異世界転生したら、転生先がパズルゲーだった
「お気に召しませんでしたか?」
赤いぶよぶよとした球体に成り果てた俺に対して、女神はそう問う。確かに俺は異世界に転生したいとトラックに轢かれた時、女神にお願いした。でもそれは俺つええとかチートスキルで美少女ハーレムが作りたかったのであって、4つ並べると消えちゃうような球体生物になりたかった訳ではない。発声機能が付いてないこの体を最大限に震わせて俺は怒りを表現する。
「ゲームのような異世界に行きたいとの希望だったので、この落ち物パズルゲームの世界へと生まれ変わらせてみたのですが……。すいません、私ゲームといったらこういうのしかプレイしたことがなかったので……」
平謝りする女神。落ち物パズルゲーしかプレイしたことがないって、お前は俺のおかんか! 俺はなるべく同じ赤色のぶよぶよとくっ付かないように身を動かしながら怒りを表現し続ける。うっかり4つ同色で繋がってしまうと、体が消滅してしまうからだ。
「うーん、困りました。一度転生させると、やり直しはきかないんですよ。私、新人なもんで転生させた相手からクレームが来たりすると大変なんです。好きなスキルをプレゼントするので何卒怒りを収めてもらえませんか?」
こんな世界で今更チートスキルを手に入れた所で、何をしろというのだ。あれか? 4つ揃った時にスコアが大幅アップするとかか? 俺は体をさらに大きく震わせる。それに合わせて周囲のぶよぶよがはじかれて揺れる。
「まずは意思疎通ができるようなスキルをプレゼントしますね」
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主人公は【テレパシー】を習得した。
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先ほどまでゼリーがぶつかり合うようなピチャピチャとした音と、女神の声しか聞こえなかった空間が、突如スクランブル交差点の中央に来たような騒音に包まれる。
「聞こえますか?今、主人公さんに【テレパシー】のスキルを付与しました。これでほかのぶよぶよと会話が出来るようになります」
『なにが楽しくてこんな訳分からん物体と会話しなくちゃならないんだ』
『何よ! 訳分からない物体なのはあなたも同じでしょ!』
『赤ぶよのくせに生意気な奴だな』
『赤を馬鹿にするんじゃねーよ』
おお? 俺が心の中で言った言葉に対していくつも返事が返ってきた。これって俺の他のぶよぶよが言ってるんだろうか。
『もしもし、俺の声聞こえてますか?』
『うるさいわね!大きな声出すんじゃないわよ!』
『赤ぶよのくせにいい声してんじゃねーか』
『赤を馬鹿にするんじゃ……いや、なんでもない』
目の前の女神の口は閉じたまま。女神がハイスキルな腹話術の使い手とかじゃない限り、周りのぶよぶよと会話できてるのは確からしい。辺りを見渡して見ると、こっちを見ている青、緑、赤のぶよぶよと目が合った。こいつらがテレパシーの相手なのか?
『ちょっとこっちジロジロ見てるんじゃないわよ!』
『赤ぶよのくせに生意気だぞ』
『赤を馬鹿にするんじゃねーよ』
あ、こいつらで間違いないわ。俺は3体のぶよぶよに軽く一礼すると、女神の方に向き直った。
『テレパシーで会話できるのは分かった。だがこれでお前を許したわけではない』
「もちろんです。先ほど申した通り、あなたには任意のスキルを差し上げます。死に戻りでも無敵化でもなんでも好きなスキルをお決めください」
『何でもって言われても困るな』
「今決めていただけなくても結構です。時間はたっぷりあるので、決まったらテレパシーで連絡してください。」
そう言うと、女神はどこかに姿を消した。あいつ逃げやがったな。俺は怒りをあらわにし、体を膨らませるとその場で大きく震えた。
『ねえそこのあなた、スキルってなんの事か教えて下さらない?』
『そうだぞ。赤ぶよのくせに贅沢だぞ』
『赤を馬鹿にされるのは癪に障るが、俺も羨ましいのは同意だ。あんな美しい女の人と一人で会話しやがって』
さっきまでワイワイ騒いでいたぶよぶよ達が俺に話しかけてくる。俺は一人で考えるよりもこいつらに相談した方が何かいいアイデアが出るかもしれないと思い、事情を説明することにした。
『……という訳で、さっきの女神から好きなスキルが貰えることになったんだ』
『好きなスキルねぇ……もっと見た目を美しくするとか?』
『赤色のボディを捨てて緑になろうぜ』
『赤こそ至高だろ』
