6話 名前
男とばかり遊んだ夏休みが終わった。
特に浮いた話も僕にはなかった。
それでも夏休みが終わることを悔やんでいた。
9月の始めには体育大会がある。
文化祭のようなお祭り感もないので、僕は特に楽しみにしもしていなかった。
そもそも運動が好きというわけでもない。
しかし、周りは文化祭の頃のように空前のカップルブームが到来していた。
上田さんも体育大会を楽しみにしていた。
メールでも彼氏が欲しいとか
良いなと思っている人がいるだとか
恋愛に脳が蝕まれているような事を送ってきた。
僕はそれに冷たく返信していた。
内心では僕以外の人に対して、
ドキドキしている上田さんを見るのが辛かっただけだ。
ただ、八つ当たりをしていた。
上田さんもそんな僕の態度に傷ついたようで、
周りのカップルブームとは裏腹に
体育大会の前日には、またメールも挨拶すらもしなくなっていた。
そして、体育大会当日。
晴れなくていいものを
太陽はすこぶる調子が良いようだった。
何の因果だろうか、
グラウンドに整列する度に僕の視界に上田さんが入るのだ。
視界に入る度に可愛いなと思う。
同時に声をかけられない自分に嫌気が差す。
整列する度に上田さんの隣にはショウがいて、仲良くジャレあっている。
ショウはシゲと同じバスケ部で気立てもよく楽しいやつである。
バスケ部同士仲が良いという事や
その仲の良さは決して恋愛ではないことを
上田さんからもショウからも聞いていた。
しかし、仲良く話している二人を眺めて、
僕の胸はキューッと小さくなって苦しかった。
それからというもの、
空元気で体育大会を楽しみ、声を張り上げて、
体育大会が終わる頃には声もガラガラになっていた。
そして、何かもがどうでもよくなっていた。
体育大会が終わり
前に上田さんと待ち合わせした公園に向かっていた。
昼休みにメールを送った。
久しぶりのメールを、、、
送信ボタンを押すときには少しだけ胸が高鳴った。
来るかどうかは分からない。
でも、来てほしいとは思っていた。
当たり前だが。
僕はまた滑り台を眺めていた。
ふと隣を見たとき
前みたいに
上田さんがいるんじゃないかって
期待して
運命を感じたくて
僕はじっと滑り台を眺めていた
そんな下心を持っていたら、集中など出来るはずもない。
むしろ静かな公園のなかで物音に敏感になっている。
体感では何時間も待ちぼうけになっている気がするが、
5分経ったかどうかというくらいだ。
男が五、六人 駅まで声がする。
うちの生徒だろう。
その後ろに女の子の集団の声もする。
そんな騒がしさが何度か繰り返される。
帰宅ラッシュなのだろう。
そして、また静けさが戻る。
帰宅ラッシュが落ち着いたのだろう。
すると反対の公園の入り口から
人影が向かってくるのが分かる。
その立ち居振る舞いで僕の待つ人だと分かった。
小さく手をあげる。
彼女はそれに気づいて小走りで駆けてくる。
そして、隣に座る。
彼女の方が先に口を開く。
疲れたねー。とか楽しかったー。とか面白かった話。とか
間を嫌がっているのか、一方的に話している。
話が尽きたのだろう。
彼女は少し間をおいた。
僕はその間を貰った。
一言だけ力強く。
「好きです。」
タイミングもムードもなく、
全てをぶったぎって伝えた。
彼女も一言捻り出した
「ごめん…。」
僕は、やっぱりなって思った。
同時に悲しさと諦めが一瞬の内に胸全体に拡がった。
「よく聞き取れなかった…。」
彼女は僕が悲しみに暮れた一瞬の間に続けた。
「言いたいことは何となく分かったけど、自信はない」
と今まで見たことのない優しい笑顔と声色でさらに続けた。
ヤケクソで張り上げて潰れた声と
ムードすら忘れるほどの緊張で
自分が思ってるよりも
「好きです。」は言葉になっていなかったのだ。
でも気持ちは伝わったようだ。
僕は近くにあった枝で砂地の地面に文字を書く。
「すきです。」と
彼女は僕の枝を取って、僕の書いた言葉の前に
「わたしも」
と枕詞をつけた。
その時、僕は友達に見せられないような顔をしていただろう。
こうして僕と花菜は高校一年生の9月に付き合うことになった。