をブツブツブツブツ豆マシンガンで呟いているのだ。
「―――チッ、巫山戯てやがるぜ。コレが妄想の真骨頂って事かよ」
空間掌握、童子は理解する。
逆が強いのだ、逆境だ、いや逆強、如何でも良い。
妄想は言わば無駄の塊でしかないが、無駄を無駄と想えば其れは逆に必要と成り、強要。まぁ明るく言えば現実直視に近い様で、然し妄想である。
早い話が、圧倒的フィジカルを持ち、能力もその機転も利かせる事が絶対的ハイスペックなバチアラムジャドウジに攻撃を当てる事は出来ない。
そう考える事で、殴り掛かれば逆に当たる。と言った理屈だ。
ヒツキは肉体や頭脳に恵まれた環境も天性も持ち合わせて居ない。
在るのは初めから己だけ。僅かな人間としての最低限知識と数年と数日の膨大な物語にならない物語、そして孤独と孤独を紛らわす思考巡り。
物語が月一に来るイベントの様なら、思考は二十四時間三百六十五日の孤独その物。
その孤独は呼吸や瞬きと同じになり、即ちヒツキは現状無意識化で戦っているのだ。
「ソレは瞑想家の戦いだろうが! クソッタレ妄想で圧し負ける道理なんて有り得ねぇだろ!」
そして何より思考巡りの旅が何時だって、バカバカしい愚かしい、気色悪いとネガティブを考えなければ、彼の攻撃理論は一切の意味を持たない。
「―――四発だ」
「…は?」
「四発殴ってお前を始末する。後二発だ、罰荒無邪童子」
「餓鬼が、舐めてると潰すぞ……」
「鬼はテメェで潰すのは俺だ」
「語彙力も全力みたいだな」
「気付いた事が有るが、仮想の思想家が火事で大量虐殺ってのは、倭国式葬儀である火葬とでも掛けてるのかねぇ。鬼の霍乱だな、しょうもねぇ~…」
童子の表情が曇天の様に暗む。
「”不意弄留(field)”―――お前は此処で確実に潰す」
周りが、見得ない球状の霧で包囲された様だ。
「何だ、結界か? 別に逃げやしねぇし、寧ろお前が泣きべそ掻いて逃げ腰になるんじゃねぇぞ。後、『潰す』は俺の台詞だ、パクんな白髪」
煽りの台詞を吐き捨て、一呼吸の間に童子が先手を仕掛ける。
瞬間移動、間合いを詰め込み、右足をあげて側面蹴りをする。
―――再び無意識化に入ったヒツキは左手首を下に捻り、圧力を掛け、攻撃を防ぐ。
「……愚霊・人・不足満~gray to Talisman~」
全力の圧力は反射を起こし、童子の右足は弾かれるも、遠心力で回転し、左足で攻撃を再開する。
ゆっっくりと見える世界は、ヒツキが速度を上回って居る事を示唆し、直立前転はヒツキの頭が地面と平行になったところで、童子の蹴りが掠り通過し、90度開脚して両踵を童子の頭にぶつける。命中させる。決め込む。絶対当たらないと言う否定的思考の下。
「愚霊・人・罵倒〜gray to Bad〜『揮無運~Full MOON~』」
「ッ――― ! “線裂割(Thump table)!”」
童子が台地に触れると揺れ、途端に溶岩が噴火する。
「愚霊・人・零度冷水~gray to Redress~」
右手から気温を消失する魔力が流れ、掌上から零れ落ちた冷気が、地面へ落ちて噴出するマグマを一気に瞬間冷凍する。加えて、噴火要因たる童子も氷漬けにする。
「”外…羅手…順(st…rate…gy)”!」
状態異常回復並びに耐性付与―――氷が割れ、脱出。
「ハァ…ハァ…迂闊だった。此処迄膝を付き地面を眺める結果に陥るとはよぉ。誰かに当てられるなんて久しぶりだ。だが、物理的にも凍った事で思考を取り戻せたよ―――『意味提示~Imitation~”CB is CB”』」
―――世界が、逆さまに見える。
地面が上に、空が下に。
反対になるのは視界だけでない。
ヒツキは反転した世界に臆する事無く、童子の前に駆け寄ろうとするが、何故か後退していた。
「!?」
「夢幻空理~virtual reality~―――『死体撃痴~goaled lush~』」
空から剣の雨が、肢体全域ヒツキに全弾命中する。
続けて童子が間合いに入る。
回避の為後退しようとしたが、身体は何故か前進し、童子の擦れ違う勢いの拳を腹に刺さった剣柄に当てて、深く刺し込ませると同時に腕を伸ばし、吹き飛ばす。
吹き飛んだと同時の速さで、結界の壁にヒツキが叩き付けられ、刺さった剣は引き抜かれる。
