震災怪談 怪異という救済
本屋で震災怪談の本を見つけた。
やっとそんな本を出せるくらい時間がたったのだろう。
ためしにぺらぺらめくってみると、これがひどい。
虫のしらせだとか、故人が霊となって表れてどうのこうのと、心霊いい話がてんこ盛り。
毒にも薬にもならないどころか、毒にしかならない話が並んでおる。
優しい怪異など害にしかならない。
無惨で恐ろしく救いがないからこそ、それが救いになる。
本当にいい震災怪談とはこうだ。
職場の同僚から、会社は再開したもののまだ震災によるガソリン不足が続いて頃に聞いた話。
彼の嫁さんの実家は石巻の海岸近くにあり、震災当日多くの人が津波に教われ命を失った。
辛うじて生き残った人たちはライフラインの復旧がいつになるかもわからない先の見えないなかで、懸命に生活していた。
それが、生まれ故郷だしここで頑張ると言っていた人たちが、一人欠け、二人欠けしていく。
出る、のだと言う。
夜、寝ていると足元から津波で亡くなった隣人たちが這いすがってくるのだと。
とてもじゃないが、こんな幽霊が出るところで暮らしてはいけないと、集落には誰もいなくなった。
その話を聞いた時、なぜ津波にさらわれた時間ではなく夜に? と思ったがすぐにわかった。
津波では即死しなったのだろう。
波にさらわれ冷たく暗い海で、どこからも救いはこず絶望に怨嗟の声をあげながら亡くなった時間が、出る時間なのだろう。
そして無人になった集落ではいまでも死者があるはずもない救いを求めて、這い上がってきているのかも知れない。
とてもいい話だ。
こんないい話を他に知らない。
といっても俺と同じ感性の人もいないだろうから、解説してみよう。
最初は震災の反動で、または空元気で、復興するまで故郷で頑張ると言った人たちも、ライフラインは復旧しないし原発は爆発するし、物資は手に入らないしで、一週間、二週間と過ぎるうちに肉体的にも精神的にも疲労が溜まり限界が近づいてくる。
しかし、故郷で頑張ると言ってしまったことは取り消せない。
言った自分を裏切ることになるし、田舎の隣人を見る目は都会のそれよりも厳しい。
そんな時、誰かが夜寝る時に幽霊を見たと言い出す。
本当に幽霊を見たのでも、極限状態での幻覚でも、はたまたまるっきりのでまかせでも、それはどうでもいい。
生まれた町で頑張ると言ったことを取り消せる大義名分ができる。
寝ていると幽霊が足元から這い上がってくるなんて、こんな恐ろしいところには住んでいられない。
かくして頑張り過ぎて燃え尽きる前に避難所なり遠方の親類の所なり、故郷を捨てて逃げ出す理由を得る。
これがもし幽霊を見たとか幻覚を見たとかではなく、誰かが故郷を捨てるために考えた嘘であったら素晴らしいと思う。
あの状況でよくもまあ誰も傷つけずに皆を救う嘘を考え付くものだと、尊敬する。
そういう意味では作り話であってほしい話だ。
怪異が共同体を解体すると同時に、それが救済になっている稀有な話だ。
あの状況だからこそだろうが、他に似た話を聞いたことがない。
ひどい状況で救いとなるのはそれより陰惨でひどい話だ。
無惨で恐ろしくなんの救いもない怪異だから、住民は逃げ出せた。
これが故人の霊が出て難を救われたなんてことになると、逆に逃げ出せなくなる。
怪異に退路を断たれてしまう。
あの状況ではそれはただの、呪いだ。
震災当時、頑張れ東北って言葉をあちこちで耳にしたが、病気怪我年齢その他もろもろの理由で頑張れない人はどうしろと?
死ねとでも?
と思っていたが、それ似たような無自覚の悪意を冒頭のジェントルゴーストストーリーばかりを集めた震災怪談を集めた本には、感じる。
人は死んでしまえと罵ってもなかなか死なないが、頑張れと励ますと結構簡単に死んでしまう。
もちろん作者はそんな意図はなく癒しを感じる話を集めただけなんだろうが、どう考えてもそれは糖衣でくるんだ毒薬なんだが。
幽霊より人間のが怖いなんてことをよく言うが、ちょっと違う。
怖いには自分がなにやってるかわかっていない人間なのだ。