第弐拾話 大きな桜の木の下で~You[mu] and M[ad]e.
"四季映姫"、"小野塚小町"と別れ、冥界へ辿り着いたヒツキ。
冥界管理者"西行寺幽々子"の屋敷へ向かう最中、屋敷門前で佇む"魂魄妖夢"に侵入者として迎えられるのだが……。
【入替】
白玉楼…冥界の頭“西行寺幽々子”と、其の世話係と剣術指南、そして敷地内の庭師“魂魄妖夢”が佇む御屋敷。
俺は、その縁側にて座って居る西行寺幽々子様のお膝元で、眠っている。
正確には、階段にて不慮の事故、お互い横転する破目に到り、結果精神が入れ替わったなんてフィクションに在りがちな展開が繰り広げられた被害に遭遇した“魂魄妖夢”の精神が入った俺の身体が、西行寺幽々子様に扇子で仰がれ、膝枕されて眠っている。
その光景に羨望が有るだなんて、もう言わなくても解り切った話。
「それにしても、精神が入れ替わっちゃうなんて面白い話だけど、私の世話は今後誰がしてくれるのかしら? 妖夢になった貴方に頼む理由にも、貴方に成った妖夢にも頼み辛いわぁ~」
手を頬に付けて悩む西行寺幽々子様。
「ご安心を、妖夢のすべき事は、私がしっかり理解して居ますので」
―――其れよりかは、俺の気配を察知して警備に訪れる前の、妖夢の繕って居た業務に戻ったので、従者宛ら主人の膝枕、気に咎めるでも無い話。
この入れ替わり展開は、精神が入れ替わるなら個人の知っている知識も、記憶も挙って転換される訳なのだが……如何云う訳か“魂魄妖夢”の記憶が置き去りになって俺の脳内に入って居るのだ。
だからこの方が幽々子様だと解ったし、何なら妖夢が持って居る長刀“桜観剣”に短剣“白桜剣”の扱い方も解る。
短縮して白玉楼の事情も理解出来た理由で、然し精神は入れ替わったが、自分が“陽月さくら”だと自覚は有るから、コピーアンドペースト容量で入れ替わって居るのかも知れない。
「貴方入れ替わっているって言うのに、妖夢そっくりに話すのね~。若しかして私に気を遣って居るの? 私は貴方をこう膝を枕にして持て成して居るのだから、気を遣わなくても良いのよ」
気を遣うと言うか、申し訳なくて気を落とす。
俺の肉体だからか、彼女の精神なのか、今は不安定って事で括って、兎も角その介抱に態々膝をお借りする事になろうとは。
「そう言う理由では無いのです。抑々この身体は魂魄妖夢のモノですから、口調が彼女に寄ってしまって居るんです」
「あらそうなの? でもそれって貴方の精神がさも弱々しいって事なのかしら? 自分の事を魂魄妖夢だと思い込んでいる人間の男性、みたいな」
「ハハハ。お戯れを」
己は現状妖夢だが、己の己の話なのでこれまた気を落とすよ、枕濡らすよ、今膝枕で寝ているだけに、濡らしてやろうか。
「今は貴方に成って居る妖夢が目覚める迄如何にも出来ないけど、事情は赤髪の死神さんから聞いて居るわ。冥界の門を開けておくから、元に戻ったら其処から顕界へと向かいなさい」
顕界、即ち現世である。
「そうですか。滞在の場を提供して頂いただけでなく、帰路の為の早急な対応、重要な門に迄お手を煩わせてしまい、感謝の言葉も出て来ません」
それっぽく丁寧に礼を述べて、深く頭を下げる従者の姿に、口元を扇子で隠して笑う幽々子様。
「貴方、紳士なのね、今は女だけど。いえごめんなさい、さっきの精神が弱弱しいと言った事も含めて。訂正するわ。妖夢だったら『門ならずっと前から開いているじゃないですか……』って呆れ顔をする処だもん」
そう、俺はと言うより、彼女が知っていた。
冥界の門は元々開いていたのだ。
何でも、幽々子様の友人、幻想郷の創設者が絡んで居るらしいが、有無。
「私は西行寺幽々子、知って居るでしょうけど。私も親しみを込めて名前で呼んでくださいな、ヒツキさん」
「はい、幽々子s……幽々子御姉さん」
「やだもう御姐さんだなんて、そんな老けて見えるのかしら?」
「いえいえ、美しくて優しくて若々しい包容力の有ると言う意味の御姉さんですよ」
