幻術
村主なんとかさんとの勝負も無事に勝ち土下座させた事に満足げなクレアは、内ポケットから双眼鏡を取り出し目的地を眺めた。
「ん〜ここから千五百キロってとこかしら? なかなか遠いわね……。ミリー……は、んーやめておきましょう。少し疲れるけど瞬間移動で行きましょうか」
『瞬間移動』
視界が変わる。先ほどまでいた荒野が遠くに見える。ここは目的地までおよそ五十キロ程度の場所。これ以上近くに飛ぶと不可侵条約とかなんとかいうクソみたいな法律に引っかかって殺されかねない。
行くのであれば、徒歩か、車でしか無いのだ。
空は紫色、雲は黒く、吹く風は赤い。この世の地獄を形どったような光景に誰しもが固唾を呑むのだがクレアはそれを諸共せずスキップ混じりにあれた土地を歩くのだ。だが、そのスピードば人のそれとは大きく違う。
時速百二十キロ以上のスピードの出るスキップなど聞いたこともない。
なぜそんなことができるのかというと、全身に強化魔法、目に視野角増加、近未来予知などさまざまなバフおかけまくっているお陰でここすまでの速度が出るのだ。常人がやってのけたらそれはそれで化け物である。というか体が速度に耐えられずボロ雑巾みたいになってしまう。
目的地までおよそ十キロを切ったその時全身に鳥肌がたった。
その場から跳躍し十五メートルほど後方に飛んだ。
コンマ0、5秒……たったそれだけの時間。
先程までいた場所にはいく本もの光剣が突き刺さっている。
私の未来予知でも観測できなかったとなると……視覚視認外からの攻撃、いや攻撃私の未来予知は自身に対する攻撃の意思のあるものにしか反応しない……。
成る程、そういう事ね。
「出てきなさい。こんな芸当できるのは白星家の者ね」
ヌルリと時空がカレンダーのようにめくれひとりの美女が現れる。
金髪ロング、白色のワンピースを着こなし首元には勾玉を模様したネックレスが光る。
「あらあら、今の一撃で死んでくれると思っていたのに……存外しぶといのね? めすぶたさん」
小剣を右手に持ち、ペチペチと自身の頬を優しく叩いた。
「言うに事欠いて雌豚とはなかなかほざきますね。金髪ゴリラさん」
「あら? 名前知らなかったのかしら……許してあげるわ。私の名前は……」
「白星 ミルエダさんでしたっけ 拙い名前ですこと」
ミルエダは唾を吐き捨て、小剣をクレアに向けた。
「名前……知ってるじゃないですか。あぁ、そういう事……。自身の愚かさを私の名前を言う事で表したのですわね。実に滑稽、滑稽」
拳銃を二丁とも抜き、ミルエダに向ける。
「そう言うあなたも、人を小馬鹿にするしか能のない虫ケラほどの脳みそを持ち合わせていないのかしら? これでも魔導序列三十六位の私の名前を知らないとか勉強不足でなくて?」
彼女は舌を巻き、口笛を吹く。
「なかなか強いのですね……ランキング外の私には関係のない事……」
「あら、そうでして? 弱いのですね」
「ふーん、貴方知らないのですか? ランキング外には二つの種類がいることを……まず一つは弱い奴ら……これは論外です。もう一つは強すぎてランキングに乗らない番外という人たちのことを……」
目を細め、クレアはうちに潜む魔力を練り始めた。これはやばいと本能が訴えている。こいつは早めに仕留めなければ死あるのみ……。今一度あの刀を出さなくてはならないと……。
『降れ、刃」
上空に顕現する光り輝く光剣、その数は目で追うには多過ぎる。その一つ一つが山を砕き、谷を埋める程の威力を有するの目に見てわかること……クレアは魔力を別に練り移動系の魔法を練る。
魔法使いの練れる最大数は最低でも一つ、天才と言われる人達は二つ、三つ練れるとなると英雄、四つ以上となると賢人となる……そして、クレアは……。
さらにもう二つの魔力を別に練っていた。
凄まじい暴力的なまでの剣たちが一斉にクレアに向けて降り注いだ。
『決壊防護盾』『視覚外転移』『反逆・転写』『即死・無効』
これら全てに魔力を練り時間差で排出する。
幾重にも重なり転移したとしても追尾機能で背中を取られるが決壊防護盾のおかげで死を逃れ心臓に突き刺さる光剣は爆発するも『即死・無効』により無かったことに。
凄まじい爆撃、轟音とともに弾け飛ぶ大岩が視界を塞ぐ。
煩わしいと下手に弾丸を放てば位置がバレ光剣を向けられる。
「煩わしい……」
小さく呟き、回避と隙を見つけるため素早く移動する。
無造作に降り注ぐ光剣はいつになっても減らない…………。まさか、これは幻術なのでは?
これ程までに高威力の光剣を数限りなく撃つ為には物凄い量の魔力を消費する。
多分だけどこの中に本物の光剣は数本ほど混ざっていると考えた方が良い。岩の砕ける音や砂埃を見てそれはなんとなくわかる。
少しこの場から離れて幻術を解かなければ。
「そろそろ気が付いたようね……私の幻術に、だけど私からは逃げられない。蛇のように締め付け獲物を丸呑みしてあげる……うふふ」
ミエルダはくすくすと笑い、小さく呟く。クレアには聞こえない、だが意図は伝わるかも知れないと少しばかり警戒するのであった。
顕現する光剣たちに消費する魔力を数値で表すと。
0.1〜0.2ほど……これは私の魔力総数1000を基本とした場合によるものだ。
最小数で計算した場合大体9900〜10000本という計算になる。ま。これは目安か。
いまの魔力残数は658程度……半分はまた切っていないがそろそろキリをつけたいところ。帰りの魔力も残しておかないと行けない。
魔力の残数にも気を使い投げつける光剣の数をセーブしそれでもなお彼女にバレないだけの攻撃を与え続けるこれは中々に難しいが彼女は額に汗の一つも垂らさずにこれを成し遂げる。
クレアは焦っていた。
いくらこれが半分以上が幻覚だったとしてもおいそれと避けないわけには行かない。あいつは生身だという事が分かればまだ道は開かれるが、それがはっきりしていない以上刀も銃もばかすか撃てる状況では無い。
魔力はまだ腐る程ある。持久戦……はあまり得意では無いが、ここはひとつ挑発してみるのも……。
「あはは、あなたの光剣って当たっても痛くなさそうですわね……こんなふにゃふにゃの剣なんぞ当たったも傷が付くのは子供程度では無くて?」
「…………」
拡散魔法を使い、自身の位置を知らせないように声を張る。
キョロキョロし出した彼女はとても滑稽で面白いが、それよりも薄っすらと彼女の周りに張り巡らされたあの膜はきっと防御系の魔法、あるいは防具であるだろう。
困った……。手を一時的に止められたがこれも策としては及第点にも及ばない下策だったようだ。
次第に破壊される岩岩が減ってきた。
魔力残数が半分を切ったか?
だが、ここで動くのは良くない。それは相手の策に乗ることにもなる……。
というかなぜ、あの女は動かないのだ……。
あの場から一歩たりとも動こうとしないではないか……。
ふむ、そういうことか!!