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水鏡五国志 [第二部 烈日之巻]  作者: 子志
章之肆 奇縁錯綜
73/115

戦姫来訪

 総華に診察して貰ってから箙磬が剥いてくれた果物を食べていると、扉を叩く音がした。箙磬が応対に出る。

「あら、覇姫様。お出迎えもせず失礼を」

「構わん。鴻宵の様子はどうだ」

 春覇が帰宅したらしい。部屋を覗いた彼女に、私は手をあげて応えた。

「お陰様で、大分良いよ」

「そうか」

 春覇は部屋に入って来ると、私の顔色を確認するように眺めてから、気まずげに目を伏せた。

「済まなかった」

「はい?」

 私は首を傾げた。春覇に謝られる事など思い当たらないのだけれど。

「私が戦姫を押さえると言ったのに、果たせずにお前に無理をさせた。済まない」

 ああ、その事か。

「そんなの、春覇の責任じゃないよ」

 私は目を細めた。

 戦姫は必死だった。彼女を必死にさせたのは、婚約者である岸鵠の危機だ。何よりも純粋な思いで突き進んだ彼女を、止められる者などいなかったに違いない。

「そういえば、戦姫はどうなった?」

 私が床に臥している間に、捕虜となった彼女の扱いが決定された筈だ。処刑という結論であって欲しくない、と強く思った。

「その事だが」

 春覇は何故か溜息を吐いた。

「戦姫は橙との交渉の為、ひとまず牢に入れられている。ところが相変わらず利かん気でな。七日間で十度も脱走を企てた」

「……それはまた」

 タフだな、戦姫。

「それで、私の元で預かれという話が出ている」

 うん?

「司馬府で?」

「いや、私個人で、だ」

 ということは、まさか。

「……この家に?」

「お前に異論が無ければな」

 異論……異論は、特には無い。しかし。

「……本格的に子ども達を何とかしないとな」

 春覇と結婚する事になった時にもそういう話が出たが、結局春覇が容認してくれたのをいいことに子ども達は相変わらず好き放題走り回っている。さすがにこのままでは、戦姫を収容する事はできまい。

「いや、構わん」

 しかし、春覇はそう言い切った。

「あれはああ見えて、本質的には立場の弱い子どもに同情的だ。口では色々言うだろうが、案外気に入ると思う」

「そういうもの?」

 ちょっと意外な気もするけれど、彼女をよく知る春覇がそう言うならそうなのかも知れない。

「まぁ、だったら春覇に任せるよ。どのみち私はもう少しおとなしくしていないと総華に怒られるし」

「わかった。お前は安静にしていろ」

 そう言うと、春覇は出ていった。忙しいのかも知れない。私も手伝いたいのは山々だが、家臣達に見つかれば説教地獄になるのは間違いない。

「さぁ、少しおやすみください」

 箙磬に促されて、再び横になる。もう結構回復している気がするけれど、横たわってみると眠気が襲ってきた。

 体が鈍りそうだ。動けるようになったら鍛練しないと。

 そんな事を思いながら、私は眠りに落ちた。




 夜闇の底。

 ともすれば力の抜けそうになる体を必死に励まして、函朔は路地を駆けていた。背後から、獣の吠え声が聞こえる。

「っ……」

 ぜいぜいという自らの息使いが、酷く耳障りだ。ちゃんと走れているのかいないのか、それすらわからない。胸元を押さえた手の隙間から、絶え間なく鮮血が溢れては地に滴っていく。


 このままでは、逃げ切れない。


 今追い付かれていないのは、出掛けに総華がくれた薬草のお陰だった。粉末状のそれを獣の鼻先に撒けば、強烈な臭いと刺激が一時的に嗅覚を狂わせてくれるのである。

 しかし、その効果は無限ではない。加えて、函朔は血を流しすぎていた。獣でなくとも、夜が開ければ点々と落ちた血の痕を辿って函朔に行き着けるだろう。

「くそ……っ」

 霞み始めた函朔の目に、川が映った。嘗て鴻宵が飛び込んだふりをした、あの川である。その河畔に船が浮かんでいるのを見て、函朔は迷わずその船に乗った。


 そこが、限界だった。


 ――船の、もやい綱を解かないと。

 岸を離れないと、見つかる。


 しかし血を失いすぎたのか、手が鉛のように重い。何とか綱に手をかけた所で、一寸も動かせなくなった。

「鴻、宵……」

 掠れた呟きを最後に、函朔の意識は闇に溶けていった。




 翌日。

 だいぶ気分の良くなった私は、寝室に子ども達を入れて話し相手をしてやっていた。私が倒れた時に大泣きした光佳は、入ってくるや否や私に飛び付いて藤備に叱られた。そこでまた泣きそうな顔をしたが、何とか宥めて今は私の膝の上にいる。