確かだが、俺が魂魄妖夢の精神論で様付けしそうだからって言う回避でも有る。
「あら御上手ね。でも、従者から言われても……ちょっと照れるわね」
俺でも俺だけど彼女だから照れるのね。
俺は傍から彼女達の仲睦まじきキャッキャウフフを見て居れば、セラピー効果有んだけどな。
「話変わって、貴方閻魔様と口論したって本当? 閻魔様の発言って確か口出し出来ないんでしょう? それに異議を唱えるなんて凄いわね」
噂を垂れ流したかあのサボり二号。
彼女の沽券を守るべく、何か策を練った方が良さそうだ。
「まぁ其れでも? 正しさの頂点に君臨する閻魔様には到底俺の雑言語学では敵いっこないよ……」
【元戻】
「ん……幽々子様?」
妖夢である俺が目を覚ます。
此れだと俺だな、身体が本体ですってうわ、痴漢。
俺となった妖夢が目を覚ます……、ぽい。
「あら起きたのね、ヒツキさん妖夢」
俺へのさん付け呼称込みで従者を呼ぶのね。
で、起きた俺従者にメッチャ顔寄せる主人。
「………済みませんが顔を退けてくれませんか? 今頭を起こせば必然的に接吻してしまうんですが……」
其れは止めて、TSで主人×従者も有りかも知れんが俺だから俺の絵面だから切実止めて。
「今、妖夢とヒツキさんってお互いに記憶を共有って言うか、干渉し合って居るんでしょ? 若し戻ったらヒツキさんには良い目覚めかもっ…て?」
その遠回りな白雪姫の起こし方、魂戻ってから直接俺本人にやれば? って話だけど止めてマジ止めて後生だから止めていや死後だから止めて。
「それ私にも移りますし。それに今私は彼を知って無理に強制に目覚めさせたくないです」
と、手を顔と顔の間に挟んで妖夢の顔を退かせて、起き上がる。
良くやった従者、お前の精神はしっかり魂魄妖夢だから俺は少し試合に勝って勝負に負けた気分だ。
然し、俺が他人側として話して居るって何て違和。
非化学の力ってスゲェ、己を第三者に見立てて居るみたいで尚且つきっちり敬語だからすっとこどっこい気持ち悪い。
起き上がった後ヒツキ妖夢は正座を組んで、俺の方へと体は向ける、但し目線は合わせない。
「…………貴方は凄いです。夢の様に出て来た記憶は紛れも無い現実。そして其の現実は凄惨過ぎて、生きて居る事が実に奇跡……いえ、圧倒される程、卒倒する程、精神の屈強さを思い知らされ、感激しました」
――――。
「更に生き付いた先が、無情の道。何も感じず、何にも興に乗らず、只己と言う思考の中、道を作り出し、他者をも導く。此れが、無我の境地……素晴らしいです、尊敬します」
「何か見て伏せて勘違いしている様で話して居る様ですが私は――」
此処で短所を洗い浚い語れば、彼女の尊敬にと言う邪気が晴れる者だのに、何だかとても尊敬しますと言う言葉の重みが、熱さが、煌めきが、目から伝わって居るのを、後悔をも得てしまう事、肌で感じ取った。
いや肌と言うか何だ? 魂魄妖夢の察知の鋭さみたいなモノか? コレで俺の前へと憚った訳だ。
だがだからこそ、凄いのはお前で、尊敬したいのはお前だよ、魂魄妖夢。
幾多の鍛錬、幾多の苦汁、幾多の悲哀、幾多の悔恨、幾多の試練、幾多の思い出。
それら全ては直向きで真面目な彼女の澄み切った鋼の努力にカテゴライズされ、そして魂魄妖夢と言う剣士が出来上がった。
いやまぁ所々可笑しい見解は有るけれど。
そして俺はその記憶を全て汲み取った、物に得た、丸で前から持って居たと勘違いする位に。
俺は過ちの連鎖で更に過ちを続ける、右斜め上の直角みたいな者。
出来は凄いだろうけど、然し何かが少しずつ間違い続けている、大いにマイナスのプラスへと進行している。
だから努力が出来る奴は凄い、本当に凄い、語彙力無さ過ぎているからこそ其の語彙が失われる程凄く凄い。
コレが本物だって、真なんだって、何かが反れたりして居ても着々と答えに辿り着く少女に、本当憧れそうになる、いや、憧れている。
剣と言う道は一刀二六刀とて無限、然して行き付く先は、天下布武。
