幽霊
俺が教室に戻ると、教室には人っ子一人居なかった。
こうなると日中の騒がしさと対比され、静けさというものが際立つ。
雨音とも相まって、【いとおかし】と口にしたくなる心持ちになった。
いや、ここは敢えて言ってしまうのもいいだろう。
だって、この教室には俺しかいない訳だから。
―”いとおかし”
口に出してみた後、目を閉じてみた。
静寂の中で、雨が鉄筋コンクリートを叩く音が心地よく響く。
耳を澄ませてようやく滲むような、学生達の笑い声にも、俺は気分を良くさせた。
さて、目を開けようと考えたところで人の気配を感じた。
突然の後悔。
俺の肩は強張り、目はきつく閉じられ、全身にざわと鳥肌が立った。
(まさか、見られていたのか?)
教室で一人佇み、【いとおかし】などと呟く姿をクラスメイトに見られたならば、赤面して床に転げまわってしまいたい気持ちになる。
ただの頭の【オカシ】な人だと思われるだろう。
言い過ぎるならば、死刑宣告を待つような気分で身動き一つとれずじっとしていた。
言葉のナイフで刺すならば、刺すがいい。俺は何も抵抗せず、自らの非を認めて死んでいこう。
しかし、向こうからのアクションがいつまで待っても来やしない。
(左後方……教室後ろ側のドアの近く……)
俺は神経を左後方へと集中させる。
どうやら、にじりにじりと教室の後方のドアの方に移動しているらしい。
静寂の教室内では、その姿が見えずとも、物音や気配で相手の動作が伝わってくる。
(どうする……俺)
そもそも、左後方にいる人間の正体は何だろうか?
この教室に俺よりも後からやってきたとするなら、俺はきっと気づくはずだ。
そして、俺はこの教室に入る前に、誰もいないことを確認している。
よって、この教室に人がいること自体、あり得ないことだ。
突如として現れた……?
(まさか、【幽霊】か)
さっきまで、奇行をクラスメイトに見られた恐怖に怯えていたが、また別の恐怖が誕生してしまった。
まあ、どちらにしても、怖くて振り向く勇気が出ない。
(このまま、教室を出て行ってくれ。そして、俺の事は忘れてほしい)
俺が本気でそう願い始めると、何故かにじりにじりと【幽霊】は教室内に戻ってきた。
(違う!何故近づいてくるんだ!)
願いとは、いつだって届かないものだ。
こうなったら、【幽霊】と対峙するしかない。
逃げるから余計に怖いので、向かっていけば存外怖くないのだ。
俺は、そう信じて振り向いた。