「しょーぐん、けがばっかりだ」

 一人の子どもが、そう言ってむくれる。私は苦笑した。

「ごめん。もっと強くなれるように頑張るよ」

「しょーぐんは、つよいよ!」

 口を挟んだのは光佳だ。

「つよいもん!」

「ああ、ありがとう」

 よしよしと宥めて、くっついてくる小さな体をきゅっと抱き締める。


 私は元来、子どもは苦手だ。

 けれども最近、少しだけ、それが変わってきた、気がする。

 少なくとも、この子達は好きだ。親の居る子も居ない子も、狐狼として生まれた苦しみを等しく背負い、それでもこうして笑っていられる。

 強いな、と思う。

 そして、賢い。


「将軍、覇姫様がお帰りになりました」

 箙磬が知らせに来たのを潮に、私は子ども達を解散させた。

「げんきになったら、あそんでね!」

「ああ。いい子にしてろ。藤備、皆を連れて帰ってくれ」

「はい」

 藤備が子ども達を率いて部屋を出ていく。ほぼ入れ違いになるような形で、戦姫の声が聞こえてきた。

「どうしてこんなに子どもがいるんですの?貴方方、まだ結婚していくらも経っていないでしょう?」

「当然私達の子ではない。いいから歩け。そこの部屋だ」

 春覇の声も聞こえる。ほどなく、扉が叩かれた。

「私だ。戦姫を連れてきた。入るぞ」

「どうぞ」

 私は一応立ち上がって上着を着た。仮にも一国の王族を出迎えるのだから、寝台に座ったままでは格好がつかない。

 春覇に伴われて入ってきた戦姫は、私の姿を目にすると腕を組んだ。

「暫くぶりですわね。病に臥せっていると聞きましたけれど、私何もしておりませんわよ?」

 私が病と称して出仕しなくなったのは橙との戦の直後だったから、戦場で傷を負ったのではないかという噂がだいぶ流れたらしい。私は苦笑した。

「その通り。偶然体調を崩しただけだ。貴方には迷惑をかけた」

 私の言葉に、戦姫は奇妙な生き物でも見るような目付きをした。

「……この程度の事であっさり謝る男は初めて見ましたわ。貴方自尊心というものはありませんの?」

「あるとも。しかし自尊心と謝罪とはまた別の問題だ」

 私が言うと、戦姫はますます困惑したように眉を寄せる。春覇が溜息を吐いた。

「言っただろう。変わり者だと」

「……変わり者にもほどがありますわ。春覇、貴方どうしてこの男と結婚なんてしましたの?」

 こら、私を全否定するんじゃない。

 苦笑する私と不機嫌な戦姫を前に、春覇は軽く肩を竦めた。

「お前も、暫く此処に居ればわかる。話を戻すぞ」

 冷静に話題を引き戻す。

「戦姫はここで預かる事になった。警備にお前の家臣を借りてもいいか」

「勿論構いません。身の回りの事は登蘭と淵珪にさせるといいでしょう。客間を用意するよう頼んであります」

 私が答えると、春覇は頷いて戦姫を促す。しかし戦姫は動こうとはせず、腕を組んだまま私を見据えた。

「もう一つ質問が残っていますわ」

 厳しい視線がこちらを射抜く。

「邸の中に居る、あの子ども達は何ですの?返答次第では私は死んでも此処には住みませんわ」

 詰問するような口調からすると、どうやら誤解されているらしい。私は頬を掻いた。

「気づかなかったか?」

 戦姫の目を真っ直ぐに見返して、言う。

「あの子達は狐狼だ。この邸の裏がちょうど居住区なので面倒を見ている」

 虚を衝かれたように目を見開く彼女に、逆に問いかけた。

「貴方は狐狼を蔑むか。返答次第では、彼らと接触させるわけにはいかない」

 狐狼達自身には、蔑まれるべき理由など何もない。私はそう思っているし、この家に暮らす者達も皆それに賛同してくれている。けれども悲しいことに、狐狼を受け入れてくれる人間はまだまだ少ない。もしも戦姫が狐狼に悪感情を持っているなら、彼らから遠ざけなければならない。彼らはああ見えて繊細だ。