無我を持った処で、益して、くだらない、只一つの歪情での挫折で、妄想耽って、創って、くたばって、偽りと誤りのマイナス生物を置き去りにして、全く何がしたくて何を残したかったのか。
何も持たないが故に何かを沢山持たそうとしても、お前には何も出来ないって、根本が無ければ何も生まれやしないって、変わりやしないって。
だがきっと、だからこそ、其れでも進む俺を見て、彼女は俺を尊敬なんて愚かしく嘘偽りの様な間違った眼差しを向けて来るんだろうな。
所々の阿呆見解が、即ち魂魄妖夢の修行不足。
そうだな、俺は此奴を知り、此奴は俺を痴ったのだから、正しく導かなければな、映姫ちゃんが己の真意に従って万人を裁く様に。
「俺は今絶賛死んで居るんだから、実も口も無いだろうが。言を誤るな、戯け」
「はい、仰る通りです、流石師匠!」
師匠、言われて悪くは無く、俺が此奴の何を上回って居て師と成り匠を伝授出来るのかが解らんが、そうなるか、そうなるわな。
「是非私に、無我の境地へ到達すべく、稽古を付けてください」
と言って、俺の姿で土下座にせがむ妖夢。
「先ず互いの精神を戻すのが先だ。師と成る者に対して身体を床に伏せさせるとは何事か!」
「申し訳ありません、師匠!!」
「あらあら何だか面白い事になって来たわねぇ~」
俺はもう理由が解らない、何で弟子取ったんだっけ? 初日早々と言うか始めから、物語を第七話から見ている感じだ。
「妖夢、俺に触れろ、両手でだ」
「はい師匠」
靴を履き、妖夢に近付く俺。
師匠に近付く弟子……アレどっちだっけ?
そして妖夢は、両手を俺の胸に当てる。
「ン…、良し。其れでこう考えろ、『精神の吸収』、そして『精神の放出』」
「はい……スーッ……」
深呼吸をして、思考を真っ新にして居るのだろう。
そう言えば、俺の手には、右手に『吸収』、左手に『放出』と言う機能も備わって居るんだった。
力を溜め込んで、一気にぶちまける。
そういう効果も、俺の手には有ったんだな。
「…………」
「…………」
変わったのか、否、戻ったのか。
然し、俺が一人称視点で視界に映るのは、両胸に触れられて顔を頑なに、眼を閉じて身体悶える魂魄妖夢が一人、いや、半人、と、半分。
如何やら戻ったみたいだ、良かった。
恐らくだけど、あの時、半霊に触った事が、或る意味入れ替わり切っ掛けだったのかも知れないな。
まぁ知れない事なので、終わり良ければ総て良し、だな。
「あ、あの師匠? ……そろそろ手を胸から離して頂きたいと………」
「あ、悪い妖夢」
このラッキー助平から始まる師弟となる結末、全く死んでも俺は又…
「あらぁ~、今度はちゃんと押し倒すのかしらぁ~?」
「押し倒されません!」「押し倒しません」
又マチガえた。
【稽古】
「其れで師匠、無我の境地を得るには、どのような稽古を致すのですか? 要石の上に三年座禅ですか? 九天の滝にて一日三時間の垢離ですか? 其れとも精神的攻撃の込んだ実戦でしょうか?」
最後の動詞だけ含めた選択肢良く解らんが即ち精神攻撃されても動じない怖気付かない剣がぶれないみたいなのを目指しているって魂胆だろうか。
幻想郷の滝とはこれまた錦上添花で是非旅行気分に行って見たいモノだが、
「そうだな。行衣に着替えて打たれる弟子の姿に、服色が溶けるに連れ見える肉叢を拝めるのは眼福モンの僥倖モンだろうな、野郎共」
妖夢は服上だが、胴を腕で隠す。
「だ、誰に言って居るんですか?! 其れが独り言でも幽霊に声掛けて居ようとも、無我である事を疑う程、煩悩に塗れて居ませんか、師匠?!」
「冗談だっつーの。コレは言わば趣味みたいなモンよ、実際は興味無いっての。坊さんだって趣味嗜好が無い訳でも有るまいし。ほらきっと盆栽とか育てているっての」
その根拠に、有無、俺は目を見て話してんのよ。
今更だけど『有無』って口癖みたいなのは『何方付かず』って事よ。
「それはそうでしょうが……」
「安心しろ。言うに事欠く師匠じゃねーから」
