何も出来ないので話だけ聞くことにした2
ついに自分の順番が回ってきた。「刹那の儀」である。
自分には何の適性があるのか。自分はどのような未来を歩んでいくのか。不安と好奇心と希望と絶望で胸がいっぱいになってくる。
「さぁ、アポチ君の番だ。ゆっくりと右手をシルバープレートの上に手を置くんだ」
優しく導かれ、アポチは右手をシルバープレートにそっと乗せた。
冷たい、そう感じた瞬間アポチの体の中に暖かい物が流れ込んできた。
それが何かはわからなかったが、体の中をぐるりと回った何かは、またシルバープレートに戻っていった。
アポチにとっては長い時間であったように感じたが、他の人たちには1、2秒に感じただろう。
(あっ!何か来る!?)
その瞬間にシルバープレートと水晶が輝き出した。
その輝きは黄金にも虹色にも感じられる、表現しようがない輝きであった。
眩しいけれども眩しい訳でもなく・・・。
そして、シルバープレートの職業適正欄に文字が綴られていく。
「勇者」、備考欄には「世界を救いし者、全てを救い、全てを束ね、人々を暗闇より導きし希望である」
アポチは舞い上がった、とてつもなく動悸がする。
(僕が「勇者」だって!?僕の中にはそんなに凄い能力があるのか!?)
自分の中に確かに自信が湧き上がってきた。
(やってやる!)
右手に力を込めて拳を握りしめ、天高らかに右手をかがげた。
そこはよく知っている天井であった。
「いやん!!!!」
思わずベットで身悶えてしまった。
中二病よろしく、枕に顔を埋めてバタバタと足をばたつかせる。
「ぬおおおおおおお!」
(夢とはいえ、「勇者」ってなんだよ!)
とはいえいい夢見たことには間違いない。
この時実は期待していた。今日受ける刹那の儀はきっといいことが起きると。
思わず口角が上がる。
バタン!と扉をぶちあけると同時に「いい加減にしな!」と怒号が響いた。
母上の登場である。
顔を上げると母と目が合った。
息子を見た母の瞳孔が開いた。と同時に母の顔から覇気が消え・・・哀愁が漂ってきた。
無理もない。ベットの上にうつ伏せになり、顔を真っ赤にしているのだ。
そして母は全てを察した顔になった。
「えっと・・・まぁ・・・夢◯することくらい思春期の子だったらあるわよ!
あんたが恥ずかしくなかったら洗ってあげるけど、嫌だったら自分で洗いな」
「違う!」と母が言い終わる前に訂正出来た。
「恥ずかしい夢を見て思わず悶えてただけだから!」
はぁ・・・ため息を吐きながら母は部屋から出て行った。
「どうせシルバープレートに勇者とか書かれていて、僕頑張っちゃうもんね!とかって正義のヒーローにでもなる夢なんか見ちゃってたんでしょ・・・。さっさと降りて朝ごはん食べちゃってよね。」
(なぜだ・・・)何も言えず虚空を見上げる。さらなる羞恥の渦に巻き込まれた。
朝ごはんを食べ終わると同時にトントンとノックの音が響く。
は〜いとよそ行きの声で母が玄関に走って行った。
(ムーラウのやつだな・・・)
「ムーラウ君来たわよ。外で待ってるって言ってたけど、準備に時間かかるなら部屋に通しなさいよ。」
「あいよ〜」
(ってかさっきの声と今の声違いすぎるだろ。若干きもいわ・・・)
食器を片付けると玄関へと向かった。
「どしたんその顔?なんか変な物でも食べたんか?」
「いや、女の恐ろしい一面を再認識したのだよ」
「それミミンが聞いたらブチ切れるから気をつけろよ?」
そう言うとムーラウは哀れむような視線を向けてきた。
またそんな目で僕を見て・・・朝の勘違い劇場が脳裏をよぎった。
ムーラウはアポチの幼馴染で種族は人族と鬼人族のハーフである。
もちろん小さい頃からの付き合いであるので、彼の両親にも何度も会っている。
お父さんは人族で、学校の先生だ。とてもお世話になった。いや、現在進行形でお世話になっている。
おじさんの授業はとても人気だ。
分かりやすいだけでなく、ボキャブラリーに富んでいる。
やはり分かりやすいというのが一番良い。
お母さんは・・・鬼人族である。
容姿はほとんど人族と変わらない。
鬼人族の特徴はその身体能力、主に「力」のパラメーターが半端ない。
でかい丸太ですら楽々と持ち上げるし、打撃力も笑えない。
訓練用のカカシをどついたら頭が消し飛んだとか、上半身が蹴りで吹っ飛んだとかはざらである。ちなみに、ムーラウのお母さんは狩人をしている。
狩りの腕はとてもすごく、何がすごいって「力」が自慢の種族であるのに「弓」での射撃の技術がとても高い。
もう、神業レベルである。
使っている弓ももちろん特注の「剛弓」で、普通の人族ではまともに弓を引くことも出来ないだろう。
アポチも何度か狩りに連れて行ってもらったことがあるのだが、凄まじいの一言だった。
まるで米粒のようにしか見えない距離にいる獲物の眉間に、正確にクリーンヒットさせる。
彼女が言うには500m先の獲物なら外すことはまずないらしい。
相手の気配を察知出来る範囲外からの強襲である。
もちろん獲物側からしたらたまったものじゃないだろう。
気づくまもなく絶命するのである。
あの光景は思い出すだけで興奮する。
アポチも男の子なので、このような武勇が好きでたまらない。
ドスンと遠慮も無くムーラウはベットに腰掛ける。
部屋に来た時の定位置だ。
もう10年以上アポチを待つ時はそこに座る。
「やっぱりアポチはアポチだな」笑いながらこの言い草である。
「急になんだよ」
急いで着替えているってのに邪魔しないでほしい物だ。
「今日は刹那の儀があるってのに、昨日と一緒だもんな」
「昨日と一緒じゃないよ。もう何年もこんな感じでしょ?」
「自覚あるなら、もっと早く起きて準備しておけよな」
「ごもっとも。しかし、無理だ!」
ニヤリとするアポチとは反対にムーラウは諦めるかのように爆笑した。
「本当にその図太さだけは見習いたいと思うぜ」
「お邪魔しました!行ってきます!」
「母さん行ってきます!」
アポチが扉を閉めようとすると、待って!待ちなさい!とバタバタと母が駆けてきた。
???