 きっぱりと言い切った私に、戦姫は数度目を瞬かせた。それから、ふいと横を向く。

「……蔑んだりなどしませんわ」

 その目元に、影が落ちた。幼時には彼女自身が蔑まれる側であったことを思い出しているのかも知れない。暫時俯いていた戦姫は、やがて切り替えたようにこちらに目を戻した。

「でも仮にも一国の将軍の邸に子ども達が溢れているなんで、異常ですわよ」

 私は苦笑する。

「よく言われる。しかしこれが、私のやり方だ」

 私の言葉に、戦姫は呆れたように息を吐いた。

「変な男ですわね」

 それ、さっきも言われたぞ。




 ともあれ、そんなこんなで戦姫は私の邸で暮らすようになった。

 脱走未遂を繰り返しているそうなので家臣達に交代で見張らせてはいるが、別に一室に閉じ込めるつもりは無い。行動はある程度自由にさせている。やはり何度か不穏な動きを見せたようだが、その都度春覇にとめられたり子ども達に見つかったりして、ここ数日は漸く諦めてくれたのか、おとなしいようだ。

 しかも春覇の言った通り、彼女は口先では不満たらたらだが、子ども達とは案外うまくやっている。


 そんな和やかな状況下で、私もほぼ傷が癒え、出仕も出来るようになった。休んでいた間政務を処理してくれていた檄渓と暦監に感謝しつつ、それでもやはり溜まっていた仕事を大急ぎで片付ける日々。しかも例によって心配性の家臣達は、まだ本調子でないのだから、と残業を許してくれない。

 そんなわけで、復帰からかれこれ十日ほどかかって、漸く私は通常通りの業務に戻れた。

「それはいいけど……」

 自室で小さく呟きながら、私は軽く体を動かして筋を伸ばした。

「かなり寝てたからなぁ……」

 暫く病床にあった上に、デスクワークの日々。確実に体が鈍っている気がする。くるりと肩を回した私は、木剣を二本引っ張り出して部屋から出、居間を覗いた。

 あ、漣瑛が居る。ちょうどいい。

「漣瑛」

 声をかけ、こちらを向いた漣瑛に木剣を片方投げ渡した。

「わ……?」

「暇なら庭に出ろ。体が鈍ってるんだ。稽古に付き合ってくれ」

「ええ!?」

 突然の事態に慌てふためきながら、漣瑛が私についてくる。

「将軍、お体は……」

「さすがにもう大丈夫だ。体が鈍る方がまずい」

 何しろ戦場で力を発揮できなければ、それは即命の危機へと繋がるのだから。



 漣瑛を連れて庭に出た私は、軽く体を伸ばしてから片手で剣を構えた。

「来い。別に手足が出ても構わない」

 寧ろこっちも出すし。

 漣瑛はまだ逡巡しているようだったが、私が再度促すと意を決したように剣を構えた。

「失礼します」

 一声かけて、向かってくる。踏み込んで肩口を狙ってきた斬撃を木剣で跳ね返し、空いた胴を薙ぎ払う。身を引いてそれを避けた漣瑛が、私の腕に木剣を振り下ろした。私は左足を踏み出す勢いのままにくるりと身を翻すことでそれをかわし、そのまま漣瑛の首筋に木剣を突きつけた。

「お見事です」

 漣瑛が素直に敗けを認める。私は眉を上げて軽く漣瑛の頭を小突いた。

「痛っ」

「本気で来い。でないと鍛練にならないだろう」

 漣瑛は手を抜いていたというわけではない。剣術の鍛練という意味でなら、十分に本気だった。

 しかし、剣術しか使おうとしなかったという点に於いて、真に本気とは言えなかった。漣瑛は剣術よりは体術を得意とする。本当に本気なら、手足が出て当たり前だ。無論剣術の型としては無茶苦茶だけれど、その方が強いのだから仕方ない。