「はい……って今の流れだと滝行で卑猥な凝視を実行するとも聞こえますが?!」
其れはお前が煩悩塗れだからだよ。
「良し今の会話で実戦有ると見たな聞いたな。剣を取れ妖夢、俺がお前に言葉でセクハラするから覚悟しな」
うわ、最低、ロクデナシ。
「は、はい! 不肖妖夢、師匠との実戦にて、煩悩を断ち切ります!」
うわ、純粋、健気。
と言った感じに、お互い刀を手に取る。
妖夢は“桜観剣”、妖怪が鍛えた、一振り幽霊殺傷十匹分の長刀、魂魄妖夢の記憶より引用。
俺は“合切剣[detachment sword]”、鋏みたいな形の、斬った対象物を紙の様に切れるし、乃至普通に斬れる怨恨付喪神の一種。
「合切剣ですね……挟めない鋏、合わさるが故の剣、分離しても分離する凶器……師匠の十八番の一つ」
彼女も、得た俺の記憶より、武器を語る。
そう、付喪神で在るから普通の鋏とは当然呼べないが、此の鋏は刃の向きが逆。
逆だから鋏のハンドル膨らんでいる部分が護拳となる。
正直、刃が両辺か片辺かで剣か刀か程度の浅はか俄知識、この鋏が要から分解出来て二刀流になるので、迷わされるのも有るが。
何より剣の腕は度し難い程ド素人、鍔の無い刀は刃のぶつかり合いで方向転換されて指斬られなくね? 護拳有る事この上無く安心だ。
「紙体化の機能消して普通に斬り合うけど構わねぇか?」
「構いません。斬られて死なずは剣士の恥です」
然し相手は幻想郷随一の凄腕剣士、別に殺し合う理由でも瀕死に追いやられる理由でも無いが、こうも直接一戦交えるってのも、師匠と為りましたが場違い半端無いし、本当に彼女の為に成るんだろうかとも想えて来る。
念の為、剣の腕も彼女の実力に見合った練度で、バフは掛けさせて貰うが。
何方かと言うと粗、又、脚を頼りそうな処だ。
稽古の内容が内容なだけに、無いy何でも無い。
「じゃあ、行くぞ」
「はい…………」
「「…………」」
沈黙が続く、幽々子姉さんは桃みたいにデッカイ饅頭を齧って眺めて居た。
土煙を巻き上げ、二人の存在が消える。
そして間合いから丁度真ん中で刃はぶつかる、突風を起こしての斬り込みは互いに一刀。
この斬り合いに師匠は片方の剣、否、片腕、右腕しか使わず、だが消失は腕の無駄な重みを消し、互いの一太刀は目で追い付けず、気が付けば右で攻防、左で攻防の斬り斬り舞い、適当なアニメーションで斬り合っているみたいな風景だ。
師が斜めに斬れば弟子は交差させる様に防ぎ、弟子が横一閃に斬れば縦で応対する師匠。
刀を下に誘導し、空に弧を描いて刀を回し、立ち所を時計回りに変えて、弟子が下から回転斬りを放てば、師は叩きつけて沈めるかの様に斬り防ぐ。
斬っても斬られず、斬り返しても斬り返されず、隙を見せない。
回避は無く、互いの斬撃に斬撃で迎え撃つ。
或る程度打ったら距離を取り、間合いを最初に戻す。
「如何したんですか師匠? 今のがせくはらとやらで宜しいのでしょうか?」
「おいおい我が弟子、煽ってくれるじゃあないか。いや何、肩慣らしと、ちょっとした手合わせだよ。幻想郷一の名剣士と剣で交えるなんて、現実味無い様なと書いておかしな境遇で運命だよ。最高だ」
妖夢は、嬉しさを隠せず口を歪ませるが直ぐ様、眼差しを真っ直ぐ対峙する者へと見詰め直す。
「私も、師匠の様な多彩な天賦の才に恵まれた方と手合わせ願えて幸せです!」
何この子メッチャええ子……此処迄世辞が本音に近い程旨いと本気にし過ぎてつい告っちゃいそうだぜ。
だが今から俺は最低となる。
セクハラ発言で彼女の精神を狂わせ剣の腕を鈍らせて……後如何しよう……斬る? 斬っとく? でも嫁入り前の女子に傷付けるのも申し訳ない…責めて衣類……服、位かな? そうだな、そうしよう、心も服もズタボロにさせる修行って事で良いかな? 良いな? うん、括弧納得。
だが、となると、この剣で交差斬り若しくは同時斬りを決めなければ行けない、然も服のみ。
結構高難易度だぞ? 居合で微塵斬りの方が簡単なんじゃないか?
