戦姫の初恋
今から十年以上も前のこと。
王宮内での肩身の狭い生活に嫌気がさした黎翡は、脱走を企てた。元来勝ち気な性格な上、姫君にも関わらず武芸も学んでいる。実行にさしたる困難は無かった。
城の警備の粗もよく知っていた黎翡は、剣を片手にまんまと王城の外へ逃れ、夜闇に紛れて都を歩き回った。
しかしながら、所詮は世間知らずの子どもの浅知恵。王城の外の生活を知らなかった黎翡は、金はおろか食べ物すら満足に持ち出していなかった。
当然、数日も兵士達の目から隠れながら彷徨いていれば、お腹が減る。水は井戸で飲めたが、食料はどうにもならなかった。
残された方法は三つ。盗みを働くか、物乞いをするか、おとなしく城へ帰るか。三つ目は論外だ。一つ目の案も、気が進まない。自分が奪う食料は、別の誰かの命を繋ぐものかも知れないのだ。「弱者」に対して甘いところのある黎翡にはなかなか踏み切れない選択だった。
さりとて、二つ目の案も、黎翡の自尊心が邪魔をする。強く生きようとする黎翡は、そんな弱さを露呈するような真似をしたくはなかった。
そういうわけで、日のとっぷりと暮れた都の片隅に蹲った黎翡は、一人空腹と闘っていた。
そんな時だった。
「おい」
彼女の前に、その青年が現れたのは。
「どうした?迷子か?」
声から察するに、年の頃なら十七、八か。
暗がりで顔はよく見えなかったが、月明かりに反射した飴色の瞳だけは鮮明に意識に残った。
「違い……違う」
違いますわ、と言いかけて、ここ数日街を彷徨いてもそんな言葉使いをする人間はいなかったことを思い出し、言い換える。青年は気にした様子も無く、黎翡の傍らにしゃがんだ。あまり柄の良い仕草ではないが、不思議と品の無い印象は受けなかった。
「だったら何やってんだ、こんなとこで餓鬼が一人で座り込んで」
「……貴方に関係無い」
黎翡は切り捨てるように言って、膝に顔を埋めた。空腹が体力を奪っている。もう喋る気力も無かった。
「家出か」
青年は何か納得したように呟くと、自分の懐を漁った。
「自力で生きていくには、金が必要だ。武器を持って来た判断は悪くねぇが、次からは最低限の金と、仕事見つけるまでの食料くらい持ち出せよ」
何故か黎翡を叱るでも馬鹿にするでもなく、家出の心得を教えてくれる。驚いて顔を上げた黎翡の前に、小さな袋が差し出された。
「腹減ってんだろ。これ食って今回はおとなしくうちに帰れ。わざわざ野垂れ死にする事はねぇ」
黎翡が恐る恐る差し出した手に、袋が乗せられる。開けてみると、糒だった。
「何で……」
黎翡は呟く。世間が冷たい場所であることを、子どもながらに彼女は知っていた。それなのに、この青年は何故、食料など差し出してくれるのか。
「ただの気まぐれだ」
青年はすっぱりと言い、立ち上がった。ちらりと幽かな月光に照らされた髪は茶色がかっているようだ。顔はほんの一瞬しか見えず、黎翡はなにかの違和感を覚えたが、それがはっきりする前に彼は背を向けてしまう。
「にしても遅ぇな、あの野郎……」
青年が呟いた時。
「おぉい!」
路地の向こう側から、誰かの声がした。そちらを見ると、間をおかずに一人の青年が駆けてくる。年の頃は黎翡と話していた青年と同じくらいか。しかし、夜闇にも目立つ白い髪をしていた。