「体術を出して構わないと言った筈だ」

「は……」

 私が言っても、漣瑛にはまだ躊躇いがあるようだ。私は溜息を吐いた。

「よし、こうしよう」

 木剣で掌を軽く叩きながら、宣告する。

「本気で来ないと、子ども達による押し潰しの刑」

「何ですかその死刑宣告!?」

 あ、久々に漣瑛の突っ込みを聞いた気がする。

 周囲に居た子ども達が歓声をあげた。私達が鍛練を始めたのに気づいて面白がって集まって来ていたのだ。

「そうか、皆そんなに漣瑛を押し潰したいのか……」

「恐ろしい事を言わないでください!面白がっているだけでしょう!」

 どうやら漣瑛は結構焦っているらしい。実は子ども達は最強かも知れない。

「嫌なら本気で来い」

 私は挑発気味に言って、剣を構えた。漣瑛も構え、一度深呼吸する。

「――失礼します」

 先程より数段鋭い一撃が私の肩を狙ってくる。私はそれを一歩下がってかわし、空を切った切っ先を木剣で押さえた。そのまま絡めとるように擦り上げ、斬撃に繋げようとする。しかし切っ先が上がりきる前に、私は身を伏せた。頭上すれすれを、漣瑛の蹴りが薙ぎ払う。続いてきた踵を、木剣を立て左腕を添えることで防御し、こちらからも蹴りを繰り出した。漣瑛は身を沈めることでそれをかわす。続いて斬りつけようとした私の攻撃を木剣で防ぎ、足払いをかけてきた。私は跳びすさってそれを避け、胴を狙ってきた斬撃を跳ね返す。跳ね返された勢いを利用して繰り出された漣瑛の蹴りを身を屈めてかわし、懐に入り込んだ。はっと目を見開く漣瑛の喉元に、木剣をあてがう。

「勝負あった」

 いつのまにか来て観戦していたらしい範蔵が判定した。私と漣瑛は互いに身を引く。

「腕を上げたんじゃないか、漣瑛。何度かひやっとした」

「いえ、将軍にはまだまだ及びません」

 いや、及ばれてもそれはそれで困るけれど。

 私は軽く木剣を振った。多少勘が鈍っている感じはあったが、暫く鍛練すれば取り戻せそうだ。

「次……範蔵、お前も来るか」

「遠慮する」

 即答だった。

 この面倒くさがりめ。

「なら……」

「――随分と面白そうな事をしていますのね」

 回廊から、声が掛かる。

 いつから見ていたのか、そこには戦姫の姿があった。私と目が合うと、挑むような視線で見返してくる。

「漣瑛、その木剣を彼女に……いや」

 言いかけて、私は訂正する。

「棒を、持ってきてやれ」

 彼女は長物を扱っていた筈だ。

「将軍」

 漣瑛が諌めるように私を呼ぶ。

「心配ない」

 私は軽く手を振った。

「戦場でつかなかった決着を一度つけておく方が、戦姫も気が晴れるだろう」

 戦姫から目を離さずに、言い切る。

「私が責任を持つ」

 漣瑛は私に一礼すると、鍛練用の棒を持ってきて戦姫に手渡した。戦姫が庭に下りてくる。

「やっぱり変わってますわね」

 呆れたような目には、もう慣れた。

「体が鈍っていたから負けた、なんて言い訳は聞きませんわよ」

 挑発的に言って、戦姫が構える。

「そちらこそ」

 私も木剣を握り直した。

「武器が違うから負けたなんて言ってくれるな」

「戯れ言を」

 戦姫の視線がきつくなる。私は極力どんな事態にも対応出来るよう肩の力を抜いて構えた。


 棒を手にしているとはいえ、戦姫の構えは棒術のそれとは違う。棒や槍は突きを主体とするけれど、戦場で見た戦姫の得物は長い柄の先に小型の斧に似た刃を備えていた。どう見ても、刺突に向いた武器ではない。