「”想”ってのは本質は同じだ。考え方次第って奴で幾らだって応用が効く。お前は結局、俺の”想”が何も解からない儘、無様に野垂れるんだよ」
「いーや、解るさ。予想とは行かずとも、妄想通りだ……」
重力に寄り壁から引き剥がされ、逆さまの世界では落ちると表現には些か違和で、上がると言った方が結局不和だが的確だろう。
上がった先に地面は用意され、着地と言うのか、少し中腰気味で地面に立つ。
「仮想で在る事はお前が”想”の話をして確信至るが、形式は妄想通り空間掌握。理論は先ず準備が居るってところか。幻想と同じ、魅せて具現化すると同じ様に、何かしらの手順を踏まなきゃ具現は達成しない……周りの家が―――」
そう、燃えては居る、だが崩れては居ない。
ちゃんと熱気は有れば、気質が煙で汚染されて居る事も嗅覚が付く。
正真正銘の、木に纏わり付き、料として拡大し燃える火―――とは想って良いのだろうか。想えばだけで具現化するなんて事は無いだろうけど、事後の手前、用心に越した事は無い。
「……ハァ、面倒だよなぁ、とても面倒だ。『全てを持っている人間』とか言われている奴は粗探しすれば、実際全てじゃあねぇんだよなぁ―――」
童子は左手を腰に据えて少し前屈みになり、右手で右目を覆い隠し、右側前髪を散らかす。
何か小言を囁いているが、余り聞こえはしなかった。
「お前も、お前の知り合いの闇落ち流星も、死に目ドラゴン侍も、全てに近しい力を有して於きながら、運命や人生に見放された孤独の世界が用意された。お前だってそうだ。此処に居乍ら女の一人も出来やしねぇ。まぁ、お前の場合は自分の問題も有るってモンだな」
「言いたい事は其れだけか? 俺からも言わせて貰うが、お前は俺に対する全ての理屈を反転させて攻略し切ったみたいなノリだが―――」
忽ちヒツキはその場の足元に少しばかりの煙を残して消える。
「―――じゃあ全うに向かっても大丈夫だって事だよな?」
「バカが、俺のフィジカル舐めてんじゃ―――?!」
童子の身体が空中で浮きっ放しになる。
「愚霊・人・圧縮〜gray to Ash〜、からの愚霊・人・唄〜gray to Bell〜―――」
「ガッ―――」
音速の思考より素早い拳が、童子の胸骨中心部に命中する。
「"白桐~moonbow~"」
無重力状態で放置されて居た身体は、すぐさま彼方へと吹き飛ぶ。
ヒツキは右手を振り回し、体勢を立て直す。
「確かに、俺も彼奴らに気が無い理由じゃないから、然も俺たちとは遠縁の場所で在って、誰かの為って奴が俺の為に繋がって、此処に立ってるんだよな。だからこそこんな台詞が出来るんだろうよ……」
握力を確かめるべく其々の指を不振に動かし、拳を胸の前で握り締める。
「何でもない人たちと、俺のダチに迷惑かけてんじゃねぇよ。さぁ、後一発だぞ、覚悟しろよ狂人」
「ハァ…ハァ……スキルで制したからってマウントってんじゃねぇぞ。夢幻空理(Virtual Reality)―――……暗悩雲(Swamp Billing)」
ヒツキの周りが暗黒に染まり、童子は闇に消えゆく。
途端に、ヒツキの脳内には、失態、失敗、失言、愚行、蛮行、即ち恥辱の屈辱で凌辱、苦痛、繋げて憐憫、悲哀、苦悩、兼ねては存在しない筈の記憶がフラッシュバックで甦り、ヒツキの精神を掻き回し、思考を狂わせ、五感が鈍り、狂気が満ちて行く。
存在しない筈の記憶はヒツキの生みの親とされる男”天雨海 指揮”。
其奴の何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も自分事の様に見せ付けられて来た他人事の失恋譚を再生される。
それだけじゃない。
幻想郷に来て―――霊夢に討たれて居た。
博麗神社で即討伐された自分。
或る時は―――魔理沙に森で見捨てられ、迷って餓死したり。
―――ルーミアに喰われて。空雛に突かれて。チルノに凍らされて。美鈴にボコられて。小悪魔に撃たれて。パチュリーに属せられて。咲夜に刺されて。レミリアに裂かれて。―――に爆破されて。風蘭想和不に魅せられて。映姫に阿鼻地獄に生かされて。妖夢に斬られて。幽々子に看取られて。ウェンディーネに眠らされて。騒霊に騒がれて。早苗に祓われて。虫に蝕まれて。燐に焼べられて。さとりに追い込まれて。空に消されて。勇儀に潰されて。ヤマメに巻かれて。キスメに落とされて。慧音に読まれて。―――に燃やされて。鈴仙に撃ち抜かれて。永琳に毒されて。てゐに嵌められて。輝夜に止められて。幽香に埋められて……。