「やべぇよ、逃げろ!親父にばれちまった!」
白髪の青年が走りながら急かす。青年は舌打ちした。
「ぁあ!?ちっ、この間抜け!」
「親父ああ見えて目敏いんだよ!」
二人の青年は連れ立って走り去っていく。一連の出来事はあっという間で、黎翡は声をかける事もできずに呆然と見送るしかなかった。
彼らの後に続いて、がっしりとした男が走っていく。
「おぅい、坊っちゃん、早いとこ旦那に謝った方がいいと思うぜー?」
「やなこった!」
「やる気ねぇくせに追いかけて来んな!」
男と青年達は、何やら叫び交わしながら遠ざかっていく。
黎翡は糒の袋をぎゅっと握り締めた。
どこの誰ともわからない青年の飴色の瞳だけが、彼女の脳裏には鮮烈に刻み込まれていた。
話を終えた黎翡は、若干気恥ずかしそうに目を逸らした。
つまり、その時の青年の瞳が印象に残っていたから、同じ色の瞳を持つ岸鵠につい情を移してしまった、と。
それにしても……
「……初恋の話にしては甘くなかったね」
慎誠が呟く。
確かに、と私は内心同意した。
というか、その青年二人組ってかなりの悪餓鬼なんじゃなかろうか。
「子どもの頃のちょっとした思い出ですわ」
赤い頬を誤魔化すように素っ気なく言って、黎翡は卓上のお茶を口に含んだ。それで何となく話題が区切れ、空気が雑談に切り替わる。
その、背後。
私達のいる卓からは離れた小さな机で仕事をしていた範蔵に、早足でやって来た衙桐が耳打ちをした事に、私はめざとく気づいていた。
しかしそれだけなら、私は動かなかったに違いない。
知らせを受けた範蔵が、まるで私の目を盗むようにさっと奥へ向かって行かなければ。
私は少し待ってみてから、そっと席を立って追いかけてみる。春覇達が怪訝そうに見上げてきたが、ちょっと厠に、と軽く誤魔化す。極力足音をたてないように回廊を進んだ。
進むにつれ、微かに省烈の声が聞こえてくる。どうやら、中庭で誰かと話しているらしい。さっきの衙桐の動きから考えて、誰か訪問者を中庭に通して話をしているのだろう。
まだ、会話が聞こえるほどの距離ではない。私は慎重に足を進めた。
「……で……が……」
受け答えしているのは、知らない声だ。
省烈の声とともに、尉匡の声も時折聞こえる。
「……には?」
「確かめましたが、戻っていないとの事でした」
柱の陰からちらりと見ると、庭に片膝をついて話しているのは見知らぬ若い男だった。しかし、彼の腕に巻かれた黄色い布が、その素性を教えてくれる。
庵氏の者だ。それが、何故?
盗み聞きは良くないと思いつつ、嫌な胸騒ぎがして、私は聞き耳を立てた。
「手がかりは?」
「夕刻に、それらしき人物が大柄な男に引きずられていくのを見たというのを境に、ぷっつりと」
省烈の問いかけに男が答える。どうも穏やかならぬ内容だ。
「その男というのは?」
「通行人の証言ですので確言は致しかねますが、赤銅の髪に隻眼の大男となると……」
赤銅の髪に隻眼の大男。
考えを巡らすまでもない。昏の四将軍の一人、束憐だ。
何だ?あいつらは一体、何の話をしているんだ?
省烈も尉匡も、束憐に思い当たったらしく一瞬押し黙る。傍に居た範蔵は、無言で拳を回廊の手すりにぶつけた。
「……絶望か」
「そう、ですね。よりにもよって四将軍に感づかれたとあっては……」
何の、話だ!
