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キツネ耳少女、調べる

バックアップはこまめに、という教訓を思い知らされました。お察しください……!

固く誓ったはいいが、私は自分の身の回りの情報を全く把握していないことに気付いて軽いめまいに襲われた。


(そういえばここ、どこ?ヴィクシーの部屋?)

何せ、ゲーム中でヴィクシーの設定なんて「悪女」の一言で説明を終わらせられているようなもの。彼女の家庭はどうで、どんな家に暮らしていて、普段はどんな生活を送っているのかなんて詳しいところは全くと言っていいほど掘り下げられなかった。


(だけど、まぁ、それも当然か)



乙女ゲームで大切なことは、いかに攻略対象の男をカッコよくみせて、主人公をいかにサブの女キャラよりも可愛く見せるか。悪役、ましてや女の悪役キャラの設定なんて掘り下げたくないだろう。その気持ちは確かにわかる。



けれど今の私にとって、その要素は弊害以外の何物でもなかった。この部屋はヴィクシーの部屋なのだろうか、今は何月の何日で何曜日なのか、学校がある日なのかそうでないのか、全くわからない。

とりあえず部屋の入口の前に立ち、内装から周囲に置いてあるものまでを観察してみる。



部屋はそれほど広くはないけれど清潔で、広さにしてだいたい8畳程度だろうか。ベッドには豪華ではないけれど肌触りのいい毛布やフカフカの枕が置かれており、ベッドの向こう側……ベッドに寝そべったときにちょうど脚が向けられる側には、木で作られた机がある。机に置いてあるものは、おそらく学校の参考書やノートであるとみられた。

そのなかのひとつを手に取ってみると、ノートの表紙には確かに「ヴィクシー・カークランド」という文字が。予想通り、ここはヴィクシーの部屋で間違いなさそうだ。



机の横には半身が乗り出せそうなほどに大きな窓があり、そのそばには壁に立てかけられた大きな鏡。木の椅子が二つと、ささやかながらテーブルも用意されている。


そして、出入り口のすぐ横には衣装タンスと見られるものが配置してある。恐る恐る開けてみると、なかにはヴィクシーがゲーム中で着ていた制服や私服らしき服が何着かかけられていた。

意外といえば彼女に失礼なのだろうが、衣装タンスにかけられていた私服は色とりどりだった。緑色のさらっとした生地のワンピースあり、かと思えば鮮やかな赤いスカートと半袖のブラウスあり。



なかでもひときわ目を引くのが、紫色の見事なドレスだ。きっとよそ行きの衣装なんだろうな、と呟く。ゲーム中では見られなかった彼女のプライベートを垣間見ることができて、私はひそかに興奮していた。今となっては当事者なのに。



そんなヴィクシーのプライベートにひそかに思いを馳せていると、部屋のドアをノックする音が転がり込んできた。しばらく自分の世界に浸っていた私を、そのノックの音はいちもたやすく現実の世界に引き戻してくれた。そのノック音に軽く驚き、小さく飛びのいてしまったことは内緒だ。



「ヴィクシーちゃん、ちょっといいかしら?」



ノック音のあと、部屋の外から聞こえてきたのは女性の声だ。

人がよさそうな優しい声。ヴィクシーの母親だろうか?


私は突然のことに軽いパニックを起こし、思わず「ハーイ」と返事をしてしまった。ほぼ反射的に。


部屋に入ってきたのは、さきほどの呼びかけの声のイメージを裏切らない、優しそうな中年女性だった。どう見てもヴィクシーの母親ではない。ゲーム中に一瞬だけ登場したヴィクシーの母親は、キツめの容貌をした女性だった。まさにこの親にしてこの子あり、という感じの。何より、今ここにいる女性にはキツネ耳どころか獣人の特徴がどこにも表れていない。したがって、この女性は普通の人間なのだろう。



何とか不自然な態度や言い回しをしないように、私は向こうの話に合わせることにした。適当に相手の話に相槌をうち、状況を少しでも整理しようと考えたわけだが、すでに変な汗をかいてしまっている。怖い。



「あら、よかったわ。ヴィクシーちゃんはお休みの日もいつも早いのに、今日はなかなか起きてこないから心配だったのよ」



どうやらこの女性は、ヴィクシーがなかなか起きてこないのを心配に思ってきてくれたらしい。彼女は普通の人間らしいことがわかったし、ヴィクシーの家族や親類というわけではなさそうだ。じゃあ一体この人は誰なんだろう……と考えている間にも、顔だけは何とか笑顔を保っていた私は我ながら天才だ。演技の。

とりあえず、この人はヴィクシーを心配してわざわざ部屋まで来てくれた優しい人だ。きちんとお礼を言っておこう。


「あ、ありがとうございます。心配おかけしました」


「いいのよ。慣れない下宿先で緊張するかもしれないけど、困ったことがあったら遠慮なく言ってね。私は1階にいるから」



なるほど!ここは下宿屋なんだ。

ポンと手を打ちたくなる衝動を何とか抑えて、目の前にいる女性が去っていくのを見送る。

どうやらヴィクシーは、下宿に身を寄せている立場らしい。恐らく、ゲームの舞台となっていた学園と実家との距離が遠いのだろう。それで学校から手近な距離にある下宿に身を寄せている、と。

そうなれば、さっきの女性は寮母さんというか、ここの下宿を切り盛りするお母さんなのだろう。


改めて、ゲーム中に描かれている場面はほんの一部なんだと実感する。ゲームの描写だけをみていると、ヴィクシーが下宿から学校に通っている子なんだということも、意外に色とりどりの服を持っていることも知らなかった。知る由もなかった。



とりあえずお腹も減ったし。ご飯を食べてからそれとなく必要な情報を周りから集めてみよう。今後に及んで、私は呑気な伸びをしたのだった。


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