そう言えるのも全てバフ効果のお陰であって、因みにこのバフの後のデメリットは、腕が腱鞘炎する程物凄く疲れるであって、一応熟練度は上がるが、例えとしてブレの無い真っ直ぐな正面斬りが出来る迄の単位を一とするなら、経験値は精々零点一、速くて十日でマスター出来るって処だ、腱鞘炎にさえならなければ。
独学で流派とか連撃の剣捌きを見出そうとするなら、百くらいだろうな。
千日即ち二年と九か月ちょっとで君も大剣豪になれるぜ。
いやまぁ、増幅と消失で出来る真剣道の理屈なんて当然語るに及ばずですが、ど無能過ぎて。
じゃなくてだな。
今から腕も一応護身必要だが、脚と頭に使ってけ。
妖夢の視界から消えた瞬間耳元に近付き、囁く。
「それは良かった。処でお前の胸、触ったけど柔らかかったな」
瞬間耳が赤くなり頬が赤くなり、熱が上がる妖夢は、音の囁く側へと焦燥込んで表情険しく斬り掛かるが、当然空を斬っただけの結果。
残念な事か嬉嬉な事か、衣服の腹部が斬られて居た。
「な、なんと幻惑の強い言霊、そして剣術……! コレが師匠の実力でも有り、コレがせくはらですか……」
いかにも、と言いたいが、目に映らない移動の最中、コレ我為す所業乍らあられもない姿垣間見えるから堂々宣言したくない。
耳を同じ側の手で包み刀を持つ腕で露出した腹を隠す妖夢は目を瞑って深呼吸をし、精神を統一する。
耳元で囁かれようと、衣類を剥ぎ取られようと、今度は惑わされないようにと、柄を強く握る。
「まぁ触ったと言うか、俺自身妖夢に成ったと言う理由で、色々感じたぜ? 女の体のつくりを、着こなす衣類との接触で」
構えた処を、再び耳元で囁きに掛かるロクデナ師匠。
又、ムキになって縦に真っ直ぐ斬り掛かるが何も当たらず、今度はスカートの端一部が斬られていた。
「むぅ。下賤ですが難行。無我の境地とは、ありとあらゆる面で波を立てない水面の様に静謐で行けない筈が、卑語混ぜて熱湯に到る迄沸かされるとは、私もまだまだ修行不足です」
「君、安産型だね」
「ァアアアァァァァ…!!!!」
スタンダードなセクハラです、本当に有難う御座いました。
だからと言って到達出来るとは限らないけどな。
煩悩の犬は追えども去らず、その数百八を悟って我が物で抑えて操ってノーリアクションで生きるとか、人らしい人ならば死んで仏への旅路を歩もうとも難儀な話よ。
マジ尊敬しますってこったに。
「それはそれとして、七罪の内の憤怒を募らせる言霊なら師匠は出来る筈なのに、何故色欲の語彙で押して来るのでしょう」
日本じゃなしに西方の思想出して来るんだ。
「憤怒なら異変での弾幕ごっこの際、事誰かと会う度に切れ味あるマジキレそうキレキレ煽言会話しているじゃねぇか」
むぅという口に、目を瞑って眉間に皺寄せて「確かに」と言って居るかの様に無言で納得する妖夢。
「それに大体が少女ばかりじゃねぇか。一応男と対話した事在るみたいだが、男のちょっかいに慣れて居ないなら、自然に色欲発言で追い込むが得策だろうて」
風に成って居た師匠、姿を現す。
「お言葉ですが師匠、それは……師匠も同じ事でしょう?」
「んぁ?」
