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この女、ドSにつき  作者: コカトリス
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彼の名は

 走る馬車に揺られる

 車内は異様な空気に包まれている。全く笑わないクレアと何も聞こうとしないミリー。ただエンジン音だけが聞こえる。音楽の一つもかけずによくもまぁそんなにも車に乗れるものだと賞賛したいものだが、この空気ではそんな気分にはならない。


「姫さん……火薬の匂いが鼻につきますぜ。一体何と戦う気ですかい?」

「……白星家よ」

「はぁ! 冗談も程々にしてくだせい。あれと?

 勝負にすらなりやしないぜ。あれは化け物中の化け物ですぜ……姫さん死にたいのか?」



 据わった目を向けられたミリーは言葉を飲んだ。

 これはやる目だ、俺がとやかく言うものではない。覚悟を決めたやつにチャチャいうのは、三流のやる事だ……俺は一流ーーならば……。


「そうですかい……鉛玉ぶち込んだってくだせい。俺は姫さんの帰りを待つだけですから」

「そうね、あなたもそれくらいの気概が無きゃ死ぬかもしれないわよ?」

「おいおい、勘弁してくださいよ姫さん。俺は送って行くだけ……それ以上はしない」


 クレアがそっと指を指す。


「おいおい、嘘だろ……あいつ、はぁもう嫌。姫さん捕まっていていて下さいよ」



 前方五百メートル、空中に浮かぶ巨大な魔力の塊、その前に佇むひとりの青年を見た瞬間、ミリーの顔が強張る。


 だが、臆することはない……俺は世界一の運転士だ。この程度の嵐風情で俺の車は傷つかねーぜ!!




 宙に浮く少年は一台の馬車をみて考えにふけていた。

「んーあれは確かミリエダの馬車……だよな。あいつには世話になってるし壊すのは……でも。親方様の命令だし仕方ないよな〜」

 かったるそうに、悪態をつき肩を落とす。


 ここは荒野である。

 終焉の回廊というのはこの荒野を抜けた先、何もない暗黒世界のことを指すものである。無論ここは地球などではない。

 魔女や悪鬼、悪霊、魔物が住まう阿鼻叫喚地獄のそれである。

 次元をすり抜け、あらゆる方角へ走ることのできるミリーの馬車ですら通るのは至難の技。


 この荒野では、一瞬たりとも気が抜けない。なのにもかかわらず、魔物なんて生易しい程の馬鹿げた力を持つ者がこの場に二人いる事に驚愕しなくてはならない。



「それじゃあ、お仕事と行きますか……」


 目を大きく開く、手を頭上にあげ詠唱を始めた。


「咲け、桜よ。散りて尚美しく輝かん!!」


 膨大な魔力片が形を変える。大樹の如き魔力根は大地に根を張り、莫大な魔力はその姿を一つの大樹へと成長するのだ。


「おいおい、姫さん……もしかしてあれ桜吹雪ってやつですかい?」

「そう、見たいね。ミリー上を開けてちょうだい」

「分かりやした」


 操作パネルを操作し馬車の頭上横縦一.五メートル四方の四方のボンネットが開かれた。


「ミリー!!」


「はいよ姫さん!」


 打ち上げられたクレアは愛用の二丁のハンドガンをその手持つ。


『フルバースト!!!」


 無限に等しい桜の片鱗を次々と撃ち落とす。それはまるで神に反逆する人の図だ。

 リロードは一切ない。なぜなら打ち出されている弾丸、それら全てクレアの魔力から来ているものなのだ。これら全てを撃ち落とすとなるとあの桜吹雪と同等……否、それ以上の魔力を消費する事になる。