幻想郷で会った誰もが俺を嫌った目で、殺しを目的とした行動を取った。
まるで霊夢が昨日今日で態度を一変させた夜朝の境界の様に。
「ア…ア、ア…アアアア……」
悶えが、震えた奇声を上げさせる。
凍った地に両膝を付き、両手で頭を抱え、蹲る。
「アアアア、アア、アアアアアア、アアアアアアアアア………!!!!!!!!!!!!」
次第に涙が流れ、涎が垂れ、規制の音量は拡大して行く。
極め付けは、一会。
彼女に、存在しない現実なのに、本当の出来事だったようで、彼女の眼が、どうしようもないロクデナシを完全に切り捨てて、見切りを付けて、侮蔑して、一瞥無く離れて行く。
その有る筈の無い記憶が、悲しみを、辛さを更に込み上げさせ、聞こえる炎の音を掻き消す勢いで絶叫する。
「アアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!! アアアアアアアアア―――」
暗闇に包まれた中、衝撃と共に顔が空を仰いで、身体は宙に浮き、大の字で倒れる。
「っるっせぇなァ、近所迷惑だろ……」
衝撃の原因は、童子がヒツキを蹴り飛ばしたからだ。
「まぁ、人生やり直したら近所付き合いも上手い人間として生まれ変わるだろうよ」
―――だがその前に、生命界理を完全崩壊させてやる。
「ッハァ……終わったか。あの野郎マジで急所を狙って来やがったからな。マジで後一発って所だった……」
神経、肺、悩と、ヒツキの攻撃は的確だった。
逆さま世界の能力を解除する。
「だが、此れで条件が揃う。陽月さくら、お前は唯一無二の好敵手に値する生命体だった。この罰荒無邪童子の生涯忘れる事は無い、誇りに想え」
仮想の想の力、発動条件―――。
第一として、大袈裟にも莫大な攻撃範囲が味噌の基礎だが、威力は無い。
攻撃対象の意識を失わせる事で仮想空間へと引き摺り込み、初めて攻撃は命中する。
家が燃えないのは、突然燃える筈の無い家が急に燃え出すなんて非現実的な状況を受容出来ない意識した生命体が視認して居るから。
其処で、仮想現実へと引き込むべく、相手の生命力を数値化させて、削り取る方法で、童子は人里の民を瀕死に追い込んだ。
然し規模が大きいと、見る者が増えて行く為、中々仮想空間転移が完成しないと言うのが難点。
とは言え、生まれ持った体質が、如何なる術者を相手にしても屈服させてしまう。
そんな絶対能力を持つ者を虚実で対抗してしまう生命が居たのは想定外だったが、決着は付いた。
そのような結末も有っただろう。
本物の炎に包まれ、幻想郷に在るモノ全てが灰燼と化して、更地となる未来も、きっと有った。
そうなる永遠、その手前の須臾、赤く染まり行く世界の真逆、全力を出してから全力の否定を講じて来た男は、本当に自分を否定しようと、薄い呼吸、薄い視界、薄い意識の中、諦めると言う言葉が頭の中で渦巻いて居た。
『―――主様ッ!』
「! ―――愚霊・人・陰~gray to IN」
頭の中で知ってる声が響き、其れが再覚醒の合図となる。
胸の前で指二本を揃えて立て、術技を発動し、精神攻撃を解除する。
その鼓動を察知し、空かさずヒツキに止めの踵落としを繰り出す童子。
勢いは爆発を生み、砂塵が二人の周囲を舞う。
「……其の儘眠ってりゃあ、ハァ、楽だったろうに」
踵は顔面に命中せず、鼻先でヒツキが左手で抑えて居た。
「へアぇ、お前にも情が有るんだな。ハァ、こちとら艱難辛苦で感涙極まれりだっつーの…ハァ、ハァ」
「皮肉に決まってんだろ。お前の苦しみの様は素人の道化振りだったよ」
「そりゃあ俺は道化じゃなく……栄光の冠を手にする勝者だからな。足で握手たぁ履き違えも甚だしいぞ負け犬」
Clownか、crownかの違い。
「そうか、俺とした事が芸を忘れた居たようだ。名犬はお手がお上手なのによホぉ。じゃあ勝者さん、握手してくれよッ―――!」
と、明らか握手じゃない手でヒツキの喉元を突き刺そうとする。