何か言葉を吐き捨てたと思いきや、刀を後ろに此方に急接近……しまった、防御が遅れ……
『カァー…ン』
下から斬りかかる刃に応戦しつつも、素早さを優先した為、力が籠らず、虚しき男の力の無さよな、鋏は其の儘遥か天空へと飛ばされ、落下地点は遠く、師匠の背後に着地した。
その間に弟子は、刀を鞘に納めず手放して地面へ落とし――――
「…………ハ?」
と、腕を前に抱擁……って言うのか? 寧ろ抱擁して欲しいみたいな突進。
「貴方も、女性との接触に弱い」
上目遣いに彼女は、物理的接触で弱点を突く。
思考と言う理性に生きる人間紛いは、鼓動を早めて性別を変換する。
「筈なんだが、残念だったな。お前は俺に、俺はお前になったから、効果は無いぜ」
俺にも理解不明だが、そう、何故か思考が未だ纏まって居る。
誰と何回限らず、極端に異性と胴体触れ合えば女性化するのだが、例外が入れ替わりなのか。
「それは良かったです。負け惜しみで無く、本当に……。師匠が師匠で無くなる処でした。弟子的に、個人的に、そうなるのは嫌です」
と、相互の身体に挟まれていたと妖夢の腕は、手は、俺の脇腹を伝い、背中へと達す。
「師匠……いえ、陽月春雪さん。如何か私を………娶ってくれませんか?」
「…………ハ??」
二回も裏声で疑念の声を漏らす。
俺の本名を持ち出すのは解る、スゲェ解る、俺の記憶は、妖夢にも共有されたんやからな。
だが、求婚ってどういう事だ? 記憶だけで結婚を迫られるってあんのか? 嘘が。
何だこの子、顔を赤らめて、乙女な顔でコッチを見詰める。
「私は、貴方を知りました、貴方の過去に、惨劇に。其処に貴方の言うマチガイも、嘘偽りも、偽善塗れた悪質も、有るかも知れません。でも私は、私自身が、勝手ですが、支えになりたいと思いました、守ってあげたいと……。私じゃ、貴方の闇を晴らす事も、落とした欠片を埋める事も、不足過ぎて出来ないかも知れません。だけど、コレから先の私は、貴方の幸せの為、隣に居たい……居させて………くれますか?」
詰まりは妖夢、俺は此処に定住しろって……。
ハハ……只、稽古を付けようとしただけが、どうしてこうなった。
俺は何処までマチガえれば気が済むんだ。
マチガった正しさ、嘘の現実、歪み切った感情論。
解って居る、解り切って居る、コレは何かの、催眠操作的な間違いだと。
だけど、何にせよ、こうも真っ直ぐに迫ってくる、真剣に俺を考えてくれる、嘘だけど本当、本当だけど嘘、巡り廻って真実を放棄したくなる程の彼女の想い、踏み躙れない、無下に出来ない、ロクデナシに扱えない。
ロクデナシは、この純心に、純真に、答えてあげたいと思うロクデナシ。
だけど、俺には――――
『ドガシャー……ン』
何時振りか、木材の粉砕する音を耳にするのは。
「今のは入り口からです。話は後にして向かいましょう、師匠!」
「応」
『後に』なだけに、未だ師匠なのだろう、何にせよ答えは誅を下した後に出さなければな。
全く取り込んでいる最中で良いタイミングで白玉楼に同情破りかぁ? 取り敢えず不当を働く不貞な輩に間違い無いだろうな、処す。
刀を装備し、俺と妖夢は、白玉楼の入口へと屋敷の屋根瓦を渡り駆け出した。




