7.北の国の宿の酒場から
前略、母さん大変です。
春なのに、旅立てません!
雪解けが始まり、ようやく帝都地下王宮から地上の宿へと移ってきた俺達にのしかかる問題、それは……
帝都の西門と北門、そこは鉱山で採れた鉱石を運び込むための重要な場所。
ところが今年の春は、西門前が広大な湿地帯になっていました。
原因は、冬の間に山へ捨てていた雪が、春の暖かさで溶けて川になって帝都へと流れてきたからです。
幸い帝都そのものはやや高台にあるために浸水することはありませんが、門の前を塞ぐように溜まった水が道やその周囲を泥沼へと変えてしまい、もはや通行止めに。
このままでは安定して鉱石類を運べなくなり、帝都での生産効率が半分以下になってしまいます。
これを解決しなければ出立は許さないと、皇帝陛下直々に言われてしまいました。
そんな通達があったので、現在宿屋の酒場でヤケ酒中なんです。
「さーて、どうしたものやら……」
「君のせいでこうなってるんだからね」
いつも監視のためにくっついている彼女、カトリーヌさん(前話の天丼の人)がイライラした様子。
帝都西門を出た場所は湿地帯。
門の辺りは少し高くなっているので、都市に水は入ってきていないが、いつまで持つかはわからない。
水は、南へ向けて流れているようだ。
「南に向けて大きな溝を掘って行こうか? 土が簡単には削られないように補強していけば、長い間使えると思うよ」
「それで流した先はどうするのよ?」
「んーーー、広くて深い穴を開けて、ため池にするとか?」
「水は流れなかったら腐るわよ?」
「あ、そうか。それなら南の方へ溝を伸ばすしかないかも……」
「南には森があるけど、木が根腐れをおこさないかしら? 雪解け水は冷たいから、森全体が冷えることもあるかも」
「あ、そうなると木の生育に問題が出るか……この周辺の地図はある?」
「簡単な物ならあるわよ」
そう言いながら胸の所から一枚の紙を出す。
「うーーん、南西方向に川があるな。そっちまで引っ張っていくしか無いか」
「そんな大工事ができるわけ無いでしょうが!」
「まずは帝都の西でやってみよう。コツさえ掴めば案外上手くいくかも……」
「アンタの場合、それで何とかできそうなのが怖いわ」
土系魔法で土木工事は定番だろう。上手くいけば儲けものだしな!
山の麓から西門に至るまでを周囲から土を寄せて上げていく。
それを幅十五メートルにして余裕を持たせ、端は道から落ちないように高さ五十センチ・幅一メートル程の塀を設ける。
塀には五メートルおきに排水口を設けた。
大きさは幅三十センチで高さ十センチ。
これならそうそう詰まる事はないだろう。
そしてそれらを石に変質させた。
門の方は高いが、山の麓の方は低くするのが肝。
逆にすると、もしも魔物が攻めてきた場合、門が破られやすくなる。
それでも前よりはなだらかになっているわけだから、危険度は増しているが荷物を運ぶのには楽になっているだろう。
次に、西門から二キロメートルの地点で、道に交差する形で溝を幅十メートル・深さ五メートルで掘り、崩れないように石で固めて補強していく。
道の下も石質に変えて眼鏡トンネル状にし、こちらも同様に補強。
道を作るのに試行錯誤を繰り返す事四日、西の門から七キロメートル離れた山の麓まで伸ばしていくのに十三日かかった。
溝は道作りである程度要領を覚えたので、橋を作った地点で工事方法の基本を固めるのに二日、南北それぞれに一キロメートル掘っていくのに十二日トンネル部分の修正と補強に三日であった。
ただ、溝を掘るとすぐに水が流れ込んでくるので、道作りよりも一キロあたりの時間がかかってしまったのは仕方の無い事だろう。
あとは、南西にあるという川まで引っ張っていくのに何日かかる事やら……
それでもやっていかないといけないので、移動時間短縮と厩に閉じ込めっぱなしの誰かさんのストレス発散のために、移動手段はシュヴァルツになっている。
道作りの時から毎日身体能力強化と風魔法を使って、今や六メートル近い高さにあるシュヴァルツの背に跳び乗り、土木工事現場へと移動、朝から夕方まで溝掘りを続けていった。
シュヴァルツは俺が溝掘りしている間は暇なので、周辺を好きに走り回っている。
羨ましい身分だな。
そんな工事を続ける事二十日、とうとう溝を掘ってもどうにもならない場所へと辿り着いてしまう。
水が流れていく先がなく、大きな池になってしまったのだ。
水を流す先から工事していればこんな事にはならなかったのに、素人考えで始めたのがいけなかった。