耐えきれなくなって彼らの前に踏み出そうとした時、後ろから肩を掴まれた。
「将軍、こちらで何を?」
漣瑛だ。
「……漣瑛。今、省烈達が……」
「あれなら、何でもありません。個人的な用事なので将軍にお知らせするまでもないと承っております」
やけに饒舌に、私の言葉を遮る漣瑛。まるであちらには行かせまいとでもするかのように、私の肩を掴んで離さない。
何か、隠している。
それも、皆で。
「漣瑛」
思ったより、冷たい声が出た。
「その手を放せ」
「将軍……」
漣瑛の瞳が、躊躇いを映して揺れる。その隙をついて手を振り払い、私は身を翻した。
「将軍っ……」
しかし中庭の方へ走り出すより前に、漣瑛の長い腕が私の腕を捉える。振り払おうとする動きごと封じるかのように、抱きすくめる形で押さえ込まれた。
「駄目です。聞かないでください。お願いですから」
「なん……っ……」
あまりに切実な懇願に、思わず肩の力が抜ける。
ちょうど、その瞬間に。
「つまり、将軍様の為に危険な調べ事をして、死んだわけですか――函朔は」
憤りと、哀しみと、それらをなんとか抑えようとする葛藤がない交ぜになったような、男の声。
そしてその内容に、私は頭が真っ白になった。
今――何て言った?
しんだ?
誰が?
函朔、が?
「……どういう事だ」
問う声が、掠れた。
目の前の漣瑛を見上げる。沈痛なその表情に、彼が事の経緯を知っている事を確信した。
「どういう事だ!何を隠している!」
勢い問い詰める声が大きくなり、省烈達がこちらに気づく。しまった、という表情を浮かべる彼らの中で、庵氏兵団の青年が冷ややかに鼻を鳴らした。
「へぇ……当の将軍様は何もご存じなかったと」
皮肉げな声が、私の胸に刺さる。
そうだ。私は何も知らなかった。仲間を死に追いやったのに、だ。
「……恥ずかしながら、その通りだ」
一つ深呼吸をして、視線をその青年に向ける。
うちの家臣達を問い詰めるより、彼に事情を聞いた方が早そうだ。
「教えてくれ……函朔に何があった」
「将軍」
止めようとする漣瑛を、視線だけで黙らせる。
知らないままではいられない。たとえどんなに残酷な現実でも、私は知らなければならない。函朔を生かした者として、そして友として。彼の身に起こった何かに私が関係しているのなら、尚更。
暫く私と睨み合うような間を置いて、青年は小さく鼻を鳴らし、口を開いた。
「暫く前、昏の虚邑で、俺は函朔と会う約束をしていました。ところが、待てど暮らせど函朔は現れない」
函朔が昏へ行ったという事すら、私は知らなかった。蒼浪へ帰ったと言われた時、疑問に思うべきだったんだ。函朔が、私の目覚めも待たずに立ち去ったという事を。
「これはおかしいと思ったんで、蒼浪とこっちのお屋敷に尋ねてみても、どっちにも帰ってやしない」
一見淡々と語っているようだが、握り締められた青年の拳は微かに震えていた。
「それで調べてみりゃあ、どうやら四将軍の周りを調べようとしてやられたらしい」
青年の語気が強まる。
「四将軍なんかに手ぇ出したらヤバいに決まってる!てっきりあんたの命令で危ない橋を渡ったのかと思ってりゃ、当の将軍様は何もご存じないって?そいつは一体どういう了見だい!?」
「口を慎め!」
見かねた省烈から怒号が飛ぶが、私はそれを片手で制した。
「省烈」
呟くように、名を呼ぶ。
「尉匡も、漣瑛も。お前達皆、知っていたのか」
言葉に詰まる気配がした。それが答えだった。
私は何も知らなかった。何も知らないままで、函朔を死なせた。
多分、私の思い上がりでなければ、函朔は私の為に危険を冒して昏へ行ったに違いないのに。