何か忘れ物でもあったかな?
「あんたら儀式の日でもいつも通りに出て行くって逆にびっくりするわ!」
「おばさんすいません。アポチがいつも通りすぎて・・・」
思わず母とムーラウは苦笑いした。
「後で私と父さんも儀式に行くからね!頑張るのよ!」
優しく抱きしめられ、額にキスをされた。
「ちょい!ムーラウいるし恥ずいわ!」
言葉の割に嫌がった顔はしていない。
まぁ、男の子は皆マザコンの気がありますよね?
「シルバープレートに手置くだけだし、何を頑張るんだよ」
「まぁ、その内分かるわよ。とにかく、二人とも気を付けて行ってらっしゃい!」
満面の笑みで言われ、行ってきますと二人も笑顔を返し家を出た。
やはり年に1回の特別な日なだけあって、街全体が騒がしい。
儀式を受ける当人たち以外にとってはお祭りだ。
アポチも昨年はお手伝いの後、ムーラウやミミンと一緒に屋台を巡っていた。
しかし、平静を装っているが自分が受ける側になると落ち着かない。
ムーラウなんていつもより無口になっている。
「家出るまではそんなことなかったけど、緊張してきた」
「アポチにしては珍しいな」
「ムーラウはあがり症だもんね」
「今更否定はしない。今日は何回トイレ行ったか分からん」
今更ながら、ちょっと怖気付いてきた。
落ち着こうと周りを見渡してみると、学校の同級生を何人か見付けることができた。
しかし、誰も楽しそうな顔なんてしていない。
皆一様に強張った顔をしている。
道の反対側を歩いている龍鱗族の委員長なんて、普段は冷静なお姉さまキャラのくせに、これからよからぬことを初めて行うかのごとく目は泳ぎ、顔色はとても青い。
龍鱗族は容姿鍛錬、才色兼備といった印象がとても強い。
委員長も普段はとてつもない美形なしっかり屋さんのイメージなので、アポチからしたらびっくりだ。
もし自分が守衛とかであったら真っ先に職質を行うだろう。
その委員長の後ろを歩くご両親?と思われる龍鱗族の大人も似たような顔色である。
儀式が行われる精霊教会の建物を目指して歩いていると、見知った女の子の後ろ姿を見つけた。
もう一人の幼馴染のミミンだ。
ミミンは兎人族の女の子だ。
身長は150cm程のどこにでもいるような平均的な身長なのだが、髪はピンクでロング丈であり風が吹くと艶のある髪が綺麗に輝く。
その頭のてっぺんから1ついの兎の耳が出ている。
もちろんこの耳が兎人族の特徴である。
また、兎人族はとても人気のある種族だ。
良く観察していると兎の耳がピクピクと様々な方向に向き、周囲の音をしっかりと拾っていく。
まさしく兎といった感じだ。
その仕草がとても可愛い。
また、忘れちゃいけないのが、お尻と腰の間くらいの位置にあるまん丸のモフモフの尻尾だ。
小さい時に触らせてもらったが、肌触りがとても良く気持ち良い。
嬉しい時などに小刻みに動くようだが、この動きもとても可愛い。
そして何よち兎人族は美人や可愛い子が多い。
学校ではミミンも龍鱗族の委員長と1、2を争う人気者である。
観察しているとミミンの耳がピコピコと動いている。
そしてピクンと耳が立つと同時にこちらに振り向いた。
「アポチ!ムーラウ!」
「「おはよう!」」
「おはよう」
そして、一緒に居た友達を置いてこちらにかけてくる。
(いつも通りだがあれでいいのだろうか?)
やはり友達も苦笑いしていた。
「緊張してない?」
「「してない」」
「さっきからハモってない?」
「「ハモってない」」
「相変わらず仲良しだね!」
「まぁ」
「アポチとは腐れ縁だからな!」
「そこはハモらんのかい!」
3人集まると大体このやり取りになる。
ちょっと好きな瞬間だ。
「私は朝から緊張しまくりだよ!」
「実も僕もだよ」
「んじゃあ、あの子ら待たせてるから行くね!」
ミミンが元気に手を振りながら駆け出して行った。
「また後でねーー!」
嵐の様な子だ・・・。
「あいつ絶対緊張してないな」
ムーラウも渋い顔をしている。
「アポチ。俺らも気合いれて行くか!」
「気合い入れても何も、気合い入れたって結果が良くなるって物でもマイでしょw」
「気分の問題だ」
ムーラウらしいと思いにやけてしまった。
幼馴染に和まされながら精霊教会への道を歩んだ。