「うーーーん、ここは南西にある川の方から工事して行くのがいいかぁ?」
というわけで、シュヴァルツに川辺まで走ってもらう。
久々の遠出になり、シュヴァルツの機嫌が良い。
普通の馬なら深くて走れない場所ですら、余裕で池を突っ切って行った。
小高くなっている丘の低い場所を見当付け、そこから川へ向かう。
その際に溝を掘って溜まった水を流した。
補強も何もなしに溝を掘るだけだったので、五百メートルでも二時間程度でできた。
だいぶ要領よくできるようになったと自分でも思った。
それから水が川に流れ込む場所を基準に、川の方から溝を掘っていく。
そして丘の方へとつなぎ、池の水が減るのを待つために今日の作業は終わりにした。
続きは明日か明後日か、水の減り具合と川の様子から判断しよう。
翌日。
「というわけで、今日と明日はお休みしていい?」
「そうね。水が減らなきゃ進めようがないから仕方ないでしょう」
「よっしゃあっ!!」
カトリーヌさんに許可をもらい、今日は街を自由散策する事にする。
水がある程度流れ出ないと、手の付けようがないからなぁ。
シュヴァルツの世話と俺自身の鍛錬は終わってるし、気ままに街を歩く。
調味料は高額商品なので、カウンターに鉄格子がある。
店員に希望の調味料を持って来てもらい、見た目と匂いで判断して購入か否かを決める。
匂いや味、料理等を相談すれば、適したものを幾つか持ってきてくれるので、それらから選ぶこともできるのだ。
あとは値段の交渉をしてから格子の間から金を入れると、カウンターの下の引き出しから調味料の入った袋が渡されるという仕組みだ。
少々面倒だが、このような自衛の策を講じなければならないんだろうなぁ。
そんなやり方で七種の調味料を買い込み、肉屋や野菜屋を巡る。
干し肉や燻製肉を適度に、ドライフルーツは樽で購入した。
これだけ大量の荷物を持っても、バカみたいに力があるので全て背負っていける。
一旦宿の馬車に荷物を乗せ、再び散策に出る。
今度は鍛冶屋だ。
この都市は鍛冶屋が多いので、片っ端から回って武器を鑑定していく。
その中で一番性能が高かった店で、武器を見繕ってもらった。
さすがに本場だけはあり、高性能で各種強化付与がついた逸品が並んでいる。
その中から刃渡り三尺余りのバスタードソードを購入する。
柄は一尺半あるので、両手持ちもできるのがありがたい。
支払いはもちろん即金で。
これまた高額商品だったので、金貨を移すのに四時間余りかかったけどなorz
防具は今まで使っていたものがあるので、手を付けず。
宿に戻って夕方までシュヴァルツのブラッシングをしてた。
そんなこんなで二日経ち、シュヴァルツに乗って様子を見に行ったら、池の広さが半分くらいになってた。
出口に当たる場所をさらに深くしたら、下の川への水量も再び増え、明日にはだいたい水が捌けそうな様子。
これなら街の西門付近は大丈夫だろう。
俺は西門経由で街へと戻る。
門をくぐる前に、水系魔法でシュヴァルツの足を洗う。
さっぱりしたところで宿へと足を向けた。
途中の店で果物と野菜を買い込み、樽二つに入れてシュヴァルツの背にくくりつける。
宿に戻ればする事もなくなり、日課の鍛錬を行ってから食事・就寝。
そんなこんなで更に二日空け、カトリーヌさんと共に水が捌けた事を確認してから、皇帝陛下へと報告してもらった。
一週間後、俺は今、皇帝陛下の御前にて跪いている。
「此度の始末、大義であった」
「はっ」
「だが、地形が変わったために今年の気候や魔物の動きがどうなるのか見当もつかぬ。よって、お主は来年の春まで、この帝都を離れることは許さぬ」
「……はっ。かしこまりました」
一年残留決定のお知らせだった。
「……シュヴァルツー、あと一年、ここにいろってさー」
「ブルルルルル……」
シュヴァルツに報告するも、コイツにとってはどうでもいい事らしく、それがどうしたと言わんばかりの態度には泣けた。
夏が過ぎ、今はもう秋。
春先に作った水路を本格的にキッチリがっつり整備しつつ、北側の搬入門周辺の道路整備を西側同様にやらされ、ある程度の目処が立ったのが夏真っ盛りの頃。
今は東門側を同様に整備中である。
土系魔法の便利さを皇帝陛下に認められた俺は、相応の報酬をもらいつつ、仕事をしているのだ。
北側の工事を行っている最中から、街中の土系魔法を主に使う者達にまとわり付かれたのはウザかったが。
俺の土系魔法の使い方を見たかったらしい。