沈黙が降りたのを見て、庵氏兵団の男は盛大に舌打ちをした。最初こそ礼儀を尽くしていたが、元々腹に据えかねていたんだろう。遠慮なく私を睨みつけて口を開く。
「それじゃ、俺はこれでお暇しますよ。あいつの事はうちで探すんで、将軍様はどうぞ何も知らずにのうのうと暮らしててください」
「っ」
きつい言葉に、私は奥歯を噛み締める。一言も、反論できなかった。しかしそこに、別の声が割って入る。
「気持ちは分からなくもないけど、ちょっと言いすぎだよ、末の旦那」
庵氏兵団の男と私は同時に回廊に目を向けた。私の様子がおかしいと思ったのかこちらの声が聞こえたのか、慎誠のみならず春覇と黎翡も回廊に出て来てこちらを見ている。
「慎誠?お前何でここに……」
「衛長から聞いてない?俺、鴻宵とは友人なんだけど」
慎誠は男の疑問にあっさりと答えると、回廊からひらりと庭に飛び降りた。
「函朔が消えたのはなにも鴻宵のせいじゃないでしょ?責めるのはお門違いだよ」
「でもよ……!」
「そこまでにして貰おう」
庵氏兵団の男はなおも反論しようとするが、重みのある声がそれを遮った。春覇だ。
「ここを何処と、お前の前に居る者を誰と心得る。分を弁えよ」
この屋敷にいると忘れがちな、身分という隔たり。庵氏の私兵と私の間にある越えようもないそれを、春覇は明確に示して見せた。
「は……ご無礼を」
激昂していた男も、これには頭を垂れざるを得ない。悔しげに歯を食い縛るのがわかって、私は春覇に目を向けた。
「覇姫様……」
「将軍はこちらへ。慎誠、あとはお前が話をつけろ」
「心得ました」
慎誠が恭しく一礼する。春覇はさっと踵を返して歩き出した。黎翡がそれに続き、私もその後を追う。
背中に、庵氏兵団の男の視線が突き刺さるのを感じた。
私は、身分を盾に逃げた、事になるんだろうな。
苦い思いを胸に、私はその視線を振り切って足を進めた。
鴻宵の去った中庭には、重苦しい空気が垂れ込めていた。
「……家宰さん、尉匡さん、範蔵さんも」
沈黙を破ったのは、慎誠だった。
「あとは俺にまかせてくれない?話つけとくから」
「だが……」
「わかりました」
反論しかけた省烈を止めたのは、尉匡である。
「省烈殿、覇姫様もああ仰いましたし、どうやら顔馴染みのようです。ここはお任せしましょう」
省烈は一瞬躊躇う様子を見せたが、慎誠と男を交互に見ると軽く息を吐いた。
「いいだろう。後で報告しろよ」
「うん、わかってるよ」
へらりと笑って手を振る慎誠に一抹の不安を覚えつつも、省烈はその場に背を向ける。続いて尉匡も範蔵も立ち去るのを見て、慎誠は男に向き直った。
「末の旦那」
「わかってる」
慎誠に声をかけられた男――庵識は、憮然としたまま答えた。
「大人げない物言いをしちまった。完全な八つ当たりだってのはわかってるんだ」
庵識とて、本気で鴻宵が全て悪いなどと考えてはいない。しかし、函朔と長年共に働いてきた仲間として、友として、感情が先立ってしまったのだ。
函朔がいなくなってしまったのに、その事態を招いた張本人である筈の鴻宵が何も知らないとなれば、この悲しみと憤りをどこへ持っていけばいいのかわからなくて。
「うん……気持ちは、わからなくもないよ」
回廊へ続く段に座り、庵識にも座るように促しながら、慎誠は苦笑に似た笑みを浮かべた。
「仲間が居なくなれば、それは辛い。けどさ」
言葉を切った慎誠は、庵識の顔を覗き込んだ。
「鴻宵だって、辛いんだ。多分、俺達以上に」
それを聞いた庵識は、しかし複雑そうな顔をした。
「どうだか。お偉いさんにとっちゃ、兵士なんて捨て駒みてぇなもんだ」
庵識の中には、権力者に対する根強い不信感がある。商人の子として幼い頃から欲得ずくの人間を多く見てきたせいでもあるし、何より彼の敬愛する鴻耀が常に政府に追われていた事が大きい。