 次々と撃ち落とされている花びら達を哀れに思いながらも、彼は次の攻撃の魔力を練る。


「いやはや、あの女な魔力は無尽蔵なのか? まぁいい。殺すことには変わりない……。さて、禁忌魔法でも使いますか」


「そこのクソガキ! 名前はなんて言う!」

「なんだ? 名乗るのはいいがまずはそちらからだろう?」



 徐々に高度が下がりつつあるクレアは歯ぎしりをしながら花びらを撃ち落とす。

 吹き荒れる風はどこか熱を浴びる。


「私の名はクレア、貴様を殺すものだ!」

「いい遠吠えだ。気に入った。俺の名は倉崎くらさき 圭一けいいちだ。お前との同じくお前を殺すものだ!!」


 互いに名乗りを上げ、桜吹雪がより一層迫力を増す。一枚一枚の花びらが大きくなり、その鋭さを増す。花びらの掠った地面はバターが切れるかのように穴が空いている。

 相当な切れ味だ。


 あれをまともに食らってはいきている保証はなさそうだ。



「姫さん、らちが明かねーぜ」

「分かっているわ……ミリー退避よ」

「あれですかい? ふふ、楽しくなりそうですな」


「分かっているなら早くいきなさい……ここからは徒歩で行くわ」



 地面に着地し、クレアは翔る。


 ハンドガンをホルスダーに仕舞い、亜空間から一振りと刀を取り出した。刃渡り四尺、持ち手は赤と緑のシマウマ柄。

 白色の白銀の太刀……。その名を『名刀・修羅の起源』



 あらゆる時空を切り裂く。そのものに名がある限りそれら全てを断絶する魔剣クラスの化け物刀である。


「良い刀だ……それは少し危険かな?」

「これを見たお前は生かしておくことは出来ない……覚悟!」


 この刀には一つだけ弱点がある……それは、名前が無いものは切れないという事……だが、それを差し引いたとしてもこの刀は魔刀である。



 抜き捨てられた鞘は地面に転がる。

 太刀を重そうに持ち上げ、ゆるりと斬りさげた。


 その瞬間、時空が歪んだ。雲が裂け、地面が砕け、空気が揺れた。ありとあらゆる現象を切断し、対象となる敵を斬り殺さんと鬼気迫る。


「やるじゃないか! そっれ!!」


 彼は先ほどまで集めていた魔力の形を正方形の超鉱へと変化させた。

 黒く、ただ黒い五メートル四方の黒塊が生み出された。


「これくらいで防げるだろう。黒塊!!」


 名前は安直だが、その強度は絶大。



 だが…………。


 その、思いは自身の左腕が語る……。



「なに!!」


 ドボドボと吹き荒れる血飛沫が宙を飛び乾いた大地に降り注ぐ。


 あれ程の金属の塊をいとも容易く切断しなおかつ俺の腕まで切り落とすとは、なんなのだあの刀は……。


 肩で息をするクレアは、知っていた。この刀のもう一つの欠点を。


 それは、魔力消費の量だ。

 いくら、強大な魔力を持つクレアであってもこの刀の消費量は甚大なもの、魔力そのものを刀の力としているため切ったものの硬度によってまも魔力の消費が変わる。即ち、先程切った鉄塊はそれ程の強度を誇ると言う事である。



「今の一撃でやらなかったのは痛いわね……ふぅーー。これで終わらせないと次がキツイ」



 天高く刀を振り上げ、勢いよく振り下げた。


「セイヤー!!!」


 無音、無色、透明な刃が彼を襲う。だが、しかし彼もやられっぱなしではプライドが許さない。



「死ぬが良い……グラビティ・ギガ・インパクト」


 練り上げられた魔性の球体、それらは独自の重力波を形成し地形を変えながらクレアに鬼気迫る。


「名前があるならば、これは全てを切断する!!」


「うおおおおおおおおおおお!!!」

「セイヤァァァァァァアア!!!」


 二人の放った斬撃と重力の変動がぶつかり合い時空そのものを消し飛ばす。


「バウンドガン……」

 刀をしまい、拳銃を取り出した。その間も重量と斬撃は拮抗し合う。


 ドパッン!!


 時空が歪む音がド派手すぎて拳銃の音など聞こえるはずもない。


 打ち出される弾丸、全六発が宙を跳ね彼の後方二メートルに達す。


『物理瞬間切り替え』


 手を握りこみ、空間をひねる。


 弾丸のあった位置にクレアが、クレアいた場所には弾丸が現れる。

「取った!」


「…………!!!」

 胸に突き刺さる短剣、そして消える重量の大玉。

 そして、迫る見えざる刃……。


「瞬間移動」




 真っ二つに切断された彼は、空に浮かぶことが出来ず、地面に落ちる。

 どさりと土埃をまき、大量の血を流す。


「勝った……」


「…………見事ーー」


 目を瞑り、悠久の時を願い彼は死んだ。



『死者蘇生』


 クレアは残り少ない魔力を使い、彼を生き返らせた。



 ゆっくりと目を開ける彼はここが地獄だと信じ上体を起こした。


「あら? 意外と早かったのね」

「……!? お前一体何してる。これは、まさか!!」


「御察しの通りあなたは死んで無いわ」


 自身の体を確かめるように触り彼はなぜか安堵した。いや。安堵してしまった。


「何故助けた。そのまま体ごと消し飛ばせば良いものを。それとも何か? 死にたいのか?」


「いいえ、私、殺生はしない主義なの。相手をボコボコにして土下座させるのが面白いんじゃ無い」


 彼はものすごーいジト目をした。

 こいつは何を言っているんだと、俺が生き返ればお前は死ぬかもしれない。なのに生き返らせる?

 俺ならば絶対にしないし、というか普通は殺す。



「さぁ、土下座しなさい。あぁ、それとあなたの魔力頂いたから。帰りは歩きよ。それが嫌なら土下座、ほら、土下座しなさい。生き返らせてくれてありがとう。それから、お家まで返してくださいって……ほら、言いなさい。でないと埋めて帰るわよ?」


「…………ん、グッ……!」


 彼は思った、これ、死ぬよりも酷くね?


 屈辱の極み、敵に土下座して送ってもらうとか愚の骨頂。自害した方がマシなくらいだ。自決用のナイフはカバンに入っているし、毒も入っている。


 だが……。

 恩を返さ無いのもそれはそれで嫌なのだ。

 死んだら戻れない。それは断り……。それをキャンセルし生き返らせてくれた彼女に礼はしなくてはならない。

 クソォ!! このクソ女が!!

 ドSじゃねーか!


「ほら? まだなの……私決断力のない男、嫌いなのよね」

「……グッ、くそが!!」

 男は地面に頭を擦り付け、精一杯の声で言い放った。


「殺された挙句、生き返らせてくださってありがとうございました。それと、お家まで送ってください」


「うふふ……よろしい……。若干殺気が混じっていた気もしたけど、あなたの今の姿滑稽よ」

「チクショウ。死んだ方が幾分かマシだよ」


 男を立たせ、クレアは聞いた。

「ところで貴方。名前は」

「聞いてどうする」

「なんとなくよ」

「そうかい、俺の名前は村主 林瑛りんえいだ。覚えとけくそが。それと、お前は」


 妖艶に、口元に手を置きクレアは優しく呟いた。


「私の名前はクレアよ。宜しくね三下」

「誰が三下じゃボケ。いつか殺してやるからな」


「あはは、頑張ってみなさい。私は強いわよ?」

「知ってるよ。くそが」


 クレアは魔力を練る。そして、唱える。


『帰還転送』


 男の周りに緑色の粒子が集う。そして……。


 男は消えてしまった。


 最後まで悔しがるあの男の顔はまさしく滑稽だった……。






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