こいつらに相談したのは間違いだったかもしれない。俺は半ばあきらめの境地で辺りをさまようことにした。この世界にはさっきまで話していたようなぶよぶよが無数にうごめいている。基本的に赤・青・黄・緑・紫の5色だが、先ほどの彼らのように3色のぶよぶよが一体となって動いていたりするので様々なパターンのぶよがいる。俺は跳ねて移動しながら周囲のぶよぶよの様子を見て回った。
テレパシーができるようになってから分かったことだが、こいつらには知能がちゃんとあって、村みたいなものを独自につくって暮らしているらしい。村は基本的に30体ほどのぶよぶよで構成されており、その中のどれもが2~4体ペアで行動している。俺は適当な村の住人に話しかけた。
『なあ、お前らはなんで常に固まって行動してるんだ?』
『なんでって言われてもなあ』
『むしろお前みたいに一人で行動している奴の方が分かんねーや』
『1人だとどうやって転送されるんだ?』
転送? なにか新しい単語が出てきた。話を聞いてみると、こいつらは偶に村単位でどこかに転送されるらしい。その時に2~4体ペアでないと上手く転送されないのがこの世界でのルールなのだそうだ。おそらく転送先は落ち物パズルのステージで、こいつらはそれを待機しているのだろう。ゲームではNEXTブロックとして画面脇に表示されていたぶよぶよ達だが、そのNEXTブロック全体をまとめて村として扱っているのだと考えられる。俺は話をしてくれた青色ぶよの三兄弟に礼を言ってその場を去った。
つまり俺がもし誰か他のぶよとペアになって村に加入してしまうと、転送に巻き込まれる可能性が出てくる。そこで4つ赤色のぶよと一緒に並べられてしまったら消滅してしまうが、もしもそのゲームで俺が消されることなくゲームオーバーになったらどうだろう。この世界にとってゲームオーバーは世界の破滅を意味する。たしかあの女神は新人だと言っていた。転生させた人間のせいでその世界が破滅する、そんな事が起こったら女神にとってクレーム以上に困った事態になるに違いない。俺は女神に復讐する事にした。
『女神、俺にぶよぶよのペアを好きに作り変えられて、好きなタイミングで転送されるスキルをくれ』
「そんなのでいいんですか? それで許していただけるなら大歓迎です」
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主人公は【任意合体】を習得した。
主人公は【任意転送】を習得した。
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目の前に再び現れた女神は、復讐心からにやついている俺の顔を見て俺が機嫌を良くしたと勘違いしたのか上機嫌でスキルを俺に付与した。よし、あとはプレイヤーにとって困るような配色になって転送されれば俺の勝ちだ。問題はここからだとゲームの状況がよく分からない点だけだが、それも【任意合体】と【任意転送】を駆使して、こっちからステージの盤面を操作してやる。
俺は綿密に計算をして、ぶよぶよを送る順番と配色を考えた。最善手を選択し続けても絶対にゲームオーバーになるような組み合わせ、それが俺の理想だ。丸一日かけて俺は【任意合体】を使い理想のぶよぶよ軍団を作り上げた。順当にいけば最後に俺が出現する瞬間にプレイヤーは詰みになる。俺は【任意転送】を使用した。目の前に整列したぶよぶよの群れが次々と転送されて消えていく。ずらっと並んだ列がなくなると、最後に俺も転送された。
……まばゆい光に体を包まれ転送された俺が見たのは、先ほどまで頭に描いていた通りの盤面となったぶよぶよのステージ。俺は無事にNEXTブロックの一覧にいた。あと3組転送されれば俺の組の番だ。ステージではテンポの速い警告音が鳴り響き、プレイヤーにピンチを告げている。あと2組、もうステージの上端手前までぶよぶよが積みあがっている。あと1組、さらにぶよぶよが積まれプレイヤーに追い打ちをかける。次で俺の番、ぶよぶよが上端ぎりぎりまで積まれた。ここで俺が登場すればゲームオーバーだ。ふと体が謎の力で持ち上がるのを感じる。遥か眼下には積み上げられたぶよぶよ達。今、俺は力から解放されその上に降り立つ。
_____________ 転生 _____________
「お気に召しませんでしたか?」
プレイヤーをゲーム―オーバーに追い込んだ俺は横一列に並ぶと消滅するブロック状の物体に転生していた。
「前任の女神がクビになったので、これが私の初仕事になります。ゲームの世界に転生したいとの要望だったと前任から聞きましたので、私も唯一プレイしたことのある世界的にも有名な落ち物パズルゲームに転生して頂いたのですが……。なにか失礼や手違いがありましたら申し付けてください。」
発声機能のない俺は角ばった全身を床にたたきつけることで怒りを表現した。