世界の終わりと、始まりの手前で
(山咲はどうして、あんなことを言ったのだろうか)
俺は学校から家までの帰り道、そんな主題にて、考え事に耽った。
まだ、入学してからもうすぐ1年が経とうとしているので、この10分ちょっとの道のりは自然と頭に入っている。
だから、多少考え事をしていても危険は少ない。
――あの子とは関わらない方がいいよ――
拒絶。
山咲 美波は、高崎 正子 を拒絶している。
しかし、二人の関係性がずっとそうであったかといえば違うようだ。
何故なら、山咲は彼女のことを ”しょうこちゃん”と下の名前で呼んでいたではないか。
”しょうこちゃん”と名を口にした山咲には、そのことを懐かしむような面持ちがあった。
だが、それは束の間のことだった。
山咲は次の瞬間には、表情を無くし、俺を残して教室を出ていった。
意味深な発言を残して。
(俺が深く立ち入る問題ではない。ないが……ああ言われては気になってしまうではないか)
気が付けば、雨は止んでいた。俺は、傘を畳む。
雨雲の隙間から、橙色の空模様が覗く。
(山咲は何か勘違いをしているんじゃないだろうか。もし俺の見立て通りなら、高崎さんは人を貶めたり、悪意を持って人に当たるなんてことはないと思うんだが。。彼女が人から嫌われることがあるとするなら、コミュニケーションの祖語によるものかもしれないな。空模様と同じで、女の心も変わりやすいと聞く。わだかまりがあるなら何れは解けるやもしれん)
いや、違うな、と俺は心の中で呟いたダイジェストを否定する。
今回の件は別に、山咲と高崎さんが仲直りすれば、<いいね>ということではない。
山咲は俺に、 あの子には関わるな と言った。
俺には経験はないが、自身が好みとしない相手の話になった際、”あの子と関わらない方がいい。喋ってもつまらないからね”のような当人の身勝手な忠告、こちらへの心象を操作しようとする試み、そんな行為が心が貧しい人々の間では、頻繫に行われているのだろう。
だから、今回の山咲もその類であったのだろう。”私はこういう手段を以て、良しとするくらいに、彼女のことが嫌いなのだ”という宣言だったのだろうか。
だが、それでは違和感が残る。
放課後の教室の風景を思い起こす。
教室を出ていく山咲の小さな背中から発せられた、氷のように冷たい声。
あれは、果たして俺に共感を求めていたか?それとも諫言?
いや、”警告” これが真に近いと感じる。
山咲は 高崎 正子 が危険な存在であると俺に伝えようとした。
……のかもしれない。
俺は、フフと喉の奥まったところで笑った。
(思ったより馬鹿な想像になってしまったな。山咲が変なことを言いだすからだぞ)
(さぁて、家も近くなってきた。そろそろ現実に目を向ける時間だ)
俺は、頭を切り替えようと、その場で背伸びをした。