赤いクレヨン
暗闇のなか少女は目覚めた。
起き上がり、ベッドの脇に置いてあるライトをつけて、近くの机に置いてある家族写真を見つめた。
時間を確かめると午前1時、こんな時間に起きることはよくあることだ。
その隣にある箱を開けて中身をよく見るとハルが大好きな赤色のクレヨンがどこにもなかった。
クレヨンはサラサクレヨンの12色入り、だが今は11色しかなかった。
「……無い……クレヨンがどこにもない、探さないと」
ハルは小学四年生で、唯一お絵描きが大好きな女の子だ、普通の子と違うのは……彼女だけが知っていた。
立派なベッドの頭元には数体の熊さんや、お人形が綺麗に座って置かれていた。
だがそんな愛らしいぬいぐるみや人形をみて、ハルは嫌な表情を見せて、クレヨンを何処に置いたかを思い出すため意識を集中させた。
(昨日最後にクレヨン使ったのは……キッチン……その時赤いクレヨンだけ入れ忘れたんだ)
ハルはクレヨンの箱といつも絵を描いているスケッチブックを手にパジャマ姿で部屋を飛び出した。
一階に降りてキッチンの扉を開けると、案の定そこには使いかけで置いてあった、赤いクレヨンが広い机の上にポツンと置かれていた。
「あった」
ハルが近くにより、クレヨンを取ろうと手を差し出すと共に視界がグラリと揺れて気づいたらクレヨンの蓋が空いて空中を舞い、次には床が視界に映り混んだ。
痛くはないが転けたのだと確信し足元を見ると少し絨毯が剥がれて、それに躓いてしまったのだろう。
「……クレヨン」
起き上がると辺りはクレヨンが散乱していた。
箱とスケッチブックを手に取り、片手で青いクレヨンを手にしようとしたとき、クレヨンが誰も触っていないのにコロコロと転がる。
「?」
不思議には思ったが表情変えずにもう一度青いクレヨンに手を伸ばすがまたしても転がり、それを追いかけるうちに玄関へとたどり着いた。
「もう出れないよ」
そうクレヨンに囁くと、まるで怖い生き物に近づくように恐る恐る忍び寄る。
だが、あと少しというところで何故か玄関がひとりでに空いて、クレヨンと共にハルも外へと飛び出した。
だがそこは外ではなかった。宇宙みたいにどこまでも続くような青い空間だった。
「ここは……どこ?」
気づけばさっきまで持っていたはずのスケッチブックが消えて、手元にはクレヨンの箱と蓋しか持っていなかった。
フワフワと浮いているといつの間にかどこかの家の椅子へ座っていた。
「ここは……パパとママと私のお家……?」
そこは見覚えがある、昔の自分の家だった、ただ一つ違うのは青色しかその世界にはなかった、ベッドも壁も窓の外も全部青色、家族の写真だけ、何故か色が付いていて、それを見たハルは昔を懐かしむかのようにぼそりと声を出す。
「パパ、ママ帰って来て」
その時ハルは廊下に何かの気配を感じ、部屋を後にした。
扉には「ハルの部屋」と書かれていた、それをみたハルはため息を吐きながらクレヨンの箱を胸に握っていた。
「いやはや、これはいらっしゃい、お待ちしてましたよ?」
突然の声にハルは声のする方向へ振り向くと、真っ青な毛が逆立ち、目は釣り上がり、口は目元まで裂けた何かが立っていた。
青い洋服をきっちりと身につけた何かはご丁寧に一例をすると、どこからともなくハルのクレヨンを出してきた。
「……それ、私のクレヨン……」
「おやおや? これは失礼、失礼、ハルのでしたか?」
嫌味な薄笑いを浮かべながらまたどこからともなく今度はスケッチブックを取り出した。
それもハルのだった。
「なんで私の名前知ってるの?」
「さて? 何故でしょうか?」
ハルは嫌味に笑う何かに近づき手を差し伸べる。
「返して」
「まぁまぁそう急がずとも、ですが? レディを困らせるのもなんですからねぇ、そ、れ、に、ここにいては、少し厄介なようですし、私も早々もたないので、さっさと始めましょう」
「何を?」
「ゲームですよ、楽しい……とっても楽しいゲームをするのです」
「……」
何も反論がないハルを先置いて、何かは次々に説明を始めだした。
箱の中から青いクレヨンを取り出すとそれを使ってスケッチブックの半分を青色で塗り潰すと、そこにクレヨンを次々と置いた。
「このクレヨン達を集めることが出来たらハルの勝ち、もしも出来なかったら我の勝ち、どうでしょう? 」
そう言っているとさっきまでただの塗り潰した絵だったがそのうち海になり、クレヨンがどんどん画用紙に吸い込まれて小さくなっていく。
「良いよ……その代わり私が勝ったらスケッチブックとクレヨンを返して」
「それはもちろんです、その代わり私が勝ったら……私の言う事を一つ聞いて頂きますよ? これは絶対条件です。 はい、それでは次で御待ちしておりますね……あぁ! 言っておくのを忘れましが? “異物”にはくれぐれも気を付けてくださいね」
「イブツ?」
「はい、あいつら気持ち悪いですから、触ったり無闇に攻撃をするとハルの様なか弱いレディだったら、即食べられてしまうので、大丈夫、目の前にいても声を出さなければ逃げられます、あいつらはこの天才な我と違ってバカで、アホで、……お間抜けさんすから」
「……うん」
「それでは私はここで……」
ウサギはそういうとどこかの鍵と青いクレヨンを残してスケッチブックの中に吸い込まれていった。
「……」
スケッチブックと青いクレヨンを拾い上げるとそこには「ゲームスタート」の文字と共に何かの絵の切れ端が浮かび上がった。
「……クレヨン、見つけないと……」
ハルは鍵と青いクレヨンを拾い上げると立ち上がり、真っ青な廊下を独りで歩き出した。