「始め!」

 範蔵の合図が響く。睨み合う緊張状態の中、先に動いたのは戦姫だった。

「はっ」

 斜めに構えていた状態から、一足で距離を詰めて棒を振り下ろす。私はそれを無難に木剣で受けた。戦姫は続けて一歩踏み出しざまに、棒のもう一端を跳ね上げる。鳩尾を狙ってきたそれを、私は半身になることでかわし、木剣で棒を押さえ込む。

 数秒、そのまませめぎあった。

 不意に戦姫の棒から力が抜ける。同時に上から棒の先端が降ってきた。戦姫の脇を切り上げようとした私の木剣と棒が交わる。

 ぎり、と一瞬拮抗した力は、互いが互いを弾き返したことで弾け、私達は再び間合いを開けて向かい合った。


 いつのまにか、庭は静まり返っている。皆、固唾を飲んで勝負の行方を見守っているようだ。


 今度は私から仕掛けた。敢えて真正面から袈裟懸けに斬りつける。戦姫は体を返し棒でそれを受けた。剣先を巻き落とされ、がら空きになった上から棒が振り下ろされるのを、私は一歩横に逸れながら前に出る事でかわした。空を切った棒に木剣を沿わせるようにして押さえながら、懐に滑り込む。

 通常、長物使いは懐に入り込まれることを苦手とする。だから普通は、棒に沿って肩口を斬りつけようとする私の剣を防ぐ術は無い筈なのだけれど。


 やはり彼女は、伊達に戦姫の異名を取っている訳ではなかった。


 戦姫は棒を手放した。正確には前に出ていた右手を棒から離し、右足を軸に体を返しながら左手に残る石突き部分で木剣を巻き込むように押さえ込み、同時にその勢いのまま左足で蹴りを繰り出してきたのだ。剣を押さえられ体勢を変えられない私は、やむなく剣を手放して腕でその蹴りを防いだ。そのまま戦姫の軸足を蹴り払う。戦姫は後ろに跳ぶ事で転倒を避けた。くるりと宙返りして着地した時には、両手を棒に戻している。私もその間に剣を構え直した。

「今のやり方は真剣ではできないだろう」

 苦笑気味に、私は言った。石突きと腕で剣を抱き込むようなさっきの体勢では、腕に怪我をする事は避けられない。

「ご心配なく」

 再び棒を構えながら、戦姫はさらりと言った。

「実戦では鎧がありますわ」

 ああそう。

 ……そういう問題なのか?

 やれやれ、と私は肩を竦めた。なんだかどうも、戦姫にはなげやりな雰囲気が付きまとっている気がする。

「続けるか」

「勿論ですわ」

 真っ直ぐに向き合う。

 あまり長々と決着がつかないのも考えものだ。この試合で終わらせよう。

「始め」

 仕切り直しの一戦の幕を、範蔵の声が切って落とす。私と戦姫は同時に踏み切った。

 乾いた音を立てて木剣と棒が打ち合う。何度もぶつかり、擦れ合い、時に押し合いながら交錯する。


 勝負は一瞬。

 ほんの僅かな隙が勝敗を分ける。


 戦姫が横薙ぎの一閃を繰り出した刹那。

 体勢を低くしてぎりぎりかわした私は、足払いを警戒して下がろうとした戦姫の前で体を回し、棒を水平に蹴りつけた。戦姫は下からの攻撃を想定してそれに備えている。想定外の方向に力をかけられて、棒が弾けとんだ。すかさず、私の木剣が突きつけられる。

「勝負あった」

 空を裂いた判定の声は、範蔵のそれではなかった。私は回廊に視線を移し、目を瞬かせる。

「覇姫様。お帰りでしたか」

「つい今しがた戻ったところだ」

 私の言葉に応えてから、春覇は戦姫に目を向けた。

「気は済んだか」

「……そうですわね」

 額にかかった髪を払い除けた戦姫は、少しだけすっきりした顔をしている、ような気がした。春覇が一つ頷く。

「少し話がある。黎翡を借りていいか」

「勿論、構いません」

 私がそう言うと、一つ頷いてから歩き出す。黎翡が続いて歩いていくのを見送って、私は棒を漣瑛に渡し、稽古をせがんできた子ども達の相手をする事にした。


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