そしてそれは、現在も続いており、常時二十人ほどが毎回見学していく。
んで、その作業を一旦止め、やや思考停止に陥りかけているわけだ、今。
シュヴァルツが二頭の馬を従えて来たのを見れば、驚くのも無理はないと思われるだろうが、根本はそっちじゃない。
白いユニコーンと黒いバイコーン。
それも、背中までの高さがシュヴァルツの腹よりやや高い、三メートルほどもある巨体なのだ。
ちなみにバイコーンは、額に縦二列の角だ。
「ブルルルル……」
「……もしかして、新たな嫁さんか?」
「ブルル!」
首を縦に振る。
「いいのか? そろそろセシーとイープのお腹がだいぶ大きくなってる頃だと思うんだが?」
そう問いかけると、一瞬、ピクッと固まったように見えた。
だが、それがどうしたと言わんばかりにこちらを見下ろしてくる。
ほほう……開き直ったか。尤も、馬ならば当たり前の事だよな、複数の嫁さんなんて。
だが、ユニコーンとバイコーンにとっては初耳だったらしく、二頭揃って黒い凍てつく波動を発し始める。
おかげで、周囲にいた威圧耐性の低い者達が腰を抜かしてへたり込んだ。
「シュヴァルツ、俺がちょっと王都へ行って確認してくるわ。お前はこいつらにきちんと説明しておくんだな」
そう言って逃げようとしたが、シュヴァルツに回り込まれてしまう。
「くっ……お前の威圧は洒落にならんな……だがしかし! お前の巨体では転移範囲から外れるんだ! つまり、今の俺ではお前を連れての転移ができないんだ!」
その言葉に動揺したのか、威圧が若干揺らめく。その時、シュヴァルツの左右からその腹めがけて、ユニコーンとバイコーンがその角を突き立てた。
「ぶるるるるるああああああっ!」
さすがのシュヴァルツもこの奇襲には意表を突かれたらしく、俺に対する警戒が解かれる。
その隙を突いて、俺は王都への転移に成功した。
シュヴァルツが荒ぶっていたけど、気にしない方向で、よしなに。
本当に久しぶりの王国厩舎前。
「よう、親父」
「おおっ?! ジョンか! 久しぶりだな! 元気にしてたか?!」
冬の猛吹雪になってから妊娠したスールとディズを連れてきて以来だ。
冬の間は雪かきに追われ、春になってからは用水路作成に明け暮れてたから、転移で来る暇も無い。
「こっちは元気だよ。それより、前に連れてきたセシーとイープはどんな具合?」
「……それなんだがな、一体どうなってんだ? お前が冬初めに来た時には気づかなかったんだが、ものすごく身体がでかくなってたんだよ。どうゆうこった?」
「え? 身体がでかく?」
親父に連れられて厩舎に入って行くと、奥に慣れた気配があった。
近付くと、確かに巨大な影が見えてくる。
以前連れて来た頃に比べて、ふた回り以上大きくなっていた(笑)
シュヴァルツが連れて来たユニコーンとバイコーン程もある。
もしかして、レベルアップの恩恵が未だに続いてるのか?
そうとしか考えられんか……
妊娠して腹が大きくなったとばかり思っていたが、身体も大きくなっているから腹に子供がいるとは思えないくらいスタイリッシュだな。
でも、鑑定してみると、妊娠中の表示。
九ヶ月だってさ。
どんな子供が産まれるのやら、興味は尽きないな。
「もう一組の方はどう?」
「こっちもでかくなってやがる。いったい何が原因なのか、皆目わからねぇ。こんなことは初めてだな」
どう考えても、レベルアップしてるからだろ。
俺のパーティー編成から解除はしてないから、未だに経験値を受け取っているんだな。
でも、こんな事は話せない。
ならば、最も理不尽な奴に押し付けてやろう。
「シュヴァルツのせいじゃないか? あいつと交尾した馬ばかりがでかくなってんだろ?」
「ぬ? そう言われればそうか……」
これだけで納得してくれればいいんだが……
「……って、誤魔化されるかよ! お前は知ってんだろ?!」
ちっ……誤魔化されていればいいものを……
「これを知ったところでどうにもならないからな。なんせ、シュヴァルツと交尾できるのは、身体の大きくなったあいつらと、今、シュヴァルツのそばにいる奴ぐらいだからな」
「ん? どういうこった?」
「シュヴァルツのアレがデカすぎて、普通の牝馬には物理的に入らないんだよ。つまり、交尾できないんだ」
「な、なんだってー?!」
「なんせ、シュヴァルツのアレって、親父の身体くらいの大きさがあるんだからな」
「ぶふぉっ?!」
親父が鼻水噴いた。汚ねぇなぁ。
「それにもう一つ、気になる事があるんだよ」
「な、なんだよ……」