「駒の為に心を痛める奴なんて……」
「函朔は駒じゃない」
庵識の言葉を遮って、慎誠は強く言い切った。
「少なくとも鴻宵にとって、函朔は駒なんかじゃない」
庵識から視線を外して遠くに目をやりながら、慎誠は鴻宵と函朔の過去を思い起こす。
「末の旦那は鴻宵と面識無いんだね」
「あるわけないだろ。俺は一介の商人の子だぜ」
投げつけるように言い返す庵識に、慎誠は苦笑を向けた。
「衛長から聞いてないんだ?」
それは数年前に庵氏兵団を吹き過ぎていった、一陣の清涼な風の話。
「鴻宵は、前に庵氏兵団にいた事があるんだよ」
「は?」
初耳だったらしい庵識が、ぽかんと慎誠を見る。慎誠は軽く肩を竦めた。
「衛長の知り合いの紹介で試しを受けずに私兵団に入って、挙げ句に文句をつけてきた私兵達を片端から薙ぎ倒したらしいね」
「……その話、聞いたことがある」
庵識は眉を寄せ、記憶を手繰った。庵氏兵団の仲間達がよく話の種にしていた事だ。
その話の続きを思い出した庵識は、はっとして慎誠を見た。
「ってことは……!」
「そうだよ」
慎誠は少しだけ寂しげに、笑う。
「鴻宵は、函朔と二人で旅に出た。親しい筈だよ」
慎誠の言葉を受けて、庵識は苦い顔をした。
「……うちの連中はもう一つ言ってたよ」
単に面白がって囃し立てていただけかも知れないけれど。
「函朔はそいつに……片想い中だってな」
そんな風にからかわれた時の函朔の慌てようを思い出す。その態度を見て、函朔が相手に友情以上のものを感じているのは間違いないと思ったものだ。
「……その通りだよ」
慎誠はあっさりと肯定した。
「だからこそ、函朔は昏を探りに行ったし、その事を鴻宵に言わないように周りに口止めした」
「口止め?」
何で、と問う庵識の頭を、慎誠が軽く小突く。
「決まってるだろ――自分が帰って来られなかった時、鴻宵が悲しまないようにだよ」
もしも函朔が鴻宵の為に昏へ行って命を落としたと聞けば、鴻宵は悲しみ、自分を責めるに違いない。だから、鴻宵には報せず、蒼浪にいると思わせたまま消えていこうとしたのだ。
庵識は俯いた。噛み締めた奥歯が、軋んだ音を立てる。
「……あのっ、馬鹿……!」
嗚咽を堪えて震える背中を、慎誠はそっと撫でた。
「末の旦那」
柔らかく、しかし厳しさをも帯びた声で、慎誠が庵識を呼ぶ。
「諦めるのは、まだ早いと思わない?」
はっと顔を上げた庵識に、彼は強い目を見せた。
「函朔は四将軍の一人に連れ去られた。まだそれだけだよ。誰か函朔の死体を見た?あいつが死んだって証拠を見た?」
慎誠の語気は揺らがず、まっすぐに庵識の胸を刺す。
「俺は諦めないよ。この目で確かめるまではね」
慎誠が言い切ると、不意に庵識が立ち上がった。両手を持ち上げ、自分の頬を勢い良く叩く。
「お前の言う通りだよ」
少し赤くなった頬を気にも止めず、庵識は慎誠を真っ直ぐに見た。
「諦めるのはまだ早い。あいつは生きてるって希望は、まだ消えてない」
慎誠が目を細める。先程までの自暴自棄じみた態度が嘘のように、庵識は強い瞳をしていた。
「この件の調査は、うちに任せてくれ。勿論、函朔の今の立場も弁えてる。うまくやるよ」
「それでこそ、末の旦那だね」
いつも通りにへらりと笑った慎誠が、庵識の背中を叩く。
「頼りにしてるよ。衛長にもよろしくね」
「おう」
深く頷いた庵識は、一度背を向けて歩き出そうとしてから、ばつ悪げに振り向いた。
「……将軍に、謝っといてくれ。好き勝手言って悪かった」
萎れた様子の庵識に、慎誠は微笑を浮かべた。
「伝えとくよ」
庵識が礼をして去っていく。その背中を、爽な風が見送っていた。