「お前の方がうるせぇよ。愚霊・人・喰干支~gray to Quiet~」
足掴む腕から灰が蔓延り、獣の形をして、突き刺そうとする手を嚙み千切ろうと襲い掛かる。
すぐさま手を引っ込め、身体を引き下げ、直角方向転換して同じく喉元を狙う獣の狩りを回避すべく、跳躍してヒツキから離れる。
「ケッ、躾の成ってない犬はどっちだってんだよ」
ヒツキは身体を起こし、灰獣を肩に携え立ち上がる。
「神をも噛み殺すフェンリルを模した獣だ。主人を守ろうとする分、お前より悧巧だよ」
右手で撫でられる獣は型取るのを止め、灰に戻る。
「ほざゲ―――うアッ……」
童子は蹌、莫大なダメージを受け過ぎたのだ。
過剰なダメージの回復が、文字通り想像を絶する程の量を上回って居り、複数回治癒しないと万全に帰せず、あっという間に使い果たしてしまったのだ。
そんな五体満足だけの中、ヒツキの出した灰獣は喉元に噛み付き向かっただけではなく、童子の周囲に灰を紛らわせ、呼吸器官、延いては肺に、童子へ更なるダメージを与え、運動能力を衰弱させる。
「肺を廃す杯の灰~SSS ashtray~」
煙草を二指で挟む仕草で、相手を指す。
「―――扨、仮想の有無、そしてお前の罪罰を正す時だ」
指した指を並べ整え、脚を開き、右手足を前に、左手足を腰元乃至は後ろ側に。正拳突きの構えで精神統一。
完全無欠の体躯だった罰荒無邪童子の神経が、膝を付いて立つ事以外機能せず、ヒツキのトドメを刺そうとするその吐息に、敗北近しと生まれて初めて青褪める。
「ま、マテ待てよ! 俺たちは言わバ…ゴホッゴホッ……! 俺たちは此処じゃルールに属さない部外者でナラズ者だ! 向こうが容赦なく襲うならば、俺たちが如何足掻こうが自由だろうて! お前もさんざ痛い目に遭っただろう!?」
絶対強者が弱者に成り下がるなんて、何処まで烏滸がましいんだ。
「そ、そうだ。お前、向こうで他人の願いを叶えてたんだろう?! 払うからよぉ、俺のやる事見逃してくんねぇかなぁ?! お前とお前の女には干渉しねぇからよぉ!!!」
と、僅かな運動神経で、穴の開いた金色の銭が此方迄転がって来る。
俺はそれを掬い上げる。
「……確かに、俺は神をも騙す願いを万民に叶えてあげた。お前の状態じゃあ書くことも宛ら苦難とお見受けしよう」
「そうだろう?! なら―――「だが、その神をも騙す俺が、恋したこの幻想郷に、幾多の女に、その卑劣さを浴びせた蛮行、これっぽっちで見逃す理由ねぇだろ。何なら境外でお務め時間外だ。治外法権だらけの鬼は外専ら、ご縁が無かったな」
と、コイントス仕草でまっすぐ童子に返金。
弾む銭は目で追いかける童子の真下で、回って止まる。
「「ヒツキッッ!!」」
―――後ろで聞き馴染みのある声が二つ同時に聞こえる。
振り向くと、姿はボロボロでも、相互肩を組んで無事を感じさせる魔女と巫女が駆けつけてくれた。
安堵、そして信頼、後は情的な彼是諸々、言うは易く行うは難し、まぁ行ったら後が怖いんだがな。
「……フッ、ざ、け、ン、な、ヨ……」
リラクセーションを得たヒツキとは真逆に、童子はヘイトの限り震えを抑えず、歯軋りを止めず、息を荒げ、有り余る限りの仮想現実能力を己の肉体の暴走に変えて、考え得る限りの仮想殺傷能力を周囲に、童子本体も接近して、ヒツキに齧り付く。
「オ、ノ、レ、ヒ、ノ、ヅ、キ、サクラァ――――――ッッッッ!!!!!!!!」
丸で正義の善人と悪者だな。
偽善失くして人を語るべからず、人で在れば聖人君子は幻だ。俺の行いが此奴にとって良しではないし、俺も俺でコイツを良しとしない互いが独壇場だ。寄って正義。
とは言え、だけどまぁ、だからまぁ、悪者みたいに扱われるのも、悪くは無いな。
―――右手で童子の能力、及び防御に纏わる耐性を改めて、総じて、全て掻き消す。
「愚霊・人―――(gray to ―――)」
そして左手に全身全霊全力を注ぎ込み、血肉骨の髄まで残らない攻撃を童子の心臓目掛けて―――
「―――」
正拳突き、と思ったんだがな、俺も甘いもんだ、咄嗟に裏拳に変えて、能力禁じて常時生きれる程度に手加減する。
「―――存(Zone)」
……なぁんだ。
此奴にも人の心が有ったんだな。