「産まれる子供がな、どんだけの大きさになるか、予想が付かないんだ。母親の方も身体がでかくなっているから判りにくいが、子供が普通の子馬よりもでかかった場合、普通の牝馬じゃあ腹を破っちまう可能性があるんだよ」
「そ……そりゃあ……」
「だから普通の牝馬には、シュヴァルツの子供を仕込むのは危険だな。母子ともに死んでしまう可能性が高い」
親父ががっくりとしょげた。
無理も無いだろう、優秀な馬が継続して産出できるかもという目論見が潰えたんだから。
「まあしばらくは様子見ってこったな」
そう言いながら、肩を落として厩舎を出て行った。
背中が煤けてんなぁ。
近くにいるスールとディズの方も同様に、身体はでかく、けどスタイリッシュで。
こっちはまだ八ヶ月。
結局みんな、この秋の終わりには出産となるんだろう。
元気に生まれてくれればいい。
そんな思いを込めながら、みんなのお腹を撫でていく。
俺の想いが伝わったのか、撫でる度に俺に顔を擦り付けていく。
「お前達もお母さんになるんだなぁ……」
そう呟くと、こう、一本芯の通った雰囲気が漂った。
「そうか。覚悟を決めたんだな。今度はいつ来られるかわからないけど、頑張っていい子を産んでくれな」
「ブルルルル……」
皆の返事を背に受けながら、厩舎を後にした。
さて、シュヴァルツに様子を教えてやるとするか。
「をい…………」
俺が帝都東門側に戻ってくると、そこにシュヴァルツはいなかった。
あんにゃろう……また近くの林か森にしけ込んでやがるな。
まあ、終わったら戻ってくるだろう。
その間に、道路工事を進めていく。
なんか理不尽なものを感じるなぁ。
ついついとーい目になってしまう。
そして夕日が西の山にかかる頃、シュヴァルツとユニコーンとバイコーンが戻ってきた。
「ブルルルルルル……」
「……セシー達の子供は順調に育っているぞ。お前との子供だからな、丈夫で元気な子が産まれるだろうな」
お? 雰囲気が柔らかくなったか?
内心は嬉しいみたいだな。
「さて、帰るか。ユニコーンとバイコーンはどうするんだ?」
そう尋ねると、二頭はシュヴァルツに寄り添う。
「一緒に行くわけね。宿の厩には入れないくらいにでかいから、春に俺がシュヴァルツ用に作った臨時の小屋になるぞ」
さすがにあの大きさじゃあ、三頭は入らないだろう。強化しながら増築だな。
俺はシュヴァルツの背に乗ると、宿屋を目指した。
シュヴァルツがユニコーンとバイコーンを連れてきて、もう二ヶ月になる。
雪が降り始めたと思ったら、翌日には一メートル近く降り積もってた。
カトリーヌさんがやたらと、南側の道路整備を急がせていたのはこのためだったのか。
雪が降る前にとばかりに、多くの荷馬車が行き交っていたので、道路整備がやたらと中断したんだよな。
東側は交通量が少なかったから、それほど気にならなかった。
だが南側は、隣国に繋がる上にその国の港から大量の製品が輸出されている関係上、その交通量は極めて多い。
よって、道路も幅五十メートル級で作らなければならなかったんだ。
だから帝都南門前は、東西二キロメートル、南北五キロメートル程の広場になっている。
整備したのは帝都にいる土系魔術士達だったんだけどね、これがね、もうね、ムラがひどい上に排水とか考えてなかったようで一切排水路も無く、おまけに全体的に門に向かって勾配が付いていたんだよ。
どこからでも門が見えるようにしたらしいんだけど、ほら、大地って丸いじゃん。そしたら自然と端の方が高くならないと門が見えなくなってくるじゃん。
だから結果的に、門に向かって勾配が付いてしまったというわけ。
大地が丸いって言う概念が無いらしいと、初めて気づいたよ。
それからは全体の手直し作業に入った。
広場の地下に排水網を巡らし、全体の七割が西の方角に水が流れるように勾配をつけた。
残りはそれぞれに近い端の方に向けたので、水が無くて困るという事は無いだろう。
その広場から南の国境へ向けて道を延ばし、途中で検問のための砦まで作らされた。
もしも盗賊や、可能性としては低いけど隣国が攻めてきても、そこである程度持ちこたえられるようにという目的のため。
これまでの工事で鍛えた技と、どれだけ使っても尽きない魔力を総動員して、なんとか雪が降る前に完成させたというわけだ。
……………………もしかして、良いように使われた?
ま、まあ、今後がどういうことになるかは判らないけど、もしも軍事国家になって周囲に侵略しようとするなら、……シュヴァルツに止めてもらおう、うん。